『SS』 たとえば彼女の……… 4

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 だが逃避をしても始まらないのが現実というものであって、俺たち三人は映画館を出てから繁華街を徘徊中である。
 キョン子の言ったとおりにアイドルが性転換していたらどうする? という疑問を解決する為に本屋へ行くというのが目的のはずだったのだが。
「ねえキョン、これどうかな?」
 おう、似合うと思うぞ。何故か雑貨屋でアクセサリーを見ているキョン子に付き合っているのである。
 だがお前がイヤリングをしているというのがまず違和感あるんだけど。そういうアクセサリーって苦手なんじゃないのか?
「む。まあ、あまりごちゃごちゃしたのは性に合わないけど、これでも一応は興味あるんだぞ?」
 ああ、すまん。つい自分が興味ないもんだからお前までそうだと思い込んじまった。やはり女の子なんだから興味があってもおかしくないんだよな。
「橘なんかがうるさいからね、あたしも佐々木も釣られちゃうのよ」
 ほう、こっちでは接点を持ちたくない相手だがキョン子の世界の橘は随分と面倒見のいいやつみたいだ。聞けば今回の映画も橘がお勧めと言っていたらしい、どうやらミーハーな趣味の普通の女子高生ライフを満喫しているようだな。
 こっちの女性陣にも少しは見習っていただきたいものだな、とあの三人がファッション誌など見ながら騒いでいるのを想像してみるものの、発想が貧困なせいか先輩がいじられる姿しか想像できない俺に、
「………ちょっと、何考えてるのよ?」
 不機嫌になってしまった声が空想すら許してくれない事を知る。いや、俺とは思えないほどの勘の良さだな、うん。
「いいよ、どうせあたしより他の子の方がいいんだから…………」
 なんだ? どうせだから聞こえるように言ってくれないか、本人同士で隠し事は良くないって何だかおかしな物言いだが。
「なんでもない! それよりこっちの方がいいんじゃないかなって!」
 そう言って小さな石のついたペンダントをしているキョン子なのだが、確かにそっちの方がよく似合う。いや、俺のイメージではイヤリングなど直接身に着けるアクセサリーよりその方がいいと思うだけなんだが。
 見れば値段も手頃なものである、その辺りは庶民的な俺であるともいえるな。これがハルヒなら無自覚でその店で一番高いものを選びそうだ。
 と、さっきもそうだがキョン子がいるのに他の事を考えすぎだな、という事で、
「よし、それじゃこれを買うか」
「ほえ? は? な、なんで?」
 今回の案内の礼も兼ねてな。まあ気にするな、奢りっていうには安いもんだ。レジで支払を済ませると、包んでもらう事も無くキョン子に手渡す。
「あー………うー………は、反則だろ、これ…………」
 何がだ? 気に入らなかったのか?
「そんなことないっ!」
 それならいいさ、似合ってるしな。
「うー、あ、ありがと……」
 どういたしまして。そんなに恐縮されるもんでもないと思うけどな、まあご機嫌が戻ったのならいいことだ。で、
「―――――どう――――かしら―――――?」
 ……………あのなあ九曜?
「お前は多分イヤリングをしているのかもしれないが、髪の毛でまったく見えないんだから意味が無いと思うぞ?」
「おお―――――盲点―――――」
 どこがだよ。しかしキョン子にだけって訳にもいかなくなってしまったので、とりあえず安いピンバッチを買ってやった。
 黒い制服にワンポイントで白いウサギのバッチなのだが、これがどこかのヘッドホンみたいなデザインのウサギなのはきっと気のせいだと思う。
「感謝――――感激――――あめ――――嵐?」
 デビュー当時にそういうのあったなあ。というかよく知ってますね、このテレビっ子宇宙人。とまあ、いつもの不思議探索に比べればささやかな出費でここまで喜んでいただけるのならば俺としても嬉しいもんだな。
「本当に苦労してるね……」
 うん、まあ。慰めも痛いくらいには苦労してるような気がしてきた。
「やっぱり無理言っちゃったのかなあ………」
 ああもう、お前がうなだれる話じゃねえよ。俺が俺に済まないと思ってどうするんだ? そんな顔させたい訳でもないんだから遠慮するなってんだ。
「よく似合ってるぜ、それなら買ってやる甲斐もあるってもんだ。素直に礼も言ってもらえるしな。本当にお前だけだぜ? ありがとな、キョン子
 自分で自分にご褒美って訳でもないのだが、それでも嬉しそうな女の子の顔ってのはいいもんだしな。だから笑ってくれよ、そう言うと、
「………お前、それって反則すぎるんだけど…………」
 どういう意味だ? だがキョン子はそれには答えてくれなかった。ただ嬉しそうにペンダントトップをいじるだけで。
 その微笑んだ横顔は何と言うかだな? うん、非常に優しさの中に温かみがあって、尚且つ慈愛に満ちていたような、何だかよく分からんが可愛いというか魅力的であってだな? ああ、そうだな、とりあえずそんなキョン子を見れば財布が軽くなっても悔いはないってもんだったのさ。
「――――――フラグ―――成立――――――」
 九曜、お前何かゲームでもやってるのか? それともそのヘッドホンのデザインによく似たウサギが問題だったのか?! 
「――――興味深い―――――」
 よし、お前はああいうゲームやっちゃダメだからな。お兄さんとの約束だぞ?


 とまあ、何だかんだでうろうろしていた訳だ。ちなみに本屋にも行ったのだが、これがまあ面白くもない事にアイドルや俳優などは性別は変わっていなかった。よくよく考えてみれば性別が変わっているのはSOS団の連中だけになるのだろうか? 鶴屋さんあたりは気にはなるな。
「北高の連中だけ性転換してんじゃない?」
 うわ、気持ち悪っ! あの谷口が女になってるなんて想像しちまった! 
「そんなに酷いの? その谷口って」
 まあ万が一にも女になっていたら美人になる可能性はあるやもしれん。何といっても実例が目の前にあるのだからな。
「へ? あ、あたし?!」
 ああ、とてもじゃないが俺が女になってキョン子みたいになるとは思えないからな。自信を持った方がいいぜ?
「あー、うん、ありがと……えへ、嬉しいな」
 そんな事言われたことないもんな、佐々木や橘、九曜だって可愛いし。そんな事を言うキョン子はその誰にも負けていないと思うのだが、こっちの世界の男は見る目がないのかね?
「――――――こちらの世界でのあなたは――――そちらの世界のあなたと――――同じなのよ―――――?」
 そんな事はないだろう、俺みたいな平凡人は何処に行ってもこんなもんさ。
「…………わかってないのよね」
「―――――――あなたも――ね―――――」
 本当によく分からんな。とりあえずは宇宙人と人類でも女の子同士というのは話が通じるものらしい。ハルヒ長門もそうなのだろうか? いや、あの二人が通じたら俺が酷い目に遭うしか無さそうな気がするので出来れば遠慮していただきたい。
 まあ何にしろ九曜とキョン子は仲が良いのは確かなのであった。しかし本屋での九曜は俺の知り合いと良く似ている、場所が分厚い小説かライトノベルかという違いはあるが。
 とにかく、これでわかった事はキョン子の世界と俺達の世界は大して変わらなかったということであった。というか本当に北高だけが性転換しているのかもしれない。そうなると映画も見た甲斐もないのかもしれないのだが、まあ戻った時に同じ映画が上映されている事を祈ろう。
「でも見にいきなよ?」
 はいはい、分かってますよ。ただ男一人で見に行くような作品じゃないよな、誰か誘うにしてもなあ。
「そ、それならあたしが………」
 おう、せっかくならお前が見たほうがいいだろうな。九曜にでも頼んでおいてくれ、俺もその方が気が楽だ。
「――――へい―――毎度―――――」
 お前はそれでいいのか? って結構乗り気?!
「天蓋――――は―――やれる子――――なのよ――――」
 ああ最初のきっかけはそうだったっけ。変なとこで競争心があるというか。
「…………できれば二人がいいなあ」
 ん? 何か言ったか?
「なんでもないよ、次はあたしがそっちに行くからねってだけ」
 あ、そうか。何だかなし崩しに行き来してる気がするんだがいいのか?
「あたしが行くのは嫌?」
 いや、何故そこで俯く? ちょっと悲しそうにするなよ、こっちが罪悪感に苛まれそうだ。 
「何言ってんだ、嫌どころか歓迎したいくらいだ。キョン子だと遠慮なくていいからな、俺も楽しんでるよ」
 と、笑ってみたけれど。おい、これって凄く恥ずかしいんじゃないか?
「あ、うん。あたしも楽しいよ、キョンと一緒だと」
 そこで、はにかむのは反則だと思うぜ? 可愛いんだけど誤解してしまいかねんって俺は何を言ってるんだ?!
「――――――がっちり―――ルート確保―――――」
 何のだよ!! というか楽しんでないか、九曜? 無表情に見えるが目が笑っている気がしてしょうがない。
「ねえ、ちょっと疲れてきたんだけど」
 ああそうだな、一息つきたいところだ。九曜はどうだ?
「こじゃれたカフェーで―――――――たぬきうどんを―――――」
 あるかそんなもん。と言えないのが地方の特色であろう、詳しくは言えないが関西圏ならありえない話ではないのだ。
「でもお腹はすいたかも」
 そうか。それじゃ軽く何か食うとするか、店ならまあ分からなくはないしな。
キョンに任せるよ」
「――――いいとこ――――えらべよ――――」
 ああ分かった。九曜、なんで偉そうなんだ?
 という事で食事となったのだが、移動の際に両脇を抱え込まれるのに慣れてしまっている自分の順応性が多少怖くもなってくる。
 なんというか、こんなとこ見られたら俺の命は風前の灯な予感しかしないのだが。でもここは別世界だからいいか、そう思うと本当に気を使わなくていいな。
 おい、俺が一番楽しんでるんじゃないか? 自分でもこんな風に女の子と話すキャラだなんて思えないしな。別世界の別の自分だから許される、それなら今の状況もいいもんだ。
「まああたしだから期待はしてないけどね」
 そう言いながらも笑っている彼女くらいは満足させてやろうじゃないか。いくら俺でもそのくらいは出来るだろう。
 しっかりと組まれた腕の感触には気恥ずかしさも感じるが、今までにない心地良さもあるからな。
 まあこの時間がもう少し続いてもいいのか、そう思いながら俺たちはこの奇妙なデートを続けるのであった。