『SS』酒は飲んでも飲まれるなって話

それはある日の出来事である。たまたま朝比奈さんがよくお茶を購入するデパートで福引があり、たまたま朝比奈さんがよくお茶を購入していた為に福引券が貯まっていて、たまたま朝比奈さんと一緒にいたハルヒがくじを引いて、たまたま一泊二日の温泉宿への招待券五名様分が当たったという話である。
そんなに上手い話が何処にあるかと言えば此処にあるとしか言いようがないのだから周囲が何と言おうが納得してもらうしかない。あえて言えばハルヒだからだ、としか言えないのだ。
俺だってそんな都合のいい話あるかと思って古泉の顔色を伺ったり長門に尋ねたりもしたさ、だが片方は笑顔でもう一方は無表情に否定したんだから追求しようがない。
兎にも角にもSOS団ご一行様は臨時慰安旅行と相成ったんだ、それならそれで素直にハルヒに感謝しとかないといけないだろう。
いつものように最後に集合場所に着いた俺が、いつものように電車内でのジュースを奢る事になって、いつものようにハルヒが車内で騒いでいながら辿り着いたのはちょっと山奥のひなびた温泉宿である。
とは言えそんなに距離が遠かった訳ではない、何しろ一泊二日で行けるんだからな。まあ地元に近いからこそ見逃すもんなんだよ、こういう隠れ家的なとこは。
ハルヒが恒例になっている周囲の散策に俺たちを引きずり回し、恒例の温泉で朝比奈さんをいじくり倒す声に忸怩たるものを感じながらも、恒例かどうかは知らんが温泉卓球大会で長門が優勝したりしたらすでに時刻は夜である。
なかなか旨かった夕食も楽しみに取っていたものに限ってハルヒにつまみ食いされながらも満足のいくものにあったし、後は寝るだけである。
流石にハルヒのパワーも温泉でふやけたのか、
「覗くんじゃないわよ! 特にキョン!!」
などと人の名誉を著しく傷つけただけで大人しく部屋へと引っ込んでいったのだからまあ良しとしておこう。
残されたのは野郎二人という何とも寂しい光景だったりもするが、それも布団に入り目を閉じれば消えてしまうのだ、もう疲れたから一日も終わるとしよう。
という事で、
「どうですか、一杯」
という不良少年の言葉には耳を傾けないに限るのだ。というか何処から取り出したんだそのビール?
「こっそり頼んでおきました」
頼むな阿呆。しかしスマイル超能力者はスマイルのまま、
「まあ男同士でいる機会も少ないので、ここは親睦を深める意味でも一献行きましょうじゃないですか」
調子よく勧めてくるもんだから始末に終えない。どこのサラリーマンだ、お前は? なにより未成年だ俺達は。
「おや、あなたも意外と真面目ですねえ。こういう時のコミュニケーションとしてはアルコールが一番だと思ったのですが」
だから未成年だっつうの。だがこういう時に飲みたくなる大人の気持ちが分からなくもない俺だったりもする。
結局悪い事に憧れる時期なのだ、というか飲みすぎなきゃいいだろ。
と、言う事で古泉の悪魔の声に誘われるままに乾杯、となった俺達なのだが。
結論から言おう、あの馬鹿の言う事なんか無視しときゃよかった………
次の日の朝、頭痛と吐き気に悩まされながら古泉と俺はハルヒの怒りをもろに浴びる事となってしまったのだった。分かったからそんなに怒鳴るな、頭に響くんだって………
まあ高校生の俺達には酒はまだ早かったってことにしておこう、今後機会があっても無視することを俺は改めて誓うのだった。



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ここからはわたし長門有希が記述する。彼には前夜の記憶がなく、古泉一樹も同様。
そもそも今回は我々SOS団の女性陣は涼宮ハルヒの、
「明日は早めに宿を出てから、この辺の不思議そうなものを聞き込みして探索するわよ!」
と言う号令の元、早めに就寝状態に入ったのである。
だがわたしは隣室で熱源の上昇を感知し、隣で睡眠状態に入っている二人に気取られぬようスキャンを開始したのである。
熱源体は二つ、彼と古泉一樹。だが急な発熱の原因が不明、病原菌、情報操作は感知せず………………空気中及び対象人物体内からアルコールを検知した。
恐らく、酒と呼ばれる液体を飲んでいるものと推測。
彼らは未成年と区分けされる年齢であり、この日本という国内に於いては飲酒行為は禁止されているはずなのだが。しかし前例はある、わたしは音声から彼らの行動を観測しておく事にした。
以下は彼らの飲酒時の会話である、情報操作はしていない。要所において個人的意見を注釈していることは了承してほしい。
わたしが会話を聞き始めていた時点では既に彼らは酩酊していた……………………

「らぁかぁらぁ〜、ハルヒの可愛さってのはポニーテールにしたら十倍は上がるんらって!!」
「ヒック、そうはいいますがねぇ〜、それは涼宮さんが元々可愛いんらってことじゃあないれすか〜? それなら僕は髪は下ろしといたほうがいいろ思うんれすよう」
「そら〜おめぇ〜、あれら、ハルヒのポニーテールみてないからだ! それはそれは似合ってんらって!」
「そうれすかぁ〜? ヒック、今の涼宮さんだとちょっと短くないっすかぁ〜?」
「あれもあれれいいんらっれ!! ウェ〜、でも長い時も良かったぜぇ〜!!」
「うわ、マジっすか? 涼宮さんはロングヘアーの方が似合うっすよ! れも僕は下ろした髪の方がいいすね、ストレートなロングヘアの方が可愛いっすよ!! ………ヒック」
「うわ、マジで? いや、いいんらけどおめえポニテってのはなあ、あれだ、ロマンだロマン!! なんだ、象徴だ象徴!!」
「なんのっすか〜?」
「ウィ〜、知るかんなもん〜」
「あれら、キョンくん早いとこ涼宮さんにコクってくらさいよ〜」
「できるかぁ〜!!」
「あ、缶ヒック空だ。ほら次開けますよ?」
「おう、俺のもないぞ〜」
「ふえい、キョンの」
「おお、んで何だっけ?」
「コクれって言ってんすよ〜」
「馬鹿、おまえ馬鹿だなあ、あれが俺なんか相手にするか〜! あれだぞ、あれ?」
「馬鹿、あんた馬鹿だよ、あれは惚れてるって! 囁きゃオチるって!! わかりやすいって、あれ」

…………既に二人とも涼宮ハルヒをあれ扱いである。しかも告白しろと古泉一樹がこれだけ分かりやすく説明するなど本来ありえない。

「そうかぁ〜、ありゃヒックてっきりヒックお前に惚れてんらと思ってたぜぇ」
「んなわきゃないっしょ! あんたにベッタリじゃん、あんたオンリーやん!!」
「だはははは!!! 嘘や〜!! ウィック」
「マジやって!」
ハルヒが俺に? ありえへんわあ!!」
「あー、焼酎の水…………もう生でええかぁ」
「かめへんぞ〜」
「氷溶けたんあるわ」
「なんでもええっちゅうねん」
「コクれや〜」
「むりや〜」
「嘘やん、好きなんちゃうん?」
「いやまぁあんだけ美人やしなあ、そりゃ性格はアレやけど目ぇつぶれなくないこともないしなあ」
「お、かっこいい〜!! ウェ〜ッ!」
「やろ? 俺かっこいいっちゅうねん」
「あははははははははははは!!!!!」

…………何なのであろうか、この会話は。とりあえず何故関西弁なのか考慮の余地あり。

「ヒック、古泉ィ〜………」
「なんれすかぁ?」
「お前は好きな奴おらんのか?」
「ヒック、いますよ〜」
「うそ、マジ?」
「あったりまえっすよ〜、いなきゃやってらんねえっすよ、こんなアホなこと」
「だわな〜、んで誰よ?」
「なにが?」
「好きな人。いっちゃん言っちゃいなよ〜! ヒック」
「ぶはっ! いっちゃんって! キモッ! それキモッ!!」
「言っちゃいなよ! YOU言っちゃいなよ!」
「なんでジャニーさん出てくんねん、つかなんでジャニーさん出てくんねん?」
「はよ言えやコラァ!!!」
「なんでキレんねん! わーった、いいまふから〜。森さんっすよ森さん」
「なんだぁ? あれか、メイドか、メイドプレイか?」
「プレイちゃうわ! マジ惚れやっちゅうねん!」
「そうか〜、良かったなあ〜、まあ飲め」
「アザーッス!」
「そうかそうか、お父さんは嬉しいよ……」
「とうさーん!」
「ツッコミ無しかい!」
「まあこっちはそれでいいじゃないっすかヒック」
「ヒック、まあなあ」

…………脈絡が無さ過ぎてわたしには理解出来ているとは思えないのだが会話は成立しているようだ。有機生命体も我々のように思考で通信しているのだろうか? ちなみにここまでで既に缶ビール数本と焼酎が一瓶近く空いている、アルコール分の過剰摂取は否めない。

「あ〜、でもなあ彼女は欲しいよな〜やっぱ」
「だからコクれって!」
「だがその前にチェリー卒業してえ!!」
「ぶはっ! あーた、それ言う?」
「それない? ハルヒと付き合うったってあれだよ? あいつ処女だろ?」
「それはそうっすね、まあ彼女が処女なのは機関で保障できるっすね」
「やな保障だねえ〜」
「仕事っすから〜」
「そんで童貞ってキツクね?」
「まあゲームとかならいいっすけどねえ」
「できりゃリードしたいわなあ」
「おっ? やる気満々ですねえ」
「そりゃそこそこ餓えてるっちゅうの、あんだけ女が周りにいたら誰だってそうだろうがよ?」
「よかった〜、ホモじゃなくてよかった〜」
「だはははは!!! 誰がホモじゃ!!!」
「でもまあ気持ちは分かるけど。カッコつけたいですよう」
「なあ? そんで古泉、お前どうなん?」
「はい〜?」
「お前もうヤッテんの?」
「あー、ヤッテますねえ」
「なんだとぉ!! てめえ抜け駆けか?! あれか? メイドプレイか?!」
「あー、そのー、なんといいますかねえ………」
「おお………まさか裏切り者がこんなとこに………俺がまだなのをあざ笑ったか貴様ァ!!」
「んなわきゃないっしょ!! まあとりあえず一杯どうぞ」
「…………くそう、結局顔かい」
「そうじゃないんですってばさぁ……」

…………思春期の男性としては許容範囲。わたしは動揺していない、彼の口から卑猥な言葉が出ても大丈夫。それならわたしが、なんて考えてない。信じて。

「…………こう言う事言っちゃうとアレなんですがね? ほら、僕閉鎖空間に行くじゃないっすか?」
「閉鎖空間でヤッテんのか?!」
「聞けやぁっ!!」
「………すまん」
「ほら、あのでかいのいるじゃないですかぁ? あれとまあ戦うんですけど、やっぱ危険なんすよ。ああ見えて」
「あー、どう見ても危険だわなあ……」
「だからですね? 森さんがですね? …………グスッ……僕に思い残す事ないようにってですね? ………うぅ……」
「…………そうか………そういうことか…………カッコいいなあ…………」
「だからぁ! 僕は死ねないんですって! そんな人置いて行けますか?!」
「ところで森さんってそういうの初めてだったんか?」
「おい!」
「あー、なんか気になって」
「そういうあんたにビックリだよ! いい話台無しじゃねえか!」
「悪い、森さんってそういうのやりそうだったから」
「あんた人の彼女なんだと思ってんですか?! つか、初めてだったちゅうの!!」
「うわ、それ凄いな」
「でしょ? それで僕は閉鎖空間なんか行きたくないんすよ、本当に」
「あー、やだねえ。あれやだねぇ」
「団活はまだいいっすよ、僕かて楽しいですから。企画立てんの好きだし」
「そうかー、なんか手伝おうか?」
「だからコクれって! そしたら丸く収まるから!!」
「よーし分かった! 俺、ハルヒにコクる!!」
「おおー!!!」
「そんでお前を救ってやる!! んでもって童貞卒業だコラァ!!」
「いいぞー!!」
「前祝いじゃー!!」
「飲むぞー!!」

…………その後、彼と古泉一樹は意識不明となるまで飲み続けた。以上。

…………ここまでの記録を情報統合思念体に……………………………………………………報告する必要あるの? むしろしない方が懸命。
そもそも観測対象でもない彼らが何を言ってもいいはず、わたしは彼らの体調を憂慮しただけ。
それにしても意外だった。普段は冷静な面が強い彼と、涼宮ハルヒ相手に演技を続けている古泉一樹の二人がここまで自らの人格を放棄するとは。
それがアルコールから来る開放感なの? それとも同性しかいないという安心感なのだろうか? わたしには判断出来ない。
ただし、アルコールには一定の意識の開放効果がある可能性は高い。前回SOS団が飲酒した時も皆騒いでいた。わたしは万が一の為にアルコールを体内で分解しながら飲酒していた為、その感覚が分からない。
それを踏まえた上で、わたしは実験してみたい。アルコールから来る開放感、すなわち『酔う』という行為について。
用心の為に彼に立ち会ってもらおう、わたし一人では本当に酔ったか判別できない可能性がある。
早期に実験を実施したいと思う、わたしは準備を開始したのであった…………




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それからしばらくして、いきなり夜に長門のマンションに呼び出された俺が入った途端に積み重なった缶ビールの空き缶と、頬を赤く染めた長門に出会う事になり、
「あなたも……………飲んで」
と強引なまでに積極的な長門に勧められるままにビールを飲まされる羽目になってしまってだな?
気がついたら何故か全裸になっていたり、長門まで全裸だったり、紅く染まったシーツを頭痛に悩まされながら洗濯する事になってしまったのはどうしてなのかってのは謎なのだったりもする。
その間のお互いの記憶が無かった事を感謝すべきなのか後悔するべきなのかは誰にも分からないのだから。






「……………実験は成功した」
と例え長門が呟いたのだとしても、だぞ?