『SS』 たとえば彼女と………

皆は日曜日という言葉で何を連想するだろうか?
大抵の人々にとっては安息日であり、一週間の疲労を取るべき休日であるものだろう。
休日が稼ぎ時のサービス業の方々も居られるだろうが、ここは世間一般というか一学生の意見として聞いてもらいたい。
つまりは俺にとっての日曜日とは、ハルヒいわく不思議探索と称した俺の財布の中身をすり減らす重労働を含めたSOS団の活動から唯一解放される貴重な日であり、世間の方々よりもその重要性を認識することしきりな訳だ。
「…………………何でこうなるんだ………………」
そうだ、その貴重な休日の昼日中に何ゆえに俺は出歩かなくてはいかんのだ。
「ったく、お袋も何を考えてんだか」
そう、俺はハルヒからの電話も、超能力者や宇宙人の呼び出し、未来からの指令もない普通の日曜を普通に寝て過ごそうと思っただけなんだ。
ところが我が家の最高権力者はそうではなかったようで、俺はいつもの時刻に妹のフライングボディプレスを食らうはめになったのである。
一体何事だ? まだまだ俺の睡眠時間は十二分にあったはずだぞ?
そんな俺の主張に対し、お袋はただ一言、
「今から害虫駆除の業者さんにきてもらうから、あんた達は夕方まで家からでてなさい」
なんという無慈悲。俺の貴重な睡眠時間はどうなる?
しかし、業者を呼んだ理由がシャミセンが連れてくるノミなどへの対策だと言われてしまえばシャミセンの保護者たる俺としては何も言えん。
あいつにノミなど付いてるのは見たこともなく、やつがその気なら自分で害虫駆除などやってのけそうなのだが。
それに最終的には長門に頼むってのもあるしな。
だがこれは我が家の住人としてシャミセンが認められてるという事でもある訳で。
仕方ないので俺も泣く泣く安息の地たる布団にしばしの別れを告げたのである。
ちなみに今回の元凶たるシャミセン氏は、妹に連れられ友達の家(多分ミヨキチだろう)へ行ったらしい。
おそらく帰宅しだい俺のベッドで寝ることだろう。そのときは俺も奴を押しのけるなど野暮なことはせず、互いの苦労をしみじみと分かちあおうと思う。
などと一人ごちてはみたものの、俺には何も予定などはない。
さてどうするか、久々に国木田や谷口などと遊ぶ、のもいいが何も約束もなくあいつらと会って谷口のナンパの失敗を見物するのも億劫だな。
かと言って、朝比奈さんや長門、古泉にだってSOS団からようやく開放されて消化しないといけない予定などないとは言い切れん。
各自それぞれの組織とやらもあることだしな。
だからってハルヒは勘弁してもらいたい。さすがに体力と何より財布の中身がもたん。
あれ? こうしてみると俺の交友範囲は意外と狭いのか?
いやいや、それでもハルヒに較べれば、ってあいつも最近は丸くなって友人と呼べるのも増えてきたしなあ。
なんだろう、何故か泣きたい気分になってきた……
ふらりと立ち寄った公園のベンチに座り、やけに晴れた空を見上げる。
こうして俺は無常に流れる休日に虚しく悟りでも開きそうになってしまっていたのだが、そんな時にあいつに出会ってしまったのである。


………………いつからそこにいたのか。

ここに来た時は確かに俺は一人だったはずだ。
それなのに何故お前がいるんだ?!
「周防………九曜…………」
そうだ、佐々木の傍にくっついてる何とか領域とやらのイントルーダー、佐々木側の宇宙人が何故ここにいる?!
九曜(どちらが苗字かわからんが)は俺が座るベンチの端にまるで最初からそこに居たかのように佇んでいる。
うーむ、何か話しかけなければならんのだろうか? 九曜は俺がいないかのように明後日の方を見ているが。
「あー、九曜さんだっけ? なんでこんなとこにいるんだ?」
結局話しかけた俺はかなりお人よしの部類に入るんだろうね。
俺の声にまるで自分以外の人間に初めて出会ったように九曜の頭がこちらを向く。
なんというか、まさに人形の首を無理やり横を向かせたように。
ベンチに座ってると制服の色と相まって、まるで黒い髪の毛の中に顔だけ浮いてるみたいだな。
その九曜がゆっくりと口を開く。
「あなたの――――――――――――――側は―――――――――――――暖かい――――――――?」
いや、疑問系で言われても困る。というかやっぱり話がかみ合わんな。
しかし話し始めた手前、何か言わんと間がもたん。
「そういやお前、佐々木はいいのか? あいつの観測が任務って訳じゃないのか?」
すると九曜は俺の目をジッと見据えた。な、なんだ? 俺、何か悪いこと言ったか?
「あなたは――――――――――綺麗ね――――――――――――」
はあ? もう訳がわからん。
こいつとまともな会話が出来ると思った俺が馬鹿だった。俺はベンチから立ち上がる。
やれやれだ、なんでこんな休日を過ごさなきゃならんのだ。
俺が公園を出ようとすると、後ろに間違いない気配がある。
振り返るとやはり九曜がいた。なら最初からそういう風に出てきてもらえんもんかね。
「……………何の用だ?」
無言の返答。
「何がしたいんだ、お前は?」
無言。いかん、さすがにイライラしてくる。
「まあ勝手にしてくれ」
精一杯冷静に俺は歩き出した。ところが気配のやつがずっと後から付いてきやがる。
少し歩調を速めるが一向に振り切れない。
くそっ! 何が目的なんだ?
俺は全力で走り出した…………………



くそっ! 何で俺は休日に全力を出し切らなきゃならんのだ………!
走り疲れ、息も絶え絶えな俺の目の前には汗一つかいていない宇宙人がいた。
「はあ、はあ、お前………どういう…………つもりだ…………」
もうしゃべるのもしんどいんだ、これが目的というなら立派に達成出来てるぞ。もう俺には何も抵抗できやしない。
しかし九曜の奴は先程とまったく変わらずに俺の目を覗きこみ、
「あなたは―――――――どこ―――――――へ――――?」
は? なに言ってんだ、こいつは?
まさかとは思ったが、呼吸を整えた俺は九曜に聞いてみた。
「まさかお前、俺にただ付いてきただけか?」
すると、なんと頷かれてしまった。つまりは俺の早とちりだったってことかよ。
「アホか俺は…………」
もうなんか一気に力が抜け、俺はその場に座り込んだ。ほんと、なにやってんだ俺。
すると九曜も俺の前にしゃがみ込む。まるで目線を合わせるように。
その黒々とした瞳を見てしまった時に俺は自分のバカバカしさに思わず笑っちまったのさ。
「―――――――――――あなたは――――――――――不思議ね―――――――――」
そうだな、自分でもそう思う。
「よっと」
いつまでもこうしていてもしょうがない。俺は立ち上がると、目の前でしゃがんだままの少女に手を差し出した。
「どうせ暇なんだ、たまにはいいじゃねえか」
九曜は俺の手を取り、立ち上がる。
「あなたは―――――――――何処かへ――――――――?」
その場合は『何処か』じゃなくて『何処』だ。
俺は九曜の手を引きながら歩き続ける。
なんとなくさ、思ったんだ。
たとえ所属が違っても、宇宙人といるなら此処かなってな。
手を繋いだままの俺と、無言でついて来る九曜。
俺達は図書館への道をゆっくりと歩いていた。
たまの休息日なんだからな、静かなところでゆっくりさせてもらうさ。
新しい不思議の、かみ合わない話を聞きながら――――――――――――な。


などと呑気に考えながら俺たちは目的地へとブラブラ歩くのであった。
そして今、俺の横で何処を見るでもなく佇んでいるこいつを見て多少の後悔の念に囚われたりしていたりもする。。
おいおい、せっかく連れてきたんだからもう少しは関心を持ってくれてもいいんじゃないか?
周防九曜は、そのまま何時間でも立ち尽くしていそうな雰囲気で無表情に立ち尽くしていた。
俺は偶然こいつと出会い(何故俺の居る場所には宇宙人だのが出てくるんだ?)、同じような宇宙人を知る者として純粋な興味本位で共に図書館へと赴いたにも関わらずだ。
まったく抵抗も無かったから、少しは関心があるのかとも思ったのだが。
しかし相手の都合も聞かずに連れてきてしまったのは俺の方だ、いやいや俺もハルヒ菌とやらが移ってきたのかね?
いつまでも図書館の入り口につっ立っててもしょうがないので、俺は九曜を連れて図書館の奥へと進んでいった。
これが俺の良く知る宇宙人なら、すでにふらふらと本の森の中へ消えているはずなんだがな。
「お前、ここへ来るのは初めてだろ?」
そう聞いてはみたものの、九曜はただ立っているだけだ。なんというか、宇宙の親玉連中はコミュニケーションというものを学んでからこっちに来てもらいたい。
そう思ってたら、急にこっちを見るんだよ。本当に心を読まれてないのか?
もう一人の宇宙人の言葉を信じるしかない俺は、こいつのリアクションにただ驚くだけなのさ。
「―――――――ここは――――――――静かね――――――――――――」
ん? なんか初めて意思が通じるセリフを聞いた気がするぞ。
「ああ、図書館ってのは基本的には静かなもんさ」
「――――――――そう――――――――」
おい、それはあいつの真似か? いや考えすぎか。
すると九曜は手近な所にあった本を棚から取り出した。
別に分厚いSFでも参考書の類でもない、ただの小説だ。それを手に取った九曜は表紙をただ眺めている。
「どうした、読まないのか?」
「―――――――」
もしかしたら関心がないのだろうか?
「あー、ここはつまらんか?」
すると九曜は俺の方を向き、
「此処は――――――――――心地よい――――――暖かい――――――――――」
そうか、やはり宇宙人と図書館というのは相性のいいものなのか。
俺は自説が証明できたことに妙な満足感を覚えていた。これならこいつとも何か会話が出来るかもしれん。
「お前は本とかよく読むのか?」
「――――――――?」
だからそれは真似のつもりか? 俺の目を見つめたまま小さく首を傾げないでくれ。
「私は――――――――知りたい―――――――――」
つまり読んでるってことなのか? よくはわからんが。
九曜は結局、本を開くことなく棚へ戻してしまった。何なんだ一体?
しかもこいつは、ふらふらと棚の並ぶ奥へと移動しようとしやがる。初めて自主的に動いたかと思えば俺は置いてけぼりかよ。
まったく宇宙人ってのは行動パターンが似てくるのかね?
これがあいつなら安心して任せておけるのだが、なにしろ相手はあの九曜だ。
仕方なしに後を付いて行くことにする。
ふらふらとした態度はあいつそっくりなのだが、あいつの場合はある程度目標を定めて動いているのに対し九曜の奴はまったくの無作為にしか見えん。
ただ身近の本を手に取り、表紙を眺めては戻す作業を繰り返している。
もしかしたらあれで内容を理解しているのかもしれんが、あいつも同じ事が出来るのだろうか?
しかしあいつは、本を読む行為そのものを愉しんでいたようだしな。そう言う意味ではやはり九曜は人間とは違う存在だと認識させられる。
ただ、あいつが人間臭くなったのかもしれんが。
ところが宇宙人というのは俺の予想を覆すものらしい。
九曜はある棚の前で立ち止まったのだ。それは自然科学のジャンルだったが、まあそれは大した事じゃない。
「――――――――――――――――」
その大きな黒い瞳は棚の上部に並べられた本の一点を見つめている。
おい、どうした? 何か宇宙的な関心事がそこにあるってのか?!
いや、それならここの常連であるあいつの目に留まらんはずはないのだが。
「―――――――届か――――――――――ない―――――――――」
はあ?
「あれは―――――――――遠い―――――――――?」
そうだ、たしかにこの棚の上にある本は小柄な九曜には届く位置ではない。
だがなあ……………………………
「お前、そのー、なんか宇宙的な力とかで取れないのか?」
「―――――――あなたは―――――――それを――――――――望んでいる――――――――の?」
だからその首の角度は誰かに習ったのか? 似すぎてて笑えんのだが。
「いや、まあな…………………」
そういや、あいつはこんな時どうしてんだろ?
「―――――――――取って――――――――」
なっ?!
「あれは――――――――――取ってもらうの―――――――――?―――――――」
ああ、そういうことか。はいはい、わかりましたよ。
俺は手を伸ばして棚の本を取る。
「ほら、これでいいか?」
「―――――――――――――いい」
その言い方までそっくりかよ。まったく、タイミングに多少の誤差があるとはいえ俺の心臓にはあまりよろしくない傾向なんだぞ。
そんな俺の気持ちなどお構いなしに九曜は相変わらず表紙を眺めている。
やがて、
「――――――――――――戻して――――――――」
もういいのか。
すると、あの九曜が頷きで返してきたのだ。
他の奴が見たらまったく変化を見分けられないだろうが、なにしろ無表情な奴の表情を読ませたら俺もなかなかのもんなんだぜ?
とはいえ、その動きはよく知るあいつに似すぎてて参るのだが。
あいつが棚の前で立ち尽くしていたら、万難を排して棚の上の本を総ざらいしても構わんのだがな。
しかし、なんというか、せっかく本を取ってやっても眺められるだけってのも味気無いもんだ。
「なあ九曜、せっかくなんだから本を開いて読んでみないか?」
それが普通なんだから、お前ももう少しは地球人側に歩み寄ってもいいと思うぞ。
「―――――――あなたが―――――――望むなら―――――――――」
と、九曜がまたふらふらと歩きだした。どういうことだ?
後を付いて行くと九曜はいわゆる児童書のコーナーで立ち止まった。
そして一冊の本を取ると近くの椅子に座る。
そのまま九曜はフリーズしてしまったんだが、何なんだよこれ。
「あの〜、九曜さん?」
「―――――――――」
無言かよ。
「ったく、どうしろってんだよ………………………」
俺は九曜の横に座るしかなかったんだが、座ると同時に奴は俺に本を突きつけた。
ん? 何のつもりだ?
「――――――――――読んで―――――――」
何だと!?
「本は――――――――読む――――――もの―――――――」
たしかにそうだが、それはお前がやる事であってだな………………
「―――――――――読ん―――――――――で?」
ああもう、それは反則だろうが!! お前ら、俺の知らない所で情報交換でもしてるのか?!
九曜の黒々とした瞳に見つめられたまま、首を俺にしか判らない角度に傾ぐ仕草は俺の良く知る宇宙人に激似な訳で。
俺は何故か逆らう事が出来ずに小学校以来の児童文学を朗読するはめになった……………………何の罰ゲームか、これは?
こうして4冊目の本を俺が読み聞かせ終えた頃には、図書館も閉館時間を迎える事となったのである。
1冊目の途中から周囲には子供達が集まり、ちょっとした朗読会みたくなってしまったのは俺の中では消し去りたい記憶の一つとなるだろう。
暖かくなってきたとは言え、さすがに日も傾きかけている時間に俺達は図書館の入り口にいた。
もう家に帰っても大丈夫だろうな。
俺としては九曜を送るのもやぶさかではないのだが、なにしろこいつが何処に住んでいるのか見当もつかん。
それならここで解散するのがいいんじゃないだろうか。
そんな俺の気持ちが通じたのか、九曜は入り口に佇むと、
「――――――ここは―――――――暖かかった―――――――――」
と言うと俺に背を向けた。どうやらお別れらしい。
「なあ、今日は付き合ってくれてありがとうな」
まるで歩いているようには見えないが、確実に小さくなる背中に俺は語りかけた。
「―――――――――いい」
あー、でもそれは勘弁してくれないか。何か居心地が悪くなりそうなんだ。
「―――――――また――――――――図書館へ―――――――――――」
おい!それって………………………
フッと気配が消える。確かに目の前にいたはずなのに。
「………………やれやれ、せめてサヨナラぐらいは言ってもらえないもんか?」
最後のセリフが妙に引っかかったが、まああいつも楽しんだってことなんだろう。
さあ、家へ帰ってシャミセンとの親交でも暖めるとするか。








そう思って図書館を後にした俺の背中に急激な寒気が襲い掛かってきた。
なんだ!? まるで俺だけ真冬の、しかも猛吹雪の中に裸で放り込まれたようなこの感覚は!!!
それは鋭い歯となって俺の背中に突き刺さる。
やばい、俺の直感がさっきから緊急警報を鳴らしっぱなしだ!!
こんな時、無力な俺はどうしたらいい?
いや、無力を嘆く暇すらない。危機はもうすぐそこまで迫っている!!
こういう時に一番に頼れる人物の顔が脳裏に浮かんだ。
そうだ、あいつならこの俺の状態を察知しない訳がない!!
ならば俺もここで少しでも時間稼ぎをしなくては!!
俺はちっぽけな勇気を振り絞り、振り向いた!!
するとそこには!!!!!








―――――――などと現実逃避してもしょうがない。
もうお分かりだろう、俺の目の前に立っている人物が誰かを。
そいつは俺の良く知るなんとか思念体のインターフェースで宇宙人なんだよ。
ただ俺の見たことのない絶対零度の目線があるだけで。
「あのー、長門さん?」
「なに?」
「いつからこちらへ……………………?」
「私はあなた達よりも前に図書館にいた」
ああそうなんだー、ということはー、
「………………………何故二人で?」
そうだよなー、全部見られてたんだよなー……………なんでしょう、この罪悪感は。
「説明を求める。」
まあこの後、長門のマンションに引きずられていった俺が何だかんだで開放された時には、家で着替えて学校に行くしかなかったってのはまた別の話だ。