『SS』 涼宮ハルヒの聖夜

最初にこちらを読んでいただければ嬉しいです。

 さらにその後のことをもう少し話そう。
 なんせ、いきなり信じられんことが起こったからな。
 と言う訳で、いつも通り先に結論だ。
 ハルヒが入学式の日に高らかに宣言した欲求人種、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者の内の最後の人種がついに俺の目の前に現れたのである。あくまでもハルヒが望んだはずなんだが知り合うのは俺、というのが味噌なんだろう。


 それは俺が有希に手を伸ばしかけたときに始まった。
 窓際で突然、光の粒子が発生し、それがあたかも何かの管やホースから空気の漏れるような音に変わったとき、粒子が在る一点に吸い込まれるように収縮していって、同時に数と光度を増していったんだ。
「何?」
 最近は少し表情が出るようになってきた有希も普段よりも二周りは漆黒の瞳を大きくして、もちろん、俺にだってこれに応える術などありはしない。
 何なんだ、これは? 有希ですら分からない現象など起こりえるってのかよ?
 やがて光が収まり、いやその光の中から現れたかのように、それが完全に一人の人間と化す。
 ややあって、
「を? キョンくん、久しぶり。元気してた?」
 などと、そいつは懐かしい旧友に会ったかのような微笑みを浮かべてそう言ったのである。
 もちろん俺も有希も時間が止まったぞ。
 ちなみにどんな奴かと言うと、去年の文化祭で有希が扮していた紺のとんがり帽子とマントを羽織り、北高の制服ではない帽子やマントと同じ色のローブを纏い、シアン色のセミロングヘアがより一層、この魔女っ子コスプレを引き立てている、左手に変わった杖を握った、見た目で判断させてもらうが中学に上がったばかりっぽい女の子だったのである。
「どうしたの? なんか変な顔になってるけど」
 そいつがいぶかしげに、しかも結構失礼に問いかけてきた。と言うか、何でこいつはこんなに馴れ馴れしいんだ?
「は? ひょっとして私のこと、忘れたとか?」
 いや、忘れるも何も、俺は君に会ったことがないんですが?
「はい?」
 今度はこいつの目が丸くなる番だった。つか、よく見たら両目で色が違うな。カラコンか?
「あれま。その様子だと、本当に私のこと知らないみたいね。てことは来る世界間違えちゃったかな? 理論は間違ってなかったんだけど、あれじゃパラレルワールドに対応していなかったってことか。ま、何事も経験よ」
 どう言う意味だ? 今のあなたの話をそのまま理解するなら、『わたしは別世界から来た』という風に聞こえるんだが?
「へぇ。この世界のキョンくんもなかなか肝が据わっているわね。冷静に問いかけてきてるし。普通、知らない人間がいきなり現れたら腰抜かすわよ」
 そりゃまあそうなんだが、俺だって不条理極まりない経験をしまくってきたんでね。ちょっとやそっとじゃ驚かんさ。
「なるほど。その辺りはあのキョンくんと同じって訳か」
 どうやらこいつは別の『並行世界』の俺を知っているようだ。
 もっとも俺が冷静な訳は実は俺の傍に有希が居るからなんだよな。有希に縋るのはちと悪い気もするが得体のしれない相手となっちゃ俺が太刀打ちできるはずもないしよ。
「あと正解。私は別の世界、そうね、異世界って言った方が解りやすいかしら? こことは別の次元の世界から来た者よ」
 だそうだ。
 そうかいそうかい。俺はとうとう異世界人と遭遇してしまったって訳か。
「しかしまあ……」
 とと、何だ? いきなりこいつの俺を見る目が変わったようだが……つか、俺と俺の隣をちらちら見てるな。
 って、まさか!
「う、ううん。そうね。やっぱ人の趣味に口出しするのは良くないわよね。それじゃ私行くから」
 などと苦笑を満面に浮かべて踵を返す彼女。
「待ってくれ! まさか、あんたには有希が見えているのか!?」
 当然、俺は呼び止める。
 確か有希は俺以外に見えないはずだ。だよな? 有希。
 俺がアイコンタクトを送ると有希が少し戸惑い気味に1ミクロンの肯定。
「あ、そうなんだ。その人形に名前まで付けてるんだね。えっと、大丈夫よ。このことは誰にも言わないから安心して。わたしの胸の内にしまっておくわ」
 何だんだ? その憐れむような、それでいて関わり合いたくない感情を如実に表した表情は?
 いや待てよ? よく考えたらこいつと俺は話がかみ合っているようでまったくかみ合ってないぞ。
「待って」
 なんと彼女を呼び止めたのは、いきなりすくりと立ち上がった有希だったのである。


「へぇ、人形じゃなかったの。じゃ、ごめんね。このキョンくんを穿った目で見て」
「いい。わたしも実は誰かに知ってもらいたい感情を抱いていた。たとえそれがこの世界の者でなく、異世界の者だとしても同様」
 はっはっはっはっは。なるほど、有希も俺と一緒に居る所を自慢したかったんだな。
 しかしまあ、この世界じゃ不可能なんだが。今のところはな。
「ところで質問がある」
 俺がささやかな優越感に浸っていると有希は少女に話しかけた。
「何かしら?」
「どうして、貴女にはわたしが見えたの?」
 そうだな。確かにそれは謎だ。少なくともこの女と長門以外に有希は見えていないんだ。あの野性の勘が世界中の誰よりも飛びぬけているハルヒにさえ分からないのに、異世界人と言う肩書を持つとは言え、どうして彼女には有希が見えるんだ?
「何で、って言われてもなぁ……もし、私の知っているキョンくんならともかく、この世界のキョンくんは私のことを知らない訳だから説明しても理解してもらえない可能性の方が高い気がするんだけど」
 どういうことだ? こう見えても謎な超能力だの宇宙的な何とかだの未来な時間がどうとかで最後はインチキなパワーが出てくる話なら慣れっこなんだぞ。
「魔法の話だから」
 はあ? その一言は俺の思考を完全停止させるには充分だった。
「ふうん。信じてないのね」
 不信感たっぷりに見られているが、そりゃ信じられないに決まってんだろ。何だよ『魔法』って。
「人間の力ではなしえない不思議なことを行う術。魔術。妖術」
 ありがとうな有希。でも言葉の意味を知りたかったわけじゃないぞ。
「……そう」
 うわぁ。本当にこの照れて俯くこいつは可愛いんだよなぁ〜〜〜思わず頬ずりしたくなるってもんだ。
「事情を知らない人が見たら絶対に頭を疑われると思うから、思うだけで行動に移さない方がいいと思うわよ」
 って、はっ! いつの間に!
 俺は即座に我に返って有希を肩に乗せ直した。
「やれやれ」
 と同時に、目の前の魔女っ子が嘆息してそう呟くのである。むぅ。なんとも俺の決め台詞を取られたみたいでちと不快だが。
「んじゃまあ信じさせてあげましょうか?」
 などと高らかに宣言されてしまえば俺の不快感もどこかに吹き飛ぶってもんだ。
「今何て?」
「だから、『魔法』を見せてあげる、って言ったのよ。この世界の魔力構成も理解できたし」
 はい? さりげなく言ったが魔力って何だ? いやまて、この世界に魔力なんて……
「そうね。こういうのはどうかしら? そっちの彼女の格好から判断させてもらうけど、つまりはそういうことをしたいってことよね? キョンくんだけじゃなくてそっちの彼女も」
 いやあっさりとスルーされた。というかストレートだなこいつ、いや有希の格好も問題あるんだけど。
「彼女は見た目と年齢が一致していない。肉体の熟成度を鑑みると生後二十年は経過している」
 有希の言葉に俺は目を剥く。マジか?
「えらくマジ」
 そ、そうか……どうりで物腰とか話し方が中学生っぽくないと思ったし……俺と有希の関係を聞いても落ち着いているとも思ったが……
 ところでこいつの知っている並行世界の『俺』は有希と付き合っているわけではないらしい。
 まあいろいろな世界があるんだろうぜ。別段深く触れる必要はないだろう。何よりも俺は有希と付き合っているこの世界がいいんだ。
 ということでそろそろお帰りいただきたかったのだが、それどころではないセリフをこいつは言った。
「叶えてあげるわよ。その願い」
 って、なんですと!?
 俺は驚嘆の声を上げるしかできなかったのである。有希ですら目を開いたんだからその衝撃は分かってもらいたい。


「とまあ、こんなところね。あ、言っておくけど、この魔法の持続時間は日の出までだから」
 などと笑顔をで語りかけてくる魔女っ子を俺は見上げてただただ愕然としていた。
 そう。あろうことか、こいつは俺の体長を普段の約十分の一に縮めやがったのである。
 信じられるか? こんな非常識な出来事を。
「概ね正解ね。もっとも正確には十二分の一よ。あと、体長じゃなくて体積。あなたのすべてを圧縮したから」
 うぉ!? 俺の心を読まれたのか!? ひょっとしてテレバシーってやつか!?
「何言ってんだか。キョンくん、今、声に出していたわよ」
 にっこり微笑む彼女。
 まあ思いついたことを口にしちまうってのは俺の癖だ、これが治るかどうかはこの先も分からないが。
「じゃ、私行くね。もう二度と会うことはないでしょうけど」
 言って彼女は立ち上がった。
「私の名前のことはいいわよね? 再会する可能性ははっきり言って皆無に等しい訳だし」
「感謝する」
 有希?
 なんて疑問形の声なんてあげる訳ないだろ。有希がなぜ感謝したのかは俺だってハッキリ解ってやれるんだ。と言うか俺も望んだことだったからな。
「いいのよ。別の並行世界なんだけど、その世界のキョンくんに私は助けられたことがあったし、そのお礼の一環でしかないわ」
 いったい何をしたんだ? その世界の俺は。
 などと呟く俺の目の前で、再び彼女の周りに光の粒子が立ち上る。
「じゃあね」
 まるで去年の五月、一年五組初代クラス委員長のような無邪気な笑顔を見せて彼女は光の粒子と供に消え去っていった。
 残されたのは俺と有希。
 草木も眠る静かな夜。
 やや暗がりの部屋に余計に映える有希の白い肌。
 しかも今は体のサイズも今は同じ。 
 となればだ。
「やっと、本当のわたしがあなたと一つになれる」
「そうだな」
 言い合って、俺たちは抱擁し合い、そのまま――
 後は聖夜の禁則事項ということだ。

 やれやれ、こりゃ俺も有希と同じで、赤服でも、髭面でも、爺でもなかったが、あの魔女っ子サンタに感謝すべきところなのかな? まあ少なくとも信じてやれることは出来そうだ。
「……………どうぞ?」
 この有希の笑顔を間近で見れたんだからな、ありがとよ………