『SS』 忘れじのメモリー

 人間、偶然というものがある。偶然とは思いもかけずに遭遇するから偶然なのであって、予定通りならば必然なんだろう。
 それでは未来というところからすれば今の時代に起こることは全て偶然ではなく必然になるはずだ、そうじゃなきゃその未来はないのだから。
 と、いう事はだ。俺がこいつと会うのは必然っていうことになり、それは俺の側からは偶然で片付けられても相手からはそうじゃないってことになる。
 些かどころか、かなり不本意ながら納得するしかないのだろうか? 目の前で手持ち無沙汰にしている自称藤原という未来人に対して俺はそう思うしかなかった………
 無論、見かけたからといって声をかけなきゃならない道理はない。特にこいつなどには。
 だから俺は見なかった事にして通り過ぎるつもりだった。
「おい、そこに行くのは朝比奈みくるのマリオネットじゃないのか?」
 などと言われない限りは。誰がマリオネットだって? 挑発にすぐ乗ってしまった俺もまあ悪いのだが。
「ふん、佐々木達が来ないというのはこういうことか…………」
 なんだお前、佐々木達にも嫌われたのか? まあ仕方ないだろうけどな。
「別に僕は群れるつもりはないさ、ただ単に規定事項としてあいつらの存在があるにすぎない。それに僕がここにいなくてはいけないのは規定事項だからな」
 それで佐々木が来なけりゃ意味が無いだろう、お前らの規定事項とやらは余程適当だとみえるぜ。
「そうでもないさ、これはどうやら僕が想像していた目的と違っていただけのようだしな」
 どういうことだ? と聞くまでもないのだろう、藤原はあのむかつくニヤケ面で、
「お前と会う、という事が規定事項だったってことさ」
 と抜かしやがったんだからな。そっちはそれでいいかもしれんが、こっちはそんな気分にはなれん。
「そうかい、なら一目会ったんだからもう十分だろ? 勝手に未来でもどこでも帰ってろ」
 朝比奈さんならいくらでも規定されてて構わないが、何が悲しくてこんな奴のスケジュールの予定に入っとかなきゃならないんだよ。俺は踵を返してこの場から立ち去ろうとした。
 だがそうは問屋がなんとやらなのだろうか、藤原の奴は俺の前に立ちふさがるように、
「まだ僕はここに居なければいけないようになっているんだ、それが何なのかは禁則だがな」
 それは俺が居なければならないことなのだろうか? とにかくお前と話す事などない。
「それは僕だって同じだ。だが今回はお前が居るという事が重要なんだろう」
 なんとも曖昧なもんだ、どうやらこいつの言うところの規定事項とやらを藤原自身も全て把握しているという訳でもないらしい。
「恐らく佐々木達が来ない事もそういう事なんだろう、だから僕に付き合ってもらおう」
 だが断る。何度も言うがお前と話す事もなければ話したいとも思わん。何よりまだ俺は朝比奈さんに対してお前がやったことの謝罪すら聞いてないんだ。
「それはこちらとしても同様だ」
 どういうことだ? ここにきて自分たちを正当化しようって魂胆か? どうにもこいつと話すとムカつくばかりだ、さっさと切り上げたいが未来というものがそれで確定してしまうという事への不安というものが俺にもある。
 朝比奈さんはともかく、朝比奈さん(大)への隠しようのない不信感が俺をこいつと話させているのかもしれないな。
「どういうことだ、とは今更聞かないことにする。ただ、俺が思う未来人とはあくまで朝比奈さんだ」
 それだけは変える事はないだろう、たとえ朝比奈さん(大)の言動がどうであれ、やはり俺が信じる未来には朝比奈さんが居て欲しいからな。
 すると藤原はあの嫌味な笑いで自嘲する。
「それが正しいかはお前が判断するんじゃない、あいにくと僕らは自分たちの居る場所が正しいとしか言えないんだからな」
 それはそうなのかもしれないが、俺が目指す未来にお前がいるとも思えんし、あまり思いたくも無い。
「ふん、それはどうかな?」
 藤原は相変わらずな態度だが、少しだけ微妙な表情に見えたのは気のせいか? どうもあまり変わらない表情の奴の心情を読む力が増しているような気がしてしょうがない。
 思えばこいつだって朝比奈さんと同様なはずなのだ、そのやり口が気に食わないだけで。そう考えれば橘のような直接的な誘拐犯ならともかく、こいつの話くらいなら聞いてもいいような気がしてきた。
 やはり未来には可能性が多いほうがいいからな、朝比奈さんには悪いが朝比奈さん(大)を思えば慎重にならざるを得ない。
「そうかい、ならお前の話とやらを聞いてやらなくもないぞ」
 そう思うと自然と口について出た。まあ藤原としても意外な申し出だったのか、珍しく驚いた表情になったが、
「そうだな、それもいいだろう。僕としても誤解があっても構わないがあまり任務に支障が出ても仕方ないからな」
 口調は生意気だが肯定ってことだろう、こういう奴が多いな俺の周りには。
「とりあえず飯でも食うか?」
 野郎同士で茶を飲んでなんて気持ち悪い、それならがっつり食う方がいいだろう。
「ふん、それもいいか。この時代の食事は悪くない」
 そういう未来の飯ってのはどんなもんだろうな? あまり変わってないでもらいたいもんだ。
「それなら移動するぞ、こんなところにいても埒が明かない」
 何故か藤原に先導されるような形で俺たちは歩き出した。どうにも野郎同士、しかも相手が藤原というのが気に入らないが、これもまた規定事項ってやつなんだろう。
 どうしてこうなったのかといえば俺も悪いんだしな、まあどうしようもないかと俺は肩をすくめて歩くしかなかったってことだ。






 さて、食事といってもそんなに豪勢にといった訳じゃない。俺たちはいつもの喫茶店じゃないが、まあ普通のファミレスに陣取っていた。
 適当に頼んだ安いランチにドリンクバーがあれば時間は潰せるしな。それで藤原の話でも聞いてやろうじゃないか、俺は注文がくるまでドリンクバーから持ってきたコーラを飲みながらぼんやりそう思っていた。
「…………………」
「…………………」
 しかしまあ見事なまでに沈黙が訪れたもんだ、飯を食いながら気まずい気分になってくる。なんでこいつは何も話さないんだ? というかこっちから話を切り出さなきゃならんのかよ?
「あー、しかし何だ? お前といい朝比奈さんといい、未来から単身赴任ってのは辛くないもんなのか?」
 ………話題としてはやや重いな、そんな質問にまともにこいつが答えるはずもないだろう。
 などと選択肢を間違ったかと思って後悔しつつあった俺に、藤原の答えは意外なものだった。
「生憎と僕には未来に対して執着はない、朝比奈みくるは知らないがな。僕は元々一人でここに来る事を望んだんだ」
 その言い方には自棄というか自嘲な響きを俺は感じた。ついその言葉尻を捕らえてしまう。
「お前にだって家族がいるだろ、寂しいとかないのかよ?」
 それはある意味禁句だろう、そういうのを覚悟しなくて自分が居た時代から来るなんてことは出来ないはずだから。
「僕にだって家族はいるさ。母が一人、な」
 ん? 母一人? だとすれば、
「父親は死んだよ、まあ若かったと言えるだろうな」
 そうか…………聞いてしまって良かったのだろうか、何か俺の方が済まない気持ちになってくる。だが何故だろうか、こいつがこんなに正直に自分の事を話すなんて思わなかったからだろうか。
「どんな人だったか覚えてるのか、その親父さんは?」
 すると藤原はいつもの皮肉な笑みを浮かべてポツポツと話し始めたのだった…………



「父親は最低の人間だったさ、僕が覚えている限りではの話ではだが」
「そうなのか?」
「ああ、僕の記憶する父親の姿はいつも僕に背中を向けていた」
「…………それは」
「そうだな、後は泣いている母しか僕の幼少時には印象がない。いつも母に迷惑しかかけてない男だったよ」
 それは余りにも寂しい光景だっただろう、一人取り残される藤原の姿に今のような笑みは無かったに違いない。
 俺は何も言えなかった、言えるはずもなかった。
「仕事だったと言えば聞こえはいいさ、今の僕のようにな。だが僕にはそれは母を見捨てているようにしか見えていなかった」
 俺は自分を振り返る。そうだな、家には妹もいたし親父が出張と言っても数日の話だった。
「少なくとも僕自身が父親と話したという記憶はない。例えあったとしても印象に残るほどでは無かったということさ」
 そうやってこいつは一人の時間を過ごしたのだろうか、泣いている母親を慰めながら。
「まあそうやっていたら簡単に死んでしまったんだ、自業自得と言ってもいいかもしれないな」
 だがそれでも親は親だろう、自分の父親との早すぎる別れを目にした藤原の気持ちなんて俺には計り知れない。
 こいつが浮かべている皮肉な笑いは自分が体験してきた辛さを隠しているものなのかもしれない、仮面のように。
 それに比べれば俺なんて恵まれて過ぎてるだろう、そんなもんは言われなくても分かる。
「それじゃ親父さんと何かしたってのもないんだろ? そいつは…」
「言われるまでも無い、心残りが無かったといえば嘘になる。最低でも怒鳴りつければ良かったな」
 それだけじゃないだろう、例えばキャッチボールとか。
「ふん、そんなドラマのような展開は望んでない」
 まあ例えだって。それより未来でも親子の関係がキャッチボールなんだな。
「だがコミュニケーション不足だったことは否めんな」
 そうだろうな、それは仕方ない事かもしれない。
「…………僕は単純に話したかっただけかもしれない、父親と二人で……」
 藤原がそう言った時の顔は最早笑みなど無く、ただ思いつめたように一点を見ていただけだった………




 俺達は黙ったまま店を出た。俺は藤原に何が言えただろうか? 少なくともその時は何も言えなかった。
 どうしようもないままに駅前まで出てきた俺達は、何となく此処で別れることにした。
 だが俺にはどうしてもこいつをこのまま帰す気になれない、それは同情だと言われればそこでお終いだが。それでも俺は何か言ってやりたかった。
「なあ、お前の望みってのは叶えられないもんなのか?」
 それが出来たらここには居ないだろうが、それでもだ。
「お前のTPDDで親父さんに会う事は出来ないのかよ?!」
 我ながら名案かと思ったが、
「それが出来ればいいんだろうが、生憎とそこまで私用で使えるほど甘くはないさ」
 そうだろうな、朝比奈さんが何度も許可を申請しているのを見ているのに何を言ってんだ俺は。
 しかし俺の言葉を聞いた藤原は、
「今日は済まなかった、礼を言わせてもらう。ありがとうな」
 そう言ったんだ、俺の方こそ済まないと思う。結局こいつに不愉快な思い出を思い出させたんじゃないかってな。
「いや、いい。もういいんだ………」
 藤原は笑っていた、今まで見たことのないような爽やかな顔つきで。そのまま踵を返し、俺の方を振り返る事も無く歩いて行く。
「………そのうちの一つは既に叶ったからな………」
 そう呟いた意味は分からなかったが、何かあいつと少しだけ分かり合えたような気がした。未来でだってあいつも生きている、それは当たり前の事なんだってな。
 奇妙なまでに満足した俺もまた振り返る事なく、その場を去ったのだった…………





















 …………言わなかった事がある、僕が望んでこの時代に来た真の理由を。
 それは自分の中で叶えられないと思っていた思い出。
 まあ対等な立場として会話するとは思わなかったが、少なくともこちらも本音で話せるんだ。その意味では僕は幸運かもしれないな。
「ようやく話せたよ、父さん…………」
 僕はこの思い出を持って未来へと戻れる事に満足できる、まだ僕の事など何も分かっていない若かりし父とでも話せたのだから。
 後は規定事項を守れれば僕の未来は確定する。
 僕は新たな決意をその胸に秘めたのだった…………

 
 

あとがきのようなもの

今回の話は藤原がキョンの息子だったら、という説に基づいています。
三単元くんのネタにそうあったのでモノローグとしました、出来る限りシチュエーションは原型に沿っていると思っています。