『SS』 たとえば彼女の……… 6

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 そこからは特別に何かあったと言う事はない。所謂普通のデートだったのではないだろうか? いや、普通のデートというものを知らないけど。三人でもデートというのか? まあ女の子相手だからデートという表現を使ってみたかっただけかもしれないな。
 まあとにかく俺たちはゲーセンにカラオケというさっき言ったばかりのコースをご丁寧にもなぞる様にこなしていったのであった。
 ゲーセンではレースゲームで盛り上がったのだが、キョン子のスカートが気になってクラッシュを続発してしまい最下位になってしまったが、あれはずるい。と言うか気付いていなかったキョン子が悪い。その後気付いて殴られるならともかく、真っ赤になって俯くなんて反則だと思うぞ。ちなみにレースはぶっちぎりで九曜が優勝した。能力が無駄に発揮できるのはどこの宇宙人も同じだな。
 その後は定番のように俺が引きずられてプリクラなど撮らされたのだが。ハルヒたちと違って、こういうところは普通の女の子なのかもしれないな。しかしツーショットでも恥ずかしいが女の子二人に挟まれている俺の顔は間抜けそのものだった。やり直しを要求する俺に、
「いいよ、この顔の方がキョンっぽいし」
 と言って大事そうにしまわれてしまうと何も言えない。ただ、俺の分だと言って渡された写真のキョン子の笑顔には満足してしまうものがある。どうやって見つからないようにしておくか、しばらくは悩みそうだけどな。
「―――ベスト―――スマイル――――」
 そうか、恐らくだが俺たち以外の人が見れば無表情な女が立っているようにしか見えないけどな。心霊……………までは九曜の名誉の為にも言わないでおく。
 とりあえず遊んだ勢いそのままにカラオケへと直行する。受付で物凄く羨ましそうな目で見られたが、そりゃ両脇を女の子に抱え込まれたままだから仕方がないだろうな。俺が同じ立場なら舌打ちの一つもしたくなる。
 だが、最早開き直ったもの勝ちなのだ。残り時間を満喫するためには恥ずかしいなどと言ってはいられない。競い合うようにリモコンを手に、歌いたい曲を入れた結果が、
「―――――ゆうーやけ――――」
 何故マチャアキ。いつ夕日が泣いてたんだ、お前の人生において! しかもまったく抑揚がない、長門は歌が上手かったが九曜はまず音程というものを分かってないようだ。
「でも声は綺麗よね」
 ふむ、それは言えるな。これでメロディーをしっかり捉えたら宇宙人同士のカラオケ勝負というのも面白いかもしれない。それにしてもこの調子でフルコーラス歌いきるつもりなのだろうか?
 そして淡々として本当に泣きそうな曲が終わり、今はキョン子が歌っているのだが。
「なあ九曜?」
「――――なに?」
キョン子って俺と同じ人物なんだよな?」
 この質問もしつこいくらい訊いている気がするのだが、それでもまだ疑問に持たざるを得ない。何でこいつはこんなに歌が上手いんだ? おまけに声も高くて可愛いし。
「―――女子高生の―――必須スキル―――と―――橘京子が――――」
 なんぼほどミーハーなんだ、この世界の橘。しかもそれについていくなキョン子
 しかし歌声も可愛い上に、歌っている口元を見て少し心音が跳ね上がりそうなのもおかしくなってきている。いやいや、ハルヒ長門の場合だと上手くて感心するばかりなのだがキョン子は何と言うか上手いというより可愛いのである。朝比奈さんだと可愛いが正直歌はアレだったのに、こいつは上手くて可愛いという。
 なるほど、身の丈にあっているのかもしれんな。SOS団の女性陣は俺などにはレベルが高すぎる、キョン子はそんな気遣いもなく接していられるからな。普通であることが何よりなんだよ、うん。
「ほい、今度はキョンの番ね」
 とはいえキョン子の後は辛い。俺も最大限の力は出し切ったが、自己嫌悪でソファーに倒れこむには充分な出来栄えだった。もう本当に歌うのは勘弁してくれ。
「おーい、行儀悪いぞー」
 いいじゃねえか、俺とお前と九曜しかいないんだから。これがあいつらなら、ここまでリラックスはしてねえし。こんなことしたら団長に何されるかも分からんところだ、いや、自分でもだらしないとは思うが。
「ったく、しょうがないなあ…」
 呆れながらもオーダーしていたウーロン茶を一口飲んだキョン子は、
「でもあたしはキョンの声好きだけどな、低めでカッコいいと思うよ」
 などと言い出すものだから思わず飛び起きて姿勢を正してしまうのだった。いやいや! 自分に褒められたはずなのに女の子に褒められるとはここまで恥ずかしいものだとは思わなかった。
「そんなに驚くことでもないだろうに」
 クスクス笑うキョン子にからかわれた、と思うまでもなく、
「だからもう一曲聞かせてね?」
 とマイクを渡されて渋々歌う事になったのは俺がサービス精神の塊だったからであって、決してキョン子の微笑みのせいではない。これは確かな事なのだ。
「―――ツン―――なんとか―――ですわ?」
 なんとかってなんだよ?! というかなんだそのキーワードは!
 兎にも角にも、キョン子の女子高生パワー(ハルヒとは違った意味で凄かった)に押されるままにデュエットまで歌わされた俺は疲労困憊気味である。いやはや、橘は知らんがあの佐々木までこのノリに乗っているのかよ? 世界が変われば人も変わるもんなんだな。
 結局時間一杯まで歌わされるはめとなってしまったのだった。人数がいつもよりも少ない事も災いしたな。
「あたしは嬉しかったよ、キョンの歌聞けて」
 そういうことをストレートに言えるヤツだったとは。こっちが顔が赤くなってくるので勘弁してくれないか?
「んー、時間も無いから正直に言ってやってるのになー」
 正直って言われてもなあ。なんだかさっきから妙に勢いがあるような。
「ま、まあ時間だから出ようぜ」
 その勢いに押されそうになりながら、俺はいそいそと部屋を出る用意をしたのであった。
「――――ゆうぅ〜――――やけぇ〜―――――」
 いや、リベンジすんな。しかも妙に抑揚つけるな、モノマネにもなってないから。



 こうして疲れながらも楽しかった時間は過ぎ、いつの間にか夕暮れというよりも宵闇が迫りつつある。俺たちは電車で戻りつつある最中なのだったが、
「……………………」
 先程からキョン子が黙ったままなのだ。カラオケまでの勢いはどこへやら、九曜が帰る指示を出した途端にこうなってしまったのだ。いきなり大人しくなったものだから、こっちとしても調子が狂ってくる。
「なあキョン子?」
「………なに?」
 取り付くしまもない、というか不機嫌の理由が分からない。行きとは違った意味で沈黙が重いな。どうすりゃいいんだ? といっても原因も分からないのにどうしようもないじゃないか。
 やれやれ、女になったら途端に分からなくなるものなのかね? こんなに感情の起伏が激しいとは思わなかったぞ。それでも沈黙はやはり嫌なものだ、どうにかしないとな。
「―――――こうすれば――――いいんだZE―――」
 おい、語尾おかしくないか? とツッコむ前に九曜は俺の背中を押す。おい、何を………
「あ…………」
 ってスマン! キョン子の肩を抱くような形になってしまい、慌てて離れようとしたのだったが。
「……………むぅ……」
 え? 何でだ? そのままキョン子が俺の胸に顔を預けてしまったので動けなくなってしまう。と、とにかく機嫌は治ったのかな? ところで俺の顔の表面が真っ赤になって熱が急上昇していっている件については誰か助けが来るのだろうか?
 いかん、行きなどとは比べ物にならんほどの羞恥プレイだ! あの時は偶然だったが今回はキョン子がくっ付いてきてるから言い訳など出来ないぞ! 離れよう、これはなんというか理性的にまずいと警報が鳴りっぱなしなんだ!
「―――大変です―――か――?」
 ああ、大変なんだよ! だから何故に後ろからくっついて俺とキョン子を押すのだ、お前は?! これは誰が見てもやばいだろう、間違いの無い美少女に前後から挟まれている間抜けな男がそこにいるのだから。これで駅までいなきゃいけないのか? うん、それ無理!!
 嗚呼それなのに、なんと駅までこの状態のままだったのだ。いやもう周りの目線など無視だ、無視! 殺気を感じても九曜がいるんだ、死ぬ事はないだろうよ。
 それよりも俺の胸に顔を埋めるキョン子からはいい香りがしたり、後ろに密着している九曜が温かかったりで素数を数えるだけで精一杯だったんだからな。よく頑張った俺の理性、はっきり言ってSOS団の連中といるよりも危ういもんだったからな、キョン子がもし俺じゃなかったらどうなっていたかってのは考えない方が身の為だろう。
 とにかく駅までの羞恥プレイというか、天国のような地獄は続き、ホームに足を下ろした時にはすっかり舞い上がっていたというよりも疲れ切っていたのであった。もう目線など知ったことか、早くここから立ち去りたい。
 だからしがみつくように密着しないでくれ、キョン子! いや、俺どこにも行かないから!! まるっきりウチの妹ばりなのだ、歩きにくいというか恥ずかしい。お前、ここだと知り合いに見られても言い訳出来ないんだぞ?!
「うん、でも…………」
 あー、余計くっついてきた。仕方ない、このままキョン子を連れて行くしかないが、
「おい九曜、何処に行けばいいんだ?」
 もうそろそろ異世界旅行もお開きの時間だろう、このまま夜まで引っ張る訳にはいくまい。ああ、そうだ、俺は所詮お客さんなんだからな。
「………………行くんだ………」
「――――こちらへ―――――」
 九曜に促されるままに俺たちは歩きだした。キョン子は俺にしがみついたままで、まるで俺の動きを食い止めようとしているかのように思ってしまう。
 …………まさか、な。顔を埋めるキョン子の表情は俺の視線からは見えないけれど、どんな顔しているんだ? 頼むから泣きそうな顔だけはしないでおいてくれ。

 
 俺が離れたいと思われたくも無いしな。九曜が先導しているから少しだけ離れてしまっているからかもしれない。それが俺の調子も狂わせたんだ、そうに違いない。


「………!!」
 気が付けば俺はキョン子の肩をしっかりと抱いていた。そのままキョン子を抱えるように歩く。キョン子も俯いて俺に体を預けているし、どこから見てもカップルだな。
 ああそうさ、俺だってキョン子と離れがたいに決まってる。だが今の世界にいるからこそ、こうしてキョン子にも会えたんだ。
 それは世界が改変された時に帰ってきた後から俺の中では揺ぎ無い信念となっている。俺はやはり俺がいる世界が、SOS団がいて不思議な事に巻き込まれちまう今の暮らしが気に入っちまってるのさ。
 それでもな? こうしてくれている女の子が、たとえ違う世界の自分だとしてもだな? 肩から胸にかかる重みがとても心地良かったのだから。
 だから少しでも歩く速度が遅くたって構いはしないんだよ、そのくらいは九曜も黙認してくれるだろうしな。
「―――――――」
 もう少しだけこうしてもいいんじゃないか? 三人が歩くこの時間っていうやつを楽しんでしまってもな。暗くなっていく景色の中で、キョン子の温もりが俺がこの世界に存在している証のような気がしてきたのであった。








「…………やっぱりここなのかよ?」
「―――――――ここは―――――」
 分かってるよ、空間がおかしくなってきてるんだろ? 行きと同じく見慣れた川沿いの公園で俺はため息をつくしかなかった。
 幸いに、なのか九曜の力なのか、キョン子の知り合いと思われる連中と遭遇する事も無くたどり着いただけでも僥倖といえるのではないだろうか。万が一見つかればキョン子は離れそうにないし、俺はその肩を抱いてるしで言い訳できる余地もない。
 だが、それももう終わりだな。九曜の雰囲気もそう告げている。名残惜しいという不可思議な感情なのだが断腸の思いでキョン子を離そうとすると、
「ねえ九曜、少しだけ時間くれないかな?」
 ついさっきまで黙り込んでいたキョン子がようやく口に出したのはそれだけだった。しかも俺にくっ付いたまま小声で言っているのだから九曜に聞こえたのかも甚だ怪しい。
「―――時間は――ないです―――?」
 まあこの万能であるだろう宇宙人にはキョン子の声を拾う事など朝飯前だろうがな。それにしても本当に時間が無いのか?
「―――向こうと―――こちらの―――――時間が――――」
 時間軸ってやつか? 確かにこっちにきてから時間の流れが遅く感じていたが……
「ずれたら――――ご飯が二回―――食べられます?」
 おい! 食うのは自分なんだから二回も食えねえよ!!
「ツッコむのはそっちじゃないと思うけどなあ」
 ああそうか。いかんな、九曜ペースになりすぎた。
「いいよ、キョンらしいもん」
 少しだけ元に戻ったのか、キョン子は小さな笑みを浮かべていた。
「改めてゴメン。あたしに時間くれないか、九曜?」
 そう言って頭を下げたキョン子を見ていた九曜は、
「―――了解」
 とだけ言うと、そのまま陽が落ちて影になっている中に体を滑り込ませた。そしてそのまま気配が消える。どこへ? と思う必要もないだろう。
「で、だ? どうしたんだキョン子、何か話でもあるのか?」
「うー、それを今訊いちゃうかなあ?」
 今だから聞くんだよ。たとえ俺がキョン子の肩を抱いていて、キョン子が俺の胸に顔を埋めていたとしてもだ。いや、だからこそ俺は冷静なのかもしれないな。キョン子の温もりが、俺がこの世界にいたという証明でもあり、俺がこの世界の住人ではないという事を自覚させてくれているのだから。
「……………ねえ、今日は楽しかった?」
 今更言うなよ、俺が答えるのは一つしかない。
「ああ、凄く面白かったな。この世界でのお前は十分満足してるみたいだし、九曜には感謝しないといけないかもな」
 俺が女で佐々木達といる世界。そんな世界でも俺は俺としてよろしくやっているようだ。順応性が高いのか、キョン子はやはり俺とは違うのかってのは分からないけどな。
「そういうことを訊いたんじゃないっ!」
 顔を伏せていたキョン子が急に大声を上げる。俺を見上げたその顔が赤くて、涙のようなものが瞳に浮かんでいる姿に心臓を鷲掴みされたような気分になる。
「あ、あたしは、その、今日はあたしと一緒にいて楽しかったのかって、それで…………」
 あー、もう。そんな顔で言うなよな、大体俺というキャラクターはそんなヤツじゃないだろ? もっと無愛想にあばよ、くらいで済ませてもらいたかったんだぞ。そうじゃなきゃ離れがたくなるのが当たり前なのだから。
 分かってるんだ、こいつは俺なんだからな。だから分かってくれないか? 俺がこの世界にいてはいけない人間なんだってことを。そして、それが分かっていても俺がキョン子の肩を抱いてしまっている事の意味を、な。
 どうしたいか、じゃないんだ。こうするしかない、なんだよな。恐らくだが、この世界でも俺は佐々木や九曜、橘や藤原とも上手くやっていけるかもしれない。性別が変わっちまってるSOS団の連中ってのも会って見たい気もする。
 それでも俺はこの世界にエンターキーがあれば押してしまうのだ。九曜は長門のように用意はよくないが、それでも帰ることを前提にしている事は間違いない。きっと九曜なりに俺達の世界も気に入っているんだと思っているのだが。
 でもな? このくらいは許してくれよ。
「やれやれ、当たり前の事を訊かれてもな」
「なっ?!」
 キョン子の頭に手をやって、そっとその髪を撫でる。うん、やはりポニーテールが良く似合ってるな。
「この世界でお前がいなかったら俺は九曜と二人で途方に暮れてるぜ。お前だから、キョン子がいてくれてるから楽しかったんだよ。だからそんなに…」
 泣きそうにならないでくれ、お前には笑って欲しいからな、頭を撫でながらそう言うと、
「…………最後まで反則すぎだ、お前は」
 ああそうかい。それでも笑ってくれたキョン子の笑顔は、それはそれは可愛いものだったんだぞ? そう、陽だまりのような暖かさを感じさせてくれる程に。
 ハルヒや朝比奈さん、長門とも違うその微笑みは俺の印象の中では最高に近いものだった………