『SS』 長門有希の焦燥 5

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「あなた、まだやる気なのね? それとも私に勝てるとでも思ってるのかしら?」
 その笑みはまやかし。わたしは今はそれを理解している。
朝倉涼子の笑みは、あなたのように下品てはいなかった」
 そう、あなたは朝倉涼子ではない。彼女の誇りまで汚したあなたを許さない。
「言ってくれるわね!!」
 朝倉涼子の擬態は高速で接近する、腕が形状を変化してわたしを貫こうをするがシールドを展開して攻撃を遮断する。網膜で光量を調整、閃光を防ぐ。
「チイッ! 能力が復元している?!」
 先程までのわたしではない、情報統合思念体はわたしの全能力を支持している。今度はわたしの番、
「Unknownを敵性と判断、情報解除の申請」
 攻性情報の構成を開始、敵はわたしの情報をベースに朝倉涼子を形成している。つまりはスペックは朝倉涼子と同等、その能力はわたしが一番良く理解している。
「パーソナルネーム長門有希を敵性と判断、情報解除を申請するわ!」
 わたしがコンタクトしている思念体からは何も反応は無い。ある訳が無い、あれは情報統合思念体ではない。ただし能力は同レベルと認識して間違いは無い。
 前回の戦闘時は彼を守りながら体内に構成した攻性情報を直接注入するという手段を用いるしかなかった。
 だが今回は違う、彼の守りには喜緑江美里が存在する。わたしは当該相手の排除のみに専念出来る、能力は全て攻勢に配分出来るのだ。
 拳に攻性情報を蓄積、形成変化は………………不要。わたしの肉体が変化している姿を彼に見られたくない。それに、
「速度が増してる?! そんな、データよりも反応速度が上がっているというの!」
 擬態が驚愕しているのは当然、わたしが知る情報統合思念体の能力は一部でしかない。今のわたしは喜緑江美里を介し、情報構成能力の提供を多く受けている。
 スペックに差が出てくるのは自明の理なのだ。最早擬態の攻撃はわたしのシールドを破壊する事は出来ない。
「これならどう!?」
 擬態が制御空間内に結晶の槍を出現させる。虚空を埋め尽くすような圧倒的質量が一斉にわたしと彼に襲い掛かった。
「…………無駄」
 わたしと喜緑江美利がシールドを展開し、そのシールドが繋がってドームを形成する。ドームに結晶の槍が衝突し、砕け散った結晶は光の粒子となって空間内に消えていった。
「うわああああっ!!」
 閃光と轟音に彼が驚愕の悲鳴を上げるが、影響は無し。彼の視覚と聴覚に制限を施していなかった為に衝撃は大きかったと推測される。迂闊、わたしのミス。
 しかし彼には粒子の一つも接触はさせない、我々インターフェイス二体分のシールドを貫ける程の攻性情報は地球上で作り出せるとすれば涼宮ハルヒの創造能力のみ。
「くっ!! これほどまでとは………」
 空間内から結晶が全て消えたと同時にシールド開放、高速移動で擬態に接近する。彼女が両腕で庇うのも構わず拳をぶつけた。攻性情報を展開、接触部より情報解除開始。
 朝倉涼子の擬態がシールドを展開、わたしの攻撃を防御する。だが直接打撃のダメージにより空中を吹き飛び、空間内の壁に激突した。衝撃で壁が崩れ、瓦礫に擬態が埋まってゆく。
 しかし手応えは無かった、わたしは身構える。
長門有希ぃーっ!!」
 瓦礫を巻き上げながら擬態が立ち上がる。その顔には微笑みなど皆無。怒りに歪むその表情にわたしが見てきた朝倉涼子の面影は無い。
「私は! お前を! 消去するっ!!」
「……………うん、それ無理
 同時に飛び上がったわたし達は空中で激突する。肉体形成で槍状となった擬態の腕を掴むと振り回して投げつけた。地面に叩きつけられた擬態、クレーターが生じ、土煙が周囲の視覚を奪う。彼は…………喜緑江美里のシールドは展開中、影響は無い。
 そのまま空中で姿勢を変え、クレーターの中心へと突入する。視界には入らなかったが、既に擬態は立ち上がり構えていた。落下速度で勢いをつけた拳を叩き込む。
「グウッ!」
 両腕を交差してわたしの攻撃を受け止めた擬態。だが構わずに攻性情報を全身に開放、自らを砲弾のように擬態に突き刺してゆく。
 地面が割れ、擬態の足がめり込んでゆく。が、腕を振るわれ、わたしは跳ね飛ばされた。体勢を整えて着地する。
「チイィッ!!」
 擬態が襲い掛かってくる。その攻撃の一つ一つから多量の攻性情報を感知、わたしは接触を避けて全てをかわす。
「あ、当たらないっ?!」
 当然。あなたの攻撃は既に読めている、先程のわたしの被害は経験となってデータを蓄積させていた。そのパターンは単調、朝倉涼子ならば有り得ない。 
 何故ならば彼女は、朝倉涼子は優秀だったのだから。擬態であるあなたにわたし達の戦闘パターンの思考トレースは限界があった、その事をわたしは情報封鎖により感知し得なくなっていたのだ。
 膨大な情報を制御出来ないままに、単純な暴力としての手段しか選択出来なくなった擬態は闇雲にわたしへの稚拙な攻撃を繰り返すのみとなっている。情報統合思念体ではない擬態の思考能力の限界はこの辺りだったのだ、そこに気付けなかったとは。
 わたしは冷静に擬態の攻撃を回避する。安易な接触は攻性情報の暴発を招きかねない、相手の疲弊を誘導しながらこちらの情報空間を制御してゆく。これは空間の奪い合いでもあるのだ、相手はまだ高度な情報戦を経験してはいない。
「………制御空間支配率35%」
 喜緑江美里に視線を送る。情報の交差、彼女の支配率も同等。これでこの空間の支配率は五割を超えている、敵性はまだ認知していない。
 戦闘は我々に優位に推移している、しかし油断出来ない。情報統合思念体のデータを持つ敵に気取られれば逆転される確立は高い、その能力は我々インターフェイスよりも上位であるのだ。
 敵はまだ情報空間での戦闘方法を理解していない、ここまでの戦闘は想定外であったことは想像出来る。わたしが情報を操作され続けている限りは情報統合思念体としてこの世界の上位体として存在出来ていたのだから。
 そう、敵はわたしの情報を吸収して情報統合思念体を形作っている。それは即ちわたしの知るデータでの情報統合思念体の能力そのものであるのだ。ならばこれは情報戦であり、直接戦闘はそれに付随する要素に過ぎない。よって、
「何故?! 私の攻撃はあなたよりも上のはず!」
 単純攻撃のみに執着している今の時点で決着をつけねばならない。攻撃を受け流しながら、喜緑江美里の情報操作を待つ。彼女も彼をシールドで守りながらの情報操作はインターフェイス体に多大な負担をかけていた。普段の彼女ならば数瞬で構成出来る空間支配が今以って完成していない事でもこの空間内の情報量が大量であることが分かる。
 情報の嵐の中で、ひたすら切れ目を待つように、わたしと喜緑江美里の作業は続く。
「しつこいのよ、あんた達はぁっ!!」
 空間の再び結晶の雨が降る。喜緑江美里がシールドを展開しているが、空間制御に能力を奪われていた。
「いけない!!」
 シールドは無事だったが、地面が衝撃で裂けた。地盤の緩みまで考慮出来なかったのだ。わたしも戦闘に集中し過ぎていた、そこを突かれたのだ。
「うおおっ?!」
 地面が裂けた衝撃で彼が空中に跳ね飛ばされた。このままでは地面の裂け目に彼が飲まれる!
「不覚でした!」
 喜緑江美里がシールドを解除して彼を空中で支えた。その体勢は危険、わたしの身体が瞬時に反応する。
「!!」
 擬態の攻撃を間一髪で受け止める事には成功した。だが、代償としてわたしの右腕が攻性情報により切断されて吹き飛ぶ。痛覚を遮断、止血処理を同時に行う!
長門ォーッ!!」
 彼の絶叫を聞くのは苦しい。けれどもまだ肉体の再生には情報構成を回す訳にはいかない、擬態は攻勢を仕掛けてきていた。最早かわす訳にもいかない、これ以上空間そのものに影響があれば崩壊して時空の裂け目に落ちる事となる。わたしはシールドを構成して攻勢を全て受け止めた。
「………くっ!」
 衝撃が全身を貫き、わたしは勢いに押されて体勢を崩した。そこを擬態に追撃される、わたしは喜緑江美利の構成したシールドに叩きつけられた。
長門、ながと!!」
「動かないでください!」
 彼がシールドを飛び出そうとして静止される。彼に心配をかけている、それが苦しい。わたしは彼を振り返り、
「大丈夫」
 一言だけそう言った。わたしの全ての思いを込めて。
 そして彼は一瞬だけ唇を噛み締めた。
「……………負けんなよ、長門
 その言葉がわたしに力を与えてくれる。彼の信頼に応えてみせる、わたしの世界の為に。
「もうあんた達はお終いなんだって分からないかなあ?!」
 竜巻を生じるような高速の回転で繰り出される攻撃を左腕に派生させたシールドで受け続ける。喜緑江美里の展開させている空間に影響を与えてはいけない。わたし達だけではない、空間内には彼がいる。
「ほらほらぁー!! どうしたのよ長門有希!!」
 あと少し。彼を庇った為に想定よりも時間はかかったが、確実に空間内の占拠には成功している。後は喜緑江美里の…………
「埒が明かないわね、これで最後よ!」
 空間内を埋め尽くす結晶の槍が収縮して統合される。巨大な槍はわたしと背後の彼に照準を合わされていた。
「死になさいっ!!」
 音速を超えた槍が周囲の空間を破壊しながら高速で迫る。駄目、これほどの攻性情報は受け止めきれない! その時だった。
長門さんっ!」
 喜緑江美里の声。同時に流れ込んでくる大量のデータ。
「情報制御完了です」
「了解」
 わたしは構成する、この空間の支配はわたしのもの。空間を切り裂く槍の周辺にわたしの構成した結晶を展開。
「なっ?!」
 驚愕に見開かれる擬態の瞳。完全に気付かれなかったのだ、わたし達の作戦は成功を収めた。
 結晶は槍を包み込み、わたしの手前で消滅した。
「そ、そんな…………」
 擬態の注意が逸れた、今! わたしは高速移動で擬態に接近、残った左手で擬態の頭部を掴む。
「ガアッ!」
「情報解除、開始」
 体内で構成された全攻性情報を一気に注入する。
「グ・ア・グアアアアアアアッ!!」
 擬態内に残されていた攻性情報が制御しきれずに空間を破壊しようとするのを全て消去しながら、わたしは擬態の情報構成の解除に全力を傾けた。
 朝倉涼子の形を模写した擬態が、光の粒子となって消去されてゆく。
「あ………あ…………」
「やはりあなたは詰めが甘い、朝倉涼子以上に」
 彼女の形を取った事でわたしは迷わされた。しかし、彼女はあなたではない。
「…………な…が……と………」
 その声でわたしを呼ばないで。消えていく擬態が最後に残したのは、わたしの名前だった…………

 








「終わりましたね」
 既にシールドを解除した喜緑江美里が声をかけてきた。
「………お疲れ様でした」
 通常の微笑みを浮かべた顔を見れば、まるで先程までの戦闘が幻のようである。わたしは肯定の意思を頷きで伝えた。
長門!!」
 その声がわたしを支えてくれた。あなたがわたしを救ってくれた。
 わたしは今、ようやく彼と向き合えたのだった。全てが終わりを告げるのだと、わたしはようやく認識出来た…………