『SS』 涼宮ハルヒの別離〜それから〜
涼宮ハルヒの別離〜それから〜
キョンが去っていってから一ヶ月くらい経ったある日、バイトから戻ってきたあたしの元に奇妙な荷物が届けられていた。
なんかとっても薄い、ノート一冊分くらいの厚さで、それがダンボールで梱包され茶色の紙袋に包まれている。
宛名は……誰かしら……?
見覚えあるような名前なんだけど……
って、これ、キョンの本名じゃない!
誰からのものか分かった瞬間、あたしは叫ぶや否や、その紙包みを強引に引き破って中身を確認。
何かしら?
あ、ひょっとしてこれであたし……じゃなくてあたしたちと交換日記でもしようっての!?
などと中身が見えてくるまで自分でもはっきり自覚できる。
絶対にあたしは思いっきりニヤけているわ。
が、中身を確認できたあたしの表情には? のト書きが浮かんだのよ。
そりゃそうよね。
はっきり言って理解不能よ。輪投げの輪のような白いわっかが一つだけ入っていれば。
あたしへの贈り物?
まあ確かに腕にはちょうどいい大きさの……名前忘れた。
とにかくアラブ系の人たちが腕にはめているようなアレね。
おっかしいなぁ〜〜〜キョンの引っ越し先っていちおー国内だったと思うんだけど……
あ、手紙が入っている。
ええっと……何何?
…… …… ……
はて? さらに意味不明になるんだけど?
とりあえずこの手紙の通り、行動すればいいってこと?
あたしは?マークを頭の周りに数多く点滅させ、予想がまったく付かない、と結論を出した時、その数多くの?マークが合体して一つの大きな?になった気がした。
と言う訳で翌日の放課後。場所は勿論、あたしたちの本拠地、旧館の一角に位置する旧文芸部室。
「どうされたんです? 今日のバイトは休みにしてここに集合とは」
「あ、うん……なんかキョンから奇妙なものと手紙が届いてね……」
古泉くんの問いに、あたしはちょっと曖昧気味に返して、
「え、キョンくんから!?」
「……」
もちろん、みくるちゃんも有希も弾かれたように視線をあたしに向ける。
「そうなの……それで、もうそこに置いたんだけど、それを自分の定位置だった場所に置いてくれって……」
あたしが目で指すその方向には昨日、キョンから届けられた白いわっか。
「なんですかぁ?」「どのような意味が?」
もちろん、みくるちゃんも古泉くんも困惑するわよ。
いったいキョンは何だってこんなものを?
が、
「……この輪……まさか……」
って、あれ? 有希の声……なんか珍しく絞り出しているような感じがするんだけど……?
「長門さん、この輪が何か分かるのですか?」
「確証は持てない。まだ推測の域でしかない。なぜならわたしの知るものとは似て非なるものだから」
へ? 有希の知ってる何かに似てるものがあるの!?
「そう」
「じゃ、じゃあ有希が知っているこれの似てるものって何なのっ?」
気づけば、やや焦りながら勢い込んで聞いてるあたし。
「まったく関係のないものかもしれない。形が似てるだけで」
「それでも構わないわ! 何か解るかもしれないじゃない! だから!」
「では」
「うんうん」
「前にわたしが読んだ冊子にあり、それはもう少し大きな形であったが、壁やドアに付けると脱出不可能の牢獄や地下からでも地上に出られるという某ネコ型ロボットのポケットから出てきた――」
「関係ねえ!」
至極真面目に説明を始めた有希のあまりの回答に、あたしは思わずばっさり切り捨てるツッコミを入れるしかなかった。
「な、長門さぁん……」
ええ、みくるちゃんが思いっきり困った笑顔を浮かべて懇願するような声を漏らしても仕方ないわよ。
あたしだってそう思ったもの。
この雰囲気で、しかもキョンならともかく有希があんな冗談かますなんて想像もできないからね。
でもね。
キョンのいつもの語りの常套句で申し訳ないんだけど、有希の推測は半分外れで半分当たっていたのよ。
まさか、あんなことが起こるなんて想像もしてなかった。
確かにあたしは望んだこと。
でも本当にあるなんて正直言って思ってもみなかったの――
放課後と呼んでも差支えない、帰宅部の連中が下校してからおそらくは一時間は経過していることでしょう。
とりあえず、バイトを休んだあたしたちはまったりした団活に勤しんでいた。
あたしはネットサーフィン、みくるちゃんはお茶の配給と給湯機近くの椅子に座って編み物、有希は読書で、古泉くんは……
うん……一人で詰将棋を、本を見ながらやってるのよ……
古泉くんもそうだけど盤面の将棋の駒も何か寂しそう……
んで何とも言えない寂しい静寂がこの部室を支配してしまってるし。
そう言えばここにみんなで集まったのはキョンが居なくなる前々日の放課後以来だっけ……
あの時はみんなに迷惑かけて……あ、まだ誰にも謝っていないような……
などと物憂げなノスタルジックに浸っていたあたしの目に飛び込んできた一筋の光。
「何?」「え?」「これは……?」
あたしが声を上げる前にみんなが戸惑いの声を漏らす。
だって、キョンの席に置いたわっかから立ち上ったものだから。
どういうことよ? 何なのよ? いったい何が起こったの?
もちろん、あたしも愕然の面持ちを浮かべて団長席に座ったまま固まるしかできない。
しかしわっかから立ち上った光はどんどん高度と大きさを増していく。
え――!?
よく見ればその光の中に影が……って、その影も大きくなって人の形取ってくし!
しばし呆然と見つめていたあたしの眼前で信じられない光景が……
「よ、よぉ……久しぶり、だな……?」
光が収まり、そこに現れたのは、なんとも困った苦笑を浮かべた学ラン姿のキョンだったり。
「って、なんで!? なんでキョン!? どうなってんの!?」
ぜっんぜん予想の範疇に無かった出現にあたしは度肝を抜かれるしかないわよ!
まあ声を出せただけでも結構凄いことかもしんないけどね。
だって有希、みくるちゃん、古泉くんは絶句してるし。
「いやその……俺も最初はお前らみたいな顔したぞ……」
キョンが後ろ頭を掻いてあたしの声に反応してる。
再会の感動? あるわけないじゃない。
こんな超科学現象を前に驚嘆以外の感情なんて吹き飛ぶってもんだわ。
でもキョンの声にみんなの硬直が解けたのか、
「あの……いったい何が……?」
まだ震えてる声だけど古泉くんが問いかけているもんね。みくるちゃんと有希も同じような疑問の目をキョンに向けたもん。
「はは……まあ……一応説明させてもらうとだな……」
例の輪っかをつまみ目の前に持ってきて、
「まず、俺がここに来れたのはこいつのおかげってことは理解できるよな?」
そりゃそうよね。それ以外に今日、この部室に増えたものは無いし。
え? ちょっと待って。どういうことになるの?
「……聞いて驚けハルヒ……」
キョンの苦笑が濃くなったわね。と言うか驚く? あたしが?
「こいつは……『異世界人』がくれたものなんだ……」
は?
あたしは思いっきり間の抜けた表情をしたことでしょう。
「えっと……今、『異世界人』……って言った……?」
「おう」
「それって……この世界じゃない別次元の世界から来た人って意味よね……? 転校先で出来た友達とか外国から来た人とかじゃなくて……」
「もちろんだ」
ややしどろもどろに問うあたしに、どこか自棄っぽく開き直って応えるキョン。
「てことはあんた! 異世界人に出会ったってこと!? マジ!?」
「えらくマジ。いやもう嘘でも冗談でもない。つか、これが証拠だし」
再び苦笑を浮かべてキョンが輪っかをあたしに静かにゆっくり突きつける。
「まあ、そいつ……じゃないな、その人曰く、『異世界間は自由に行き来できるものじゃないし、下手に迷い込むと元の世界に戻れなくなる可能性が圧倒的に高いから間違っても異世界に行きたい、なんて思っちゃいけないわよ』と注意されたがな」
そりゃそうよね。だって異世界を想像してみると半端ない広さだろうし、どこにどんな世界があるかも想像できないし、まだ宇宙空間の方が狭いかもしれないもの。
自由に行き来できないことはあたしも認めるとして、ところで、その異世界人ってどんな姿してたの? というか、今の言い方だとその人、女の人?
「いやまあ……姿かたちは俺たちとそう変わらんが、セミロングの髪の色がシアン色ってところに違和感を感じて前の文化祭で長門が扮していたような格好した両目で色の違うつぶらな瞳の可愛らしい中学生に見えて、その実、年齢は二十歳過ぎの女の人だった。
なんか、別の並行世界ってやつの俺を知ってるようで、しかもその俺がその人とその人の住む世界を救ったことがあるらしく、本来はそっちの世界が目的だったらしいんだが、理屈はさっぱり分からんし聞いても理解できないと思ったから聞かなかったけど、とにかく移動がうまくいかなくてこっちに出てしまったらしい。しかしまあ、世界が違うつっても俺は俺ってことで一つ、金銭と体以外でお礼したいって言ってきたんだ。
だから、それにあやかって迷わずここと行き来できる何か、をお願いしたら、この輪っかをくれたってわけだ」
……なるほど。確かに異世界人なら中学生くらいに見えても大人ってことはあり得るわよね。この世界の常識なんて通用しないだろうし。
などと心の中で呟くあたしに、キョンはあの輪っかを手渡して、
「こいつは空間移動装置。超能力風に言うなら『テレポテーション』ってやつでな、この輪っかともう一つ対になるものがあってそれは今住んでるところの俺の部屋にあるんだ。んで、どんなに距離が開いていようと、この輪っかと向こうの輪っかが空間を隔てて繋がり、瞬時に長距離移動を可能にする道具だってよ。真偽は今、確かめられたからいいよな」
「キョン少しいい?」
「何だ?」
「何でキョンはこの装置をお願いしたの?」
「そりゃあれだ。その人は別次元から来たってことは、そういう装置があるって裏返しじゃねえか」
あっそうか。
「って、ちょっとキョン!」
「ああ解ってる。どうして俺がその人を連れて来なかったか、だろ?」
もちろんじゃない! せっかく現れた異世界人よ! ちゃんともてなしてあげなくちゃ!
今度はうってかわってあたしは浮かれまくった笑顔を浮かべているはずよ。
だって嬉しいことが二つあったんだもん!
キョンと再会できたし、異世界と異世界人の存在が確認できたし!
「しかしなあ、ハルヒ。その人はうまく移動できたわけじゃなくて目的地とは別のところに出たって言ったろ。となると目的地の俺じゃない俺が引きとめる理由はないと思うんだが……」
むう……確かにそうね……というか、それでも何か作りなさいよ! たとえば『あなたを歓迎してくれる人がいるから紹介したい』とか!
「すまん。それは浮かばなかった」
うぉい!
「しょ、しょうがないだろ! 俺だって咄嗟だったんだ! ここに来たいって願望以外のことに頭が回るもんか!」
「へ?」
「あ」
虚を突かれたあたしの声となんだか何かを暴露して気まずくなったキョンの声が重なり、
「ま、まあ……そういうこった……」
「う、うん……」
もちろん、あたしとキョンが考えたことは同じよ。
だからお互い赤くなってお互いを見れなくて俯くしかなかったもの。
そこ! 初々しいなんて言わないように!
んで、あたしたちは久しぶりに部室に全員集まって穏やかな時間を過ごしたわ。
ふふ。
本当にキョンが居るだけで全然空気が違うわね。
みくるちゃんは鼻歌交じりでお茶の配給に勤しんでるし、有希も読書に集中してるもの。
それに古泉くんが将棋を指す姿はとっても嬉しそう。
「まあ……一ヶ月かそこらでお前のスキルが上がるとは思ってなかったが……というかさらに弱くなってないか? せめて詰む前にお前の駒が一つでも成れよ」
「いえその、僕もなかなかスキルを上げる時間を取れなかったものでして」
キョンと古泉くんが苦笑を浮かべている。
これがいつもの風景。凄く馴染んだ光景。心から安堵できる情景。
いつまでもこういう時間が続くといいな――
なんてね。
あたしらしくもない。何物思いに耽ってるのよ。
と言っても笑顔のままなんだけど。
でも……これがキョンじゃなくて有希やみくるちゃん、古泉くんだとしても、それでも一人でも欠けるとやっぱり寂しいわよね……うん……
それだけあたしがみんなに依存しちゃってるってことなのかな?
中学時代は一人でも構わないなんて思ってたけど……もう、あの頃のあたしには戻れなくなっちゃった……
「どうしたハルヒ? 一人百面相して」
って、いきなりあたしのモノローグをぶち壊してくれるし。でも今日は許してあげる。
「余計なお世話よ。ところでキョンはいつまでこっちに居られるの?」
あたしはどこか井戸端会議のような笑顔の声で切り出すと、
「まあ、日曜には帰らなきゃならんさ。俺も向こうの学校に通ってるだけにな」
「てことは今日と明日、明後日までは居られるんだ」
「そうなるな」
「しかし、その装置があればいつでも来られるのでしょう? なぜ明後日までと?」
とと、古泉くんが割ってきたわね。
「あ……悪いがそこまで都合よくはないんだ……一応、この輪っかに充電みたいな、あの人の言葉を借りるならエネルギーチャージしないといけないんでな。一往復分のエネルギーを貯めないと作動しないんだ」
そっか。それはまあ仕方ないかもね。空間移動装置だけでも結構ご都合主義なのに、これ以上は望んじゃいけないわ。
「エネルギーチャージの所要時間は?」
という有希の問いかけに、
「約400000秒。日に直せば四日半くらい。つーわけで、日曜に帰って金曜日には使えるようになるってことだ」
何で四十万秒なのよ? それとアラビア数字よりも漢字で表記した方が文字数少なくて済むから。
「んなこと俺に聞くなって。これをくれた本人に聞いてくれよ。と言っても、知ってる本人はもう、この世界にはいないんだがな」
キョンが肩を竦めてやれやれとため息をついている。
あ、これもいつものことだよね。妙に嬉しくなっちゃう。
「では、今日はわたしの部屋に来るといい。そうすればその装置の解析もできるし、うまくいけば常に行き来が可能になるかもしれない」
ナイスよ有希。たしかにあなたの知識ならできるかもしれないもんね。
「んじゃあ有希に装置のことは任せて、キョンはあたしの家に宿泊すればいいわ。お客さん用の予備の布団くらいちゃんとあるから。んで明日は勿論不思議探索パトロール。日曜日はみんなでどこか遊びに行きましょ」
あたしはもちろんにこにこ笑顔のままよ。ん? あー多分幻聴ね。なんか有希から舌打ちした音が聞こえた気もしたけど気のせいに決まってるわ。
「確かにいい考え。しかし、わたしは彼にこの装置の詳細説明を求めたい。そうしなければ改ざんを誤る可能性がある。この装置について知っているのは彼だけ」
ふっふっふっふっふっ。ずいぶん穏やかじゃない。それはそうよね。有希ももちろんキョンと再会できて嬉しいだろうし。
「なあ古泉……なんかハルヒと長門の間に雷鳴が轟いて見えるんだが……?」
「気のせいではないと思いますよ。僕には背景に立ち上る炎が見えてます」
「ふみゅぅ……なんか二人とも怖いですぅ……あたしには竜虎が見えますよぉ……」
なんか外野がざわついているわね。ま、いいけど。
「あなたの家には両親がいる。彼も緊張する。その点、わたしは一人暮らし。あなたはもちろん彼も何度かわたしの部屋に来ている。だから気兼ねなくリラックスできるのはわたしの部屋の方。あと彼が両親に挨拶するのはまだ未来の話では?」
「そうね。確かに未来の話かもしれないけど、ウチの両親はそんなに拘るタイプじゃないわ。と言うか逆に気遣って両親ともども出かけると思うの。だから、充分、あたしの家でもリラックスできるわよ。有希はこの装置の研究する訳でしょ? お邪魔じゃない?」
「親友に苦労をかけたくない。これはわたしの偽りならざる心」
「もちろん、あたしも親友の有希だけに苦労をかけるつもりはないわよ。だから装置の研究だけに集中させてあげる」
「おーい……お前らぁ……?」
『なに?』
「い、いや何でもないっ! 何でもないぞ!」
さすがは親友ね。キョンに視線を移すタイミングは同じで声もちゃんとハモるし。で、キョンはいったい何を慌てふためいているかしら?
さてと有希とはお互いちゃんと納得して――と、あたしたちは再び向き直り、
「すまん古泉……お前んちに泊めてくれないか……?」
「ええ構いません。ですがそれでよろしいのですか?」
「仕方ないだろ。お前が男色趣味というのであれば即座に断るが、んな訳ないよな?」
「もちろんです。しかしどうして僕にはそういう噂が絶えないのでしょう……」
なんてキョンと古泉くんの苦笑満面の会話が聞こえてきて……
って、ちょっと!
「な、何だよ!?」
「何、副団長に迷惑かけるつもりでいるのよ! いい? 団員の苦労は団長が背負うものなの! だから、あたしの家に来なさい!」
と、あたしが吼えれば、
「平素、まとめ役の団長と副団長には気苦労が絶えない。団員としては団長と副団長には少しでも休養を取ってもらいたいと願う。ゆえに今回はわたしが苦労を背負う」
有希も冷静に正論を述べてくる。
再び、あたしたちは互いを見合わせて、
「有希、本音でいきましょう。その方がキョンも納得できると思うんだけど?」
「了解した」
うわ。あっさり首肯してくれるし。
で、でもキョンはあたしを選んでくれたんだし、有希もそれは納得してくれたはずなんだけど……
「彼は確かに貴女を選んだ。そして彼と貴女が結ばれた時にわたしは祝福できる意を抱いている。これは真実。しかし、彼が去ってから今日までの間にさらに冷静に熟慮する時間を得た。思い返せば、わたしは身を引くとは言っていないことに気がついた」
つまり?
「既成事実を作ってしまえばわたしにも逆転の芽が出る」
ちょ、既成事実て! それって開き直りじゃない! ていうかそれ脅しだから! あの時のプラトニックな有希はどこに行ったの!? つか、ゴ○チ○する気満々!?
「強敵と書いて『とも』と読むのはこの国の伝統。だからわたしはあなたのことを親友と思っているし、貴女に対しても彼とはある意味、真逆の好意を抱いている」
ふっ――マジで本音で喋ってるわね有希。でもあの時とはあたしのテンションも違うわ。
今ならあたしも――
「あのぉ……それでしたらみんなで長門さんの部屋でミニ合宿するというのは……」
ん?
「それよ!」
あたしはみくるちゃんの提案に即座に了承するのであった。
と、言う訳であたしたちは有希の住まい、高級分譲マンション708号室に集まったの。
「陳謝する」
で、これは有希が、あの輪っかを小一時間ほど検証してみんなの集まっているリビングに戻ってきての第一声。
「この装置の材質と仕組みはこの世界にないもの。さらに解析不能のエネルギーを用いた半永久式循環装置となっている。故にわたしに改良することはできなかった」
さすが異世界の代物ね。
SOS団一の万能選手・有希にもどうにもならないんじゃお手上げだわ。
「やけに諦めが早いな。お前らしくもない」
しょうがないでしょ。この世界にあるかないかは分かんないけど、少なくとも今、現在発見されていない原料が使われているんじゃ打つ手なしよ。
「まあな」
キョン、あんただけじゃないわよ。がっかりしたのはここに居るみんなも同じなんだから。
んで、いつまでもできないことに落胆しているのもあれなんで、あたしたちは思いっきり遊ぶことにしたの。
明日と明後日は勿論予定が詰まっているけど、今日だってまだまだ夜は長いんだもん。
だから、
「う……んと、キョンくん……動かないでくださぁい……」
「そ、そうは言いますが……あのその……」
「あたしも恥ずかしいんですぅ……でも……こうしないと……」
「いや! 当たってる! 当たってますって! と言うかあんまり圧迫させますと俺としても何と言うか……!」
「きゃっ! だめです! 我慢してくださぁい! あたしはまだ……」
って! ちょっとキョン! みくるちゃん!
「な、なんだよっ?」「ふぇ……」
その会話、この風景を見ていないと完全に誤解されるわよ!
「仕方ないだろ! ツイスターってのはこんなもんだ!」
むぅ……確かにそうだけど……
と言うか何であんたとみくるちゃんがペアな訳!?
「公明正大なクジによるものなんだから仕方ないじゃないか!」
あたしの剣幕にキョンが言い返してきたけど、確かにこれはクジで決まったもの。
ただねぇ……これで五回連続でキョンとみくるちゃんなわけよ……
まああんまり気にしてなかったけど、古泉くんもずっと読み手ばかり引くわね。それも凄い確率だわ。そう言えば前のクリスマスの時も読み手ばっかりやってたような……
って、どうなってんのよ? 誰かの陰謀?
「今度こそ――」
再びあたし、有希、みくるちゃん、キョン、古泉くんでくじ引きして……
結局、何回やってもキョンとみくるちゃんがペアになったからツイスターはやめた。
どうなってんのよいったい! こんなこと、あたしも有希も望んでいる訳がないじゃない!
そりゃあ……もしかしたら、よ。
まあ当たりくじは一本しかない訳で、お互いがキョンとペアになることを望むことは当然として、あたしは有希が、有希はあたしが当たらないように望んだかもしんないし、んでもって、あたしに自分の願望を具現化する力があったり、有希が実は普通の人間じゃなくて特殊能力を持っていて情報操作できるってのなら話は別かもしんないけど……そんなはずないもんね。
だって、仮にあたしにそんな力があるならとっくに宇宙人、未来人、異世界人、超能力者と出会ってるもの。でも現実にはまだ出会ってない。
唯一、確実に不思議だと胸を張って言えるのはあのジョン・スミスの一件だけよ。だって間違いなく出会って一緒に校庭に絵文字を描いたのに、しかも当時は新聞でも取り立たされていろんな人に説教されたのに、ジョン・スミスと名乗った北高男子生徒は結局どこにもいなかったんだから。
もう一つ、ないこともないけどアレに関しては夢なのか現実なのか未だに区別付いてないしなぁ〜〜〜。
んで、有希も外れ続けるってことは有希にも自分が当たるような情報操作できないってことだもん。
てことはこの立て続けにキョンとみくるちゃんだけがペアになるのは、ちょっと信じがたい確率だけどまったくの偶然でしかないわ。
それに、内容に興味が湧いたんで最近週刊誌で読んだ、そしてアニメ化もした超能力少女三人の物語に出てきたような、高望みさえしなければある程度は望みが現実化するノートが在る訳じゃないしね。
そう言えば、あのお話に出てくる赤毛のショートカットの子のアニメの声はあたしに似てたような……ま、いいか。
「布団は全部で三つ。どうする?」
もう夜もずいぶん更けちゃったのと明日は不思議探索パトロールがあるから寝ることにしたんだけど有希がそう切り出してきた。
くす。良かった。有希もその辺りは弁えているわね。自分の気持ちを押し込んで全員に問いかけてきたわ。
かと言ってあたしの気持ちを優先させるのはフェアじゃないし。
「そうね。じゃ、これもくじで決めましょ。誰と同禽になっても恨みっこなし」
「ふ、ふぇ……そ、それじゃキョンくんや古泉くんと一緒に寝る可能性もあるってことですか……?」
「なあハルヒ、それは倫理的にどうかと思うぞ? 男女が同禽したら逆に眠れないと思うのだが?」
「僕もこの提案に関しては……なかなか興味ありますけど、その……まったく深い意味はございませんが、もし彼と一緒になるならともかく、涼宮さんや長門さんと一緒になったりしますと……」
みくるちゃん、キョン、古泉くんが反論してきたわ。まあ言われてみれば確かにそうね。
みくるちゃんは分かんないけどあたしも有希も、古泉くんには悪いけど、キョン以外の男の子と枕並べるというのは抵抗ある、か……
「んじゃあごめんだけど古泉くんは一人で寝てくれる? あたしたちは四人でクジで一緒に寝る相手決めるから」
「了解しました。僕も女性と床を一緒にして理性を保てる自信がありませんので、少し残念な気はしますがなんだか安堵している自分がいます」
古泉くんが苦笑とも自嘲ともとれる笑みを浮かべてる。ありがと。いつもあたしとSOS団のみんなのことを誰よりも気遣ってくれていることには気づいてるからね。
「え、ええ!?」「おいハルヒ!?」
なに焦ってんのよ。大丈夫。あたしも有希も全然OKだし、キョンも本音は女の子と一緒に寝たいでしょ? もっと素直になりなさいよ。
「いやまあ……否定はせんが……」
「はい決まりぃ! これで多数決は三対一。民主的な決め方よ。異論は認めないわみくるちゃん?」
あたしの高らかな宣言に、
「キョ……キョンくぅん……」
「す、すみません! と言うかハルヒ! 今のは誘導尋問だろが! だいたいそれは民主的じゃなくて数の暴力ってやつだぞ!」
「いいの! じゃ、引くわよ!」
あたしはもう有無を言わさず、赤印二本、無印二本のつまようじを突き付ける。
団長命令は絶対なのよ。
「あぅ……分かりました……」「やれやれ……」「では」
三者三様に頷いてそれぞれつまようじを掴む。
さて、結果は――
う、ううん……本当に偶然なのかしら?
「ねえ有希……ひょっとして今回の出来事は何か因果があるのかな……?」
あたしは天井を見つめながら隣に居る彼女にそう声をかけていた。
どこか寂しげな声色で。
「可能性はある」
有希も淡々と答えてくれるんだけど、その声にはなんとも言えない落胆の感情が見て取れるのよ。
「貴女とわたしは同じことを望んだ。いや、望んでしまっていた」
「まあね。『キョンと一緒になれますように』、『有希(有希からすればあたし)と一緒になりませんように』だよね」
「そう」
隠す必要なんてないわよ。どうせお互い解ってることだもん。だってあたしたちは親友同士だから。
「そっか……二兎追うものは一兎も得ず……ってことね……」
「それと、人を呪わば穴二つ」
あたしは苦笑を浮かべるしかなかった。迷信かと思ってたけどそうじゃなかったみたい。
まあ、どちらかがどちらかを出し抜こうなんて考えてたんだもん。罰が当たったって文句言えないわ。
「キョン……みくるちゃんに変なことしてないかな……」
「していない」
「凄いわね、そこまでキョンを信じられるなんて……あたしはダメ……キョンが別の女の子と一緒に寝てると思うだけでネガティブになっちゃう……」
「それは当然の思考。正確に言えばわたしも動揺している。しかし、彼は朝比奈みくるに何もしていないことだけは断言できる」
「どうして?」
あたしが視線を天井から有希に向けると、有希もまた、あたしと目を合わせてきた。
「貴女は宇宙人の存在を信じる?」
……話が変わっちゃったし……でもいいか。変に悶々とするよりは有希と話す方が気が紛れるもん。
「信じてるわ。もっとも信じてない自分もいるけどね。それは宇宙人だろうと未来人だろうと超能力者だろうと同じよ。あ、でも異世界人の存在は信じるしかないわね。今日、キョンが証拠を持ってきたから。残念ながら世界間を自由に行き来できる異世界人じゃなかったけど」
「では宇宙人に出会うことができたとしても、貴女は変わらない?」
「ん?」
「仮に宇宙人に出会ったとする。しかし、その宇宙人には母星が存在しない上に宇宙船も不所持でこの星で生きていく以外の選択肢がないとして、他にも宇宙人はいるかもしれないけどそう簡単には出会えないと思える?」
「そうね。もし、そんな宇宙人に出会えたとしても別の宇宙人に会えるかどうかは、話はまた別だと思う。あと、今、有希が言った宇宙人に出会えたならあたしが一生面倒を見てあげてもいいかも。帰る場所がないんだからね」
「もう一ついい?」
「何?」
「わたしがその宇宙人だと打ち明けたら?」
…… …… ……
は?
「ええっと……今、『宇宙人』って言った……?」
どこか茫然としているあたしの問いに、有希が一ミクロンの肯定。
「……嘘でしょ……?」
「真実。これが彼と朝比奈みくるが何もしていないことを信じられる理由。なぜなら今、彼らが就寝ししている部屋はわたしが情報操作して、時間凍結をかけた情報制御空間になっている。つまり、彼と朝比奈みくるは時間が止まっている。よって彼も朝比奈みくるもお互いに何もできない。朝が来て、わたしがあの襖を開けたとき、その凍結が解かれる。彼らは布団に入ったという記憶と同時に朝が来たと錯覚する」
ちょっ! マジ!?
「えらくマジ」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「エマージェンシーモード」
言って、有希は再び天井に視線を向け静かに瞼を下ろす。
あたしはただ、驚嘆に絶句して固まるしかできなかった。
翌日、土曜日。
「あー今日は誰が一番遅いとかないよな? ワリカンだよな?」
光陽園駅北口に着いた途端、キョンが苦笑を浮かべてそう言ってきた。
ま、しょうがないわね。今日はみんなでここに来たんだし。
「もちろんよ。でもね、だからってがつがつするんじゃないわよ! みんなの割り振り分が増えちゃうんだから!」
「分かってるって。というか、それはお前にも言えるんだがな」
うわ、失礼な奴。
てことで、あたしたちは馴染みの喫茶店に入って、お茶した後、いつも通りの班分けくじ。
今回は――
「ふむ。この組み合わせね……」
あたしはなんとも言えないやるせない気持ちで無印の爪楊枝を眺めていた。
と言う訳で午前の部の班分け!
赤印、キョンと有希
無印、あたしと古泉くんとみくるちゃん。
やるせない理由?
そりゃもちろん、有希とキョンが一緒になったからよ。親友にして恋のライバル、でも、昨夜の話をそのまま信じるなら宇宙人の有希。
「心配いらない。わたしは何もしない」
出がけに有希がそっとあたしにそう耳打ちしてきたんだけど……
なんとも不思議なもんね。その言葉、どういう訳か信じられたから。でもどうしてだろう?
有希が何か情報操作したのかしら?
「昨夜、貴女はわたしの言葉を信じてくれた。だからわたしもあなたに嘘を付かないことを誓う。これがあなたがわたしの言葉を信じることが出来た理由。わたしがあなたに真実を話す理由」
どうかしら?
なんて、わざと意地悪く言ってみると、
「あなたのいないところで彼を落とすのはフェアじゃない。お互いが納得し合ってこそ、彼と一緒に居る権利がある」
涼やかに返して有希はキョンの元へと向かう。
ま、信じてみましょうか!
あたしも吹っ切って、古泉くん、みくるちゃんを従えて、キョンたちと別の方角へと向かっていった。
と言う訳で、あっさり午前終了。
有希の言ったとおり、有希はキョンに何もしてなかった。
理由? んなもん、キョンの顔を見れば一目瞭然よ。キョンの心情を読むことに関してはあたしは有希どころか誰にも負けてるつもりはないんだから!
さて、今度は午後の部の班分け。
…… …… ……
だめよ! だめだから!
なんて心の中で呟いてはいるんだけど、顔は思いっきりにやけてしまってるわ。と言うか、この気持ちを抑えられるわけないじゃない!
なんたって午後はあたしとキョンになったんだから!
あ、でも、午前の時は有希はキョンに何もしてなかったんだし、あたしも何かするのは良くないような……
「おーい、ハルヒ。早く行くぞ」
「あ、うん」
ちょっと考え込んでいたんだけどキョンが呼んだのでそっちへと駆けていく。
そうね。とりあえずやましいことは何もしないでとにかくキョンと遊んで回りましょう! もちろん、健全な方向でね!
なんて考えたんだけど……
ちっとも遊び回ることなんてできなかったのよね。
何故かって?
それはね、
「すーすー」
あははははははは。可愛い寝顔じゃない。
などと乾いた笑いを浮かべるあたしの右肩は今、キョンが占拠してしまっていたり。
ううむ……有希が宇宙人ってのを信じるしかないわね。
有希は、昨夜、キョンとみくるちゃんの部屋の時間を凍結したって言ってたけど、言い換えれば、それはキョンとみくるちゃんの感覚からすれば一睡もしていない、ってことになるから。
あたしたちは動くこともできないのでとりあえず公園のベンチに座ったまま。
緑に囲まれたこの公園はなんとも静寂に落ち着いていてゆったりと時間が流れている。
時間もたっぷりあるし、今はこのまま寝かせてあげるわよキョン。
ちらりと横目でキョンを見る。
もちろんキョンはあたしの視線に気づかないんだけど別にいい。
と、ゆったりした時間をこのまま過ごしたかったんだけどそうは問屋が卸されないのは、今回の作者が作者だけに、お約束ってことね……
……ったく、ほのぼのした恋愛模様をこうまで書けないと見事なもんよ。少しは甘いシーンを書きなさいっての。
その通りに行動してあげるから。
って、あたしは誰に何を言ってるのかしら。
しかしまあ、
「よぉよぉ、見せつけてくれるじゃねえか、おい」
あたしが思いっきり不機嫌に睨みつける先に、絶対にモテそうにない貧相なチンピラが五人もいれば、こんな不快な現実からは目を逸らしたくなるのは仕方がないってもんよ。
「そんな月並みな台詞言ってどういうつもり? あたしは普通の人間には興味無いの。相手してほしかったら他に行ったら? あっちにもたくさんいるわよ」
てことで、くだらない口上をのたまったチンピラその1にダメ出しをしてやる。
「へっへっへっへ。そうは言うが男が寝ちまって退屈なんだろ? オレたちが相手してやるって言ってんだぜ」
人の話を聞かない奴ね。
なら、あたしもあんたたちの相手する気ないわ。
ということで今度は聞く耳持たずに無視。
ほんと、せっかくキョンと二人でいい気分だったのにぶち壊すなんてどういうつもりよ。
「おいおい、そんなむくれてちゃ可愛い顔が台無しだぜ」
「な、何よ!」
当然声を上げるあたし。だってチンピラその2とその3が下劣な笑いで近づいてくるんだもん! 気持ち悪いに決まってるじゃない!
キョンをギュッと抱きしめる。
しかし、
「んな!?」
チンピラその2が驚愕の表情を浮かべてその足を止めた。と言うか、あたしも驚いた。
理由?
そりゃね。いきなりあたしの後ろから頬をかすめて杖みたいなものが飛び出してくれば誰だって驚くわよ。
「……ったく、大の男が集団でかからないと女の子一人ナンパできないわけ?」
しかもその直後に後ろから聞こえてきた声は幼げで甲高くはあったけど全く聞き覚えのないものなんだからこれはもう二重の驚きよ。
みくるちゃんに似てないこともないけど、みくるちゃんと違ってかなりはっきりした口調だし。
「よっと」
刹那、後ろの物陰からあたしたちを飛び越えて、あたしとチンピラ五人の間に割って入ってくる一つの影。
それは、まったく見覚えのない女の子。でも何故か既視感を感じちゃう。
……何故?
え? その子がどんな子かって?
そうね。身長はみくるちゃんよりも低く、んでもって有希よりもスレンダーボディなことは後ろ姿からでも容易に想像できて、どういう訳か濃い紺のとんがり帽子と同じ色のフードを身に付けた、ぶっちゃけ基本に忠実な魔女っ子スタイルの子よ。
あ、とんがり帽子から覗くセミロングのヘアカラーは水色だし。
ん〜〜〜どこかで聞いたような格好なんだけど……
「な、何だてめえ!」
「あんたたち、邪魔だから消えて♪」
チンピラの一人の質問をバッサリ切って捨てて、声からするとなんだか無邪気な笑顔を浮かべているような気がしてならない彼女はチンピラどもの次の句も待たずに杖を軽く回すように振るう。
刹那、あたしたちが座っているベンチを中心に、ううん、正確には魔女っ子を中心にいきなり暴風が渦巻いた!
って、何これ!?
「ウィンライズボム!」
魔女っ子が吼えて杖を空へと突き上げるといきなり周囲に響く爆発音!
その爆発にチンピラどもは天高く吹き飛ばされ、見えなくなると同時になんだか上空で星になったんじゃないかと錯覚する光が瞬いたし!
「さてと、ありゃ? キョンくん、寝ちゃってるのね。どうりで今の連中が寄ってきたはずだわ」
にも関わらず、見たままで判断させてもらうけど、今の爆発を引き起こした張本人の女の子が振り返って何事も無かったような笑顔であたしたちに声をかけてくる。
よく見たら両目で色が違うわね……って、あれ? どうやらキョンのことを知ってるみたいなんだけど……
「この世界のあなたとは初めまして、ね。ハルヒさん」
え!? 何であたしのことも知ってるの!?
あたしはただ、驚嘆に固まるしかできなかった。
……はっ!
…… …… ……
あれ? ここは……
どういうこと? 何か、いきなりあたしの部屋だし。
ええっと、ええっと……
ちらりと自分の勉強机の上を見やる。
そこには、茶封筒に包まれた、でももう破られた荷物が一つ。
確認してみるとそこには『Dairly』と書かれたノートが一冊あるのみで、すぐそばにはキョンからの手紙もあって、そこには、まあ、キョンは「お互いの情報交換のために」にしてあるけど、ありていに言ってしまえば『交換日記しよう』と書かれている便箋。
なんだ……夢だったんだ……
やっと頭がはっきりしてきて、昨日までの『現実』のことをようやく思い出した。
あたしは思わず苦笑を浮かべたわよ。
そりゃそうよね。
三千世界でも夢の中じゃ、それを当然と思って見てるもの。
それにあたしの願望の一つは宇宙人、未来人、異世界人、超能力者に出会うこと。
そしてそれをキョンと一緒に分かち合いたい。
だから、今回みたいな夢を見たのね。
それもそのはず。
なんたって今日はキョンが来てくれる日。
転校して行ってから一ヶ月。
約束を守ってくれたんだ。
向こうでバイトして旅費を貯めるって。
バイト料が出たんだ。それもこっちに来れるほどの額が。
昨日、メールじゃなくて直接、あたしに電話があったんだから間違いない。
嬉しい気持ちを抑えきれなくて、その気持ちが爆発して、あたしがあたしに見せてくれた夢だったんだ。
まあ、一部、納得できないシーンもあったけど、たぶん、それはあたしが、キョンと居たいという気持ちをみんなが持っていると思っているから、みんながキョンと楽しんでる夢を見たかったからそうなってたんだ。
今でもはっきり覚えてる。
古泉くんの嬉しそうな顔。
みくるちゃんのちょっと恥ずかしそうだけど喜んでいる顔。
有希の安堵に満ちた顔。
キョンの、みんなと一緒に居れて幸せそうな顔。
んで、夢の中のあたしは物凄く弾けそうなくらいの笑顔だった。
全部覚えているし、これからも忘れない。忘れたくない。
宇宙人や異世界人、某ネコ型ロボットのお話に出てきそうな未来的装置、魔法という名の超能力に出会うことは今日もできないかもしれない。
でも、今日のあたしなら、それでも夢の中のあたしと同じ笑顔を浮かべることができる自信はある。
恋愛なんて精神病の一種だなんて思っていたけれど。
かかってしまったら一生治ってほしくないとも思うものなのね。
『不思議なこと』に出会いたい気持ちと同じくらい、ううん、それ以上にキョンに会えることがこんなにも胸を躍らせるなんて。
それにしても夢の中に出てきた異世界人の子って何者だったのかしら?
あたしはああいう子に会った覚えがないんだけど設定がやけに細かかったような……
ん?
ひょっとしてそうでもないのかな?
あの格好って映画の時の有希の格好だし、両目で色が違っている役はみくるちゃんがやってたわ。
しかも最後にあの子が放った魔法。
あれは映画では使わなかったけど、いちおー考えてた『みくるタイフーン』にそっくりじゃない。
それに魔女っ子と言えば露出が少なければああいう幼児体型が定番だし。
なぁんだ納得。
前にゲーム作りしてた時にキョンが言ってたデジャブの理屈を思えば、あの子の正体はモンタージュってことね。
あれ? でも夢の中のキョンは「中学生に見えて実質二十歳すぎ」とか言ってたような……
ううん……ここら辺の説明が付かないんだけど……
ま、いいか。
夢の中なら何でもありよ。
あたしはそう自己完結して家を飛び出した。
雲一つない爽やかな晴天に包まれた実に気持ちのいい朝へと。
「遅い。罰金」
って、有希! それはあたしの決め台詞だから! しかも棒読み!
「でも、今日は涼宮さんが一番遅かったですよ。ですから涼宮さんの奢りですね」
と言いながらにっこり微笑むみくるちゃん。
うわ、みくるちゃんも言うようになったわね。
そりゃ、確かにみくるちゃんに縋っちゃったことがあったんで、それ以来、少し目上の人って見方になっちゃったことは否めないけど……
「まあまあ。今日は久しぶりにみんなで集まれるんで、皆さんテンションが高いんですよ。多少の無礼講は大目に見ましょう。涼宮さん」
宥める笑顔を浮かべる古泉くんも今日はいつもと違って笑いに硬さがないわね。
思いっきり心から笑ってるでしょ。
「い、いえっ! 決してそんなことはっ!」
「ツンデレ」
「古泉くんも素直じゃないですね」
古泉くんのしどろもどろの言い訳に有希とみくるちゃんがどこか小悪魔っぽくツッコミを入れている。
「いいのよ古泉くん。みんなキョンと会えるのが嬉しいんだからそれを抑える必要はないわ」
「ごもっとも」
もちろん、あたしも笑顔のままよ。
ふふっ、いったいあたしはいつからこんなに素直になれたんだろ? 自分でもよく分かんない。
でもまあ一つだけ確実に言えることがあるわ。
あたしたち五人はいつまでも変わらない。
成長とか進路とか生活環境とかいった変化はこれからもたくさんあるだろうけど。
それでもみんな、死ぬまでSOS団としてずっと変わらないで付き合っていけるだろうということだけは確信できる。
ううん、天国でもみんなで一緒に居られるだろうし、生まれ変わっても一緒になれるはずよ。
それはキョンも同じ。
今は遠くにいるけれど、こうやってみんなに会いにくる。
いずれは必ず戻ってきてくれる。
だってキョンもみんなと在りたいと思っているから。
それを信じられるからあたしは、あたしたちは変わらないって断言できるのよ。
「さ、みんなでキョンを迎えに行くわよ!」
「はい」「では」「了解」
言って、あたしたちは改札口へと向かう。
到着予定時刻まであと数分。
最高の笑顔を浮かべたまま。
あたしは駅の入口をくぐっていった。
涼宮ハルヒの別離〜それから〜(完)