『SS』 たとえば彼と………

 今日は、あたしの週に一回しかない貴重な休養日である。
 高校が週休二日制になった今、何故あたしの休日が週一日しかないことの原因は、我らがSOS団団長様のせいだということは言うまでもない。不思議探索とか言っているが、そこらへんを適当に探して簡単に不思議が見つかるなら、もうあたしら以外の誰かがとっくに見つけてるってことにいつになったらあの直球バカは気付くんだろうね?
 まあそういうわけで、あたしはたった一日の休日をフルに使おうと思案中なのだ。せっかくの自由だ、惰眠を貪ってみるという手もあったが、こういう日に限っていつもより早く目が覚めて二度寝すらできなくなるのはお約束である。
 さて、どうしたもんか…。普段はやりたいことがたくさんある気がするくせに、いざ休日となると途端に思いつかないな。とりあえず外に出て、その辺をぶらぶら歩いてみるか。国木田や谷口を誘ってみるのもいい。いや、たまには中学のころの友人と遊ぶなんてのもありかもしれないな。
 そんなことを考えながら、あたしは玄関のドアを開けた。
 そして、あいつを見つけたんだ。





 長くて異様に量の多い漆黒の髪。その中に浮かんでいるようにも見える白皙の顔。光をも吸い尽くしてしまう闇色の瞳。
 そう、周防九曜はいつも唐突にあたしの前に現れるのだ。

「……で、何故あたしの家を知ってるんだ?」
「―――あなたの――瞳は――――とても――――――きれい――だ―――――」
「…やっぱ無理か」

 こいつとまともな会話を続けられるやつは存在するのだろうか。
 無表情を読む能力に関しては誰にも負けない自信があるあたしにすら読めない表情を見せる九曜は、嫌いなわけではないがどちらかといえば苦手な部類に入る。というか、一応こっちとは敵対する組織の宇宙人なんじゃないのか? 何が目的であたしの前に現れるのか、あたしには見当もつかない。

「なあ、お前は一体なんなんだよ」
「――――俺は―――――俺―――?」
「なんで疑問系なんだ…」

 …まあ、間違っちゃいないのか? あたしにだけわかる程度に首を傾げる九曜を見て、あたしは溜め息をついた。どうもこいつはよくわからん。
 だから、なあ?そんな何もかもよくわからないこいつにあたしが興味を引かれてしまっても、仕方がないとは思わないか?

「おい、今暇だろ」
「―――――俺は――――多忙―――――だったり―――」

 嘘つけ。多忙ならまず今ここにいないだろうが。

「――――暇―――だったり――――」

 …ん?なんだこの奇妙なデジャブ的感覚は。こいつが次に言う言葉がなんとなくわかってしまう。

「―――ラジバンd「言わせねーよ!?」

 おいこら、無闇にキャラを崩壊させるんじゃない。そういうの地雷な人だってたくさんいるんだからな。

「――――でも――そんなのかn「やめろって言ってんだろうが!」

 つっこみつつ片手で九曜の口を塞ぐ。
 なんなんだこいつ、意外とお笑い好きか? ていうか微妙に古いな、最近どっちもあんまりテレビで見ないし。
 あたしは九曜がまた何を言い出すかわからなかったので、手は口に当てたままにしていた。そのときである。



べろん、と、



「っひゃあ!?」
 手のひらに湿った感触、そして背筋に悪寒。思わずあたしが手を引っ込めて九曜のほうを見ると、やっぱり無表情のままつっ立っている宇宙人がいた。
 その無表情の中に、少しだけ満足気な色が見えたのはあたしの気のせいだろうか。

「っなにしやがる!」
「――息――――苦し――かった――――」
「そのくらい宇宙人パワーでどうにかならないのかよ。つか先に手を使え、手を」

 あー、びっくりした…。
 九曜を軽く睨むと、いつもの無機質な瞳があたしを見返す。あたしは大きく溜め息をついた。ほんと、何がしたいんだこいつ。

「…まあいい。で暇なんだな?」
「――――多忙――だったり―――」
「それはもういい。暇なら付き合えよ、あたしも暇なんだ」

 まともな返答が返ってくる気がしなかったので、あたしは有無を言わせず九曜の手を引いて歩き出した。
 たまにはこんな日もあっていいよな、なんて、頭の中で誰に向けるでもなく言い訳しながら。





 さて、連れ出したはいいが…。これからどうしよう。
 元々何か予定があったわけでもないし、こいつがどこに行きたいかなんてわかるはずがない。理解しがたいからこそ興味を持ったんだからな。
 わからないことは素直に訊くのが一番だろう。

「お前、どこか行きたいところとかないのか?」
「――――あなたと――ならば―――どこまでも―――――」

 どこで覚えてきたその言葉。

「休日――の―――昼―――ドラ――?」
「疑問系はいらんぞ。 …ていうか、お前って案外テレビっ子なんだな」
「―――やること――ないから――――」
「佐々木の観察はいいのかよ」
「――彼は―――見ていて――つまらない―――――テレビの――ほうが―――楽しい―――」

 確かに、佐々木はお前らにとってはつまらんかもしれないな。自己中心的なわけじゃないが、わざわざ他人にあわせて動いてやるタイプでもないし。動きが無い観察対象ほどつまらんものも無いだろう。
 だからといって、朝倉みたいに暴走されちゃたまらん。九曜がテレビ好きで本当によかった。
 にしても、とあたしは歩きながら考える。テレビ好きか、それなら映画なんかも好きかもな。

「やることないし、映画館でも行ってみるか」
「――――映画館―――って――――なに―――――?」

 ……マジかよ。
 “映画館”という単語すら知らなかった九曜に映画館とはどういうものかを教えつつ、あたしたちは近場の映画館に向かった。あたしは特に見たい映画もなかったし、そのへんは九曜に任せたのだが……。

「よりによって洋画の、それも恋愛ものか…」

 九曜が選んだのは字幕版吹き替え版無しの洋画だった。
 あたしに字幕も吹き替えも無しで英語のセリフが理解できるかなんてことは、別に言わなくてもわかるよな?
 結局あたしは映画を楽しめるわけもなく、外人同士が無駄にいちゃついてる映画のスクリーンや九曜の横顔をぼーっと見ていたわけで。
 九曜の目はスクリーンに釘付けになっていた。やっぱり表情はないが、これでも夢中になっているのかもしれない。
 ずっと思ってたけど、こいつほんとに女みたいだよなぁ…。肌は女のあたしより白く、映画館の暗闇の中でぼんやりと浮いて見えるほど。それに、睫毛長いし、背も低いし、髪長いし。見た目は完全に小学生女子だ。 …あんまり認めたくないが、正直かわいいんだよ、な。
 このあとは髪の毛いじって遊んでやろうかな、なんて少しだけ意地の悪いことを考えていると、だんだんと瞼が重くなってきて………。





 ―――かぷっ。



「ひゃうっ!?」

 甘く噛まれた耳を反射的に押さえつつ隣を向くと、案の定九曜がこちらを見ていてお前ええええええ!!

「――――映画――――終わった―――から―――――」
「うんそうだな、終わったみたいだな!口を使う前にまず手を使おうか!!」
「耳――――弱い―――?」

 知らねえよ。
 ああもうなんなんだこいつ、とか紅い顔でぶつぶつ呟いていると、すっと九曜が立ち上がった。出るのかな、と思ってあたしも立ち上がろうとしたが、あたしの真ん前で九曜は立ち止まってしまった。早く行けよ。
 九曜は体ごと顔をこちらに向け、小さな口を開く。

「――――ここは―――暖かい――――」
「? ああ、そりゃ空調が行き届いてるからな」

 ゆるゆると首を振って、九曜は再び呟いた。

「――あなたの―――傍は―――暖かい――――」

 そう言って、九曜は何故かゆっくりとあたしに覆い被さるようにっておい!なにしやがる!
 抵抗しようにも、手首はがっちりと九曜の小さな手と肘掛の間に挟まれて抜け出せない。あの細腕のどこからこんな力が出るんだ? 体重もそんなにないだろうから、動かないなんてことはないはずなんだが。
 じわりじわりと近付いてくる九曜の顔に、思わずあたしは目を閉じて、



 ――ぽふっ、と肩に軽い衝撃。


「―――――すぅ――――――――すぅ――――」
「………………寝ちまいやがった」

 …眠かっただけかっつの。
 耳元で寝息を立てる九曜の横顔は、本当に小さな子供のようで。あたしはつい微笑んだ。こんな寝顔のやつが同級生の、しかも男だなんて信じられないな。
 その後、声をかけてもゆすっても起きなかった九曜をしょうがなくおぶり、あたしは映画館を出て自分の家の方へ歩いていった。九曜を家に連れて行くべきかとも思ったが、まずあたしはこいつの家を知らないから自分の家に向かうしかなかったんだ。
 ようやく家の近くまでついて、軽いとはいえきついな、なんて思っていると、

「――――――ん―――」
「お、起きたか」

 ぐしぐしと眠そうに目をこする九曜には、いつもの不気味とも言えるような近寄り難い雰囲気は全くなく、まるで妹を見ているような気分になった。
 あたしの背中から重みが降りる。九曜は振り返ったあたしの顔を見上げて、いつもの無表情で言った。

「――――ありがとう―――――とても―――暖かかった――――」

 あたしが何か言う前に、九曜はあたしに背を向ける。そのままふらふらと歩いていって、不意に霧散してしまったかのように気配が消えた。

「なんていうか、静かなのに嵐みたいなやつだったな……」

 ぽつりとひとりごちた、そのときである。
 何者かにいきなり腕を掴まれたのは。

「うわっ!?」
「僕。落ち着いて」
「な、なんだ、長門か…」

 驚かせるなよな、全く。あたしが振り向くと―――



―――無表情な宇宙人のあたしを見つめる絶対零度の瞳と目があってしまったわけで。



「あ、あのー…。長門さん?何をそんなに怒っていらっしゃるので?」
「何故彼と?」
「い、家の前で偶然会ったから…」
「だからと言って一緒に映画館に行く必要はない」

 見てたんじゃないか。ていうかお前、どこから見てたんだよ。全然気付かなかったぞ。

「あなたが彼と合流したときから、ステルスモードで」
「…そりゃ、気付くわけないな」

 さすがに透明人間なら見つけられないよなー、あたしは普通の人間だしなー。
 言いながらなんとかして逃げようとするが、あたしの腕をしっかりと掴む大きな手がそれを許してくれない。

「本日のあなたと彼の肉体的接触時間の合計は37分43秒。長過ぎ」
「帰りおんぶしたのは仕方ないじゃないか」
「最初に手を繋いだりしたのはいらなかった」
「ぐ…、あ、あれは手を繋いだっていうか、手首掴んだだけで…」
「それでも同じこと。それに、」

 長門は何をされるのかと戦々恐々と長門を見ていたあたしの手首を掴むと、口元まで持って行って手のひらの九曜がやったのと同じところをなめ「ちょ、やめ…っ!」

「消毒」

 犬がじゃれるみたいに九曜が直に触れた場所を這う舌がくすぐったくて仕方ない。
 結局、あたしはしばらくの間、

「や、もう…、やめろってばくすぐったい!」
「やめない」
「ド変態!」
「知ってる」
「み、認めるなバカ!」

 こんなやり取りを繰り返して、月曜の部活で実はそれを通りすがりに見ていたらしい古泉に「全く、貴女方は本当にどこのバカップルですか(笑)」と小言で言われたためとりあえず全力で叩いてやった。グーでなく平手だったのに感謝してもらおう。

「ふふっ、顔が真っ赤ですよ?」

 …うるさい。