『SS』 幸せ家族計画! 第三話

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カーテンを後部スペースに押し込めば、すぐさま反応するのが普段は大人しいお姉ちゃんである。待ちきれなくてさっきからジャケットの裾を引っ張りっぱなしなんだからな。
「………はやく」
はいはい、せめて鍵はかけさせてくれよ。九曜、お母さんについてなさい。まだ車には乗らなくていいから!
などとあったが駐車場を離れ再び店内に。今度は迷いもなく有希が先導していく、のだがあまり急ぐと転ぶぞ!
「!!」
と言ってた矢先かよ! 前方で勢い良く転んだ有希に慌てて駆け寄ろうとすると、それよりも早く九曜が有希を起こそうとしていた。佐々木と一緒に後ろを歩いていたはずなのに何だかんだ言っても姉が大切なんだよ、こいつは。
「―――――だいじょうぶ――――?」
「…………へいき」
お、泣かなかったのか。それとも九曜がいるから我慢してるのか? とにかく、
「有希! 勝手に走っちゃダメでしょう!」
そうだ、こういう時にきちんと怒るのが佐々木という人間である。確かに急ぎすぎた有希にも落ち度はあるが、俺はどうにもこういう時に怒るスキルを持っていないようだ。そして娘は父親より母親に怒られる方が効く様だな。
「…………ごめん………なさい………」
ああ、転んだ時には浮かばなかった涙がうっすらと有希の瞳に浮かんでいる。九曜も心配そうにしているが、やはり怒られているのが自分じゃなくても怖いのか、俺のズボンにしがみついてしまっている。
「そう、ちゃんと謝れたね。えらいよ、有希」
佐々木は笑って有希を抱きしめた。
「………痛いところは無い?」
「………ない」
しっかりと抱かれ、頭を撫でられてる有希にもう涙は無い。当たり前だろ? こんなに大事にされているのは子供にだって分かってくれるはずだからさ。だからお前ももう怖くないだろ? 俺は静かに九曜の頭を撫でてやった。
「さあ、今度はしっかり案内してくれるね?」
「……………」
小さくしっかりと有希は頷く。そしてその手はしっかりと佐々木が握って。
「転ばないようにね?」
「…………そう」
そうか。それならこっちは九曜を…………よし、まずはズボンから手を離そうな。だがようやく離れた九曜は、
「―――――だっこ―――――」
絶賛甘えん坊モードだったよ。仕方なく九曜を抱き上げる。まあウチの子は比較的軽いんじゃないか、それにしっかり首に手を回す九曜は親馬鹿じゃなく可愛いと思う。
「………ずるい」
有希が両手を挙げる。まあ佐々木は苦笑せざるを得ないわけで。
「はいはい、パパじゃなくて残念かい?」
おい、そういうことを言うな。見ろ、有希の顔を。あんなに首を振ることがあるか?
「……………これはキョンの言うとおりだ。失言だったよ、ゴメンね、有希」
佐々木は有希を抱き上げた。左手は体を支え、右手で有希の頭をしっかり抱えて頬を寄せる。
「……………いい」
さて、それじゃ有希のお待ちかねの本屋に行くぞ。俺達はそれぞれ娘達を抱えてゆっくりと本屋へと歩くのだった。ん? おい九曜、寝ちゃダメだろ!!



大型ショッピングモールにふさわしく、店舗としての書店も全国展開している大型書店であり、その広さもこの辺りではトップクラスではないだろうか? もう店の入り口の前から佐々木に抱かれている有希の足がプラプラと忙しそうに動いている。
「…………おりる」
「はいはい、自分で探したいんだよね、有希は」
どんなに甘えん坊な有希でも、こと本については自己主張が激しい。図書館や書店で自らが行動しないことはないのだ。今回だってあれだけしっかり佐々木にくっついていたくせに降りた途端に、
「………………」
もう上半身はふらふらモードである。一声かけたらあっという間に単独行動を取りそうだ。それでも先ほどの一件がまだ頭にあるのか、有希としては珍しく待機状態なのだった。
「ふむ、それなら……」
佐々木が何か思いついたのか、店内をまるで自分の家のように歩く。有希がその後に続き、俺は九曜を抱いたまま最後尾を歩く。
「ああ、やっぱりあったね」
いくらも歩かずに着いたそこはマットを敷かれた幼児用の読書スペースだった。そういえば最近の大型書店では結構見かけるな。簡単な知育玩具もあり、何人か俺達のような親子連れがいる。ここでどうするんだ?
「さて、有希は自分で探したいんだろうけど本を見たら必ずここに戻ってこよう。私も一緒に行くからお父さんと九曜はお留守番してくれないかな?」
そういうことか。まあ確かにそれなら有希が勝手にふらふらすることはなさそうだ。俺も休めるし一石二鳥だな。
「だがお前はいいのか?」
佐々木だって有希をずっとだっこしてたんだ、休みたくなったっていいと思うぞ?
「せっかくだから雑誌を何冊か見てみるよ、もちろん買うとは限らないけどね。有希、お母さんにも付き合ってもらっていいかな?」
まあ有希のお目付け役としてついて行く気なんだろうが、ここで有希にも自分に付き合ってもらうという形をとるのが佐々木だ。これなら有希は頷くしかないもんな。
「いい」
有希の了承も得たところで、
「それじゃキョン、九曜は頼んだよ」
「…………いってきます」
ふらふらと歩き出した有希をゆっくりと佐々木が追う。それを見ながら俺はマットの上に座り込んだ。やれやれ、一息つけるかな?
胡坐を組んだ上にちょうど九曜が乗った形になっている。まあ普段から大人しい九曜だが、それでもしっかり俺にくっついたまま動く様子もないのはどうなんだかな。
「なあ九曜、お前は本を見なくていいのか?」
少しだけ九曜を揺らしながら訊いてみる。しかし九曜はその大きな漆黒の瞳で俺をじっと見つめ、
「――――おとうさんと――――いっしょが―――いい―――わ―――」
そう言ってしがみつく。おいおい、どうやら本格的な甘えモードだな。黙って頭を撫でてやる。
「おねえちゃんは――――ずるい――――」
ううむ、確かに普段の俺は有希をかまう方が多いかもしれん。その点有希は積極的だと言えるな。そういや常にくっついてくるのは有希が先だ。それが九曜からすればずるいってことになってるのかもな。
「そんなことないさ、俺は九曜ともいつも一緒だぞ」
量の多い黒髪が重みを持って俺の手に絡まる。黙って頭を撫でられている九曜は気持ち良さそうだ。
「―――ずっと―――いっしょ―――みんな――――」
ああ、そうだな。双子とはいえ妹の九曜からすればすぐ寂しくなったりするんだろう、妹を持つ兄としては分からなくはないな。それが自分の娘なんだから尚更というもんだ。
「そうさ、みんな一緒だぞ」
それを聞いた九曜は唇の端を少しだけ上げ、それが精一杯の九曜なりの喜びの表現なのさ、そして静かに目を閉じた………





「やあ、お待た………」
佐々木が声をかけてきたのを抑えるように俺は静かに人差し指を立てて自分の唇に当てる。
「…………」
お、有希も本を持ってるな。結構時間が経ってたのか? 有希の代わりに佐々木が頷いた。
「ふふ、安心しきってるんだね、お父さんの胸で」
そうかもな。小さな寝息を立てているその顔は俺の胸にうずまり、よくは見えないけどな。
「…………………」
有希が近づき、九曜の髪を撫でた。その瞳は何も変わらないように見えて俺には優しさを湛えているようにしか見えないよ。
「いいお姉ちゃんだものね」
佐々木も静かに有希の頭を撫でた。そうだな、有希はいいお姉ちゃんだ。
「……………そう」
少し頬が赤く見えたのは照れてるのかね?
「じゃあ行こうか」
俺は九曜を起こさないように静かに立ち上がる。ちょっと足がしびれた感じがあるが、まあ気にしないことにする。そのまま上手く片手で九曜を支え、残った手でジャケットに入れていた財布を取り出す。
「んじゃ頼むわ」
「わかったよ」
佐々木は財布を受け取り、
「有希、お父さんがご本を買ってくれるよ」
そう言ってくれる。有希は大事に抱えている本を見て顔が輝いたように見えた。約束だからな、有希に買ってやるのは。
「それでな?」
「九曜の本なら選んでるよ」
佐々木が持っていたのは雑誌ではなく有希の持っているものとは違う絵本だった。流石だな、本当に分かってるよ。
「すまんな」
「いいさ、九曜が喜んでくれればいいけどね」
きっと喜んでくれるだろうよ。佐々木が選んで俺が買ってやるんだからな。
「そうだね、そうあってくれるといいな」
「…………きっとよろこぶ」
ほら、お姉ちゃんのお墨付きだ。自分で選ぶ有希と皆で選ぶ九曜、そういうのもいいんだろう。
「………そう」
「それじゃレジに行こうか」
ああ、買い終わったらみんなで飯にしような。それまではゆっくり寝かせてやろう。
俺は九曜の心地よい重みを感じながら、有希と佐々木の後を追った………