『SS』 たとえば彼女も 03

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 たとえば彼女も…………(3)


 ところでこのゲームだが基本的な内容は前と同じだ。
 艦隊の旗艦を決め、勝敗はすべての艦隊を沈めるか旗艦を沈めるかで決する。武器もだいたい似たようなものだ。違いがあるとすれば今回は遠距離砲と近距離砲の二種類の武器があることか。近距離砲は文字通り接近戦で派手に打ち合うもので、遠距離砲は索敵さえされていれば攻撃可能になる武器。
 グラフィックは前とは比べようもないくらい進化していて、少し言ったが戦艦は、本当にパラメーター変化以外で性能に差はないんだろうな? というくらい多種多様のデザインで並んでいる。んで、艦隊は一人15000。ただし今回は、その15000を指揮する主艦が存在する。つまり、艦隊が15000あろうとも主艦がやられてしまえばアウトと言うなんとも厳しいルールが追加されたのだ。それも旗艦も例外ではない。
 マジで宇宙空間を連想させる深淵の闇が支配するモニター。ズームアップズームダウンが可能で、旋回することもできる。右上に前の時のフィールド画面のような全域マップがアイコンとなって味方の艦隊が三角で、味方が飛ばした索隻艇が円を描くライトアップとして表示されている。どっちが敵方向かの矢印と味方艦隊の向きが解る矢印が付いたのがなんともありがたいね。これなら、いくら朝比奈さんでも迷子になることはないだろう。
 また宇宙空間は移動に伴って周りの星々も光の筋に変わるのだ。たまに惑星っぽいものも見えて、これがおそらく長門の言った『アイテムが落ちている』惑星なのだろう。
 もっとも常にあるとは限らないらしいがな。
 追加データとしては、その他に対主艦限定ではあるがミサイルやビームの他にブラスト砲も内蔵されている。これにやられると主艦は一撃で撃沈だそうだ。ただしブラスト砲はエネルギー充電に多少の時間がかかるので接近戦では使い辛いとのこと。使うとすれば遠距離射撃の方が好ましいらしい。
 で、全てが3Dなのである。
 はっきり言って高校生が創れるレベルをはるかに超えているぞ。
 前進を続ける俺たちSOS団は、旗艦が当然涼宮ハルヒコの『ハルヒコ☆閣下☆艦隊』を中心に、一番前に長門の『宇宙戦艦長門』、その後ろに俺の『一日団員艦隊』、一番後ろを並んで『バベル一姫』と『タイムウォーカーみつる』が並んで航行している。
 ……なぁんか、妙な名前だよな? まあ気にするのはやめておこう。
 パラメーターは(旗艦がやられると元も子もないので)ハルヒコ、(とっても戦闘に参加してもらうには忍びない)朝比奈さん、古泉のものは『速度20、防御60、攻撃20』で、俺のは『33』、『33』、『34』。長門はさすがに慣れているらしく『40』、『20』、『40』と機動性と攻撃性に重点を置いていた。
「さて、今回は長門さんが味方にいますので助かりますね」
 不意に切り出したのは笑顔の古泉一姫だ。
 どういう意味だ?
「いえ、いつもこのゲームで遊ぶ時は長門さん一人対わたしたち三人、もしくは長門さん対コンピ研ですから。それでも誰にも長門さんに勝てませんけど」
 だろうな。俺もどうやったら長門に勝てるのか教えてほしいくらいだ。このパラメーターにできるってことは相当自信があるってことだからな。
「と言うのも長門さん、いきなりこれをやるんですよ」
 と、古泉一姫が俺に視線を移して続けたと思ったら、
「って、なんじゃこりゃ!?」
 そう、いきなり右上の全マップアイコンの索敵終了範囲を表わす光が少なくとも向こう半分の前方1/2を埋め尽くしたんだ。
「分艦隊ですよ。先ほどお読みになられた取説にも書いてあったと思うのですが、コマンドを入力して艦隊を最大20に分けられるんです。これをやられたら索敵範囲が飛躍的に広がりますからね。私たちでも3対1だったものがいきなり3対20になるのですから。しかも主艦までも20に分割されます。こうなると私たちでは太刀打ちできません」
 そ、そうか……なるほど、長門の奴、前の時にこれをやったら一気に状況が変わったんで必勝戦略にしやがったと言う訳か。
 しかも索敵でライトアップしない限り対戦相手には分艦隊の位置が掴めない。感覚的には桶狭間の戦い織田信長今川義元を打ち破った作戦と同じだ。
「今後の参考になる」
 やめてくれ。勝負にならん。
「あなたもすればいい」
 俺はお前みたいに器用じゃないんだよ。艦隊一つ動かすのがやっとだ。
 などと言う俺と有希は長門以外には聞こえていないと思われる会話を交わし、
 が、次の瞬間。
「んな!?」
 そう。今度はこっちの前半分が一気にライトアップされたんだ。
 てことは何だ? 向こうで誰かが分艦隊を作動させたってことか?
 いったい誰だ? そんな人間業では到底為し得ない無茶をやらかした奴は。周防九曜か?
「違う。天蓋領域ではない。そもそも天蓋領域はこのゲームに参加していないと思われる」
「なぜ?」
「画面を見て」
 画面?
「クローズアップ」
 お、おう。
 有希の指示に従って、長門の索敵ライトに照らされている分艦隊に目をやれば、
 ぶっ!? 『キョン子艦隊』!? 何であいつなんだ? 確か分艦隊の操作ってほとんど人間業じゃ不可能じゃなかったか?
「攻撃と撹乱を放棄し、将棋で言うところの歩兵としての役割に徹することを選んだと思われる。パラメーターを『攻撃0』にして出来得る限り防御と移動に数値を振り分けた。防御と移動、どちらに重点を置いてあるかまではこちらからでは判らないが。移動だけであれば20の分艦隊行動は人間業でも不可能ではない。おそらく彼女は『わたし』の戦略を知っていた。そしてこちらの古泉一姫と朝比奈みつるが戦力になっていないことを予測して、それでも4対3だから『彼女』は攻撃を棄てたと思われる。しかし、これは戦法としては最適」
 だろうな。分艦隊は一つ750隻になる。前線に橘京子、藤原、『俺』の艦隊が出てくるだろうから索敵されてしまっては長門でも苦戦は免れない。
 数で言えば単純に一つの艦隊は15000対750だ。数的優位はあっちにある。間違いなく向こうは分艦隊を一つ一つつぶしていく作戦をとるだろう。どうする? 俺が長門のフォローに入ったとしてもそれでも不利だぜ?
「見て」
 ん?
「惑星がある」
 ……アイテム探しか?
「闇雲に突っ込むよりはやってみる価値はある。大丈夫。『わたし』はそう簡単にやられはしない」
 解った。お前の言うことを信じよう。
 と言う訳で俺は戦艦を停止させ近くの惑星に探索機を下ろした。
 いいものがあるといいのだが……


 アイテム探索には多少の時間がかかることは仕方がないことで、俺はそれまでこの場を動けない。
 だからと言って向こうも俺を待つ義理なんてあるはずもなく、索敵範囲に長門の分艦隊を捉えてミサイルの射程に入った途端、一斉砲火だ。
 相手は予想通り、『俺』と橘京子と藤原。
 なるほど、確かに周防九曜は参加していない。向こうの大将は佐々木だろうからな。
 しかし長門のコントロールさばきも見事なもので縦横無尽に分艦隊を旋回させては攻撃もしている。ただ、如何せん多勢に無勢だ。
 分艦隊一つ一つの数がどんどん減っていっている。
 ……まだか……
 俺に焦りが生まれたちょうどその時、
 けたたましいサイレンのような音が響き、探索艇が何かを見つけてきた。
 どうやら砲台のようだ。しかも属性は『ブラスト砲』。
 デザイン的には半ばまでが半透明な巨大針のようでとても砲台には見えんのだが、名前が『ヘキサキャノン』になっている。言うまでもなく『六角形ヘキサ砲台キャノン』が直訳だからな。
 とりあえず付けてみよう。
 さて、じゃあ俺も!
 って、お?
 見れば長門の索敵ライトが藤原の主艦を捉えていた。
「よし!」
 反射的に俺は発射ボタンを押したわけだが、
「当たらない」
 至極冷静でどこかため息交じりの有希の言葉が聞こえてくる。
 あ、そうだよな……いくらなんでも遠すぎる。確かこのゲームは……
 ところが俺たちの諦めに反して、まったく予期しない出来事が起こったのだ。


 そう……俺の撃った属性:ブラスト砲のヘキサキャノンが発射したビームが藤原の主艦を貫いたのである……
 

「な、何だこのアイテム!? 遠距離命中率が半端ないぞ!?」
 俺はただただ恐れ慄くしかできない。
 なぜなら、はるか遠くに離れているはずの相手艦隊『藤原』の主艦を沈めてしまったんだから。
 長門の索敵艇の射程に入ったんでライトアップされたから思わず撃ってしまったんだが、まさか当たるとは思わなかった。
 というのもこのゲーム。さすがに長門が創ってるだけあって、仮に索敵レーダーに敵艦隊が引っ掛かったとしても、味方艦隊の角度と砲台の位置を計測して着弾点に対しての誤差が生じるようになっている。つまりミサイルを撃ったとしても的が離れれば離れるほど、当然、その誤差がある分、遠距離砲撃では外れる可能性が高くなる。というより、今回に関して言えば普通の遠距離砲なら、その誤差の関係でビームが到達する頃には完全にミサイルの軌道は相手からは離れてしまっているのでまず当たらない。
 にも関わらずだ。
 その若干の誤差をもろともせず命中させやがったんだ。
 これははっきり言って反則だと思うぞ。
「違う。それは反則ではなくレアアイテム『ヘキサキャノン』。索敵艇は撃ち落とせないという盲点をついた砲台アイテムで、電気刺激によって屈折率を変化させる、砲身内部のゲル物質が照準を決め、発振された高々出力レーザーを七本に分けて解き放つもの。疑似生体コンピュータに制御された高精度照準システムは、距離や砲撃距離は言うに及ばず、相手の機動性と回避の癖を計算し、中心の一本を最も命中率の高い一点に、そしてそれを囲む六本をその周囲、次以降に命中率が高い六点に解き放つ、まさに不可避に等しい砲台。以前、僕が読んだ本に出ていたので創って入れておいたが、まさか見つかるとは思わなかった」
「どういう意味だ?」
「なぜなら、そのアイテムが見つかる確率は1/500000。僕はゲーム解析なしで見つけたことはない」
 って、DQ?でキラーマシンはぐれメタルが仲間になる確率より低いのかよ!?
「どうやら勝利の女神はあなたに付いている模様」
「それはお前だ、とでも言うつもりか?」
「そう」
 臆面もなく答えやがった。
 しかしまあ有希が何かした、という可能性はゼロだ。なぜなら有希はキーボードに触れていない。言いかえればゲームの内容改竄ができないってことだから俺がこのアイテムを見つけたのは信じられない確率ではあるが偶然でしかない。さらに言うなら有希がゲームをする時の口癖は「ゲーム解析なんて無粋な真似はしない」だ。
 そして、戦況は一気に俺たちに傾いた。


 俺はまず、当然のことだが、『俺』と橘京子の艦隊が戦略的撤退を余儀なくされたので、操作上、きわめて困難になるため撤退できないキョン子の分艦隊を撃ち落とすことに専念した。分艦隊が減少すればするほど向こうの索敵範囲が狭まり、こちらに有利になるからだ。しかもキョン子の分艦隊の相手は俺だけじゃなくて長門の分艦隊もいる。
 長門の分艦隊がキョン子の分艦隊を網にかけているので俺は迷わず充電と供にトリガーを引くだけだ。
 もちろんヘキサキャノンの性能のおかげで文字通り百発百中。俺は1/3半分以上落としたし、長門もまたいくつか撃沈させている。
 そうだな。キョン子の分艦隊はすでに10を切ってしまっているだろうか。
 キョン子の分艦隊さえすべて沈めてしまえば俺たちの勝ちだろう。なぜならアレだけの集中攻撃があったのに、長門の(数は減っているが)分艦隊自体は一つも沈んでいないのである。
 ということは俺たちの索敵範囲の広大さはそのままで、向こうはどんどん狭まっていくということになるからな。
 こっちは見えて、向こうは見えない。
 これじゃ結果は見えている。
 後は慎重に油断せず進めていけば――
 などと楽観的になりつつあった俺はまだまだ浅はかだった。
「んな!?」
 突然、俺の前に躍り出た長門の艦隊に着弾音が響く。
 それもブラスト砲だ。
 幸い分艦隊の一つが壊滅しただけで済んだようではあるが……
 ちょっと待て……今、どこから砲撃が来た……? 索敵艇すら見当たらなかったはずだが……
「危険度レベルマックス」
「ん?」
 長門の声が若干、焦燥に駆られているように感じたのは気のせいではないだろう。
「どうやら相手もレアアイテムを見つけた模様」
 なんだって?
「そのアイテムは『狙撃手ミレニアム・フェリア・ノクターン』カード。このカードを砲台のコンピュータに差し込むと、ゲーム終了まで索敵艇なしでもだいたいの位置が掴めれば狙撃可能となり、高確率で命中させることができる。そして、その『だいたいの位置』とはこちらからの砲撃によって判明。これも以前、僕が読んだ本に出ていた登場人物を元にしたもの。その人物は相手の位置も特定できないままだいたいの位置だけで、広大な宇宙空間でわずか4M四方のチップを『勘』で撃ち落としていた狙撃の名手。おそらくデューク東郷や冴羽僚ですら彼女には敵わないと思われる」
「って、何だ!? 今度こそ、その反則的なアイテムは!? つか、お前もいろんなジャンルの本とか漫画を読んでるな!」
「反則ではない。こちらから砲撃しない限り、だいたいの位置を掴まれることはないから。しかし、このアイテムの発見確率も1/500000」
「何で二つも1/500000があるんだよ!?」
「一方が見つけたときにもう一方が見つけられなくなる、というのは著しくバランスを損ねる。もっとも二つとも発見されることはまずあり得ない」
 まあそうだろうな。
 なんかどっと疲れたぞ……って、ヤバい!
ハルヒコ! 避けろ!」
「何!?」
 俺の咆哮にハルヒコが反応して、そして奴は突如船体を回避行動させる!
 そのすぐ真下を火柱が通過して……
「な、何だ今のは……?」
 そうなのだ。長門の説明通りなら誰かがバンバンミサイルを撃っている地点を見つけ出すことができれば、すなわち、誰かをおとりにしておびき出せば、、、、、、、、、、、、、、、、少なくともその相手は狙撃可能ということになる。
 そして、そのおとり役とは索敵以外に何の役にも立っていないキョン子の分艦隊だ。
 藤原の艦隊は沈めた。キョン子は分艦隊を使っているから全艦撃沈までには時間がかかるし、複数の分艦隊を同時に操作できるのは人間業では到底あり得ないので砲撃は不可能だ。というかキョン子は砲撃していない。分艦隊を使って索敵範囲を広げるためだけにいる。なんせ分艦隊が時間差は若干あるにしろ、同じ動きしかしていないからな。 となると長門の言ったレアアイテムを使っているのは佐々木か橘京子か『俺』だ。
 橘京子は古泉と同じ立ち位置だから、佐々木を守るために佐々木の艦隊の前にいることだろう。だから前線に出てきていないし護衛を主眼に置いていると思われる。
 ミレニアム・フェリア・ノクターンカードを使用しているのが、現時点では『俺』か佐々木かは分からんが、とにかく一人おとりを作れば、狙い撃ちされた時にこっちの位置がだいたい分かってしまうって寸法だ。このゲームは味方の位置だけはどこにいようとも特定できる仕組みになってるからな。
 ……こいつは迂闊に攻撃できなくなってしまったぞ……俺のヘキサキャノンが完全に宝の持ち腐れにされてしまったわけだからな……
「そうでもない」
長門?」
「僕が敵陣に深く切り込む。そうすれば索敵範囲も深くなり、相手の旗艦に索敵の網がかかれば狙撃可能」
 待て! それだとお前は集中砲火を浴びることになるぞ!
「構わない。相手の旗艦さえ沈めることができれば、それは僕たちSOS団の勝利。そのための小さな犠牲に過ぎない」
 長門……お前……
「よっしゃ! よく言ったぜ有希! おい! 有希の犠牲を無駄にするんじゃねえぞ!」
 長門の決意を聞いて、ハルヒコが歓喜の声を上げている。
「お願いしますよ」「がんばってください」
 もちろん、朝比奈さんと古泉も俺を激励してくれて、
「後は任せた」
 と、だけ静かに呟いた長門が艦隊を急速前進させる。
「ああ……」
 頷いて俺は静かに発射態勢に入った。
 たかがゲームと思っていたが、やっぱりこっちの長門長門有希だ。こういうコンピューターゲームの勝敗に異常なまでの執念を見せる姿は同じだ。
 これだけ期待されて俺が裏切るわけにはいかんさ。
「いいの?」
「ん? どういう意味だ?」
 突如、俺の右肩の恋人が尋ねてくる。もちろん長門以外にその声は聞こえない。いや今の長門もひょっとしたら怪しいか?
橘京子、藤原はともかく、佐々木なる人物は向こうの世界でもあなたの親友。そしてもう二人はあなた自身。本当に……」
「いいに決まってんだろ」
 俺は躊躇わず言った。
キョン子が光陽園学院の文芸部の方に愛着を持っているように、俺だって北高SOS団に愛着を持っているんだ。それは十二月の出来事を説明した時にお前に言ったはずだぜ。あと向こうの二人はお前にとっての俺じゃない」
「あ……」
 有希が声を漏らす。
「ここは世界が違かろうが、性別が違かろうが、このメンツはSOS団なんだ。だったら俺はSOS団のために何とかしたいと思うのさ。それに、」
「それに?」
「俺は元の世界に戻りたいんだよ。ここが並行世界だからって俺たちの住む本来の世界じゃない。そんな世界じゃ意味がないんだ。
 お前がいて、ハルヒがいて、俺たちの古泉や長門、朝比奈さんに朝倉と一緒にいる世界がいい。国木田、アホの谷口、阪中、鶴屋さん、佐々木にだって話すことがたくさん残っている。喜緑さんや生徒会長にこっちの世界の橘京子周防九曜、藤原をそこに入れたっていい。俺にはまだまだ向こうの世界でやることが残っている。いや、やりたいことがたくさんあるはずなんだ。だからこそ、元の世界に戻りたい」
「理解した。なら、わたしもあなたと供に向こうの世界に帰還することを望む」
 静かに、本当に嬉しい時にしか見せないあの薄く小さな微笑を俺に見せてくれる有希。
 ああ、帰ろうぜ。
 呟いて、俺はそっと、発射ボタンに指をかける。
 前線で、分艦隊で突撃している長門の艦隊がその数を激減させながら、しかしついにその索敵艇が佐々木の旗艦を捉えた!
 今――!
 頭の中で声を聞き、俺は力を込めて発射ボタンを押す!
 瞬間、砲台から六法星魔法陣のようなビジョンが浮かび上がり、七つのレーザーが発射され――
 刹那のような永遠の時の流れ、佐々木の旗艦に着弾するまでの間だ。
 そして、こちらからは本当に静かに佐々木の旗艦を、俺の放ったキャノン砲の光の筋が貫く――
 が、
 ほぼ、というかまったく同時に響く、俺の背後からの爆発音!
「何だと!?」「嘘!?」「えっ!?」「んな馬鹿な!?」「……!」
 俺たちが戸惑いの声を上げたのは、ハルヒコの旗艦もまた、撃沈されたからだ。
 これは完全に俺たちの判断ミスと不注意だった。
 長距離狙撃にばかりに注意を奪われてしまっていて、キョン子の分艦隊が既に俺たちの懐に飛び込んでいたことに気づかなかった。しかもキョン子は攻撃できる状態にない訳だから、砲撃がなかったばっかり、、、、、、、、、、、、に全く気付くことができなかったのである。
 ただでさえ、ある程度の予測で狙撃可能になるアイテムを向こうは持っている。
 なら索敵の網にかかってしまえば、こちらのヘキサキャノン並みの命中率を向こうは持っていることになる訳で、とすれば向こうにとってもハルヒコの旗艦を撃ち落とすのは造作もないってことだったということだ。




「今回は引き分けだね」
「ああそうだな」
 佐々木とハルヒコがなんとも諦観気味の笑顔で言い合っている。
 興奮が冷めた後、頭も落ち着けばノーサイドってやつだ。
 同時に旗艦が倒されると引き分け。
 このルールはさすがに知らなかったな。
「ところで誰なの? あの、長距離ブラスト砲を撃ってたのは。アレはさすがにヤバいって焦っちゃったわよ」
 キョン子が俺にいぶかしげに問いかけてくる。
 あのなあ、んなもんだいたい想像つくだろ? 長門が単身で突っ込んでいて、猪突猛進のハルヒコからすれば後ろから狙撃する真似なんてしないだろうし、古泉は女の子で朝比奈さんは内気なんだ。
「まあ、そうだろうと思ってたけどさ」
 判ってるなら言うな。
 嘆息を吐いて、自嘲の笑顔を浮かべるキョン子に、苦笑を浮かべてツッコミを入れる俺。
「てことは、あの索敵なしで長距離狙撃可能のアイテムを使ってたのはお前か?」
「まあな。お前らが先にトンデモアイテムを見付けちまっていきなり藤原がやられてしまったからな。キョン子の分艦隊もガンガン減少していくし本気で焦ったぞ。つーわけで、橘は佐々木を守る役目を買って出たんで、俺が惑星探索を請け負ったってことだ。まさか、あんな凄いものが見つかるなんて思ってもみなかったがな」
 だろうな。俺のもお前のも見つかる確率は1/500000らしいぞ。
「ああ、コンピ研の連中もそう言ってた」
 言って俺と『俺』は笑い合い、
「しかしまあ今回は引き分けだから、キョンは引き続き、僕たち光陽園文芸部の正式部員で、SOS団にとってはこっちが休みのとき限定の特別部員だ。それで構わないだろ?」
「まあしゃあねえな」
 苦笑のため息を吐くハルヒコは後ろ頭を掻いている。
 引き分けなら現状維持。
 別段、そう言うルールを取り決めたわけでもなかったが、まあ落とし所としてはこの辺りが無難なことだろう。
 幸いなことに佐々木と涼宮ハルヒコの頭も完全に冷えているしな。
「……で、お前。お前は本気であたしたちに勝とうとしたろ? あたしがSOS団正式団員になっても構わない、なんて考えたのか?」
 むろん、キョン子はジト目を向けてくる。
「いいや。そんなことは考えもしなかったね。というか忘れてた。ただ『勝利する』ことだけに専念してたからな」
「ホントかよ?」
「何言ってやがる。お前は光陽園学院文芸部の方がいい、と言いながら、別に負けてSOS団正式団員になるのも構わない、って顔してやがったくせに」
「うぐ……!」
 図星かよ。
「ま、まあ……否定はしないけどさ……」
 そうかい。
 これで俺とキョン子の会話は打ち切りだ。もっとも佐々木にもハルヒコにも今の俺たちの会話は聞こえていないがな。
 何故かって?
 簡単だ。
 有希と周防九曜が遮音シールドを展開していたからだ。だからこそ、俺たちは気兼ねなくそういう会話を交わせたってことさ。
 なんせ二人に聞かれるのは面倒なことになること間違いなしだったからな。
 そして下校時間も過ぎ、北高の急勾配坂道スタート地点で俺たちはそれぞれの家路へと向かうために分かれる。
 俺と有希は長門の部屋に。
 『俺』と周防九曜キョン子は今一度光陽園学院へと。
 涼宮ハルヒコ、朝比奈みつるさん、古泉一姫はすでに帰った後だ。
 佐々木、橘京子、藤原は『俺』たちの後ろ、少し距離を置いてキョン子を待っている。たぶん、気を使ってくれたのだろう。なんたって、俺たちと『俺』たちはこれでお別れだ。妙な遭遇ではあったが自分同士でもあるし、きちんと挨拶して別れたいんだよ。お互いにな。
 あれ? まだ周防九曜は『俺』の左肩にいるのか? そんなにその位置が気に入ったのかね。
「今日は楽しかったよ。やっぱり世界が違ってもキョンキョンだな」
「お前こそ、性別は違っても俺たちは同一人物だったさ」
「うん。お前なら同一人物扱いでいいよ。でさ、また会えるかな?」
「……もう会えないだろうな。俺たちの知り合いの異世界人は『狙った異世界に行ける可能性は皆無に等しい』というようなことを言ってたしな。それに俺たちに特殊能力は何もない。だから、これでお別れだ」
「そっか。なら仕方ないね」
 俺も『俺』もキョン子も笑顔を浮かべている。名残惜しいという感情がないでもないが、会えなくなるのは止むを得ない、という気分にも駆られているんだ。俺たちはな。
 それが俺には解る。
「そっちの長門とお幸せにね」
「お前らも幸せにな」
 言って俺たちは互いに踵を返す。もう二度と振り向くことはないだろう。けど、俺と有希はそれでいいと思った。
 なぜならこの世界は俺たちが望む世界じゃないからだ。
 俺は少し離れて待っていた長門の元へと歩みを進めた。




 さて、長門の協力のおかげで俺たちは元の世界に戻って来たわけだが。
 結構疲れたし、あの魔法使いの世界へ行くのはまた明日でいいだろう。なら今日の残りの時間は自室に戻ってのんびり有希と過ごそうか。
 ……と言えればハッピーエンドで締めなのだろうが、そうは問屋は卸されなくて、俺は今、ここで初めて携帯を持って出るべきだったと後悔した。
 携帯を持って出ていれば、俺たちは異世界にいたわけだから当然、俺の携帯に連絡を入れれば、圏外とかスイッチが入ってないとかアナウンスが流れて、あいつも電池切れを起こしているかどこかに出かけてしまっているかと諦めて二回目のコールは鳴らさなかったはずだ。
 俺は完全に失念していた。
 理由か?
「急いで」
「分かってる!」
 今、必死にママチャリを走らせている。ともすれば(落ちるわけがないとは分かっているけど)有希を振り落としてしまうんじゃないかという勢いで。
 なんたって着信履歴が半端じゃないくらい多かったからな。しかも、その中に古泉のも混ざっていたんだ。
 もうお分かりだよな。
 そうだよ。ハルヒは俺が携帯着信を無視し続けていると誤解しやがったんだ。今どきの高校生は携帯電話は必須アイテムで持たないで外出する、なんて思考は存在しないし、もちろん俺もだ。
 この後、俺は翌日曜日もさらに疲れる目に遭って、月曜日は気が付けば6時間目の終了チャイムを聞いてしまっていた、てのはまた別の話で、部室でさんざん古泉に愚痴られたのは、もう思い出したくない出来事ってやつだ。




 向こうの世界の『俺』も同じような目にあってなければいいのだが…………………………




                                                                 たとえば彼女も…………(完)