『SS』 ちいさながと

さて正月三が日をほぼSOS団の活動に費やされてしまい、ほぼ家にいる事が無くなるという悲しい正月なのだが、それでも楽しくないといえば嘘にはなる。
様々なエピソードも語る機会はきっとこの後にあるに違いないのでここではあえて語らずともいいだろう。決して出し惜しみしているつもりはない。
しかしだな? 俺は基本的には正月というものは家でのんびりと過ごすのが一番いいと考えるのであって、正直言えば初詣だって面倒なのだ。何が悲しくてこの寒い中人ごみに押し寄せられねばならんのだよ。
といえば怠惰そのものではあるのだが、俺は何時行こうが初めて神社に行けば初詣だと思っている。
「それはある意味正しい」
だろ?
「でも怠惰ではある」
そりゃそうだ。それでも俺はせっかくなのでお前と二人でゆっくりしたいよ。
「それはわたしも同様」
ありがとよ。小さな同居人、長門有希はいつもの定位置である俺の右肩ではなく俺の膝の上である。というのも俺の部屋でベッドの上に胡坐をかいている俺の上に有希が座っているからである。
兎にも角にもあのパワーだけは人数倍ある団長の無茶苦茶正月満喫スケジュールをため息と共にどうにかこなした俺と有希はようやく一般人の正月らしい呑気な時間を過ごせているのだ。少しはこんな時があったっていいじゃねえか。
「普段からわたし達はこう」
それでもだ。正月なんだから。有希は変わらず俺の膝の上で読書中であったとしてもだ。というか本当に変わらんな、俺達。
「それが心地良い」
そういうもんだな、俺もそれでいいと思う。別に何をするでもなく有希の読書姿をぼんやり眺めてるだけで十分なんだから。
「退屈?」
じゃないって。とは言うものの、このまま何もしないというのも確かによろしくはないかもしれん。
と、ここでふと思い出したように聞いてみる。
「なあ有希、お前小腹でもすいてないか?」
有希が小さく首を傾げる。まあ確かに唐突すぎたか。
「いや、そういやハルヒに引っ張りまわされてて碌に雑煮も食ってないなと思ってな」
家族全員でとなると有希が食べるタイミングが微妙に取れないので、こういう食間な時間帯ならまあ俺が食欲旺盛だといえばいいだけな話だ。どうせなら正月らしい事でも二人でしておこうと思ってみたんだが。
「……………食べる」
それに事食にについてこいつが断わるとも思えないし、その通り頷いてくれた訳だし。
「それじゃ決まりだな、一緒に行くか?」
どうせ家族がいても有希は見えないんだからいいだろ。素直に頷いたところを見れば、どうやら興味深々のようだから俺は有希を右肩に乗せて台所へ行くべく階段を降りたのである。



ところが台所どころか家の中には誰もいなかった。どうやら出かけていったらしいが、妹まで連れて行って俺は置いてけぼりというのはちと悲しい。
「声はかけた。だがあなたは目覚めなかった」
そうなのか? てっきりそれなら妹がいつもの手段で起こしそうなもんだけどな。
「あなたの母親が止めた。あなたが年明け以来外出が多かったので健康面を考慮したものと思われる」
ありがたいような、そうでもないような。とりあえずはゆっくりは寝れたから良しとしとこう。
「美味しいものを食べにいかなくちゃ、とも発言していた」
…………さっきまでの俺の感謝を返してもらいたいね。
「わたしはあなたと二人で居られるから感謝している」
う、そう言われれば確かにそうなんだよな。まあ俺たちはのんびりしとこうか。
「では」
ということで急かされるように雑煮の用意なのだ。とはいえ作り置きしてある鍋に餅を放り込んで少々煮込むだけなのだが。
「で、いくつ食う?」
「………三つ」
いや、お前のサイズでその量は多くないか? 
「平気、むしろ抑え気味」
そうですか、俺は二つでいいや。火にかけた鍋に餅を放り込み、後は待つだけである。
ここでウチの雑煮について簡単に語れば、まあ普通だろう。だしと醤油の味付けに具は白菜とかまぼこ、鶏肉としいたけぐらいなもんか。シンプルイズベストなのか、お袋の手抜きなのかがこの年になっても謎なんだが。とりあえずは我が家の味というものであり、俺はこの雑煮で十分でもある。
「…………まだ?」
すまん、もうちょっと待ってくれ。餅が鍋の底にくっつかないように混ぜている俺と、その鍋を興味深げに眺める有希は餅がいい感じに柔らかくなるまでそうしていたのである。
「…………まだ?」
だからまだだって。





何度か有希からの催促があったものの、無事雑煮を煮込んだ俺は自室に戻っている。どうせ家族もいないのでちゃんと有希と自分の分も分けたんだが、どちらにしろ有希にはサイズが大きいから必要はなかったかもしれない。
「いただきます」
「ほら、熱いから気をつけろよ」
どちらにしろ小皿に取り分けて有希に食べさせるのだから。ちなみに有希は同サイズのマイ箸を用意して待っている。
黙々とかまぼこを啄ばむ有希の姿は非常に和むのではあるのだが、雑煮は熱いうちに食った方がいいので俺も自分の分を食べる事にした。毎年のことながらやはり我が家の味ってのは落ち着くね。
「…………努力する」
ん? どうした?
「あなたの家庭の味を把握している」
そうか。エプロン姿の有希も可愛いだろうな、とはまだ口にするべきじゃないかもな。きっと有希もそう思ってくれているだろうから。
しばらく二人でのんびりした空気の中、雑煮を食んでた俺達なのであった。



ところで失念していた事があった。それは有希と餅との相性が悪かったということである。
「あー、そんなにくっつけて…………」
前に田舎に帰った時に粽を食ったのだが、その時もサイズの問題から顔中をベタベタにしてしまったのだった。あの時の再現である。
「……………問題無い」
いや、今度は熱々の餅なんだけど。しかしその性能は確かなままに偏っている高性能インターなんちゃらさんは火傷一つ負わないままに確実に餅に顔を埋めている。それって息できてるのか?
「問題ない」
そういうものらしい。凄いんだか凄くないんだか相変わらず判らないな。とにかく餅は確実に小さくなってるからまるで噛まずに飲み込んでいるみたいだぜ。しかもその間にちゃんと白菜や鶏肉も食べつつ汁まで飲んでるんだから凄まじい。
まったくトリックが解らないままに目の前にあった御椀一杯の雑煮が消えるという離れ業を演じた我が愛しの十二分に一サイズの恋人は、今は顔や手についた餅を舐め取る作業に終始している。
ん〜、何だろう? 凄く可愛いのですが。こう、ほっぺたについた餅を手で取っては舐めている姿というのは。


そう、まるで…………………


するとここで有希の手が急に止まった。どうした?
「……………待ってて」
そのままゴソゴソと半分有希の自室と化した俺の本棚の一角で何かしている。分からん、有希が何をしたいのかサッパリ分からん。
「お待たせ……………」
あー、えーと……………お前、俺の心の中でも読んだのか?
そこに居たのはネコミミを付けた有希なんだよ、ご丁寧に尻尾まである。しかも首輪までって! まあ確かにさっきの姿はネコみたいだなって思ったけどさ。
「わたしは、にゃがとゆき」
うわ、どうしよう、可愛すぎる!! 何という展開だ、まさか雑煮を食ってて有希のコスプレ姿に繋がるとは。ていうか、結構有希はコスプレ好きなのか?
「あなたの嗜好に合わせているはず」
え? そうか? いやまあ可愛いけど。いつの間にか手触りを確かめるようにネコミミ触ってるけど。
「わたしから正月ならではと言える提言がある」
ほう、宇宙でも正月の概念というものが理解できているのか。それは是非拝聴したいもんだね。
「新年を迎えたわたし達ならでは」
そうか。で、何なんだそれは?
姫はじめ
はい?
「新年最初に行う性行為を称して」
称しなくていい。どこから覚えたその知識?
「三が日はSOS団の活動中心だった」
そうだな、その間何も無かったのは確かだ。
「今からはわたしのもの」
それはこっちも望むところだ!
「…………かまってほしいニャン?」
くそう、そんな事言われて黙ってられるかー!! 理性なんか関係無い、ネコミミな有希に飛び掛っていく俺なのだった。





うむ、非常にいい正月だったな、ということで。
「…………もう一回?」
お願いしまーす!!