『SS』 始まりの、指輪

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日差しが差し込むこの部屋はとても明るくて暖かいな、あたしは一人静かに椅子に腰掛けて時間が来るのを待ってる。
コンコンってノックの音がした、誰が来てくれたのか分かってるあたしは、
「どうぞー」
って声をかける。あんまり動けないから座ったまんまで悪いんだけど。
「失礼しまーす」
「お邪魔する」
よく来てくれたわね、みくるちゃん、有希! あたしの好きな友達たちを笑顔で迎え入れる。
グッと大人っぽくなったみくるちゃんと、綺麗になった有希。二人ともあたしの大事な人だ、いいえ、あたし達にとってだよね?
「うわぁ〜、綺麗です涼宮さん……………」
もう! 今から泣きそうなんてそんなとこは変わってないんだから。でもありがと、みくるちゃん。
「……………綺麗…………」
ありがとう、有希。少しは無表情キャラも変わったのかしら? 優しく微笑むあなたも好きよ、あたしは。
「幸せそうですね、今の涼宮さんはなんて言ったらいいんだろ」
「…………暖かい」
そう言われちゃうと照れちゃうな、あんまり畏まるのって好きじゃないんだけど。
「いいえ、キョンくんも嬉しいでしょうし」
「現在古泉一樹と談笑中」
あ、古泉くんも来てくれたんだ! でも団長のあたしより先にキョンのところってのがちょっと納得できないけど。
「男同士で話したいと古泉一樹が」
ふーん、まああの二人も何だかんだでいいコンビよね。
「涼宮さんがいるからですよ」
あはは、あたしの悪口でも言ってんのかしらね?
「もう、そんなこと言っちゃ駄目ですよ」
そうね、古泉くんがそんな事言うわけないか。まああいつなら分かんないけど。
「そのような話題にならない事を確信しての言葉。それは惚気話と言う」
ちょ、有希? あんた何でそういう話に!
「そうですね、キョンくん自慢したいのかも」
みくるちゃんまで! 何なのよ、もう!!
「だってその姿の涼宮さんを見たら、キョンくんじゃなくてもそう思いますよ」
「わたし達も誇らしい」
…………ありがとう、二人とも。あたしも視線を動かして近くの鏡に映る自分を見る。
そこにいるのは純白のドレスに身を包んだあたしがいた。そう、ウェディングドレスのあたし。
小学生の時は純粋に憧れてた。ああなりたいって思ってた。
中学生、高校に入った時はあたしは自分で何でも出来る、しなきゃいけないんだって思ってたからこんな衣装着るなんて考えられなかったな。
でもあいつに会ったから。あいつがいてくれたから。
あたしは世界中の誰よりもこの衣装を着たいって思えるようになったんだ、小さな頃より純粋に真剣に。
そして今、あたしは何よりも夢見てた格好で誰よりも幸せな気持ちでこの場所にいる。全部あいつがあたしにくれたもの、あたしがあいつにあげるもの。
「それじゃ、わたし達は席に戻りますね」
「待っている」
うん、待ってて! あたしは手を振って二人を見送った。二人ともあたしを笑顔で待っててくれてる、その事が嬉しくって。
そしてまたあたしは一人、時間を待つ。色んな事を思い出しながら、だから全然退屈なんかしないわ。
あたし、キョンと結婚するんだ……………うわ、改めて思うと恥ずかしくなってきちゃった!!
どうしよ、今更顔が赤いなんてあたしらしくもないわ!! でも鏡の向こうのあたしは真っ赤になっちゃってるし。
冷静にならなきゃ、なんて思いつつもあたしはあの時の事を思い出していた。
そう、キョンがあたしを迎えに来てくれた時の事を…………………



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あたし達が高校を卒業した時、あたしの手には二つの指輪。右手の薬指と左手の小指に輝いている、大切なもの。
あいつの手には指輪は一つ。右手の薬指に輝いてる、あたしのものだって証。
それであいつは約束してくれた。二人に無い指輪を用意してくれることを。
「いつまででも待ってるわよ?」
「嘘つけ、待つ気なんかないだろうが」
苦笑しながらあたしを抱きしめてくれた。まあ急かしちゃったらゴメンね。
「いいさ、こっちだって待たせる気はないからな」
そう言って卒業式の日にあたし達は口づけを交わしたのよね、あの時もあたしは幸せだったわ。
それから大学生活が始まって、あたしとキョンは何とか一緒の大学に通えて………学部は違っちゃったけど、そこでも変わることなくあたしはキョンが好きで。
キョンも変わらずにあたしを好きでいてくれた。あたしの大学生活は充実してたと言い切れるわね、ちょっと離れてたけど有希もみくるちゃんも古泉くんとも連絡取れたし。
そんな学生生活も残りがわずかになった時だった。あっという間の四年間だった気がするんだけど、それもあいつが居てくれたから。
就職を考えてたあたしにキョンが言ったのは意外なもんだったわ。
「お前なら大学院に行った方がいいと思うぞ、研究テーマは空間歪曲だったっけ?」
え? でもそれってテーマとしては全然意味ないし、そんな研究したって誰も評価してくんないんだけど…
「そんなもん言わせとけ、お前あんだけ楽しそうだったじゃねえか」
そりゃそうだけど、あれって上手く行けば時間だって飛び越えちゃうかもなんだからね? だからあたしだってもっと研究もしてみたい。でも、
「親御さんの説得なら手伝うぞ?」
それもあるわよ、でもウチの親なら大丈夫だと思う。それより、
「………俺を信用してくれ、ハルヒ。お前一人くらいなんとかしてやる」
う、ず、ずるくない、それ? プロポーズならもうちょっと……
「それならちゃんと用意してやるさ。だからこれはお前の進路の話ってことにしとけ」
やっぱりずるいじゃない! 笑ってるあいつに恥ずかしくって顔を合わせらんないままにあたしはその胸に飛び込んでいった……


結局大学院に進学したあたしはずっと待っている、キョンからの言葉を。
いつも一緒に居れたけど、いつもあたしを見ててくれたけど。
そこにはまだ指輪は無かったから。少しだけ寂しそうなあたしの左手に、もうちょっとだけ待っててって話しかけながら。
だってキョンは凄く一生懸命だったから、それをずっとあたしは見ていたもの。
キョンはとある出版社に勤めるようになった。何でだか分かんなかったけどキョンは、
「やりたい事があるんでな」
と言っただけで、後は黙々と働いていた。あたしの学費までキョンは払っていたと後から聞いた時、そこまでされる資格があったのか悩んでしまったけど。
「お前のやってることが未来に繋がってるってことなんだよ」
それだけしかキョンは言わなかったけど、あたしは甘えきっていたのかも………でもまだあたしには指輪は無くって…………そこまであたしはキョンに甘えてしまっていた………


あたしが大学院を卒業する春の日の事だった。正確な日付も覚えてるけど、
「ちょっといいか?」
そう言ったキョンの顔の方が印象深かったから。もう桜が満開になってて早すぎるなって思う夜だったな。
そんな満開の桜の木の下で。
あたし達は向かい合ってる、いつもと同じだけど違う雰囲気で。
「あー、ハルヒ?」
何よ、あんたが改まってるなんてらしくないわよ?
「その、何だ? うん、まずは卒業おめでとう」
まだ先の話よ、まあ決まってる事だけど。でもありがと。
「そんな話したくてわざわざこんな所まで来たの?」
分かってる、そんな奴じゃない事はあたしが一番良く知っている。
それでも聞きたい、本人の口から。多分あたしが一番聞きたい言葉を。
「うむ、それでだな? まあついでというとアレなんだが、これを見てくれないか?」
そう言って見せてくれた一冊の本。自分のとこの本………………でもないみたい。
折ったページに載っていたのは…………小説大賞? これが何なの?
「佳作のとこ見てみろ」
あのねえ、こんなくらいとこで小さい記事なんて、
「小さくて悪かったな、まあいいから見てみろよ、ほれ」
携帯のライトで照らされた記事には何人かの名前。これが何なのよ?
「右から三番目」
それがどうしたって……………え? そこには見慣れた名前があって、ってこれ?! 
「ようやく気付きやがったか、まったくやれやれだ」
そんな事より何でキョンの、えーとまあ本名? がここにあるのかって事よ!!
「そりゃ俺が書いたからだろ、まあ何回目かは忘れたが自分では結構早かったと思うぞ? その為にコネも作ったしな」
知らなかった、いっつも一生懸命に働いてるキョンを見てたのに。そうか、キョンのやりたかった事って……
「まあ内緒にしてた事は謝る、スマン。けど俺だってたまにはお前を驚かせたいんだぜ?」
十分過ぎるほど驚いたわよ! まさかキョンにこんなサプライズがあるなんてね。
「それでやっと目処がついたってとこさ、一応担当も付いたしな」
えっ? どういう……………そう言う前にあたしの前にキョンが出した小さな箱。
「まあ給料三ヶ月分だ、担当もいるけど仕事はまだ辞められんからちょっとばかり予定が狂っちまった」
………………何よ、あんた作家になってあたしに指輪を贈るつもりだったってこと?
「そうしたかったが卒業に間に合わなかったんでな。これ以上は俺が待てん、はっきり言って何度学生結婚しようかと思ったか分からん」
何よ、何なのよ? あたしを待たせないって言っといて! あんたの夢の為にあたしは………………待たされたって言うの?!
違うのに、分かってるのに、キョンはそんなことしないのに!! あたしは何でこんな事言ってんのよ!
「すまんハルヒ、俺は約束を破っちまったな。待たせてすまなかった、ゴメンな」
なのに、なんであんたが謝ってあたしを抱きしめてくれるのよ!! どうして……………そんなに優しいのよ……………
「ううん、あたしが…………」
「いいんだ、お前がやりたかった事をやってるのを見るのが俺は好きなんだから」
抱きしめられた体が温かい、キョンに包み込まれてるみたい。
全部キョンは分かってくれてる。全部あたしを許してくれてる。
それなのにあたしはただそれに甘えてた。まだ形を欲しがってた。
それが悲しくて、悔しくて。
なのに嬉しくて、本当に嬉しくて。
キョンの胸の中でただ涙が溢れてくる、あたしは泣きながら思う。
本当にこれだけ愛されていいの? 甘えてるだけのあたしでいいの? あたしは…………こんなにキョンが好きなのに。
「ねえ…………」
「何だ?」
頭の上から降ってくるような声、聞き慣れたあいつの声に。やっぱり安心してしまうんだ、あたし。
「あたしで………いいのかな………………?」
あたしはこんなにキョンに甘えてていいの? もっとあたしはあたしらしかったんじゃなかったの?
「だってあたし、我がままだし」
今だってそう、凄く嬉しいのにまだ困らせるようなこと言ってる。
「あんたの言う事なんか聞かないし、あんたが迷惑かもしれないって思ってる」
ああ、ずるいなあ…………きっとキョンは嫌な子だと思ってる。分かっている答えを言わせようとしてる。
「そんなあたしなんかより……………」
そこまでだった。キョンは優しくあたしの頭を撫で、
「もういいか? 大体お前が今まで俺の言う事なんか聞いたことあるかよ?」
そう言って……………笑った。すごく優しい顔で。
「それでいいんだ、ハルヒ。お前は何も間違ってないし、悪い事はしていないんだ。俺が好きでそれに付き合いたいって言ってんだからな」
何でそんな事言えるんだろう、何でそんなに優しいんだろう、何であたしなんだろう、何でこの人なんだろう、何で…………
「何で…………?」
色んな想いを込めて、そう、言った。あいつの答えは簡単だった。
「何でってそりゃお前、俺は世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団、略してSOS団の団員その一だからだろ?」
ああ、そう言ってくれるんだ…………まだあたしがあたしでいる事を探していた時、あたし達はそう言って笑っていた。そして時が経ってもキョンはそう言って笑ってくれている。
どんだけ時間が流れても、キョンだけは傍にいてくれるんだ。
「まあすまんが最後のSだけは変わっちまうがな」
構わないわよ、そんな事!! 馬鹿みたいなとこにだけ拘るんだから、もう!
でもそう言ってくれるキョンがあたしは好きだ、ずっと一緒に居られる事が嬉しいんだから。
「そう言う事だ、改めて言うぞ? ハルヒ、待たせて悪かった。俺と……………結婚してくれないか?」
正面から見つめられてそう言うキョンの顔は真剣で。もっと照れたりするかと思ってたのに、ずっとずっとカッコよくて。
「……………うん」
それだけしか言えなかった。あたしの方がよっぽど情けなかったな、ずっと泣いてたし。
「そっか、いやー、ここまで来て怒鳴られたらどうしようかと思ったぜ」
ちょっと、何でそこであたしが怒鳴ったりするのよ!! まったく減らず口だけは変わんないんだから!!
「それでいいさ、ハルヒはそうじゃなきゃな」
もう、そこで笑ってんじゃないわよ! 結局あたしは最後はキョンに勝てないんじゃないのかしら?
「幸せになろう、俺が幸せにするんじゃない、お前が幸せになるんじゃない、俺達は俺達が幸せになろう」
あたしだけじゃない、キョンだけじゃない、二人が一緒に幸せになること。
「そんでもって周りの奴らも幸せな気分にさせちまうんだ、古泉も、長門も、朝比奈さんも、鶴屋さんや国木田、谷口だって他の奴らだってそうだ、俺達と関わってきた全部の人間を幸福にしてやるんだ。ハルヒ、お前なら出来るさ」
あんたも滅茶苦茶言ってるわよ、でもそうなりたい。いや、そうしなきゃ駄目よね!
「そうさ、だから俺達はその為にも幸せになるんだよ」
そうね、それってすっごい楽しいわ! あたしとキョンがいて、みんながいて、みんなが笑っている未来…………想像しただけで楽しくなってくる。
「わかってるわよ! 絶対にみんなで幸せになるんだから!! だから、だからキョン!!」
「ああ、俺達はずっと一緒さ。お前だってそうだろう?」
あったりまえじゃない!! さっきまで流れてた涙なんかもうどっかにいっちゃった!!
あたしは最高の笑顔でキョンの胸に飛び込んだの、だってもう居ても経ってもいられないじゃない!!
「愛してるぞ、ハルヒ
「愛してるわ、キョン
あたし達は満開の桜の木の下で、最高の笑顔で、最高の気分で、最高のキスをしたの!!
 




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幸福を告げる鐘が鳴り響き、あたしはバージンロードを歩く。
周りにいるみんなの顔が笑ってくれている、幸せそうに。
道の先にはあたしの愛する人がいる、ちょっとだけ堅苦しそうな格好に緊張しながら。
もうあたしは泣く事はない、だってあたしは幸せなんだから!
そしてあたしの左手の薬指に輝くんだ、あいつがくれる指輪が。
誰よりも、世界中の誰よりも幸せなんだって証拠なんだわ。
「いいや、それなら俺の方が幸せだね。だってお前がいるもんな」
そう言って笑ってくれる、あたしの旦那様。何よ、あたしの方が幸せだもん!!
そんな二人の指に光る指輪。
やっともらった最後の、ううん、今から始まる二人の為の最初の指輪なんだもん!
その指輪より輝いてるわよね、あたしの笑顔。だってあたしの正面の人の顔がそうなんだもん!
「あたしの方が絶対に愛してるんだからね、キョン!!」
「それだけは譲れんな、愛してるぜハルヒ
みんなの幸せに包まれて。幸せをみんなで分け合って。
そしてあたし達は幸せになるんだから!!
周りに急かされるように、自分達も急ぐように、あたし達はみんなの前で誓いの口づけを交わしたのだった…………






愛してるわ、あたしの旦那様!! 絶対に幸せになろうね!!