『SS』メガねKoi☆する五秒前

長門有希は眼鏡をしていない。
正確に言えば出会った当初は眼鏡をしていたのだが、とある事情により眼鏡を紛失して以来長門から眼鏡が無くなった。
その原因の一端に俺の言葉があったとするならば、それはそれで面映いもんだ。
兎にも角にも長門は現在眼鏡をしておらず、眼鏡属性というものの無い俺にとっては最早眼鏡があったことすら遠い記憶の彼方に追いやっていたものだった。
ところが、である。
何かひょんな事を思いつく才能は他の追随を許さない女が俺と長門の近くにはいたのであった、言わずと知れたSOS団団長様だ。
その日もSOS団の活動はつつがなく行われていた。すなわち俺と古泉はボードゲームをしながらメイド服の朝比奈さんが煎れてくださったお茶を飲み、長門は窓際の定位置にて相変わらずの読書三昧といった形なのだ。
しかしてハルヒはといえば、何故か団長席に座ってパソコンのスイッチは入れているものの、何故か画面も見ずにいる。
それどころか視点は一箇所に集中しているのだ、おまけに眉まで顰められたらこっちとしても妙に居心地が悪くなってくる。
こういう空気をまっさきに感知するのは目の前の超能力者だ。古泉は顔を寄せると、
「どうにもまずい状況です」
とまあ俺にだって分かる事をしゃあしゃあと言ってのける。それを言うためにわざわざ顔をここまで寄せなきゃダメか?
「とにかく涼宮さんの真意を探らねば」
それはお前の得意分野だろうが。全責任を古泉の奴に押し付けたいところなのだが、部屋の隅でお盆を抱えて震えるマイエンジェルのお姿を見ればそうも言ってられんし。
もう一人の団員は、我関せずとばかりにページの海を漂っていたりしてるのだが。だが何分今回はそれが問題なのだったりするからやっかいだ。
渋々ながらも俺は自分の席を立ち、団長の元へと向かわざるを得ない。
眉を八の字にし、アヒルのように口を尖らせたハルヒが一心不乱に見つめているのは窓際に佇む元文芸部員だったりする。
何故に長門がガン見されねばならんのか、俺は問いたださねばならない。そんな程度で世界がどうにかなるなど勘弁だ。
代表が俺、ということには言いたい事が山ほどあるのだが、まあハルヒに声をかけた。
「なにやってんだ、お前?」
するとハルヒ長門から視線を外すことなく俺に問いかけてきた。
「ねえキョン、有希っていっつも本を読んでるじゃない?」
それがお前のイメージするところの長門だからだろ? とは言えない俺は、
「まあそうだが、別にいつもと同じじゃねえか」
と答えるしかなかった訳だ。しかし今日のハルヒは納得がいかないようで、
「そうなんだけど……………うーん、なんか気になるのよね……………」
何がだかさっぱり分からん。仕方が無いのでハルヒを促してみるしかない。
「なあ、長門の何が気になるってんだ? あいつが本でも読んでないってならそりゃ異常かもしれんが、本を読んでてこその長門じゃねえか」
どうやらこれがいけなかったらしい。ハルヒはまるで名探偵が事件を解決する寸前のように考え込むと、
「そうなのよ、いっつも有希は本ばっか読んでるのよね……………」
そして出来の悪い助手にヒントがないか尋ねるように、
「あの子、目が悪くならないのかしら?」
などと言い出したのである。正直に言おう、何をくだらない事を考えてるんだこいつは。
「そんなのあいつの勝手だろ?」
「うーん、でもあれだけ毎日本を読んでいたらさすがに心配してくるわよ」
どうやら団長は不必要なまでに団員の健康管理が気になるようだ、される側としては多少迷惑でもあるが本人は心配した上で言ってるんだから始末に終えない。
「……………そういや初めてあった頃ってあの子眼鏡してなかったっけ?」
しまった! いらんことを思い出しかけてるぞ、こいつ。
「そうよ、確かに眼鏡をしてたわ! どうしていきなり外したのかしら?」
こうなるとハルヒという女は好奇心の赴くままに動くのだ、席を立った団長は長門に対し、
「ねえ有希、何で眼鏡をしてないの?」
とまあいきなり確信を突くような事を言い出した。お前、その前に本を読んでるとかつける言葉があるだろうが。
いきなり問いかけられた側の長門としては、本から視線を上げると、
「必要がなくなった」
それだけ言って再び視線を落としていく。
「それだけ本を読んでて視力が上がるわけないじゃない! 眼鏡はどうしたのって聞いてるの」
この程度で追求を止めるわけも無いハルヒはしつこく食い下がったのだが、
「あれは伊達眼鏡、もはやつける必要はなくなった」
その長門の言葉に、
「それでも視力検査とかした方がいいわよ、大事な団員なんだから!」
まあハルヒが心配するなんて滅多にないことだ、いや俺限定で言えるのかもしれないが。とにかくこいつは長門にやや甘いところもあるしな。
「……………わかった」
長門としてもこれ以上は無駄だと察したのだろう、首肯すると読書を再開していた。というか、お前が頷いたか俺以外に分かったかが心配でもあるんだが。





とにかく放課後、いつものように俺たちは一緒に帰っていた。
すると古泉が必要以上に顔を近づけ、
「これで涼宮さんが納得したとは思えませんがね」
などと言うものだから、こちらとしても不安になってくる。閉鎖空間が出てないんだからまだいいんじゃねえのか?
「それも時間の問題です、そこであなたからも長門さんにご意見していただきたいのですが」
ハルヒの意見をスルーする長門が俺の意見に耳を傾けるとも思えないんだが。
「それならば長門さんが眼鏡を外した理由でも調べましょうか?」
………………てめえ、分かってやがるだろう? 仕方が無い、何とか長門に話してみよう。
俺は前を歩くハルヒ達に気付かれないように長門に近づき、
「なあ、さっきの件なんだが……………」
「………………解散後わたしのマンションへ」
はあ、そうなっちまうのか……………
家から抜け出す理由を考えるのがめんどうだと思っていたらついつい足取りも重くなっていく俺なのだった。





いつもの、といえるくらい通いなれてしまった長門のマンションの一室で俺は長門が淹れてくれた茶を飲みながら、さてなんと切り出そうかと考えていた。
まあ長門のことだ、こっちの言いたい事も分かってくれてるとは思うので、
「なあ長門、とりあえずは伊達眼鏡だっけ? それでもかけてみたらどうだ?」
しかし帰ってきた返答は意外なものだった。
「拒否する」
何だって?
「眼鏡の必要性を感じない、だから拒否する」
んなこと言われてもこのままじゃハルヒが納得しないんだ、それだとお前だって困るだろうが。
俺としてはどっちでもいいことでも、あいつにとっては重大らしいからな。
「でも…………………わたしには眼鏡は必要ない」
どうにも頑なだな、何がそんなにお前が眼鏡を拒否しているのか教えてくれないか?
「それは…………………」
なんと、長門が躊躇を表している。全てにおいて理路整然なお前がどうしたってんだ?
「もしかしたらあなたの機嫌を損ねる可能性がある、わたしの言葉には根拠が薄すぎるため」
何言ってんだ、お前のいう事で俺が機嫌を損ねたりするわけないだろ。それに根拠とか関係ないさ、お前がどうしても嫌だって言うなら俺からもハルヒに言うからな。
そう言うと長門は俯いたまま、朝比奈さんが乗り移ったかのようにおずおずと口を開いた。
「あなたが……………」
俺がどうした?
「あなたが眼鏡が無いほうが可愛いと言ってくれた。それ以来わたしは眼鏡をかけないようにしている、あなたは眼鏡が無いほうがいい?」
そう言う長門の姿はまるで怒られる前の子犬みたいにすら見えてな? 俺はつい頭を撫でて、
「そんなことはないぞ、長門長門だから可愛いんだ。眼鏡があるとかないとか関係ないさ」
ん? なんか俺はえらく恥ずかしい事を言いながら、とんでもないことをしているような。
だが長門は俺にされるがままに、
「そう………」
少しくすぐったそうにも見えたんだがな?
「とりあえずはハルヒを誤魔化すか。そうだな、本を読むときだけ眼鏡をかけてみたらどうだ?」
それならあいつも怪しまないだろう。
「あなたはそれでいいの?」
まだ気にしてるのか、いくら眼鏡属性ないって言ったってそこまで拘ってないって。
俺はもう一度長門に言った。
「お前だからいいのさ、眼鏡があるかないかじゃない」
俺の言葉に、長門はただ一言、
「そう、わたしだから………」
頷いたその顔にあの時、眼鏡を失くした時には無かった表情の揺るぎを感じたのは俺の気のせいではないだろう。
そうさ、お前はお前なんだからな。後は長門本人がどう思ってくれたかだろう。
長門の成長といえるかもしれないものを感じ、俺は冷める前にお茶を飲み干したのだった。









その日から長門は団活の時には眼鏡をかけるようになった。ハルヒも納得しながらも今度はどうやって視力を回復させるかを考えているようだ。
あまり変な方向に向かないことを祈る、へんてこなもん食わされたりとかな。
まあ今のところは平穏無事なSOS団である、古泉のインチキスマイルも相変わらずだし朝比奈さんの淹れてくれるお茶は美味しい。
ハルヒはまあ何を考えてるかわからんが今はおとなしいもんだ。
そして長門は今日も読書をしている。その顔には眼鏡のレンズが光っていて。
とにかく窓際の席について読書をしている姿は清純そのものに見えて。
しかもだな?
まあ長門は読書をするために毎回眼鏡を取り出してかけているんだが。
その眼鏡をかける瞬間の少し俯いて目を閉じた姿がまあ、なんというかだな?



………………凄く可愛かったんだ。それを見れただけでもハルヒに感謝しなきゃいかんかもな。







ううむ、俺には眼鏡属性がなく。
長門有希は眼鏡をしないはずなのに。
それを覆してもいいような気分なのは何でなんだろうな? ってことさ。