『SS』 曖昧3cm、それプニッてことかい? ちょww 前編

冬来たりなば、春遠からじとは言うものの、やはり寒い冬はどうにも苦手な俺である。にも関わらず寒風吹きすさぶ外のベンチで頼みの綱の缶コーヒーを握り締め、ただ呆然と座っているのには当然とは言え訳がある。
「どうやら時間がかかりそうですねぇ」
隣に座るハンサムが話したら息が少し白いように思えたが、こいつも缶の紅茶を持っているので湯気と勘違いしたのかもしれん。そう思いたいくらい寒いしな。
男二人で仲良さげにベンチで座るというまるでどこかの女子連中が喜びそうなシチュエーションを作り出したのは勿論ここにはいないがSOS団団長である。仕方無しに何故こうなったのかを俺は思い出すことにした………



きっかけは恒例の不思議探索である。その日もいつものように俺は不本意な出費を余儀なくされ、嫌々ながらくじを引こうとした時に、
「あ、あれ何かしら?」
ハルヒが何か見つけたようで窓の外を向いていた。まあ不思議じゃないことだけは確かだ、というかあってもらっては困る。ハルヒが喫茶店の窓から向けている視線の先にはどうやら張り紙がしてあるようで、俺も残りの団員もそちらを見てみる。
そこには『健康診断のお知らせ』と書いてあった。どうやら出張で健康診断をしているらしいが、そういや回覧板なんかにたまに書いてるもんだな。どうやら近くの公園に車が来ているらしいが別に大した事だとも思えず、不思議ではなかったハルヒの機嫌が悪くなる可能性すら感じて多少暗い気分に陥りかけていたのだが。
ところがこれが団長閣下の琴線に触れてしまったらしい。ハルヒは持っていたくじをテーブルに投げ捨て、
「今日は不思議探索は一端終了しておくわ」
などと言い出した。珍しい事にこれで解散か、それならわざわざ呼び出すなよなと文句の一つも言いたかった俺に視線を向けたハルヒは、
「あたしたちも健康診断を受けましょう!!」
と高らかに宣言しやがったのだ。はあ? 訳が分からん、お前はタダならなんでも飛びつくオバサンか。
「いいから! やっぱり団長としては常に団員の健康を心配していたワケなのよ、ちょうどいいじゃない!!」
俺の財布の健康は今まさに侵害されたがな。しかし妙に責任感の強いハルヒのことだ、団員の健康を気にしてたというのも案外本音かもしれん。
「我々の健康にまで考慮いただけるとは光栄です」
すかさずゴマをする副団長にハルヒも満足そうに頷く。まあ今回はややこしいことになりそうもないので気が楽だ……………ハルヒが誰か病気になれとでも思わなければ。
兎にも角にも長門も朝比奈さんも異論などあろうはずも無く、俺たちは連れ立ってこの公園までやってきたということだ。
そして狭い車内で健康診断を受けた訳だが俺と古泉はとっとと終わり、後は時間のかかる女性陣ということだ。



かくして俺と古泉は寒い中公園のベンチに腰を掛け、寂しく缶ジュースを飲んでいるといった次第である。いい加減ホットの缶の効力も切れてきたのでそろそろ出てきてもらいたいものだ、いい加減ぬるくなったコーヒーを喉に流し込みながら俺は益体もなくそんな事を考えていた。



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こんな公園なんかでやってる健康診断なんて簡単なもんだと思ってたら結構色々測ったり出来るものなのね。
あたしは視力、身長なんかを測って体重計に。
その数値を見て愕然とした。
「なっ?!」

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え〜と、ウェストサイズとかも測るんですかぁ〜? でも別に食べすぎたりもしてないですし…………
ちょっと恥ずかしいけど大人しく測ってもらって。
そしてあたしは泣きそうになりました。
「ふぇ〜っ………」

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公園内にて涼宮ハルヒによる情報の改ざんらしきものを感知、恐らくこの健康診断と呼ばれるものを彼女の望むものにするためのものと推測される。
それによる多方面への影響…………………無し。わたしの身体データは既に把握している、変化数値は無い。
しかし胸囲を計測された際に口にされた数値はわたしの持つデータと明らかに食い違っていた。
「………………嘘?」

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「さすがに女性三人とはいえ遅いですね」
「そうだな………」
俺も古泉の缶も空になっていて手持ち無沙汰になっている。本当に寒風が身に染みるな。
すると、
「なんじゃこりゃあーっ!!!」
目の前の車から大声が響き渡り、車が飛び上がったかのように見えた。
「!!!」
「なんだ?!」
俺と古泉はベンチから立ち上がる、ハルヒ達に何かあったのか? 古泉の顔からも笑みが消えている。どうやら『機関』の仕掛けたものという訳でもなかったようだな。
となれば車内には長門がいる、少なくとも身辺は無事のはずだからとにかく朝比奈さんだけは心配だ。俺達は急いで車へと向かう。
しかし俺達の心配は杞憂だったようだ、大人しく三人は車から出てきたのであるが。ん? 大人しくだと? なにかおかしい、ハルヒが望んだ健康診断であいつが大人しいなんてあるか?
「…………………」
「…………………」
「…………………」
見ればそれぞれ無言のまま若干俯き気味である、どうしたんだろうか? 
「おいハルヒ、どうしたんだ?」
とりあえず声をかけてはみたのだが、三人とも答える様子はない。何があったか知らんがただ事じゃないな、てっきりハルヒが朝比奈さんの胸でも揉みながら出てくると思っていたんだが。
「まったく、お前が言い出しといて何なんだよ………」
こういう時にフォローに入るのは普段無口な長門の役目だったりするのだが、今回は長門までいつもと同じ無口だし。
どうしようもないから古泉に話を振るかと思っていたら突然ハルヒが、
「…………今日はここまでにしましょう」
と言い出した。
「おい、本当にどうしたんだハルヒ? 何か結果が悪かったのか……」
まさか本当に変な病気を発見したとかだとシャレにもならんぞ。だがハルヒは病人とは思えない大声で、
「あーもうっ!! いいから解散!!!」
怒鳴り上げるとそのまま長門と朝比奈さんを引き連れてズンズンと肩を怒らせ帰っていってしまった。
残されたのは事情が分からない男二人なのだが、
「なあ古泉、あいつら何があったんだ?」
「さあ……………」
さしもの古泉も毒気を抜かれたような顔だ、俺も間抜けな顔してるだろうな。
「とりあえず帰りましょうか、どうやら女性同士の話もありそうですし」
「そのようだな、やれやれ何だったんだ今日は…………」
間抜け面同士顔を見合わせていても仕方ないので俺達はトボトボと帰るしかなかったのであった……………何という厄日だったんだろう、早起きさせられて奢らされた挙句に外で待たされて礼も言われずに解散だなんて。
ハア、とついたため息が白く見えた気がしてまた寒さが身に染みてきてしまう俺なのだった………



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そして話は飛んで月曜日になる。昨日は平和な一日だったはずなのだが、不思議探索があのような形で終わっていた為かどうにも安らげずに終わってしまったのは確かである。
おまけにハルヒから電話もなかったんだ、逆に不安にすらなってくる。これで学校に行けばどうなるものやら知れたものじゃないな、そのような懸念を抱えながら登校した俺なのだった。



いつもと同じはずの教室のはずが入る前からどす黒いオーラを放っている事に、いつもの口癖を呟く余裕すらないままドアを開けるしかない。思い切って開けてみればその空間だけ空気が沈んでいるような気がした。
クラスメイトは揃っているんだがいつものような立ち話をしている者は少ない、話している奴らも遠慮がちで声が小さいな。それにしてもこんなに重い雰囲気を朝っぱらから味わう羽目になるとはな、そう思いながら自分の席に着こうとすれば、
「おいキョン、どうにかしろよ」
当然のように言うな、あいつが俺にどうにかできるもんかよ。谷口が聞こえないように話しかけるのに俺は苦々しく答えるしかなかった。傍に立っていた国木田も、
「そうは言うけどみんなキョンを待ってたんだから」
などと言いやがる。みんなってのは何なんだ、このクラスには俺以外にあいつに意見出来る奴はいないってことかよ?
「涼宮係はお前の役目じゃねえか」
「頼んだよ、キョン
やれやれだ、いつからこうなっちまったのかね。しかし現実的にこのオーラの一番の被害者は前に座る俺であり、それは出来る限り回避したいので仕方なく苦心するしかないのは確かなのだ。なのでクラス中の期待を込めた視線を背に受け、嫌々ながら自分の席に座る。
黒いオーラの発生源は俺が座っても気付いてないのか、机に伏せたままオーラだけを垂れ流している状態だ。まったく、一昨日からこいつはどうしたってんだ?
「おはようハルヒ、どうした朝から景気が悪そうだが」
とりあえず声はかけたものの、こいつは返事は期待できそうにないな。予想通りハルヒは顔を上げる事も無く、
「うるさいわね、あんたには関係ないわよ………」
不機嫌な声を出す訳だ。みんなすまん、今日一日は我慢してくれ。
しかし俺はこの時点で気付くべきだったのかもしれない。ハルヒの声にいつもの力強さが無かった事に。
そしてそれを長門や朝比奈さんに確認しなかったのも失敗だったかもしれなかったのだ。



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くっ! しまったわ…
あたしは昨日張り切りすぎた事を後悔していた。
大体昨日じゃなくて一昨日か、あれが悪い! あれ以来あたし達は死ぬ思いをしてるんだから!!
まあみくるちゃんも流石に根性あったけど、有希は反則ね! あれだけ淡々とこなされたらムキになってもしょうがないじゃない?
と言うわけであたしはキョンの言葉にも適当に答え、机に伏せるしかなかったのだ。
せめてお昼休みまでには回復しないと…………

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ふぇええええ〜、か、体が動きません〜……
あたしは一昨日からの騒ぎで体中を蝕む筋肉痛に泣きそうになっています。
鶴屋さんも心配そうにしてましたけど、流石に事情を説明するのも恥ずかしいですし涼宮さんにも内緒にするように言われちゃいましたし。
それにしても、これも規定事項なんでしょうか? でもこういう事なら事前に知らせて欲しかったんですよ、別にあたしの事で未来が変わるなんて思いませんもの。
鶴屋さんには悪いですけど午前中はほとんど机に伏せていました、なにより動けません。
これでお昼休みもなんですよね…………

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……………昨日からの身体データに変化無し。
わたしは有機生命体の肉体を駆使して一昨日より涼宮ハルヒ朝比奈みくる両名とデータの改変に着手しているのだが現状において変化の兆しはない。
元来このような行為は結果が急激に現れるものではないが、それでも女性体としての個別の感情なのか涼宮ハルヒ朝比奈みくるには焦燥の色が見える。
客観的な意見としては、わたしの言っている事は正しい。だが、わたし自身が彼女達の焦燥が伝播したかのごとく不安になるのは何故?
心配要らない、決して彼は外見で他人を判断はしない。しかしデータに誤差があることは不本意
昼休みを迎えるまで、わたしは極力動作を制限して待つことにした…………

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背後から放たれる不機嫌オーラを一身に浴び続けながら、まったく耳に入らない午前中の授業を精神的苦痛と共に過ごした俺に救いの鐘が鳴り響く。ようやく昼休みか、何だか一日が長く感じるぜ。
しかし今日という日はとことんまでハルヒの機嫌は悪いようだ。あのハルヒがチャイムと同時に教室を飛び出さなかったんだからな。
それどころか、足元がふらついてさえ見える。まさか体調でも悪いのだろうか?
「おいハルヒ、どうしたんだ? なんなら保健室行くか?」
「大丈夫よ、保健室なんて大袈裟なんだから」
そう言ってハルヒは教室を出たのだが、何なんだ? いちいち気にしてたら逆にあいつの機嫌を損ねそうでもあるんだが、それにしても朝からおかしいだろ。
「どうしたんだろうね、涼宮さん」
「あいつのことだからまた変なことしでかすんじゃねえか?」
国木田と谷口と弁当を食いながらも谷口が言った変な事というのに俺が巻き込まれない事を祈るね。まあ祈って叶った事もないんだけどな。
それに変な事というより嫌な予感しかしない。あいつが不機嫌なまま考える事なんか碌なもんじゃないだろう、それなら早めに機嫌が直ってくれないとまずいぞ。
放課後の部活で長門か古泉にでも相談するか、俺はまだ呑気にもそう考えていた………