『SS』アンラッキーデイ

恐らく俺の人生が日本人の平均寿命にほぼ近いようならそこそこ長いものだと思われるのだが、その長い人生に於いて運に左右される事というものはままあるものだ。
つまりはツイてる日とツイてない日というものは必ずあるものであって、それは俺なんかの自由意志によってどうにかなるものではない。
おまけにその運命というものをあっさりと左右しそうな存在が近くにいれば尚更のことであろう。
何が言いたいのかさっぱりだろうが、ここはまあ聞いてもらいたい。
今日の俺はとことんまでついていなかったのだという事を………





それは偶然から始まった。学校での授業時間の間にはいくらかの休憩時間というものが必ず設定されており、俺たち生徒はその時間を利用してトイレに行ったりするのだが。
中には教師の用事を片付けなければならない状況になったりもする。そう、日直などになれば教師が資料など運ぶように頼んだりしやがるのだ。こちらとしてはまあ従わざるを得ないのだが、なかなか面倒であることは分かってもらえるだろう。
かと言って今日は俺は日直などではなかったんだ、だからそんな煩わしい目に遭うはずはなかったのだが。
たまたまトイレに行って帰りの俺の目の前を重そうなプリントの山を抱えたクラスメイト、しかも女の子を見てしまえば何か一声かけようというのものだろ?
だからつい声をかけてしまったのだ、フェミニストな自分を後悔することになるなんて思わなかったからな。
「おい、大丈夫か阪中?」
子犬を心から愛する同級生は、
「あ、キョンくん? うん、平気なのね。ちょっと先生に頼まれちゃって」
全然大丈夫には見えないから声をかけたんだがなあ。仕方ないから手助けしてやろうと仏心も湧いてくる。
「教室までだろ? 持ってやるから貸せよ」
「え? いいよ、悪いもの」
「あんま気にすんな、そんだけ持たせる教師が悪い」
まあ阪中のことだから断りきれなかったに違いない、俺はプリントの山から三分の二ほど取り上げた。
「あ、ありがとうなのね」
いいってこった、ハルヒが世話になってる数少ないクラスメイトだしな。このくらい軽いもんだ、あいつがかけている精神的重圧に比べれば。
「それじゃ行くのね」
そう言って先導した阪中なのだが、なんでだか知らんがちょうど廊下が濡れていて。
「おい、気をつけろ阪中」
という暇もなくピンポイントに濡れた所を踏んだ阪中は、
「ひゃん!!」
まるでルソーばりな声を上げて盛大に転んだ。なんというかお約束すぎる。
しかもそのこけた時真後ろにいた俺からは、そのー、なんだ? まあスカートの中身というものが丸見えだったわけだよ。
あー、阪中? 人の趣味についてどうこう言うつもりはないが、その下着は年齢からすれば結構子供っぽすぎると思わなくはないぞ?
バックプリントに可愛い犬のイラストのパンツなんてウチの妹ばりだと思う、その妹ですら年齢からすればガキっぽいのに。
まあ犬好きも大概だなあと妙に微笑ましく思いはするがってパンツの柄見ておいてしみじみするのは変態じゃねえか?
とにかく阪中にはばれていないようだ、俺はとりあえず声をかける。
「おい、大丈夫か阪中?」
「ご、ごめんねキョンくん………」
いや、いいものを見させてもらってこっちが御礼を言いたいくらいだ。
「?」
「なんでもない、それよりプリント拾わないとな」
ということでしゃがみこんだ俺の目の前にはまだこけて座り込んだ阪中がいたのだが。
あー、阪中? 放心気味なのは分からなくもないが、せめて脚は閉じた方がいいと思うぞ。というか見えてる、さっきも見たけどばっちり見えてるって!
「どうしたのキョンくん?」
気付いてないのかよ? とはいえどう言えばいいやら……………阪中に恥をかかせたくはないが、というか俺の方が恥ずかしい。
などと躊躇したのが悪かった。背後からえらい勢いで殺気が迫ってることにすら気付かなかったんだからな。
「くぉーらぁー!!! このエロキョンがぁー!!!」
というハルヒの声と後頭部への痛烈なる痛みと阪中の悲鳴の中で俺は最初の意識不明へと落ちていったのだった……………





意識を取り戻したのはもう放課後も近い時刻である、いやもう放課後なのか? 何よりまだ頭痛がするし。
「だから悪かったわよ、阪中ちゃんを手伝ってたなんて知らなかったし。あれじゃキョンが襲ってるようにしか見えなかったわよ」
白昼堂々と校舎内でクラスメイトを襲う奴がいるか! どんなエロゲーだ、それ?
「あんたがいっつもスケベな事しか考えてないからじゃない!」
どんな目で俺を見てやがるんだこいつは。まあ確かにいいものは見れたが。
「ほら、やっぱエロい目してるじゃない」
だからどんな目だっつうの。
「ねえ涼宮さん、もうキョンくんを許してあげて欲しいのね」
すまんな、阪中。結局手伝えなくて申し訳ない。
「いいのね、それよりこっちの方こそごめん。涼宮さんに誤解されちゃったのね」
「なっ?! あ、あたしは何も…………」
そうだ、ハルヒは何を誤解したって言うんだ?
「い、いいから!! あたしが掃除当番なんだから、あんたはとっとと部室に行きなさーい!!!」
何故か顔を真っ赤にしたハルヒから教室まで追い出されてしまう、俺が何したっていうんだよ?
「やれやれ、ついてないもんだ………」
結局午後の授業の記憶もなく、ハルヒの機嫌は悪いままでとぼとぼと部室に行くしかない俺なのだった。
と、まあ別に授業を聞いてないのはいつものことかと気持ちも切り替えてSOS団のねぐらに着いた俺なのだったが、やはり頭痛のせいだろうか、いつもは欠かさないノックを忘れて部室に入ってしまったのだ。
そうするとまあタイミングがいいのか悪いのか、こういう時に限ってSOS団の専属メイドさんは着替えの途中だったりする訳なのだ。
「キ、」
「す、すいません朝比奈さん!!」
叫び声を最後まで言わせずに部室から退散することに成功した俺なのだが、まあ脳内に素晴らしき光景を焼き付ける事にも成功していたりもしたんだな、これが。
やはり可憐なる天使たる朝比奈さんは可愛い下着が良く似合う、フリルが散りばめられたピンクの上下セットは豊満でありながら絞る所はちゃんと絞られているその身体を包み込むには些か面積が少ないくらいだぜ。
うむ、やはり朝比奈さんは素晴らしいものだと一人納得しきっていた俺なのだが中から、
「も、もういいですよ〜」
という声で無事部室へと入る。そこには顔を真っ赤にしたメイドさんが可愛らしく立っていらっしゃった訳であり、その下にあのフリル付きのピンクのパンツを穿いているのかと思うとつい頬が緩もうものだが、そこは済まなそうな顔をするしかないのである。
うむ、これはツイてるとしか言えない。先ほどまで意識を無くしてた分は取り返せたよな、などと一人ニヤケていたのだがいい事の後に悪い事が起こるというのが今日なのだろう。
物事は簡潔に語ろう、あまりに俺の顔色は伺いやすかったらしいからな。
まあはっきり言ってハルヒにばれた。部室に入るなり速効ばれた。何も言ってないのにばればれだった。どこまで分かりやすいんだ俺は。
「くぉーぬぉー! エーロキョンがぁーっ!!!!!」
ハルヒが部室のドアを蹴破らんばかりに入ってきて、俺を見た第一声がそれだったんだからもしやあの瞬間を見られていたのかもしれんな。
とにかく次の瞬間にはハルヒの上靴の底の感触が俺の顔面を襲っていた訳で。
「ぐぶぉあぁぁっっ!!」
何だか分からん叫び声を上げて俺の意識は再び闇へと落ちていくのであった………………いつか死ぬな、俺………………





「………………」
この沈黙は馴染みの長門ではない、ハルヒだ。とりあえず朝比奈さんが自分の不注意ということで俺を庇ってくださったのだが、そんなことで団長閣下の怒りが収まる事も無くだな?
あ、古泉からメールがあった。
『…………泣いていいですか?』
うん、ゴメン。なんか、ほんとゴメン。流石に今回は素直に古泉に謝ってやろう、あまりにもアホすぎる。
酷い目にもあってはいるが、それなりに俺はいい思いもしちゃってるからな、さっき見た朝比奈さんに阪中のまでパンツが見れたんだから。
健全たる思春期男子としてはしばらく困るまい。何がって? そんなもん思春期男子なら分かるだろ。
ふっふっふ、あの二人なら一週間は軽いな。いや、朝比奈さんは全身見れたからもっといけるか?
いかんいかん、分かっちゃいるが頬も緩んできてしまう。だがそんな俺のドリームタイムはこんなとこじゃやってはならないものだったんだ。
言わずと知れたハルヒのお怒りを買ってしまうからな。そしてあいつはこんなとこだけは見逃しはしない。
「こらスケベ! あんた何思い出し笑いしてんのよ?!」
というかそんなに分かりやすいのか? 朝比奈さんは気づいてなかったのにまた顔を赤くしてしまったじゃないか。
「き、キョンく〜ん……………」
いやいやいやいや!! 何にも考えていませんって! そんな泣きそうな顔しないでください! まるで今ここで俺が何かしたみたいじゃないですか?!
「ふっふっふ、覚悟はいいわね? このスケベが!」
まてまてまてまて!! 俺、何にもしてませんから! 何でそんな顔で迫ってくるんだよ、ハルヒさん!! 
逃げる間なんてあったもんじゃない、一ッ飛びで団長席から俺の席まで詰め寄ってくるハルヒ。ていうか目がなんか怒ってらっしゃるんですけど!
なんでこうなるんだよ、思い切りお怒りの団長に迫られたら、まずはそうさ逃げるのさ!! ということで慌てて立ち上がろうとする俺に、
「逃げるなー!!」
って無理だろうが!! 一気に追いかけようとしたハルヒの迫力に押された俺は、
「うおわぁっ?!」
バランスを崩して情けなくもひっくり返ってしまったのである。
大きな音を立ててパイプ椅子ごとぶっ倒れてしまい、力いっぱい後頭部を痛打する。
「だあああッ!!」
いやおかしいだろ、これ?! これで何回目だ、脳みそもいい加減壊れるぞ!!
「ちょっと、大丈夫? キョ……」
大丈夫なわけねえだろ! と言い返そうとした俺の視界には奇妙な光景が。
えーと、まあなんだろう? 白くて綺麗な足? そんでもってその上には当然パンツがあるんですけど。
状況を整理しよう、さっき俺はひっくり返ったよな? そんでもって位置的に俺の後ろには長門が座っていたよな? 恐らく長門のことだ、俺がひっくり返った瞬間に席を立ち上がって避けたに違いない。
ただし本当に必要最低限の動きで避けたんだろう、結果として俺はまるで長門の脚元に滑り込むように倒れたという事か。なーんだ、つまり俺が見てるのは長門の足とパンツって事なんだな。
しかし流石は長門だ、細い足がスラッと伸びたその先のパンツは縞模様も美しい。そうだよ、縞は細いよりも太い方がいいよな。うん、色もやっぱ青だ。白と青のストライプは完璧だと思うぞ。
「そう」
そうさ、穢れのないパンツはステッチの模様さえ見えてくるようだ。何と言うかあれだね、縞パンを最初に作ったヤツは天才だね、最初に穿いた女性は偉大だよ、うん。それが長門によく似合うんだ、またこれが。
いやー、後頭部はまだ痛いが良いものを見せてもらったなあ。などと満足気に立ち上がった俺なのだが、
「くぉぉのぉぉぉ!!!!! ぶぁかキョンぐぁぁぁっっ!!!!!」
という掛け声と共に放たれたハルヒのハイキックで再び意識は空の彼方へと旅立っていったのであった……………




しかしまあハルヒ? 何と言うか意外だったよ、お前は純白のパンツなんだなあ。
輝くような純白のパンツはしっかりと網膜に焼きつかせていただいた。やはりシンプルイズベストであると言えよう。まあアクセントで小さなリボンなんて付いてたらそれもそれで可愛いもんさ。
とにかくハルヒと純白のパンツは良く似合っていたってことだ。



あー、これで一ヶ月以上困んないなあ………………
俺はこの最悪な一日を女性陣に感謝しながら遠く意識を飛ばしていったのだったよ……………