『SS』 春はあけぼの 中中編

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 もう脱水症状が起こっていないのが奇跡だと思いつつもどうにか着替えを済ませたのだが、何故にここまでサイズが合うのかわからないパジャマについてはコメントを控えておかねばならないだろう。
 ふらふらになりながら部屋に辿り着けば、
「やあ、お風呂上りはコーヒー牛乳に限るねえ」
 と既にこの家の住人が俺を待ち構えているという算段である。わざわざ用意したのだろうビンのコーヒー牛乳は封も空いていないのがもう一本。
 聞くまでもなくコーヒー牛乳を手に取り、蓋をあけて一気に飲む。それを楽しげに見ていた上級生のお嬢様は、
「いやー、いい飲みっぷりだねえ」
 と拍手を送ってくれそうな明るい声で自分もコーヒー牛乳を飲み干したのであった。もうこの辺りはツッコミどころで無くなってるな、何故この部屋にまだ鶴屋さんがいるのかなんて考えちゃいけないんだろ。
 とりあえず一息ついたので目の前に座る鶴屋さんを眺めてみる。というか目を引かざるを得ない。何故かと言えば鶴屋さんは着物姿だったからである。浴衣じゃないのは分かるが、部屋着が着物というのは流石旧家のお嬢様と言ったところなのだろうか。
「ん? どうしたんだい?」
 いかん、ただ単に見てましたなんて言えるはずもない。かといって単に見てただけだし単に見られてしまう格好の鶴屋さんも悪いと思うのだが。
「いえ、着物で寝るのかと思いまして」
 旅館などに行けば浴衣で寝るのだからおかしなことではないはずなのだが、ここは俺も住む街中であり、俺の日常では着物を着て寝ることはないので多少違和感を持ってもおかしくないはずなのである。
「うん、うっとこはもうこれで慣れてるからね。部屋着は着物の方が多いんさっ!」
 やはり生活習慣というものが違うのだなと納得しつつも、次の質問をぶつけてみる。
「それで鶴屋さんは自分の部屋に戻らなくていいんですか?」
 もう風呂まで入った事だし時間もいい加減遅くはなっている。もちろん高校生が寝るには早いような気もするが、若い男女が二人でいるには遅すぎる時間帯ではないだろうか。何よりここは鶴屋さんの家であるのだから自分の部屋に戻るのが正しいはずだ、それともまだ何か話したいことでもあるのか?
 それに着物姿の鶴屋さんと二人きりのこの空間は非常に何というか居心地が良くない。決して不愉快という事じゃないんだ、むしろほのかに赤い頬や上げた髪、後れ毛の張り付いたうなじに少しだけ開けている胸元といった感じで湯上りの女性は美しいとしか言いようが無い。それが鶴屋さんほどの美人がそのような状態なのだ、これで意識するなというなら俺は不能と呼ばれても反論も出来ない。
 しかも無防備なのか安心してるのか、はたまた俺の存在などあってないようなものなのか、風呂上りで身体がまだ火照るせいもあるだろうが鶴屋さんとも思えないほどのしどけなさで、襟元は開き気味で谷間が見えそうだ。おまけに座り込んだ裾からは生足が覗いている。はっきり言って目のやり場が無い。
「うーん、もうちょっとキョンくんと居たいんだよ。ダメかい? もうおねむさんっかな?」
 まあまだ眠くはない、とはいえここにはテレビなどの娯楽品が無いので普通に過ごせばすぐに寝れそうだが。湯上りの身体を少し落ち着かせれば布団に入れば即睡眠といった感じではある、それならば鶴屋さんにもう少し付き合ってもいいのかもしれないな。
「分かりましたよ、ただ早めに部屋に戻ってくださいね」
 後はちゃんと着物を着てくださいと言いたかったが鶴屋さんの事なのでしばらくすれば整えてくれるだろうと思うことにする。いいか、決して見たかったからではない。視線を合わせられずに不審がられるのが分かっていてそんな事出来るか。
 とにもかくにも鶴屋さんの退屈しのぎが出来ればいい。少々目線が心配だが何とかなるだろう、さっきの風呂に比べればの話だが。
「それでね? さっきの話なんだけど…」
 どうやら話し足らなかったのは事実のようで、鶴屋さんは乗り出さんばかりに話し始めたのだが、すいません、谷間が強調されてしまうのでこちらに乗り出さなくてもいいんですけど。
 気にしなさ過ぎだとも思うのだが、寝る前まで楽しく話は出来るのはいいことなんだろう。天性の陽気さを持て余しているのかもしれないな、この家では。マシンガンのように次々と打ち出される話の数々はハルヒ以上の知識の深さと話術でもって俺を楽しませてくれる。対して俺は拙く返すだけなのだが鶴屋さんは笑って答えてくれた。
 いかん、長門のように何も話さなくても心安らぐ空間もいいが鶴屋さんのように打てば響く話のやり取りというのも楽しいものだ。元々話すのが苦手だとは思わなかったがこれだけ話しながら聞くのも上手いというのは鶴屋さんの人徳というか才能なんじゃないかと思えてくる。
 結局帰り道と同じような感じで俺達は話し込んでしまった。いや、さっきよりも距離が近いというか、遠慮がないというか気楽さが増している気がしてくる。あれだけ意識していた衣装もどうでもよくなり、鶴屋さんの笑顔にしか目線は行かなくなっていた。だからといって、胡坐はダメです、見えますから!
 とまあ、またも時間を忘れかけた俺なのだが、ふと見上げた先の時計を見て驚いた。いや、普段寝る時間も過ぎてるじゃねえか?! いくらなんでもやりすぎた、俺は慌てて鶴屋さんに謝罪する。だがこの大人物たる先輩は鷹揚に頷くと、
「いやー、あたしも悪かったよ。ついキョンくんだと話を盛り上げちゃってさ! そんじゃそろそろ寝るとしますか!」
 と優しくも許していただいた、というか自分も話していたから反省もあるのだろうか? いや、かの鶴屋さんがそう考えているとは思いにくいが。ともあれ意識しだすと途端に睡魔は襲ってくる、俺はだらしなくも大きく欠伸をしながら、
「すいません、それではまた明日ですね。おやすみなさい、鶴屋さん
 一応挨拶だけは済ませたが、よく考えたら俺は何処で寝るのだ? この部屋に布団を敷けというなら布団の場所を聞かねばならない。
「あ、隣に布団は敷いてあるからそっちで寝てくんないかな? こっちは後で片付けるにょろ」
 至れり尽くせりも甚だしいな。というかどれだけ広いのだ、この離れ。本当に高級旅館に泊まったような気分になってくる、しかも女将は本物の美人だ。これで文句などあろうはずがない、俺はありがたくも唯々諾々と従ったのだが。
「…………………どうなってるんだ、こりゃ?」
 見間違いではなければ俺が寝るはずの部屋には確かに布団が敷かれていた。問題があるとすれば布団が何故二組敷いてあるのかという事だけだろう。これはアレか? 過剰サービスというやつか? それとも、
「まさか………………なあ?」
 ありえるはずがない。これでは新婚旅行の初夜そのものである、一昔前のドラマじゃあるまいし手の込んだ悪戯にしてもタチが悪い。
「はあ、やれやれだ」 
 そう呟きながらぴったりと寄せてある布団を離そうとしていた時だった。
 確かに閉めていたはずの襖が静かに開く音がして、気配が入ってくる。そしてまた静かに襖は閉められ、
「…………………」
 無言で俺に近づいてきた気配は背後で座り込む。俺は布団から手を離し、振り返った。
「あのですね、流石にこれはやりすぎだと思いますよ」
 さっきまでと違い、ちゃんと着物を調えたこの家の令嬢は正座で俺の真後ろに座っていた。そこに笑顔がないことまで見落としていた俺は多少苛立っていたのかもしれない。
「いくら俺でもここまでやられたら怒りますよ、からかうにしても…」
「からかってると思うのかい?」
 え? そう言った鶴屋さんの顔は笑っていない。それにも関わらず目が離せないほど綺麗な顔に、俺は釘付けとなっていた。
「あのですね、俺だって一応健康的な男子ですし、こういうのはちょっと刺激が強いといいますか、」
「あたしだって健康的な女子なんだよ?」
 その言い方はどういう事だ? いや、第一この状況そのものがどうしてこうなってるのか分からない。何故俺は鶴屋さんと向かい合って見詰め合っているんだ?
 だが視線が鶴屋さんから離せない、その瞳から目を逸らせばそこで終わりそうな気がしてくるんだ。しかも瞳は吸い込まれそうな程に澄んでいる、まるで俺が映っているように。
 自然と距離が近づいていた、どちらからかは分からない。ただ瞳が大きくなっていたと思った時には俺の腕の中には長い黒髪の少女が居たというだけで。
「…………冗談、じゃ済まないですからね」
 ここで離れてくれれば俺はいつもの口癖を呟いて肩をすくめればそれでいい。そう思いながらも、そうならない確信のようなものもあった。俺がどれだけ鈍くても、
「冗談でこんなことしないよ……」
 といって目を閉じた鶴屋さんを前にしてしまえば。その唇が少し開き、まるで誘うような吐息を感じてしまったのだから。







 俺の唇が吐息を吸い込むように近づき、
「んっ……………」
 鶴屋さんの唇を塞ぐ。そのまま強く抱きしめるとゆるやかに抱きしめ返してくれる。しばらく唇を離さないままで抱き合うと、鶴屋さんの心臓の鼓動まで聞こえてくるようだった。
 唇を離すと甘い吐息が漏れてくる。わずかに開いた目は焦点が合っていない、それが、
「もっと……………」
 と囁くのだ。頭の中に靄がかかっていく、貪るように鶴屋さんの可憐な唇を奪った。経験などまるでない俺が、ただ欲望のままに唇を重ねてゆく。それは乱暴なまでに荒々しく、鶴屋さんは何も抵抗はしなかった。
「ぷぁっ…」
 息が続くまでキスをして、離れるのを惜しむように息を吸ったらまたキスをする。数えることが馬鹿馬鹿しくなるほどに唇が触れ合う。重なるたびに小さな肩が震えるのが可愛いと思った。
「ふぅ……ん………」
 鼻を抜けて息をつく、唇は離さないままで。抱きしめたままでそっと髪を撫で、持ち上げるように感触を楽しむ。
「は……ん……」
 髪を撫でられた時から鶴屋さんの反応が変わる。俺は頭を撫でながら唇以外にキスをする。頬に、目蓋に、鼻筋に、そして、
「ふぁああんっ!」
 右の耳にキスをすると、鶴屋さんが悲鳴のような嬌声を上げた。やはり耳は弱いようだ、調子に乗った俺は反対の耳を触りながら軽く耳たぶを咥えてみる。
「あ、いや……それ弱い………んっ!」
 逃げようとする動きの鶴屋さんを腕の中に抱えるようにして頭を固定する。本来ならば俺程度なら振る切る事も出来るだろう鶴屋さんが力無く俺のされるがままになっている。
 鶴屋さんの耳は柔らかく、舌を這わせるたびに、
「ひゃぁ…っ……」
 その反応が可愛い。だから耳元で、
「可愛いですよ、鶴屋さん……」
 そう囁いて耳の中に息を吹きかけた。
「ひぃにゃぁぁぁんっ!」
 背筋を伸ばして嬌声を上げる美少女はいつもの天真爛漫な健康さではない艶かしい声を上げている。
 

 もっと、その声を聞きたい。


 耳から鶴屋さんのおでこにキスをする。
「ふぇ?」
 意外だったのか、鶴屋さんの可愛い声を無視して何度もキスを繰り返すと、
「え? あ、あれ………?」
 生え際から真ん中にかけて唇を動かすと、
「ひ、ひゃあっ!」
 鶴屋さんの反応が変わっていく。全身を丸め、小さく縮こまりながら震える姿は子供のように可愛らしい。
「な、なんで? こんなって………」 
 特徴的、というか目立つからとは思っていたが、そのまま感じるとは思ってもみなかった。軽い気持ちだったのが熱を帯びてくる。キスではなく舌を出して舐めてみると、
「うぁ………」
 面白い反応が返ってくる。本気でおでこも性感帯なのか? それならば相応にじっくりと味合わねばなるまい。とばかりにおでこにキスをしながら耳も触る事も忘れない。
「んっううんっ! や、ん………そん……なっ………」
 どうして一々反応が可愛いのだろうか、この人は。経験豊富とはいえない俺が誘われるように鶴屋さんの顔中にキスをする。
「やっ………だめっ………キョンく………んっ………」
 おでこと耳は特に弱いようだ、唇が触れる前から敏感に反応するようになっている。弱弱しく俺の為すがままになっている鶴屋さんは子猫のように小さく震え、そのくせに俺の動きを待っているかのように拒否することもなく動かない。
 何だ? これじゃまるで俺がひどい事をしているみたいじゃないか。そんな事はない、鶴屋さんがこうなりたいと言ったんじゃねえか、頭の中に霧がかかったように俺は鶴屋さんにキスをする。
「はぁっんっ! いや……だって……」
 嫌なら突き飛ばせばいい。何もせずにされるがままになっているくせに。俺の中のどこにこんな心があったのか、嗜虐的ともいえる思いが全身を駆け抜ける。
 抵抗しない鶴屋さんの耳から首筋にかけて唇を這わせていけば、
「あ、あぁ……やっ………」
 口をだらしなく開き、焦点が合わなくなってきている瞳をしたその顔は凛々しく活発な先輩の姿など微塵も無い。そうさせているのが自分だと思うと背筋に電気が走るような気がした。
 もっとだ、この人の乱れた姿を見たい、何かが切れたように俺は鶴屋さんの引き締まった腰を抱いて引き寄せる。そのまま耳元で、
「いやらしかったんですね、鶴屋さんは。まさかこんなに感じるなんて思いませんでしたよ」
 と囁きかけてみれば、
「そん……なっ……! あ、あたしじゃなくてキョンくんが……」
 言い訳は聞きたくはないな、そのまま耳たぶを軽く噛めば、
「んにゃぁぁんっ!」
 嬌声を上げるような可愛い人には。何よりも俺自身がここまで鶴屋さんに対し強気になるとも思わなかったが、一度ついた勢いは止めるつもりもなかった。
 これは俺が暴走しているのか、それとも鶴屋さんだからなのか? 俺が攻めているようで鶴屋さんの瞳に誘いこまれているようでもある。ただ、二人がいてそれが重なり合うように抱きあっていた。
 右腕で腰を抱き、左手はうなじから右の耳までを優しく撫で上げ、唇は左耳を攻めている。
「あっ、やっ、あっ………ああっ……っ!」
 鶴屋さんの視線は宙を彷徨い、切なげな吐息と甘い声だけが可憐な唇から零れている。肩は小さく震え、うっすらと掻いた汗が全身をしっとりと濡らしている。身をよじらせる為に乱れた襟元を流れた汗が妙に艶かしく、視線の端でそれを捕らえながら耳の穴に舌を差し入れた。
 そうしながらこっちもそろそろ限界だ、なによりこの女性の体をもっと触れたい、貪るように。そう、ほとんど無意識のままに腕が上がっていく。
 腰に回していた腕は背中になり、右手は脇の下から前に回す。そして、俺の右手は着物の上から鶴屋さんの膨らみに。遠慮もなく全体を鷲掴みにした、手のひら全部で感触を確かめるように。同時に左腕で鶴屋さんの頭を抱え込み、耳の穴に指を入れながら唇を奪う。
「んむっ?! んー、んうっ! ん、ん、うんっ!!」
 抵抗とはいえないほどに微かに身をよじらせた鶴屋さんはむしろ触りやすいように位置を変えたかのようだった。しっかりと合わせている膝をくねらせているのは誘っているようにしか見えないな。もう太もも近くまでめくれた着物の裾から覗く生足が抱きしめているせいで俺の下半身に触れていて、そこからも快感といえる刺激を与えてくれている。
鶴屋さんエロいですね、そんなにいいんですか?」
「い、いじわる…………言わないで…………」
 目の端に涙を浮かべて小さく首を振る鶴屋さんが可愛すぎて。
「すいませんでした。可愛いですよ、鶴屋さん
 そう言って耳を甘噛みしながら強く抱きしめた。全身が完全に密着するかのように力を入れると、
「ひゃ、ああっ、あああああああああんんんんっっ!!!」
 鶴屋さんの全身が痙攣したかと思うと一気に力が抜け、俺に体を預けてしまった。もしかしたらこれは……………
「ん…………うん………ヒック………ひどいよ………キョンくん…………」
 涙声になりながらも俺にもたれたままの先輩がすごく小さく、か弱く見えてしまい。
「すいません、鶴屋さんがあまりも可愛かったものですから」
 今度は優しく抱きしめた。その時にも敏感に反応する鶴屋さんがまた愛しく思えて、
「うん…………でも、すごかったな……………」
 微笑んだその顔は今まで見たことの無い暖かさで俺を包み込むようだった。そしてほんのりと赤みが差した笑顔のまま、
「んー…………でも…………まだ…………ね?」
 などと言いながら真っ赤になっていく先輩の頬にキスをして、
「俺もまだ、ですから」
 と言ってしまった。その時のはにかんだ鶴屋さんの顔は誰にも見せたくはないね、あれは俺だけが見れればいい。
 時間の経過など知ったことではないが、まだ夜は長い、そう俺達は思っていた…………………