『SS』秋:食欲

秋深し、隣は何をする人ぞ、と言われればウチのお隣さんはパソコンをいじくってるなと答えてしまう秋である。
しかして我らがSOS団の活動は年中変わることもなく、団長はネットサーフィンをしているし、メイドさんはお茶を淹れてくださり、窓際では読書をする少女がいて俺は目の前の副団長とのオセロの連勝記録を更新中である。
春夏秋冬まったくの代わり映えの無さこそがある意味平和な証拠であり、俺たちらしいといえばそうなるのだろう。
ということでこの話も終わるのだ。
「秋なのよねえ……………」
……………終わらないようだ、もう少しお付き合い願えるだろうか?
というかハルヒの何気ない呟きにすらヤキモキせねばならないこの状況というのもどうなんだろうね、と周りを見ればヤキモキしなくちゃいけない連中だらけだということがよく分かる。
我らが誇る天から舞い降りた天使であらせられるメイドさんはすでにお盆を両手に抱え、右往左往と迷走中であらせられる。
目の前にいる副団長は微笑みを崩さないままにそのインチキさを40%減させるという器用なことをしているが、とりあえずは冷や汗を顔だけかかないというのは特技として上げてもいいだろう。
残る無口な元文芸部員は黙って読書を続けていた。が、本から顔を上げる回数からすれば読んでいるのか怪しいものだな。
要するに場の空気が変わったってやつだ、ハルヒの一言は金よりも重いってことかよ。
そして空気が変わった場において行動を示さなければならないのは奇妙な肩書きを持つ連中ではなく一般人代表の俺である、というのもいつものパターンと化しているんだから始末が悪い。
やれやれ、と言いたくも無い口癖を口中で呟きながら変に期待がこもった視線を受けつつハルヒの席に顔を向ける。
「どうしたハルヒ? もうとっくに秋になってるはずだぞ」
するとハルヒは俺に哀れみを込めた視線を向け、
「わかってないわねえ、もうとっくに秋になっちゃってんのよ?」
とため息までつきやがった。俺が言ったのを繰り返しただけじゃねえか、なんだってため息までつかれにゃならん。
「だーかーらー! もう秋もいい加減深まってるのにあたし達は何も秋らしい事をしてないってことなのよ!!」
ダンッと大きく机を叩き、ハルヒは立ち上がる。そんなに大層な事でもないんだがハルヒとしてはどうやら不本意であるらしい。
「日本古来よりある四季の移り変わりを感じなくて何がSOS団よ?! あたし達こそが率先して秋を満喫しなきゃならなかったんだわ!!」
どうにも大仰な言い方だな、結局は秋っぽい事をしたいだけなんだろうが。まあ適当に秋かなってことをでっち上げればいい訳だからとニヤケ面を見ればホッとした様子なので早くもネタを探しているのかもしれん。
ここでハルヒのある程度の秋のイメージさえ聞けば古泉がお膳立てをして俺が何故か苦労するパターンなのだ。
「で? お前が言うところの秋らしさってのは何なんだ?」
とりあえずはこの我儘な団長のご意見が無い事には始まらない、渋々ながらも俺は話を切り出す。
「そうねえ…………やっぱりスポーツが芸術…………」
どちらも定番といえばそうなるな、だがスポーツは勘弁して欲しいものだ。間違いなく俺と朝比奈さんはヒドイ目に遭うだろう。
かといって芸術といわれてピンとくるものもないんだが。
残るは読書とかか、ウチには年中読書の長門がいるからこれは季節ものとしては弱いか?
そうなれば代表的な秋といえば、
「うん、やっぱり食欲の秋よね!」
どうやら団長のセレクトは食欲で落ち着いたようだ、食という言葉に反応したのか無口な宇宙人が分厚い本から視線を上げる。
「とりあえずは何か美味しそうな物を探しましょう! 誰か心当たりはない?」
いきなり言われてもなあ、秋と言えば確かに食いもんの美味い季節であり、その候補は上げればキリのないものでもある。
周囲を見ても全員何らかの候補を挙げるべく考慮中のようだ、ただ長門がカレー以外の候補を挙げてくれればいいのだが。
しかし団長閣下にはシンキングタイムは長すぎたようで、
「もう! 何かあるでしょ? あたしが決めちゃう前に意見を出しなさい!!」
無茶言うな、大体そんなに急に出てくる訳が……………
その時である、俺の脳裏にふとある考えが浮かんでしまった。とは言え些細な悪戯程度のものである、まあ場を繋げられればいいだろう。
そんな軽い気持ちで俺は言った。
「秋刀魚じゃねえか?」
その言葉に考え込んでいた団員も団長も注目の視線を俺に向けてくる。
「秋刀魚ねえ、まあ定番だけど美味しいのは確かだし」
定番というものを何より嫌う団長は若干不満げである、それでも誰も何も言わないよりマシだろうが。なによりこのセリフには続きがある。
「ああ、秋刀魚だな。しかも目黒なら言う事ないだろ」
我ながらくだらんな、とは思うがまあいいだろう。
「なんと言っても昔の殿様公認だ、その匂いにふらふらと釣られた殿様が絶賛したってシロモノだからな」
ここで気付いたのか、古泉が若干非難めいた視線を俺に向けたが知った事か。その間に『機関』を使ってでも美味いもんを手に入れる手段を考えやがれ。
しかしここで多少の誤解というか、意外な展開が訪れる事になる事を俺は知らなかった。
涼宮ハルヒの瞳が輝いている、それも期待感で。
見れば朝比奈さんもワクワクした笑顔だし長門に至ってはまるで新しい物理法則を発見した学者を見たような顔である、どうなってんだ?
「それで?」
はあ? 何がそれでなんだハルヒ
「それって殿様が大絶賛なんでしょ? それってどんな人だったのよ?」
あー、それか。定説では松江藩の松平なんとかさんだ。そういう風に世間では言われている。
「というか知らなかったのか?」
いや、このネタそのものをだな、ところがハルヒは大きく勘違いをしたらしい。
「な、何よ!! 知ってるわよ!! 目黒でしょ? 秋刀魚が有名なことぐらい当然よ当然!!」
まあ有名だからな、だから顔を真っ赤にして反論しなくてもいいんだが。
「まあそんなもんより美味いもんなら………」
そろそろ話を変えようとした俺に、
「いいわ、それにしましょう!!」
なんだって? ハルヒはそう宣言するとさっさとパソコンに戻ってしまったのだった。すぐにマウスがカチカチと鳴り出す。
おい、まさかと思うが信じてないよな? 古泉を見ると笑顔のままで顔色が青ざめつつあるって本当に信じたのか、あの馬鹿。
「おいハルヒ、あのなあ………」
流石にネタバレしないとまずいだろう、見つからなくてイライラして閉鎖空間なんてアホすぎる。というか視線で非難するな、古泉。
こういう時に頼りになりそうなのは…………朝比奈さんは本気で知らないようだ、鶴屋さんならご存知だろうが生憎とこの場にはいない。
となれば長門だろう、俺や古泉が言うより被害は少なそうだ。ところが長門は微動だにせずにハルヒの方を見つめている。
「あー、結構無いもんねえ…………やっぱ人気商品だからかしら?」
いや、どこを探してんだお前は? なによりそんなもんは、
「貸して」
って長門?! いつの間にか団長席の横に立っていた長門がマウスをハルヒから受け取っている。しばらくカチカチと音がして…………何探してるんだ、あいつは?
すると、
「あー!! これね、流石は有希!! やるじゃない!!」
なんですと?! いや待て長門、お前何やりやがった? 慌てて俺と、おそらく気付いている古泉は団長席へと駆けつける。朝比奈さんもおっとりと駆けつけているが期待感しか感じないからまあこの際おいておこう。
つまりは全員でパソコンのモニターを覗き込んでいるわけなのだが、
「なんだこりゃ?」
そこはよくある通販サイトだったのだが、問題は明らかに画面に『秋秋刀魚・目黒産』という文字が踊っていたことだ。
どういうことだ? と目で古泉に問いかければ、さて? と答えるスマイル野郎なのだ。
さあ、これはどういうことだ? まさか目黒に秋刀魚なんぞあったらたまったもんじゃない、魚屋ならともかく目黒産ってなんだよ?
「うーん、やっぱ高いもんなのねぇ………目黒ってだけで桁違いじゃない」
いやまず秋刀魚があることがおかしいのだが。しかし秋刀魚はあるということになってるらしいし。などとは言っていられない、高いなら諦めてくれないもんか?
なんとなくだが秋刀魚があるってのは嫌な予感がする、ここでハルヒに秋刀魚を認識させるとまずいような。古泉も何も言わないが心配はしているはずだ。
ところが今回は何があったんだろうか、こういう時には俺達の最大の味方であるはずの宇宙人勢力が裏切ったのである。
「………わたしも興味がある。今回は折半で構わない」
おい、お前なに言い出したんだ?
「そうね、有希がそう言ってくれるなら買いましょうか!!」
ほら見ろ、ハルヒが乗り気になっちまったじゃねえか! 止める間も無く購入をクリックするハルヒに俺も古泉も何も出来ないままだった。
あーあ、どうなるのか知らないぞ、俺は。古泉とアイコンタクトしながら溜息をつくしかないのだった……






結果からすればその後届いた秋刀魚を校庭で七輪と炭火で焼いて(これについては学校から苦情すら出なかったのはSOS団の悪名ここに至るって感じだな)皆で食したのだが、これがまあ旨かったんだ。
「いやー、やっぱ秋刀魚は目黒に限るわねー」
などと団長閣下はご満悦で朝比奈さんの煎れた緑茶を飲んでいたのだが。
しかし俺と古泉は気が気じゃない、もしかしたら世界のバランスが崩れてないか不安だからだ。
なので解散後に俺は長門にこっそり問いただしてみた。
「なあ、世界レベルで何か異変が起こってないか?」
「何故?」
何故ってお前、どうせハルヒがインチキパワーを使ったんだろ?
すると長門は首を傾げてしまったのである、なにかおかしい。大体こいつがそういう事に気付かないなんてのは考えにくいんだが。
長門、まさかとは思うがお前気付いてないのか?」
「何を?」
おいおい、その首の角度ってのは本当に分かってないってことか? 俺は長門でも知らないことがあったってことに多少の驚きを隠せない。まさか長門にこんな話をしなきゃいけないとはな。
「あのな? 目黒に秋刀魚なんかない。あれは作り話、というか落語のネタだ」
長門の目が見開かれるなどと珍しすぎるものが見れてしまった、どうやら本気らしい。
「元々は何も知らない殿様がたまたま目黒で秋刀魚を食って旨かったから城に戻って食べたら毒見だのなんだので、すっかり冷め切った秋刀魚を食わされたから『どこの秋刀魚だ?』『日本橋です』『やはり秋刀魚は目黒に限る』ってオチなんだよ」
あれだな、落語を説明するってのはどうも面白みにかけるなあ。まあそういうことだ、ある意味何も知らん殿様を笑うのと変わらんかもしれんな。
「…………わたしも知らなかった」
しょうがないさ、旨い秋刀魚が食えた事で満足しとくよ。
すると長門が、
「あ」
なんて言うもんだから心臓が止まるかと思った。まさかまた世界から何か消えたとかあるんじゃないだろうな?
「秋刀魚が」
なんだ? 秋刀魚の情報でも変わっちまったのか?
「漁獲高が増えている」
そりゃ目黒分が増えたんだろ。なんというか半端な世界改変だな、そりゃ。
「その分マグロの漁獲高が減った」
すまなかった、最悪のオチだ。まさか昨今のマグロ不足の原因がハルヒだったとは……
「危険レベルになる前に食しておく必要がある」
そんな馬鹿な、いくらなんでもそんな急には…………
「だって秋だから」
お前が食いたいだけだろうが!!




結局何故かは知らんが長門と回る寿司を食いにいってマグロを堪能したのも秋だって事なんだろう、多分。