『SS』 泣く、ということ

私の役割は観測すること。ただそれだけのことです。
観測対象がやってくるであろう、この場所で。ただ、観測し、傍観すること。
これだけが私に出来る全てなのですから。



観測対象と接触予定の彼女達と違い、私は傍観するのみです。それが私の意志。いいえ、我々が存在する意味なのですから。
だからこそ入学式以来部室と教室を移動する気配しかない彼女にも、観測対象の視界に入れない彼女にも何も言えないままに。
私はただ見ることしか出来なかったのですから。何もできないままに彼女達の背中を見ることすら許されない者として。



最初の変化は観測対象の接触予定の変更でした。それは予定されたことであり、予測された事ではありません。
彼女達もそれを知りながら。分かっていないままに知る事の恐怖と不安を理解出来ないままに。
彼女は微笑んだままで。彼女は表情を変えないままで。観測対象と鍵は何も知らないままで。
誰もいなかった部屋に集う声。その中にいる無口な彼女。
それを知る私は何も出来ないままで。ただ観測の名の下に見ているだけなのですから。



きっかけなどもうどうでもいいでしょう。私が知るのは結果ですから。分かっていた事を分かっている範囲で分かるだけ。
微笑みを絶やさなかった彼女は鍵を壊そうとした、それを無口な彼女は止めた。それだけです。
その間になにがあろうと、事実として残されたのは、ただそれだけ。
微笑みながら消えていく彼女に表情を知らない彼女はどのような顔をしていたのでしょうか? 私には分かりますが、それを伝える術はなく。
お互いにそれを知っていたとしても。私達はそれを知っていたとしても。
それでも彼女達は歩みを止めないのでしょう。自らの進む道がどうなろうとも。
私もまた結末を知りながら止める術も持たず。ただその流れを見つめる事しか出来ないのですから。



笑っていた彼女は静かに舞台を降り、残された私と彼女は何も変わることも無く。
いいえ、分かっています。無表情だった彼女が少しづつ変わっていっている事を。それも予め決められていた事なのですから。
決して彼女に告げられることの無い規定。それを知りながらただ観測するしかない私。
消えた彼女の替わりにバックアップを任されながら、私は肝心なことは何一つ言えないままなのに。
それでも私は観測対象と、それに関わる全てを見る事しか許されていないのですから。



観測対象の引き起こしたイレギュラー。莫大な情報量を持つロゴマークを見た彼女は、
「……………聞いて」
それは小さな、確実な変化。観測ではない、彼女が初めて出した些細な提案。
喜びと戸惑いと。そうです、彼女は何も表情は変わらないままに変わっているのです。私はそれを喜べばいいのでしょうか?
来たり来る結果を知りながら。
それでも私はただ流れます、知りえる結果に向かい。ただ見る為に。彼女の提案に付き合うことも決められたことなのですから。
観測対象や彼女の視線を受けつつ、私は操作した情報通りの芝居を行います。
「………私のお付き合いしている方が行方不明になりまして………」



繰り返される夏。
ただ観測データだけが積み重なるのみの状況に何も出来ない私なのです。いいえ、何もすることを許されないのですから。
そして彼女は。
分かっていたんです。こうなることは。積み重なるエラー。
それが彼女が望んだものでもあることを、彼女自身が分からないままに。
蓄積される疲労、それは繰り返されることへの負担。
積み上げられるエラー、それは彼女が無くしたくない思い出。
理解しながら分かっていないんです、その原因を。
気付いていませんか? 彼女が『誰』を見ているのか。
それを知りながら私は何も言えません。それを言うことは許されていませんから。
壊れていく彼女をただ見つめながら、私は何も出来ませんでした。それが私なのですから。



そして訪れる『その時』
彼女が積み重なったエラーに耐えられなくなった時。いえ、その想いを叶えようとする時。
時空が変化していき、この世界が『取り残される』のです。
それは彼女の望み。観測対象ではない、私たちと同じインターフェースであるはずの彼女が誰でもない、自分の意思を表す瞬間。
しかしそれは叶えられない願い。叶えてはならない希望。
彼女の世界は否定される、それすらも決められているのです。何故ならば私はそれを知っているのですから。
それでも彼女を止められない。止める事を許されない。
ただ観測するだけ。何も言わずに見るだけしか出来ないのです。
私は待ちます、この世界で。壊れた彼女を。壊した彼を。それを知りながら何も出来ずに。



いつからでしょう、私は一人座りながら。
静かに頬を伝わるもの。
その名前を私は知っているのに。
「朝倉さん………」
あなたは微笑みながら自分の信じたままに。
長門さん………」
あなたは全てを知りながら何も知らないままに。
私たちは自らの役目の名の下に。
そして私は。
彼女達にこの流れるものの名前を教える事が許されないままに。






ただ見る事しか出来ないままに…………