『SS』 涼宮ハルヒの別離 3

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 そしてキョンがあたし達の前からいなくなる日が近づいてくる。あっという間にしか思えないほどに。
 あたしは思いつくままにキョンのお別れ企画を考えては実行していった。まるでそうしないとあたしが壊れていくようで。考えをそこにしか向けないようにしてたのかもしれないな。
 鶴屋さんの家でパーティをしたり、急にみんなでスポーツ大会やってみたり。何でもよかったんだ、とにかくみんなでいられたら。
 それは目を背けていただけなのかもしれない、目の前にある現実から。時間だけは過ぎていくのに、いつものあたしでいることだけに必死になっていって。
 キョンはいつものようにため息をつき、聞きなれた口癖を呟きながら、あたしの我がままに付き合ってくれる。その心地良さにまた現実を忘れそうになっていく。


 …………あと三日しかないのに。


 どこかであたしは焦っていた。あの時の夢が、そう思わせていたのかもしれない。それなのに何も言えないまま、何も出来ないままでただキョンを振り回すだけの毎日を過ごしている。
 そんな時だった。
「何故ですか?! 今なら僕らで何とでもなりますっ!」
 偶然だったの。お昼休みに食堂から戻る時にたまたま中庭にキョンと古泉くんがいたから。男の子同士でもやっぱり別れは辛いんだろうなって思ってたら、古泉くんが怒鳴る声が聞こえて。
 誰もそんなことに注目してないはずよね、ここにはあたし達以外いなかったし。それで、あたしは止めに入ろうとして………………………物陰に隠れていた。何でかってのは自分でも分からないのに。何故か二人の邪魔しちゃいけないんだって思ったの。
 キョンは古泉くんの携帯を持った手を抑えている、電話をかけさせないようにしてるんだわ。どうしてかは分からないけど、古泉くんは電話で色々してるからきっとキョンのためにどこかに電話しようとしてたんだろうな。それをキョンが止めている。
「やめてくれ、そこまでお前らの世話になるつもりもない。それに俺のことじゃない、ウチの親の話だからな、家族にまで迷惑はかけられんさ」
「しかし!」
 古泉くんは尚も食い下がっている。何だろう、古泉くんの親戚にでもコネとかあるのかもしれないんだけど、キョンはそれでも、
「そんな分からん権力に従う気はないぜ、確かにここにはいられるかもしれんがお前らの顔色を伺いながら暮らしたくはない」
 頑なだった。古泉くんの顔が苦痛で歪む。
「そんな……………僕らは……………」
「お前個人はそうかもしれん、だがお前らの上の連中まで信用しろってのは無理だ。それは朝比奈さんだって長門だって同じだろう」
 何を言ってるの? 何でそこでみくるちゃんや有希の名前がでてくるのか分からない。お前らの上って古泉君の親戚の人の事?
 あたしには全然分かんない話をキョンと古泉くんがしている、でも真剣なことだけは分かってしまう。だから頭の中をグルグル疑問の渦が巻き起こりながらも、あたしは飛び出すことも出来ずに隠れて聞き耳を立てるしかなくなっていた。
「……………どうしても受けていただけませんか?」
「ああ、嬉しくないわけじゃないけどな」
 黙って古泉くんが携帯をしまった。大きくため息を吐き出して。
「すまんな」
「いえ、あなたらしいですよ。決して僕らに負担をかけようとは思わないのですからね」
「そんな聖人君子じゃないさ、単にこれ以上厄介事を増やしたくはないだけの話だろ」
 肩をすくめて苦笑いするキョンはどこかカッコよく見えた、古泉くんを励ましてるようで。あたしはそんなキョンの顔なんか知らなくて、でもそんな頼りになるキョンは知っていたような気がして。
 だって、あたしが一番キョンのことを頼りにしてたんだから。きっとキョンは、あたしの知らないところでずっとあんな顔してあたしを見ててくれてたんだから。それなのにあたしは、ただそれに甘えていただけなのに。
「まったく……………あなたらしい」
 古泉くんもそう言って、いつもどおりじゃないけど、笑った。男の子同士だから? それとも二人にしかない何かなんだろうか? その姿を見て、あたしの胸は少しだけ………………痛かった。
「…………ハルヒが心配か?」
「!!」
 唐突に話したキョンの言葉に、古泉くんとあたしの鼓動が止まりそうになる。何で、そこであたしの名前が出てくるの? でも古泉くんも当然のように、
「ええ、やはり涼宮さんの動向は気になります。我々としてはあなたがいなくなった後に涼宮さんがどのように行動をするのかは予測不能なのですから」
 あたしがキョンがいなくなってどうするのか………………今でもあたしには答えが出ないままなんだけど。それでも古泉くんが何を心配しているのか分かんない。
 するとキョンはそんな古泉くんを鼻で笑い、
「お前らは過保護過ぎるんだ、ハルヒをなめるんじゃない」
 まるで嗜めるように古泉くんに言った。
「あいつは確かに我がままだし、自分が言ったことが全て正しいみたいなとこもあるけどな」
 随分酷い言われようね、思わず怒鳴りつけてやろうかと身構えたところで、あいつはそれを止めてしまうような一言を言ったのだった。
「それでもあいつは、ハルヒハルヒなりに成長してるんだ。少しづつだが俺達以外の友人も出来てきたし、元々あいつは他の奴らのことを気にかける奴なんだからな」
 …………そんな事あいつは一回も言わなかったじゃない。いっつもあたしが何を言ってもつまんない顔して反対ばっかしてたのに。
「だから俺がいなくてもお前がハルヒを支えてやればいい。朝比奈さんも長門も、鶴屋さんだっている。皆がハルヒを助けてやれば、俺がいなくたって大丈夫さ」
 そんな、でも、あたしにはみんながいてくれて………
「俺はハルヒを信じてるんだよ」
 そんな事言われたら………
「…………わかりました。あなたが涼宮さんを信じるように、僕らも涼宮さんを信じます」
「ああ、ハルヒを頼む」
 あたしは、キョンの言葉が嬉しくって。でもそれはキョンがいなくなるんだって事を嫌ってほど見せ付けられたような気がして。
 あたしは誰かに頼まれたいんじゃない、あんたがいてくれればいいだけなのに。
「う…………」
 思わず声が出そうになって、あたしはその場から離れた。
 キョンがあたしを信頼してくれる事の喜びと、そしてキョンがいなくなるんだって事を実感させられた悲しみと。
 衝動的に走り出そうとして足がもつれる。頭の中がモヤモヤして、何にも考えられなくって、ただそこから離れたかった。
キョン…………」
 そうなんだ、キョンはもうすぐあたしの前からいなくなっちゃうんだ。それを古泉くんも受け止めようとしてるのに、あたしはまだ何も言えなくって。
 ただ、頬を伝わる涙だけがあたしが今いる現実を思い知らされただけだった。



 


 トイレに駆け込み、何も考えずに顔を洗う。絶対に、何があってもキョンに泣いてたなんて思われちゃダメだもん。
 あいつがあたしを信頼してくれるなら、あたしはそれに答えなくちゃいけない。
 だから。
 昼休みも終わるギリギリになって、あたしは教室に戻る。
「何よ、食べてすぐ寝てたら太るわよ?」
「いや、午後の授業を受けるために休息を取るのは当然なんだろ?」
「どうせ寝てるくせに」
「お前だって変わらんだろうが」
「あたしはちゃんと結果が付いてくるからいいのよ! あんたはもっと真面目に授業くらい聞きなさい!」
 へいへい、なんて言いながら机に伏せたままの背中にホッとしながら、あたしは自分も机に伏せてしまっていた。
 ………何度洗っても治らない、赤くなってしまった目を隠すように。