『SS』 たとえば彼が………


 あたしが有無を言う前に強制的に拉致されて、済し崩しにSOS団なる学校非公認の非営利団体に所属して早くも一年が経過し、最早週末の土曜日が休日では無くなっている事を不満に感じなくなるほど感覚が麻痺してきている今日この頃。
 それでも女の子の体力としては些か重労働なんじゃないかと思いつつ、どうにかハルヒコ提案の不思議探索を滞りなく終えて、本来の休日らしい休日を迎えたはずの日曜日なんだけど。
「…………何でこうなるのよ?」
 だらしないと思いつつも、あたしはせめてお昼まではゆっくり寝ていたかったのよ? それなのにウチの母親が、
「女の子なんだから少しは服とかにも気を使いなさい」
 などと珍しく親らしい事を言って、お金まで渡されて家を追い出されたというワケ。その割りに自分はついて来ないというところは自由にさせてくれてるのか放任主義なのか無責任なのかは議論の余地があるわね。
「ゲームとか買ったら……………まずいわよね…………」
 流石に買ったものをチェックしないほど放置はしないわよね、ということは絶対に服は買わなきゃならない訳だったりするのか…………
「はあ、やれやれだわ…」
 自慢じゃないけど、あたしに洋服を選ぶセンスなんか皆無だわ。私服だって地味というか面白みはないし、別にお金をかけたいなんて思わない。パジャマなんかもスウェットで充分だったりするもんね。いや、だからこそこんな事になってるんだけど。
 うーん、どうしよう? やっぱりこういう時は友人と買い物っていうのが当然の選択よね? となると、国木田はちょっとあたしには可愛すぎる格好ばっかりだし、谷口はあたし同様センスがあるとは思えない。古泉? たしかにあいつはセンスはあるけど、あいつと二人だと嫌な予感がする。というか貞操の危険を感じるんだから却下。
『ひどいですよ、事実ながらも』という空耳が聞こえたようで背筋が寒くなってしまった、その時だった。



 ……………一体いつからそこにいたのよ?



 漆黒の黒髪は前髪はきちんと揃えられ。しかもその髪は腰まであるのに枝毛一つなく真っ直ぐに流れている。毛先のところでまとめているから、すっきりはしてるんだけど。
 その瞳もまた宇宙の深遠のようにただ黒く。大きな瞳なのに光を感じさせないところはまるでブラックホールね。
 白皙の顔には表情はない、でも作られた美しさってやつ? それは生気は感じさせないけど。
 その上、長身なのよ。しかも足も長い、まるっきりモデルというかマネキンね。
 しかもその長身を黒い執事服で固めている。黒に包まれて浮かぶ白皙の顔。



 そう、周防九曜は気がつけばあたしの傍にいたりするのよね。



「――――――――――」
「…………………………」
 ああもう! なんでいっつもダンマリなのよ? 仕方ないから話しかけてしまうのよね、あたしって人がいいなあ。
「で? 今日は何の用なの?」
 というか用事があるようには見えないのよね、執事なのに。
「――――御用を―――承りに――――参りました?」
 いや疑問形で言われても。まあ執事だから用件を訊きにくるのはおかしくないわね、あたしのとこに来るのはおかしいけど。
「あたしはいいわ、それより佐々木はいいの?」
 というか、あんたは佐々木の執事じゃないのかしら? いや、あいつに執事がいるとも思えないけど。
「――――完璧すぎて―――出番ありません――――」
 だろうね。って待て! それはあたしなら用事の一つもあるってこと?! 
「ご用件を――――お嬢様―――――」
 そんな風に機械的に言われてもなあ、あたしだって普通の女の子だから別に執事が必要じゃないし。
「というか、一つ疑問に思ってたんだけどいい?」
「―――何が――ですか?」
 うん、最初に訊くべき事だったんだけどさ。
「あんた、何で執事なの?」
 華麗にスルーしすぎたわ、それにツッコんだら負けな気もしたんだけど。今更な感じなんだけど、ここで説明しなくちゃいけないような予感がするの。そう、それは状況がそれを求めてるような、何でなのよ?
 ということで何で執事なんだろ?
「――――制服――――ですから―――――」
 …………それだけ? と言ったら頷かれちゃった。えーと、
「地球での――――フォーマルな――――制服を――――選びましたさ――――」
 うーんと、あんたの親玉はどこか地球人を勘違いしてるわね。それとも勘違いされるようなこっちが悪いのかしら? とはいえ、ここは地球人代表としては言っておいた方がいいわよね。
「あのさあ、あたし達の年齢で制服なら学生服なんじゃないの?」
 ほら、学ランなら黒いし。黒かったら良かったんじゃないかな? すると九曜はきっぱりと、
「―――――気に入って―――ますから――――」
 あ、そうなんだ。それならいいけど。いや、やっぱよくないけど。執事に付きまとわれる女子高生って漫画じゃないんだから。
「漫画じゃなくて―――――」
 その先は言わなくていい。何と言うかこの世界の否定に繋がりかねない予感しかしない。しまった、まずい! これは話を変えないと何言い出すか分かんないわよ!
「あ、あー、九曜? ちょうど良かった、あたし今から服を買いに行くから適当に見立ててくれないかしら?」
 こいつにそんなセンスがあるなんて思わないけど、状況的に誘い文句がないもんね。まだ連れて行った方がマシだわ。
「かしこまりました―――――お嬢様―――――」
 あー、それはちょっとくすぐったくなっちゃうなあ。まあ悪い気はしないのは、あたしもやっぱり女の子だからかな?
「では――――」
 そうね、何でこうなっちゃったのかイマイチ分かんないけど行くとしますか。あたしの後ろを三歩下がって足音も無く歩く執事が人目を引かないことを祈りながら。






 これがまあ、結構視線はあったようなんだけどスルーされてるみたいなのは、九曜の能力なのかもしれないわね。それともあたしが鈍いだけなのかしら?
 とはいえ、流石にここまで来れば嫌でも注目を浴びざるを得ないわ。家族連れとかも多い服の大型量販店に女の子が執事を連れてきてるんだから。
 落ち着いて服なんて選べるわけないじゃない? かといって九曜を外で待たせるのもやばそうなんだけど………
「あのさあ、九曜?」
「――――どうしました―――お嬢様―――?」
 うわ、背の高い九曜が腰を折ってあたしに近づくとまるっきりあたしが偉そうじゃない! しかも顔が近い!
「い、いや…………あの、恥ずかしくないのかなって…………」
 恥ずかしいのはこっちなんだけど。いや、こいつにとっては執事服も今の態度も当たり前なんだし、でも執事が当たり前にいるってのもおかしいんだけど。
 現に九曜は表情を変える事もなく、
「―――お嬢様の――――お傍にいる事が―――仕事ですから――――」
 淡々とそう言われてもなあ。お前の仕事は違うんじゃないのかって言ったらいけないんだろうな、やっぱり。
「あー、もういいわよ………」
 開き直るしかないわ、九曜は悪気はないんだし。うん、お嬢様気取ってやれ!!
「ほら、服選ぶから手伝って!」
「かしこまりました――――お嬢様――――」
 何か本当にあたしがお嬢様になったみたい。大人しく付き従う九曜を連れて、あたしは店内を回ることにしたのである。
「とはいえどうすりゃいいんだか……」
 まあ量販店だし、安けりゃいいでしょ的なノリで来てるから買う気があまりないのは確かね。元々服装に拘るタチでもないのも問題かも。それじゃ適当にって、
「いかがでしょうか―――――?」
 え? 九曜? あんたどこから持ってきたのよ、この服?! 見れば九曜は両手にスカートだの上着だのを大量に抱えている。執事が服を抱えている姿は本当にあたしが命令したみたいで恥ずかしいっての!
「あ、あー、そんなに沢山持ってこられてもね?」
 こいつには加減というものがないの? この列の端から端まで買いますってんじゃないんだから。しかし、あたしの専属執事と化した宇宙人はちらりと抱えた服の山を見ると、
「では―――こちらへ―――――」
 とまあ、あたしの意見も聞かずにさっさと試着室の前まで移動してしまったのだ。いや、まだ何も言ってないから! だが九曜はまるで根付いたようにそこから動く様子もない。
「やれやれ、なんでそこだけ頑固なのかなあ………」
 宇宙人ってみんなこうなのかしら? あたしの良く知るあいつも妙にこういうとこあるし。でも服を抱えて試着室の前に立たれてもなあ。
 仕方ないというか、このままだと迷惑にしかならないので九曜に付き合うしかない。
「で? 一体どうすればいいわけ?」
「―――これと―――――これを――――どうぞ――――」
 あ、本当にコーディネイトするんだ。九曜にそんなセンスがあるなんて意外ね、しかも女物なのに。
「お嬢様の――――為ですから―――?」
 それは疑問系じゃなくていいわ。でも、
「ありがと、とりあえず着てみるわ」
 素直に受け取っておくことにしておく。まあ買うかどうかは別の話だし。そして着替えてって、
「………何であいつがあたしのサイズを知ってるわけ?」
 ぴったりのサイズの服に着替えた後で言うのもなんだけど、ちょっと怖くない? それとも宇宙的な力で測られてるのだとしたら女の子のプライバシーを何だと思ってるのかと抗議したいわね。
「…………………深く考えないようにしよう」
 とにかく着替えたんだから。で、試着室のカーテンを開け、
「どう? なんか可愛すぎる気もするんだけど」
 とはいえ黄色のパーカーに水色のスカートというシンプルな格好は、あたしの好みにもあっている。
「――――よく――――お似合いです」
 ありがと、でも九曜がここまであたしの好みを理解してるなんて思わなかったな。
「―――お嬢様のこと―――ですから――――」
 う、なんか照れるな。無表情なはずの九曜が微笑んでいるようにすら見えてきた。
「では――――これを―――――」
 え? まだ着替えるの? あたしは別にこれで…………
「試すだけなら―――構わないかと――――思います?」
 そういうもんなの? あたしは結構めんどくさくて、
「―――――――」
 ああもう! 分かったから!! 着るわよ! 着て見せればいいんでしょ?! 九曜の差し出した服を引っつかんで再び試着室に閉じこもる。
「まったく………あんな強引な奴だったっけ?」
 ブツブツと文句を言いながらも着替えてあげてるんだから、もっと九曜もあたしに感謝して欲しいわよね。
「ほら、これでいい?」
 コットンシャツにジーンズという、これもシンプルな組み合わせなんだけど肌触りの良さは好きかも。そういうとこまで気遣いできるとは、実は九曜って凄い?
 だけどね?
「では――――次は―――――」
 いや、もういいから! あたしそんなに買うわけじゃないし、
「―――――――」
 いや、そんな目で見られても。はいはい、着るだけだからね? 結局押し切られちゃうんだから甘いなあ。
 こうしてあたしは着せ替え人形よろしく、試着室のカーテンを開け閉めする作業に追われるはめになったのであった。
「あのさあ、こういうゴスロリってのは似合わないんじゃない?」
「可愛い―――です――――」
「いや、これは無理あるだろ?! 見えるって! こんな短いスカート持って来るな!!」
「似合ってる―――のに――――」
「なあ、どこから持ってきたんだ? その、ウェディングドレスなんて!!」
「指輪なら―――ここに―――――」
「するかー!!」




「ねえ、本当によかったの?」
 完全に羞恥プレイだったような着せ替えもどうにか終わり、あたしと九曜は店を出て帰っているところだ。その九曜の両手には大量の紙袋。
「どれも――――お似合い―――でしたから――――」
 だからってあんたが全部買う必要は無かったと思うんだけど。どう考えても予算オーバーな荷物を抱えてしまって、親への言い訳だって大変そうなんだぞ?
「―――申し訳―――ありません――――」
 あ、いやいや! 嬉しいのよ? だってこんなに服買ってもらったなんてなかったから。それに、
「似合ってたんでしょ?」
 あたしだって、そう言ってもらえて嬉しくないわけないじゃない? だからつい九曜を止めたり出来なかったんだし。
 そして九曜は誰にでも分かるくらい大きく頷いた。表情は変わらなくても、そこに九曜の喜びを見たみたいで。あたしもつい笑ってしまう。
「ありがとう、お礼が出来なくてゴメンね」
 嬉しいけど申し訳ないわよ、第一これだけのお金を九曜はどこから出してるんだろ? それも含めて申し訳ない、ちょっと怖い。
「いいえ――――お嬢様の―――為ですから――――」
 本当にこいつは執事そのものらしいわね、そういうのに慣れてないからこそばゆいったらないわ。顔が赤くなってしまいそうなのを誤魔化すように、
「でも悪いわよ、なにかあたしに出来ることはないの?」
 って言ったの。そうしたら、
「出来れば―――――これからも――――お嬢様のお傍に―――――」
 うわ、しまった! これじゃあたしが九曜と一緒に居たいみたい! 益々顔が赤くなる! と、とにかく誤魔化そう!
「あ、あー、そういうのはちょっと………ほら、あたし執事がいるような立場じゃないし」
 うん、だって普通の女子高生に執事はいらないわよ? それに家にいきなり執事がいても家族が困るわよ。
「――――そうですか」
 あ、これもまずい。九曜を落ち込ませるつもり無かったのに、あたしが見て分かる範囲でがっくり肩を落とされてしまった。やれやれ、今度はフォローなの?
「ほ、ほら! でも今日みたいな時は助かったわ! 今度こういう時があったらまたお願いするから!」
「わかりました―――」
 よかった、九曜も元に戻ったし。でもこれで次回こういう事あったら九曜は絶対いるんだろうなあ………
 ちょっとだけ後悔してもいいかな? 帰り道でため息をつきながら、あたしは足取りが重くなってくるのを自覚してしまうのだった。




「ここでいいわよ」
「――お荷物が―――あります?」
 そのくらいなら大丈夫だって、もう玄関先なんだし。結局ここまで荷物は全部持たせたままで帰ってきちゃったわけなのよ。まあこっそり入れちゃえば親にも言い訳できるかって安易に考えながら。
「では―――私は―――これで―――」
 あ、そこはあっさりしてるのね。なんだったらお茶でも、
「いえ――――お嬢様のお傍に――――いられるだけで―――十分ですから―――」
 うわ、よくそんなセリフを臆面も無く言えるなあ。こっちが恥ずかしいわ! しかし九曜ははっきりとこう言った。
「あくまで――――」
 いや、待て! なんだか分かんないけど言っちゃダメだ! そのセリフをオチに持ってくるな!!
「――――執事ですから?」
 そこで疑問系になるな! しかも結局言われたし、何だかさっきまでのあたしのドキッとした感覚を返して欲しいわ。
「――――また――――参ります――――」
 って、次回決定?! それはそれで問題ありそうなんだけど!
 と、あたしが抗議の声を上げようと思っていたら目の前に居たはずの気配が消えてしまった。ちょっと! それは反則じゃない?!
「はあ、やれやれだわ……………」
 残された紙袋をとりあえず持とうとした時だった。



 あー、そのー、いつからいたのかな?
「先程図書館から帰宅中」
 うん、方向が違う気がするんだけど、
「気のせい。私は貴女に提案があった、その為に貴女の家へと来訪する予定だった。これは偶然」
 そっか、決して尾行はされてないのね? 間違ってもステルスなんとかじゃないのよね? だから何故そこで目を逸らす!?
「偶然。貴女が出かけていることは知らなかった、天蓋領域と接触しているとは思わなかった。来訪時間を誤らず接触出来て良かった。これは偶然」
 偶然を連呼するな、逆に怪しいとしか思えない。それになんで九曜と居たことを知ってるのよ?
 しかし背の高さはさっきまで居た宇宙人と同じくらいのこれまた宇宙人は、
「それよりも私から提案がある、家まで来て欲しい」
 あー、そうかい。それなら携帯鳴らしてくれればよかったんじゃないの?
「重要なので直接行動した。これは偶然」
 もういいから。それでお前の家に行くのか? あたしは買い物の荷物を置いてゆっくりしたいんだけど………
「最重要。緊急を要する」
 こら! 腕を掴むな! 荷物! せめて荷物を!!
 と、眼鏡をかけた長身の美形の口が小さく開き、何か呟く。え? これはあの高速………と思う間も無く、目の前から荷物が消えた。何やってんだ、こいつ?!
「自室へと転送した。これで大丈夫」
 大丈夫じゃない! もし見られてたらどうすんのよ?! しかしこいつがそんな迂闊なミスをするとも思えないけど。だけどあまりに強引じゃない?
「もう一つ提案がある、貴女の服装を私の家に来る前に変更することを推奨する」
 なんで? なにか運動でもするってのなら断わりたいんだけど。まあ着替えろっていうならちょっと待ってて、今から、
「私が服装を選択する。大丈夫、任せて」
 は? 何言ってんの? さっきまであたし服買ってたんだけど。
「貴女に相応しい最適の組み合わせを提案出来る。信じて」
 おい! お前やっぱり見てただろ! というか服を選ぶって、と思う前に腕をしっかりと抱えられたあたしはそのまま引っ張られるように家から離されていってしまったのだった………
 
 おーい、長門さーん……………聞く耳を持ちそうも無いあたし達側の宇宙人の無表情な横顔を見て、あたしはこの日一番のため息をついたのだった…………


 そこから長門のマンションで結局着せ替え人形の続きをさせられてしまい、翌日に衣装を抱えたまま登校した長門のせいで放課後はハルヒコにまで着せ替え人形にさせられたのは思い出したくもない出来事なのよ!! まったく、なんでこうなっちゃうんだか………