『SS』 ちいさきょんこ

元ネタはこれです

 あたしが北校に入学して以来、偶然にもそうでないにしても涼宮ハルヒコという奇妙奇天烈な人物に出会ってしまったが故に不可思議極まりない出来事にことごとく巻き込まれながらも、それに大して文句も言うことも出来ずに日々を過ごす事となって早幾年。と言ってもいいくらい体感時間では経っているのだけれど、実際には約一年ほどしか経っていなかったりもする。
 そんなあたしはハルヒコの望みだか何だかしらないけれど、いつの間にやら未来人や宇宙人やら超能力者といった履歴書には決して書けない履歴を持った面々に囲まれて学校生活を過ごす事となってしまったのだった。そんな連中の厄介事に否応無くつき合わされていた最中に、あたしには人生を左右しかねないというか晴天に霹靂というか、とにかく一大イベントな大事が起こったと思ってもらっていいワケ。
 と言うのも、あたしの傍にいる宇宙人の親玉であるところの情報統合思念体だっけ? そいつが何か知らないけど色々考えてるらしいけど、それが斜め上なだけで自分に弊害さえなければまあ許せる範囲なんだって思っていた。とはいえハルヒコが望めばどうなることやらってとこなんだろうけど、ありがたいことに宇宙人は現状維持を支援しているって言ってたし。
 うん、信じたあたしが馬鹿でした。確かにハルヒコには何もしなかったわよ? だからって何であたしがこうなるの?! と憤慨しても既に時遅し。
 長々と話を長引かせても仕方が無いのであっさりとオチを言えば、あたしは情報なんたらの実験だとかなんだとかに巻き込まれてしまったのである。これは勿論事後承諾というものであり、あたしはその当時は憤りのあまり世界が滅んでもいいからハルヒコに全てをぶちまけてしまおうと思ったものだ。だけどそうしなかったのには当然理由があるし、それはあたしにとってのターニングポイントだったのだと今なら言えるからだ。
「………………どうした?」
 いや、ちょっと前の話のはずなんだけどしみじみと世の中は不思議なもんだなあ、って思ってただけ。
「そうか」
 うん、何だかんだでお前とこういう関係になるだなんて思いもしてなかったしね。
「……………現状に不満でも?」
 あー、肉体的には不満だらけだけど精神的には不満はないな。だってお前がいるからさ。
「そう、僕も君といることで精神的安定感というものを経験している。内包的な原因不明のエラーは解消され、今の状態には満足している」
 そうなの? まあ改めて言われると照れるけど。などと周囲が聞けば意味不明な会話を交わしているのは何とあたしの恋人なのである。しかも同級生にしてハルヒコ率いるSOS団団員であり、おまけに宇宙人などという特殊属性まで兼ね備えてしまっているという。
 長門有希は淡々と無表情に見えるかもしれない顔であたしの事を気遣ってくれたりしているのだった。うん、そういうとこは嬉しいかもね。
「まあいいや、それで今日はどうする?」
 別に思い出に浸っていたってしょうがない、今は今なりに有希とのデートを楽しもうとしたりはするのだ。とはいえ、
「……………図書館……………は飽きた?」
 と決まった場所を提案してきてしまうところはまだまだ慣れてないからだと思っておく。まあね、どうせあたしにはあまり縁も無さそうだし。たまにはぶらぶら歩いてみてもいいと思うんだけどな。
「分かった、では行こう」
 と有希が手を伸ばしてきたので、あたしはその腕の上を歩いて肩の上に乗る。
 え? おかしなとこなんかないわよ? だってあたしは……………………



 あたしは有希の親玉のせいで十二分の一サイズの小さなあたしになっちゃっていたのだから。



 でもそのおかげで長門有希と一緒に過ごす時間が増え、結果としてあたしと有希はお付き合いする事になってしまったのだから今となっては感謝しないといけないのかな? やっぱり納得はいかないけど。
 とりあえずあたしは元に戻るまでは有希のマンションで一緒に過ごす事になっていた。うん、はっきり言って同棲ってやつよね。若い身空で女の子が若い男の子の、しかも一人暮らしの家に転がり込んでるなんてどうなんだろうって思いもするけど緊急事態なのは確かだし、何より当人同士が望んでいる上に満足もしてるんだからいいんじゃないかって思ってる。
 今となってはこの生活にも違和感というものを感じなくなってきてるし、有希と過ごす日々はあたしにとって何よりも大切なものだ。こうして堂々とデートに行けるくらいはね。
「君が行きたいところはある?」
 そうね、たまにはショッピングもいいんじゃないかな? あたしもいつも制服っていうのも味気ないし。
「了解」
 肩の上にあたしを乗せたまま有希は自転車を走らせた。この自転車はあたしのじゃないけど、有希があたしと一緒に暮らす際に購入したものだ。あたしが自転車に乗ってるからっていう理由だけであたしの自転車よりも遥かに高級なやつを買っちゃったので、こういう時には有効に活用させてもらっている。
 あたしを肩の上に乗せているのに有希の自転車のスピードが落ちるような事はない。まあそれを言うならあたしが有希の肩から落っこちそうになった事なんか一回も無いんだけど。さりげなくあたしを守ってくれてる有希の肩の上で初夏の風を感じ、ポニーテールをなびかせて自転車は走るのだった。
「残り十二分で目的地に到着する」
 そうか。だけどお前が今追い抜いたのは間違いなく制限速度をオーバーした自動車だと思うんだけど。運転席でひっくり返りそうだったから事故にならなきゃいいけど、有希の能力からすれば一日掛からなくて自転車で日本一周も夢じゃないだろうな。それなのに風は心地良いくらいにしか感じないし、当然あたしはバランスを崩す心配なんかもしていないんだから。
 という事で普段あたし達が電車でも使わない限り来れないような郊外のショッピングモールへと自転車でやって来てしまったのだった。それもほとんど近場に行くような時間で。本当に無駄に能力を発揮してくれるな、こいつは。
「周辺に僕のデータに登録されている人物が存在する可能性は低い、二人でいる事を周囲に喧伝するような人物も皆無。よって君が懸念するような噂話は流布するような事は無い」
 いやまあそうだろうけど。それ以前にあたしの姿は見えてないんだよね?
「視覚という点で言うのならば人間には不可視。君は僕にしか見えていない」
 だよね。有希のステルスは完璧なんだろう、それでもあたしに気を使うところは合格点を与えてもいいのかな? 万が一というのもありえるし。
「僕が一人で歩いていてもクラスなどで話題に上がる可能性は高い」
 あー、それはねえ。何と言っても長門有希は長身の美形なのである。無口ではあるが沈着冷静なイメージであって、眼鏡をかけたその顔は理知的であると言わざるを得ないだろう。あたしが通常サイズなら釣り合いがとれない事甚だしいほどのイケメンなのだから、一人で歩いていたら声をかけられてしょうがないんだろうな。
 いかん、自分の想像でムッとしてきた。こう見えてもあたしは有希の彼女さんなのであって彼氏がクラスメイトとは言え女の子に声をかけられるのを全て是としなきゃならないほど自分を卑下もしていない。そりゃクラス内とかは仕方ないけど休日で私服の時などは多少心配してもおかしくはないよね?
「心配は不要。僕は君しか見ていない」
 いやだからってそんなにストレートに言われると恥かしいんだけど。おかしな事を言ったか? とばかりに首を傾げた彼氏から思わず視線を外しちゃったくらいには。
 という事であたし達は周囲の目を気にせずに買い物に勤しむ事になったのだった。とはいえウィンドウショッピングなだけだけど。
 しかもあたしの要望を叶えようとすれば、それは傍目からみれば有希が一人で女物の店を覗いているだけにしか見えない訳で。これはこれでなかなか申し訳ないものね。しかも周りの女の子がチラチラとこっちを見るのも気に食わない。
 何度も言うが長門有希は黙っていれば美形であり、しかも黙っていることの方が多いのだからやっぱり美形なのである。それが一人で女物を覗き込んでいるように見えればそれは気になるってものだろうな。うん、どこにいても基本こいつは目立つのだ。
 おまけに店員まで寄って来るから始末に終えない。あたしはそこまで独占欲が強いほうだなんて今まで思ってもいなかったんだけど、それでもここまで女性の視線やら寄って来る店員など見ると心穏やかでないのは自明の理というものだろう。
 ニヤケ面で何か言いたげな店員を視線だけで制した有希が、
「彼女に何が相応しいのか思案中」
 と言ってくれたのは嬉しかったけど。そんな感じで思った以上にゆっくり出来ないままに何軒か店をはしごして、
「どうだった?」
 と有希に聞かれて首を傾げるしかなかった時だった。
「おっ?! そこに歩くは長門っちじゃないかいっ?」
 と大声で有希を呼ぶ奴が居る。というかこの声は、と振り返れば、
「いやー、どうしたんだよこんなとこで? 珍しい事もあるもんだねえ」
 そこにいたのはあたし達の先輩であり朝比奈さんの親友でありながらSOS団の名誉顧問でもあらせられるところの無敵な旧家の御曹司、鶴屋さんである。
「…………………何故ここに?」
 有希としては精一杯の説教性をもって鶴屋さんに話しかけたのだが、それでも素っ気無く見えちゃうのは表情がほとんど変わらないからである。だが鶴屋さんも有希のそんなところは承知済みなので、
「そりゃこっちのセリフなんだけど、まあいいや! 俺はちょろんとお忍びってやつさ、たまには息抜きも必要なんだって」
 と笑顔で言われても鶴屋さんのような天性の明るさがはじけているようなお方がお忍びなどとは似つかわしくない事この上ないわね。それに息抜きって言ってたけどやっぱり歴史ある家だと色々あるのかな、なんて思ってしまう。
 とはいえこんなとこで知り合いに会うのは予想外だった。こんな事が無い様にと離れた場所に来たのが裏目になっちゃうな、有希一人で来るには些か違和感が残ってしまう。それは鶴屋さんも同様だったようで、
「ふ〜ん………………」
 などと有希をジロジロと見回していたが、
「なるほどねっ!」 
 とポンッと手を叩くと、
長門っちは彼女にプレゼントかい? いや〜、隅に置けないねえ、このこのっ!」
 有希に肘など当ててくる。ニヤニヤ笑う顔が意地悪っぽいなあ、完全にからかう気だよ。しかもほぼ正解なんだからこのお方の直感はやはり侮れない。まああたしがここにいることまでは気付いてないようだけど、それも怪しいなあ。
 しかも有希はそんな鶴屋さんに、
「どうすればいい?」
 などと訊いてしまうのだから。訊かれた鶴屋さんはキョトンとした顔をすると、
「あっちゃー、当たりってこと? そりゃすまないねえ」
 気まずそうに頭を掻いた。まあ内緒にしてるのをからかった訳だから気持ちは分かるな。しかし相手は有希なのである、まったく意にも介してない。
「彼女に何を贈れば最適なのか、僕には判断が出来ない。出来れば意見を」
 いや、その彼女が肩の上に乗ってるんですけど。にも関わらずこのストレートな質問は本人を前にしてよく言えるもんね。
「ふむ、しばし待ってよん」
 と、訊かれた鶴屋さんは考え込むような振りをしていたのだが、
「やっぱちゃんと形のあるもんじゃね? ほら、アクセサリーなんかはめがっさ喜んでくれるもんさね!」
 そう言うからには経験済みなのだろうか? 鶴屋さんほどの人になれば百戦錬磨であってもおかしくはなさそうなんだけど。ただあたしとアクセサリーねぇ………………嫌いじゃないんだけどあまり持ってないっていうのは確かよね。
「……………参考になった、感謝する」
「お? そうかい? まあ何贈ったって気持ちが籠もっていれば嬉しいもんさね。んじゃ、俺は行くから! まったねー!」
 言いたいだけ言ってさっさと立ち去る鶴屋先輩を有希とあたしは黙って見送った。と思ったら回れ右してまたも近づく鶴屋さん。何事?
「そーいや訊いてもいいのかな? その長門っちの彼女ってのは一体誰なんだい? ほら、こう見えてもおにーさん口は堅いからさっ! ちょろんと教えてくんないかなっ?」
 いや、どう見ても言いふらしたくてたまんない顔してますけど。というかその彼女が目の前というか反対の肩に乗ってるんですけどね。
「彼女に許可を得ていない。発言は差し控える」
 こっちを見る事も無く淡々と答える有希を見て、
「そっか、そんじゃま彼女さんによろしくね!」
 あっさり諦めた鶴屋さんはまたも飛び出すように走り出したんだけど。今度も急ブレーキをかけて止まった先輩はその場で振り返り、
「あっ! アクセサリーっていってもいつもと同じ様なもんはやめときなよ? 同じ髪型ばっかになっちゃうかんね! そんじゃーねー!!」
 周囲に聞こえるくらいの大声で有希に言ったかと思うともう人混みに消えてしまった。まさに風のようなお方である。が、
「ねえ有希?」
「なに?」
「あたしってば誰にも見えてないのよね?」
「視覚制御操作は完全」
 だよね、それは今も話してるのにみんなが無視してるので分かる。ということは何であんな事言ったんだ、鶴屋さんは? とも言えないのかな。流石は鶴屋さんなんだってことにしとこう、うん。
「……………行こう」
 てな訳で有希はあたしを連れてフラフラと歩いたかと思うといきなりアンティークショップなどに入ってしまい、おまけにドール用の指輪など買ってしまったのであった。
 いや、確かにアクセサリーだし普段とは違うけどいきなり指輪って。分かってやってんのかしら、こいつ?
「…………これを」
 だけどやっぱり嬉しかったりするんだからなあ。
「……………………ありがと」
 そう言ったときに有希が見せてくれた小さな微笑を見たらどうでもいいのかもしれないしね。
 ということで有希が買ってくれた指輪は別にサイズを合わせた訳でもないのに、あたしの薬指にピッタリと納まってしまったのだ。有希がつけてくれたから? でも構図としてはこの絵柄はどう見てもアレだよね。
 へ? あたしの薬指? ああ、どっちの手かってこと?
 んー、…………………………そんなもん内緒に決まってるじゃない?
 だけど有希も買った同じデザインの指輪はどこからどう見てもさっきの構図の通りだったのよ。そう、まるであの瞬間のような………………
 

 

 このくらいで察しておいてもらえないかな、もう!