『SS』 たとえば彼女は………

 日々を怠惰な学生生活に終始していながらも、そのどこかに不可思議な要素が入っている事を誰にも言わずに過ごしながら既に季節も初夏を迎えている今日この頃の話である。
 俺は週末でもないのに昼日中を散策するという一高校生にあるまじき行為を行っていたのだが、これにもちゃんとした理由がある。
 というのも、学校が試験の為に午前中で終わり、そんなに時間があれば必ず騒ぎ出すハルヒが、
「あたし今日は用事があるから!」
 と、訊いてもいないのに宣言して教室を飛び出したからである。何の用事かは訊く気にもならなかったが、とりあえず暇になった事だけは間違いが無い。ここで大人しく帰ってから予習をする、などという選択肢を持たないのが正しい高校生の姿であり、俺は正しく高校生ライフを満喫したいので帰って着替えて即家を出たのであった。
 ところが正しくないプロフィールに彩られた高校生と長く過ごした弊害か、家を出たものの何もする事が思い浮かばない。これは参った、俺は何か変な事件に巻き込まれないと休日を過ごせなくなったとでも言うのだろうか?
 だがしかし、変な事に巻き込まれないと話が進まないというような状況では必ず変な奴が出てくるのである。たとえばこいつのような。




 …………………いつからそこにいたんだよ?




 深遠なる暗闇のような黒髪は周囲を覆いつくさんばかりに鬱蒼と全身を覆い。
 だが、その中でも白皙の顔は輝かんばかりに漆黒の真ん中に浮かび上がる。
 その輝き以外は黒い制服に身を固めている、もう夏も近いのにまだ長袖の冬服なんだよな。
 何にしろ、あまりにもいつもと変わらない。最初に会った時と同じ様な無表情。




 そうだ、周防九曜は気付けば俺の傍らにいてしまうのだった。




「――――――――――――――」
「……………………………………」
 そしてお約束の沈黙を挟んではみたものの、今回はどうすりゃいいんだ? とりあえずは定番ネタを入れてみる。
「で、佐々木はどうした?」
 あいつの学校のスケジュールは知らないが、俺達と同じなら今頃は試験も終わって帰る頃だろう。それならば九曜はそっちについてなきゃいけないんじゃないか? しかし、そこは手馴れたもので、
「試験が――――――あったの――――――その後―――――――補講―――――――」
 スラスラと佐々木のスケジュールを述べてくれたのだが、やはり進学校は違うものなのだな。俺がのんびりとこの宇宙人と会話している最中にも、佐々木は勉強中なのだと思えば些か居心地も悪くなる。
 だがここで気付いた。そういえば九曜の制服は光陽園だから同じ様な進学校のはずだ。それなのに何故こいつはこんな時間にここにいるんだ?
「おい、お前学校はいいのか?」
「―――サボって――――やったわ――――?」
 いや、それはダメだろ。だが成績などはこいつらならどうにでも操作出来そうだ、そういう意味では杞憂に終わるのかもしれない。
「後は―――――盗んだバイクで走ったり―――――夜の校舎窓ガラス壊して回るの――――――」
 そんなことしても何からも卒業は出来ないがな。よって俺はこの不良少女を止めねばならないのだ。
「やめとけ、そんなことしたら本当に退学になるぞ」
「―――――うそよね〜」
 まあそうだろうな、そういう悪い事に憧れる年頃なのかもしれない。というか、こいつは生まれたてホヤホヤなのだから反抗期などあるのかも分からないが。
 ただ、サボってまでやってる事が俺とのくだらないトークというのもいかがなものなのだろうか。大体こいつには佐々木以外にも仲間はいるのだ、たとえアレな連中であってもだ。
「という事でアレな連中はどうした?」
「―――――ツインテールは南米に―――――」
 何で?
「珍獣―――ハントとか―――100メートル走とかに――――」
 イモト?! それはどうぞ、いってQだな。
「もう一人は…………まあいいか」
「―――――アースマラソン――――中です?」
 おお、そいつはまた感動的な。というか本来の目的はどこにいってるんだろう、こいつら。
「ヨットから―――――連絡ありません―――――――」
 ほっときなさい、飽きたら帰ってくるだろう。
「―――――アーメン」
 そうだな、冥福だけは祈ってやろう。ということで相変わらず九曜は残り二人の事はどうでもいいらしい。これについては俺も大いに同意しておこう。
「―――いちいち―――考えるのも――――面倒ですよ?」
 そうですね、それでなくても最近はネタが無いからな。そんな裏事情はいいから、話を進めていいだろうか?
 だがしかし、俺は力強く宣言するしかない。そう、あの裏事情すらも前フリだったのだ。すなわち、
「お前を連れて行くネタがありません!!」
 どうだ、本当に試験が終った午後のアンニュイなこの時間に出かけただけでも僥倖なのだ。そんな俺がネタを追い求めるお前の要望に応えられるとは思うまい。
「がーん――――――エクスクラメーションマーク――――」
 全部を文字で説明するな! せめてビックリマークとかだな、分かりやすいものにしておきなさい。
「―――――クエスチョンマーク
 首を傾げるな、そして文字で表すな。非常に不愉快になるぞ、それ。
「ど〜もすいません――――」
 襲名おめでとう。一応手を頭にやってるから分かるが、古いネタもやるんだなあ。改めて引き出しを増やし続けるこの宇宙人の芸人魂には頭が下がる。
「だがネタはない!」
 結局ここに戻るのだが、それで引き下がるようなら芸人失格だろう。あいつらは前に出てナンボなのだ。
「よーし―――――それなら―――不思議探索だ―――――」
 それはお前が監視する対象じゃない方のヤツのセリフだ。というかいつの間にそんな事覚えたんだろうか?
 だがな? そのセリフに対するボケを持っていない俺じゃない、俺は九曜の脇に手をやって一気に持ち上げる。
「不思議な生き物だな、終了」
にょろ〜ん――――」
 よし、もう開き直ってこのネタも使うしかあるまい。というか、相変わらず体重をまったく感じさせない軽さだな。
 と、ここで俺は我に返ってしまった。よく考えてみろ、天下の往来で小柄な制服の見た目は悪くない美少女(認識されてるかは謎)を軽々と持ち上げて自分と同じ目線で話してる高校男子など何処からどう見ても変質者かバカップルだ。慌てて降ろそうとすると、
「―――たかいたかーい――――キャッキャ――――」
 よし、その年齢そのまんまな反応が通用すると思うなよ? むしろ痛々しいわ! 俺は九曜を降ろして周囲の視線から逃げるように、その場を離れるしかなかったのだった。
 ……………あれ? 結局なし崩しに俺は九曜を連れてかなきゃいけないのか?




 さて、あんな馬鹿なアクロバットを披露した俺と九曜なのだが逃げたはいいがどうしたものか。
「おい九曜、お前は何かリクエストはないのか?」
 それを訊くものでもないとは思うが、訊かないとずっとこのパターンな予感しかしない。それもそれで不本意なのだから現状を打破するためにも九曜の建設的な意見を求めておこう。まあ期待はしちゃいけない、相手は周防九曜なのだから。
「―――――――知らない町を――――歩いて――――みたいの――――」
 ほらな? どこか遠くへ行きたいらしい。だが全力で断わる!
「なして―――?」
 そんな金あるかい。それにもう昼は過ぎてるんだ、時間だってあまりない。遠くへ行くような用意もない。しかしあったら行くのかと言われるとちと困る。
「では――――知ってる町を――――歩いて―――みるわ―――――」
 あ、結局歩くのは確定なんだ。すると九曜はどこからか、主に髪の毛の後ろ側から何やら取り出した。
「…………何だ、これ?」
「まあ――――いいから――――いいから――――」
 九曜に半強制的に着けさせられたのは口にはめるタイプの入れ歯というか、簡単に言えば出っ歯だな。俺までお笑いの道に走らせたいのだろうか、こいつは。
「―――では―――しゅっぱーつ――――」
 まてまて、お前は何でそんな格好になってんだ? サングラスをかけた九曜をスルーするほど俺は目が腐ってはいないぞ。
「メガネと―――――出っ歯が――――二人で――――歩く――――」
 どこか近くへ行きたいんだなあ、っていうか何でそんなバラエティ番組の一コーナーネタなんだよ! しかも俺は出っ歯だぞ?!
「まあまあ―――――ツッコミは――――出っ歯ですから―――――」
 お前のせいだろうが! 俺はサッカーとかしないし、長年付き合った彼女に振られてもいねえ!
「―――――そこだけは――――不本意です――――――」
 え? 何が? どうやら九曜的には何か含むものがあるのか、ジッと見つめられたのだが。いや、非難されてる訳でもないが妙に居心地が悪くなる。
「あ、あー、しょうがないから付き合ってやるが、この出っ歯だけは勘弁しろよ?」
 はっきり言ってしゃべりにくい、とりあえず出っ歯だけは外しながら俺は九曜を連れて歩き出したのだった。
「カメラが回ったときは――――着けなさいよ―――――?」
 いや、どこにあるんだよ、カメラ。多分遥か宇宙空間にはあるのかもしれないが、そんなもんにカメラ目線も出来ないので放っておく事にする。
 こうして俺達は近くに行きたくはないけど散歩のような散歩に励む事となったのだった。うむ、結局このパターンなんだな。