『SS』 たとえば彼女の……… 7
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「俺は行くぜ、すっかり暗くなっちまった」
未練というにはあまりに幼いような心情を振り切るように、キョン子から離れる。そろそろ九曜も戻ってくるだろう。
「…………うん」
それでも名残惜しそうなキョン子を見るのは心苦しいが、引きずるのも良くないんだ。
「―――――お待たせ――――してました―――」
うわっ! いきなり出てくるな! というか最初からいたんじゃねえか? 俺の零距離背後から声をかけた九曜は先程までと同じような無表情なのであった。
「では―――――」
九曜が右手を差し出した。どうやら行きと違って余裕があるみたいだな、俺もその手を握る。
「あ…………」
すまんな、また機会があればって言っていいのかも分からないが。それでも、
「またな、キョン子」
俺はそう言って目を閉じた。今度は気絶しないようにしないとな、少なくともあんな風に強制乗り物酔いは勘弁だ。
「………………!!」
すると誰かが駆け寄ってくる気配が。キョン子? と思う間もなく、
「………またねっ!」
その声と同時に俺の唇に柔らかく温かいものが触れて、その感触と鼻先からいい香りがってまさか?!
思わず目を開けてしまった俺の視界に飛び込んできたのは目を閉じた長い睫毛と意外に整った鼻筋と、その下の唇は俺のそれと重なり合っていて…………
「!!!!!」
全身が硬直して動けなかった俺をよそに、キョン子は唇を離すと、
「…………こういう時は目を閉じておくもんでしょ?」
いや、そういう意味で俺は目を閉じていたわけじゃないっ! しかし、
「また会えるようにおまじないみたいなもんよ、約束だからね?」
なんて笑って言われてしまうとだな?
「お、お前な………」
とキョン子に向かって何か言おうとした瞬間に、
「―――周防九曜――――いきまーす――――――」
って、おい!! まだ俺はキョン子に言いたい事がって目も閉じてないし!! などと思う間も無く目の前が大きく回転し出して、
「うおおおおっ?!」
叫び声を上げながら最後に俺が見た光景は、唇に指を当てて、はにかみながら手を振るキョン子の姿だった。
お前、それは反則すぎるじゃねえか…………………
そう言い返すことも出来ず、俺の視界はブラックアウトしていったのであった………
「…………お前、わざとやっただろ?」
俺たちが出発した時と同じベンチに座り込んで俺は周防九曜に尋ねた。時間が経っているのか、本当に元の世界に戻ったのかもよく分かっていないんだ、同じ場所なんだからな。
今度は気絶はしなかったさ、その前の出来事のインパクトが強すぎたんでね。思い出しただけで発熱しそうなんだがな。
「―――偶然」
嘘つけ。きっちりと膝に手を置いて俺の隣に座る宇宙人は既に暗くなっている周囲の景色に溶け込もうとしているようだ。
「予想外だったのは―――確か――――――彼女の自我は―――――」
俺の方を見るわけでもなく、宙を見つめる九曜の瞳は光も宿る事も無かった。
「―――とても――――綺麗ね―――――」
そうか。珍しくまともな言葉を話した九曜は静かに立ち上がった。どうやらこれで今日はお終いってことか。俺はベンチにもたれたまま九曜に声をかける。
「なあ、お前は楽しかったのか?」
ゆるゆると歩き出していた不思議な宇宙人は足を止め、
「――――あなたたちは―――温かいわ―――――」
そう言った表情はこちらから窺い知る事は出来なかったんだが。
「そうかい」
まあ満足してくれてたと思う事にする。キョン子と話す九曜は俺が見たことのない九曜だったのは確かだしな。
「――――また―――行ってみる―――?」
ううむ、魅力的ではあるが……………、
「俺からは言わない事にしておくよ、面倒事は勘弁してくれ」
と言っておくのも必要なのさ。九曜も、
「――――――そう」
ああそうさ、こういう事は滅多にないから貴重なんだと思う。夢みたいなもんさ、だから、
「――――――映画は――――いつまで――――?」
それを聞いた時に血の気が引いていったのは言うまでも無い。お、お前まさか?!
「――――バーイ」
だから春日はお前には無理だって!! ってそっちじゃない! とツッコミをいれている間に九曜は気配ごと消えてしまったのであった。
「……………勘弁しろよ………」
ベンチに背中を預け、俺は大きくため息をついた。あいつらを連れてこっちの世界を歩くなんて爆弾を抱えたまま市街地をマラソンするようなもんじゃねえか。こっちの連中はキョン子の世界の連中と比べると厳しいんだぞ、何故か俺に対してだけは。
だがな? それでも少しだけ笑っちまうのは何故なんだろうか。
「まあ仕方ないか、なるようになるだろ」
今度も見つからないように遠出しなきゃならんだろうな、長門あたりには筒抜けかもしれんが九曜はどうするつもりなんだろうか。そういう事にも気を回してしまうのは彼女が来ることを容認しちまってるって事なんだろうか?
それでも、あいつのポニーテールがまた見られるならいいだろう。その時は俺も少しはマシな格好をしなくちゃいけないのだろうな。
「おいおい、らしくねえな」
自分で言って笑いたくなった。ハルヒが望んだ宇宙人、未来人、超能力者とあと一人。
「そうかもしれないが、これはないだろ」
異世界人は俺かよ、確かに別人だと思えるけどな。しかもハルヒに見られたら何を言われるか分かりゃしない。
そんな彼女に会えるのを、心のどこかで楽しみにしちまってる自分につくづく呆れながら唇に手を当ててみる。やれやれ、どうやら俺も何だかんだで待ち遠しいのかね?
「待ってるぜ、映画が終るまではな」
そう空に向かって呟いたのだった………………
まあこれで終れば格好も良かったんだろうけどな。そうは問屋がってやつなんだろう、俺の背後から恐ろしいまでのオーラが迫ってきていた。
長門か? ハルヒや佐々木はこの時間帯だと可能性は低いだろう、あいつらの行動範囲からはこのベンチは外れているしな。
よし、長門ならば真剣に事情を説明すれば分かってくれるはずだ。たとえ一晩徹夜であろうとも。
ということで思い切って振り返ってみた。
「随分とお楽しみのようでしたね」
うん、助けて長門! やばい、この人はやばすぎる!
「天蓋領域との接触はどうでした? 私が苦労して封鎖した世界を自由に行き来されているという事実を無視された挙句に次回などと言われているのですけどね」
あははは、そうですねー。何という奴らだ、天蓋ってのは。今度会ったらガツンと言ってやりましょう。
「………今度があるとでも?」
しまった! 口が滑った! いいえ、そんな馬鹿な事がある訳ないじゃないですか! やだなあ、俺は情報統合思念体オンリーですよ? そうだ、訊きたい事があるんです。
「なんでしょう?」
「何故ここが分かったんですか、喜緑さん?」
長門だとばかり思っていたが、まさかオチがこの人だなんて酷すぎる。
「ええ、前回不覚を取りましたので天蓋領域を探していたのです。すると空間転移の揺らぎなどあるじゃないですか」
九曜ー、だからあんなに人を振り回すからこうなっちゃうんだよ。どうするんだ、この状況? さっきから背中から汗が噴き出して止まらないんだけど。それなのに寒気しかしないのはどうしてなんだ?!
「ど、どうしちゃったんでしょうね…………そういう事は俺にはさっぱりで……………」
ああ、分かってるさ! こんな事で誤魔化しきれる訳はない。喜緑さんは表面だけは優しく見える微笑で、
「はい、ですから私も向こうの世界を撮影して記録してみたのです」
そうですか、撮影……………撮影だと?! そんな事が出来るのか?
「ええ、ですからこれを長門さんと検討してみようかなーなんて思ってみたりしているのですけど」
そう言いながら取り出したハンディタイプのビデオカメラには………
「なああっ?!」
そこには俺が歩いている映像がはっきりと映っていた。キョン子の肩を抱いて、仲睦まじく歩くどう見てもカップルな姿で。
「何しろ異世界の出来事ですから、長門さんと二人で検討しなくてはいけないと思うのですよ。そういうことなので私はこれで」
待って! 待ってください!! それだけは、長門にだけは見せちゃダメですって!!
「あら? さっぱりなのではなかったのでは?」
分かりました! すいません! ごめんなさい!! 長門にだけは、長門にだけはああああああああ!!!
別れ話を嫌がる間男もかくやと言わんばかりに喜緑さんの腰にしがみついたまま、俺はずるずると引きずられていったのであった……………
その後、喜緑さんが長門に近づくたびに俺が過剰反応することに長門が不信感を持ち、別の意味で誤解を招いてしまい、それを解くことに苦労する事になったのはまた別の話である。