『SS』 幸せ家族計画! 第一話

いつになろうと朝は朝であり、それは目覚めの時間ということであったりする。それは例え俺が何歳になろうが変わらないものであり、そして俺は何歳になっても朝が弱いものなのだ。
ということで朝の俺はいつものように熟睡中であった。が、それは脆くも崩される。
「――――おとーさーん―――――!!」
少々間延びしているが、その声と同時に、
「ぐえっ!」
腹の上に衝撃が走る。何でこの年になってまでダイビングボディプレスで起こされねばならんのだ? これを我が娘達に伝授した妹を恨むぞ。
ん? 娘達なんだからこの衝撃は一回じゃ……
「おきて……………!!」
普段から口数の少ない娘の声と同時に、
「ぐおおっ?!」
再び腹に激痛が! というかコンビでやるな!! 痛みで飛び起きる事もできずに、俺はノロノロとベッドの上で上半身を起こした。
「おとうさん………」
「おは―――よう――――?」
そこは疑問系じゃなくていいぞ。しかし個性的過ぎる娘達だな、わが子ながら。
アッシュグレーのショートボブと長く多い黒髪の似ても似つかない姉妹を前に、俺はおはよう、と挨拶をしたのであった。


休日の朝であろうと世間の主婦の皆様方は朝食の用意などで大して起床時間などは変わらないようで、特に子供がいればそうなのだろう。
それは我が家の女房様も同じ事なのであって、俺が起こされた時にベッドに一人だったことでも分かろうというものだ。それによって俺は娘達に引っ張られてダイニングに行くとパンの焼けた良い香りに迎えられるのだから、感謝しなけりゃならんだろうな。
「おかあさん」
「おとうさん――――おきた――――――」
いや、起こされたんだけど。とりあえず痛む腹をさすりながらテーブルに着く。するとタイミング良く、
「はい、よくできました」
といいながらウチのかみさんがキッチンから出てくるのだ。おいおい、さすがにあの起こし方は止めてくれないか? 
「クックック、君の妹さん直伝だからね。ねぼすけなパパを起こすには一番なのさ」
旧姓を佐々木という嫁さんは昔ながらの喉の奥で含むような笑いで朝食を用意している。二人がかりはちと勘弁してほしいんだけどな。人数分のトーストを並べている妻に愚痴を言えば、
「おとうさん…………わたしにおこされるのは、いや?」
ショートカットの方の娘が大きな黒い瞳で小首を傾げて聞いてくる。その目は反則だろ、娘よ。
「そんなことないぞ! いつもありがとうな、有希」
俺は娘の頭を撫でてやるしかないわけだ。大人しく撫でられる有希も嬉しそうだしな。すると、
「―――――わたし―――も―――――」
ああ、そうだな。
「お前もありがとな、九曜」
そう言って九曜の黒髪に手をやった。二人とも頭を撫でられるのが好きなのか、大人しいものである。
「おやおや、相変わらず二人ともお父さんが大好きなんだね。母親としては寂しいものがあるよ」
そう言いながら笑ってちゃダメだろ、プレーンオムレツを乗せたプレートをおき、サラダを並べた奥さん。
「おかーさんも――――すき―――――」
「………わたしも」
「ありがとう、私も二人が大好きよ」
やれやれ、夫婦して娘に甘いんじゃないかね? 娘の為にミルクをコップに注ぎながら、それを待っている娘達に笑いかけるのだった。


「それで今日はどうしようか? まさか家族サービスを欠かそうなんて思っていないよね?」
九曜がほっぺたにケチャップをつけているのをナプキンで拭きながら笑って聞いてくる嫁さんに、みんなでお昼寝という提案は出来そうもないな。何と言っても物静かな見た目だが結構行動的なのだ。
中学生時代に塾に通っている時から知っているが、こいつはなかなか社交性もあるんでな。外に出かけたくもなるんだろう。
「…………としょかん」
「――――どこ――――いこう―――」
有希は行くとこが決まってるようだが、九曜はまだ悩み中のようだ。だからトーストのカスをこぼすのはやめなさい。
「有希はいつも図書館だね、九曜はどこでもいいのかい?」
佐々木(旧姓で申し訳ないがこれからはこれで表記しておく)は、俺にコーヒーを淹れてくれながら旺盛な食欲を見せる娘達を見ている。
ううむ、有希のリクエストで図書館でもいいんだが九曜は退屈かもしれんし。なにより一度入ると有希は根が生えたように動かなくなるしなあ。母親似なのかもしれんが、有希は本が大好きで与えておけばまず満足しているのだ。
流石に図書館だけでずっと過ごすのも良くないだろうと悩んでいたら、そこは家族サービスを希望しただけのことはある。佐々木は無料情報誌を取り出して、
「実を言えば僕からリクエストがあるんだ。郊外に出来たショッピングモールで有希と九曜の部屋のカーテンを買いたいと思っていてね」
ふむ、そういや出来たんだっけか。ずっと仕事だったから気にしてなかったが、テレビでCMもしてたしな。かなり大きな施設らしいから一日回るのもいいかもしれん。
しかし佐々木よ、何故娘には私と言って俺には僕なんだよ? まあもう慣れてしまっているが。さて、図書館に行きたいという有希にはここでいいのか聞いておかないとな。
「有希、そこなら本屋さんもあるからいいか?」
ただし高い本は買ってやれないぞ? それでも有希は小さく頷いてくれた。九曜は…………なんだ?
「ああ、そこのCMソングだよ」
いつの間に覚えてたんだ? しかし九曜も乗り気のようだ。
「決まりだね、では早く食べて用意をしようか」
そうだな。俺は食事は終わっていたのでコーヒーを飲み干した。こら九曜! 急いでるからってポロポロこぼすんじゃありません!


「用意できたかー?」
ジーパンにTシャツ、ジャケットを引っ掛けただけという、いかにも休日のお父さんな格好の俺はいち早く用意を終えて子供達を着替えさせているかみさんを待っている。
「やあ、お待たせ」
娘達を連れて出てきた佐々木は純白のブラウスに黒のタイトスカート、黒のジャケットというシンプルながら清楚な衣装である。しかし同じ年とは思えないほど若々しく綺麗なのだ、おう、惚気と言われても構わんぞ。これで二人の子持ちなんだからな。
そして娘たちはお揃いのワンピースだ、白と黒で色違いだけど。そしてこれまた色違いでお揃いのダウンジャケットである。うむ。二人とも可愛いぞ。
「どう――――?」
「………似合う?」
ああ、良く似合ってる。何と言うか、俺だけ場違いじゃねえか?
「そんなことはないさ。良く似合ってるよ、キョン
ありがとよ、それじゃあ行こうか。
「それでは……」
「――――しゅっぱ―――つ――?」
九曜、疑問系じゃなくて出発するから。
「はい、二人ともシートベルトはしなきゃダメだからね」
ということで俺達はショッピングモールに向けて車を走らせたのであった……