『SS』秋空とアルバイトと焼き芋

秋もようやく深まり、そろそろ昼日中でも長袖の上着でも引っ掛けようとでも思ってくる今日この頃。
俺は秋の空と同じように肌寒くなってくる財布の中身を見ながら大きくため息を吐くしかないのであった。
何ともはや、俺の周辺にだけは早くも冬の厳しさが現れてくれてるようだぜ。特に財布の中はな。
それはさておき、俺に訪れた真冬の到来を少しでも遅らせるには背に腹は代えられないというやつであり、俺はコンビニから持ってきた無料の求人情報誌と公園のベンチに座って首っ引きでにらめっこという状態である。
「まあそんなに上手くはいかんわなあ………………」
という俺の嘆きも何度目だろう。なんといっても仕事がないのだから。
いや、不景気と呼ばれるこの時期だってまったくバイトがないということではない。
単に俺の側の条件が厳しすぎるだけのことである。
なにしろ放課後はSOS団の活動、といっても無駄に古泉とゲームをしながら朝比奈さんのお茶を飲むだけなのだが、があり、まったくといっていいほど時間が取れない。
その上休日といえばこれまた恒例となってしまった不思議探索で少なくとも一日は潰れると言う始末である。
おまけにこの不思議探索と言う代物が俺の財布を寒からしめん元凶なのである。毎回の出費は確実に俺の財政を圧迫し、それは理不尽なる団長の鶴の一声により避けられない事態として俺に襲い掛かるのだった。
要するに俺が費やしている時間はそのことごとくが非生産的であって、出来る事ならば遠慮させていただきたい行事であるのだが、これを避けてしまえば世界が崩壊しかねないとインチキスマイルの超能力者や無口な宇宙人、天上から舞い降りたような慈しみの権化足るような未来人から言われてしまえば一般人の代表としては不本意ながら従わざるを得ないのがこのような時には哀しいものである。
決して精神的には悲観しているわけじゃない。悲観しているのは財布の中身とそれを目の当たりにした俺の境遇なのだよ。
よって俺に残されている自由時間というものは基本的に日曜日一日しかなく、それすらも何が起こるか分からない不安定な状態だったりもするからどうしようもない。
そしてそんな俺の事情を汲んでくれるような都合のいいバイトなどは流石にないのであった。
「引っ越し屋の登録でもしとくか………」
これなら日曜一日だけでもなんとかなるし、自由も効くだろう。ただ運動不足による筋肉痛の心配と定期的ではないので実際の収入としては弱い面もあるが。
「はあ、とも言ってられないよな」
仕方なく、まさに嫌々といった感じで俺が情報誌のページを開いたまま携帯を取り出そうとしたその時だった。
「おやー? どうしたんだい、いい若者がっ?!」
という明るい大声が俺の俯いたままの顔を上げさせたのである。
なんといってもこの声には聞き覚えがありすぎるので挨拶するしかないだろうな。
「ああ、鶴屋さんこそどうしたんですか、こんな所で?」
俺が挨拶したのは我が校の先輩にしてSOS団専属メイドの朝比奈さんの親友でありながら自らもSOS団名誉顧問という重要なのかそうでもないのか分からない肩書きをお持ちの鶴屋さんである。
その鶴屋さんジーンズにTシャツとジージャンというアクティブな格好でクルッと回ると、
「んー、あんまりいい天気だからちょろんと散歩にでもしゃれ込もうってね!!」
あっさりとそう言った鶴屋さんであったが、それもそれでまずいんじゃないだろうか?
なんと言っても見た感じでは分かりにくいが完璧なお嬢様であるお方なのだ、お供の一人もいないと出掛かられないようなイメージもあるのだが。
「あっはっはっ! そんだけ言ってもらえるのは嬉しいけど、ちょこっと昔っから溜め込んでただけだかんね! あたしは勝手にやらせてもらうさねっ」
まあそうでもなければ公立の高校になどいないだろうし、朝比奈さんとも友人付き合いも出来ないだろう。
そんなことは気にしない程の大人物である鶴屋さんは、
「まあ散歩の途中でお子様達と遊んでたってことだよっ」
見れば広場の方でボール遊びをしている子供達が見える、どうやらあの子達にとってもいい遊び相手だったに違いない。
「そうですか、それはお疲れ様でしたね」
「そんな事ないよっ! あたしも楽しかったかんね!」
確かに鶴屋さんならば子供達だって楽しかったに違いない。なんといってもこの方もハルヒ並みに遊ぶ時も全力なお人なのだから。
「ねえねえ? キョンくんこそどうしたんだい、こんなとこで一人でさ?」
うーむ、正直答えづらい。バイト探しで頭を痛ませてるなんて先輩でもあるしSOS団の関係者でもある人には言いにくい。
「あー、いえ天気が良かったんでフラフラとですね………」
なんとか誤魔化そうとは思ったのだが。右手に持った携帯と膝の上に広げた情報誌があれば説得力には欠けるんだな、これが。
「ふーん、キョンくんがアルバイトねえ………」
はあ、已むに已まれぬ事情というものもありまして。
あー、何となくだが気恥ずかしい。何故と言われても困るが、そうは言っても鶴屋さんなどには無縁の世界だろうし。
とにかく俺の生活レベルを考えれば当然でもあるのだが、バイトが決まって仕事をしてるのを見られるも恥ずかしいがその前の時点を見られたというのも情けないものがあるな。
これなら一か八かで古泉に紹介でもしてもらった方がマシ……………………………………ということはないな。
まあ鶴屋さんならお願いすれば黙っておいてくれるだろう、もしもバイト探しが他の連中に知られたら何を言われるか分かったもんじゃないからな、特にハルヒには。
「とりあえずはこの事はご内密にしておいてもらえませんでしょうかね?」
そう言って鶴屋さんに頭を下げるしかない俺である。バイト探しは仕方ない、他のところに移動してからまた探すと………
「そうかい? まっ、ハルにゃんなんかは大騒ぎだろうね! 了解、あたしはなーんも見なかったことにするよっ!!」
流石に分かってらっしゃる、この辺は見つかったのが鶴屋さんだったのが幸いだったな。
「そんでバイトはいいのがあったかい?」
え? あー、いやなかなか条件が合わないもので。とりあえずってのは考えてますけど、としか答えようがない。
すると鶴屋さんは何を納得したのか、うんうんと大きく頷くと、
「まあはっきり言ってSOS団があるからそれどころじゃないって事だね?」
あっさりとこちらの事情をお見通しって訳だ。どうにもこの人相手に隠し事できるとは思えないなあ。
しかも鶴屋さんは何やら一人でブツブツと呟きながら考えている様子を見せたかと思うと、
「よっし! 決まった!!」
と何かを思いついたようにポンと手を叩いて晴れやかな笑顔で俺を見たのである。あのー、何がきまったんでしょうか?
思考の飛び方と事後説明という点ではウチの団長にも勝るとも劣らない名誉顧問はまるで雲一つない秋空のような爽やかさで、
キョンくん、そんならうっとこでバイトすればいいっさ!!」
と、突然おっしゃられたのだった。はあ? 鶴屋さんのところって、
「あーそうだね、ウチで簡単な手伝いでもやってくれればいいよ。もちお給料はちゃんと出るからね?」
そう言ってあっけらかんと笑う先輩なのだが、こちらとしては何かお情けにすがるようで申し訳ないというか情けないというか。
「いえ、流石にそこまでしていただくってのも………」
やんわりとお断りしようとしたのだが、
「あ、気にしなくていいよん。何にしろ手伝いってのは必要だったからね、たまたま知り合いが仕事を探してるってだけだったからついでみたいなもんさね」
そうですか? それにしてもやはり俺なんかでいいもんなんだろうか?
「大丈夫っ! むしろ知り合いだからってお仕事に手を抜いたりは出来ないから覚悟するにょろよ〜?」
脅してるつもりなのかね、それだけ笑っていたら効果もまったくありませんよ。
そうだな、ここまで言ってもらってこれ以上断わっていたら今度はこっちが悪い気になってくる。
「分かりました、是非お手伝いさせてください」
俺はそう言って鶴屋さんに頭を下げた。少なくとも収入源が確保できたんだ、鶴屋さんには感謝しかないな。
「まあそんなに固くなんないで、あたしに任せときなって! 悪いようにはしないかんさっ!!」
鶴屋さんはそう言って太陽のような笑顔で笑っているのだった。お手柔らかに頼みます、と俺も笑って言うしかなかったろ?





こうして俺は来週末から鶴屋家でのアルバイトが決まったということなのだ。





そしてあっという間に週末はやってきた。学校も団活も何も変化もなく過ごし、土曜日も当たり前のように俺の財布の中身に羽が生えて飛んでいった。
唯一の救いといえばその日の組み合わせが長門だったので図書館で一日を過ごし、今日に備えて体力の温存が出来た事くらいだろう。
と、いうのもだな………
「……………やっぱでかいな」
何度も来てはいるのだが、やはりこの巨大な門には圧倒されてしまうものがある。
それに今まで来た時というのは大体においてそんなことにまで気が回らないくらい非常事態が多かったというのもあるな。
兎にも角にも、今日からここで働くということな訳だ。俺は門の横のインターフォンを押してみる。
幾分か時間がかかったようだが、
『はーい、もしかしてキョンくんかいっ?』
という明るい声が聞こえたのでどうやら鶴屋さん本人で間違いないようだ。
『いやーゴメンね、もっと遅いかと思ってたよ』
それは間違ったイメージです、俺はSOS団の集合にだって遅れたことありませんよ。単にあいつらが早すぎるんです。
『あははは! んじゃちょこっと待っててねん!』
そして恐らくだが広い廊下を走ってきたのだろう、一軒家で玄関先まで来るには結構な時間がかかり、巨大な門の横の勝手口が開いて鶴屋さんが顔をひょっこり覗かせた。
「やあやあ、お待たせっ!」
「いえ、そんなことないですよ」
「まあまあ、そんなに緊張しなくていいから入りなよ!」
と言われても多少は緊張するもんだ、お邪魔しますなどと言いながら勝手口のドアをくぐり中に入る。
……………改めてみても広いな、この家。玄関までの小道から見える庭はどこが端なのか一瞬分からんぞ。
なんといっても壁沿いに一周するだけでジョギングコースとしては十二分な広さなのだ、内部から見れば庭木などで余計に広さを感じてしまう。
そんな鶴屋家で俺なんかに出来ることがあるのかね? 多少じゃなく不安になってくる。
「さーて、来てもらって早々になんだけどお仕事してもらおっかなっ?」
「はい、その為に来たんですからって、どうしたんですか鶴屋さんその格好は?」
よく見れば俺の前にいる鶴屋さんはいつか野球大会で見たようなジャージ姿である。これが俺の家のようなごく普通の一般家庭なら部屋着としても通用しそうだが、このような邸宅の令嬢としてはどうだろうな?
それともこれも鶴屋さんらしい庶民的な面かなと妙に納得しかけたら、
「うん! せっかくだからあたしも手伝おうかと思ってね! だから動きやすい格好にしといたよ!」
あぁそういうことですか、流石に考えすぎましたね。そういえば鶴屋さんの普段着ってのはどういうもんだろうな?
「え? うっとこは普通は着物さね。まあこれでも古い家柄だかんね」
そういうもんなんすね、そこら辺はウチとはえらい違いだ。
「まあ自室にいるときはもうちょっと楽にしてっけどね! でも慣れれば着物もいいもんにょろよ?」
はあ、まあそうなんでしょうね。俺なんかは縁がないからどうにもピンとこないもんで。
「あはは、そーいうもんだろうね。まっ、それはいいさ! そんなことよりお仕事にかかるよっ!」
分かりました。俺は元気良く腕を振り回す鶴屋さんの後をついて行き、鶴屋家の奥へと入っていったのだった。






「はあ……………」
俺はもう声もない。それほどまでに鶴屋家の庭園というものは広く美しかった。
生憎と俺に美的センスというものは皆無に近く、古泉のような説明好きならばきっと庭に無造作に置かれた石一つに対しても大層な高説を述べるに違いないのだろうが。
しかしそんな俺ですらこの無造作ながらも秩序の取れた配置を見れば、積み重なった歴史と相まって重みすら感じてくるものだ。
また、秋が深まるにつれて木々が色づき、その枯葉が舞い落ちる風情にも趣きがある。こういう風景を見ると日本人であることに誇りも持てるってもんだろう。
つまりは秋という季節そのものを感じるような光景がそこにあり、俺は目を奪われるしかなかったってことさ。
そして枯葉舞う木々の間をすり抜けるように、踊るように走る美しい髪の少女。
まあ詩的にもなるだろう、それほどまでに枯葉と共に戯れる鶴屋さんは可憐だったのだからな。
「おーい! キョンくん、早くしないと日が暮れちゃうよ? さて、お仕事お仕事っと!!」
と、まあ詩的な感傷を促す美少女にしてはアクティブそのものな鶴屋さんなのだが、そうはいっても今日の目的は鶴屋さんの家でのアルバイトなので文句も言えない。
などとここまでくれば俺のバイト内容も大体ご理解出来てきているとは思うが、要はこの広大な邸宅の庭掃除である。
とは言えそこまで複雑な事をする訳ではない、その辺りは鶴屋家ご用達の庭師さんというのもちゃんといらっしゃるのだ。つまりは俺の仕事というのは単純な作業に限定される。
結局はこの季節に落ちて溜まる枯葉を掃いて掃除するというのが仕事内容の全てということなんだな。これなら俺でも出来るし、誰かに迷惑をかけることもなく邪魔にもならないってことだ。
「うっとこのお手伝いさんにも頼むんだけど、半端に広いから勤務内容外の作業を増やすのも悪いかんね」
確かにこれだけ広ければかなりの時間もかかるだろうし、それに人手を取られるのもなかなか大変だろう。
「だからいっつもこの時期には臨時でお手伝いさんを頼むから、キョンくんは気にしなくていいからねっ!」
流石に見破られているか。まるで俺に仕事を無理に入れて貰ったんじゃないかと心配してたんだが。
「どうもすいません、何から何までありがとうございます」
つい頭を下げた俺に対し、晴れやかに笑う先輩は、
「いいっていいって! 困ってる後輩くんを放っておける鶴にゃんじゃないってもんさ! あたしなんかで良ければいつだって力になったげっからね!!」
ありがたくもそう言っていただける。むしろ鶴屋さんだからこそ出来る事だと思う。それはきっと鶴屋さんが良家のお嬢様だとかではなく、鶴屋さんの人柄なのだろう。
そしてここまでして貰った好意に答えられなければ男が廃るっていうもんだ。
「それじゃ、頑張ります」
俺は持っていた竹箒で落ちている枯葉を集め始める。あっという間に枯葉は小さな山を作り始めていた。
「うんうん、そんじゃあたしもいっちょやりますか!」
俺の様子を頷いて見ていた鶴屋さんも竹箒を取ると周辺の枯葉をかき集めだした。
いいですよ、と俺も遠慮したのだが、
「まあまあいいって! あたしも運動しとかないとね!」
などとあっさり言ってそのまま庭掃除を続けている。雇い主にそういうことをさせてしまうのもどうかと思うのだが、本人が楽しそうなので何も言えないんだよな。
こうして俺と鶴屋さんは二人で庭掃除をするのであった………………





「……………ふう………」
流石に少々腰にもくるぞ、もうどのくらい掃き掃除を続けているのか分からなくなってきている。
だがしかし、そんな俺の溜まった疲労も、
「さあキョンくん、あとちょこっとだからガンバガンバ!!」
などと俺よりも小柄な女性に次々と枯葉の山を築かれながら言われてしまえば吹き飛ばさざるを得ないだろうよ。
文句などあるはずもなく、黙々と枯葉の山を作っていく。しかし広いな、いくつ山ができることやら。
すると、
「そろそろいいかな? キョンくん、悪いけどこの枯葉を一箇所に集めてくんないかなっ?」
ああ、そろそろ片付けか。俺は鶴屋さんに言われるままに枯葉の山をずらしながら一箇所に集め始めた。
「うんうん! いい感じだね!!」
確かに結構な量になったもんだ、目の前に積み上げられた枯葉の山を見ると労働したっていう実感が湧くね。
すると鶴屋さんは枯葉の影に隠れるようにしゃがみ込んで何やらごそごそとやっている。
どうしたんですか? と聞けばまるで悪戯を思いついた子供のようににこやかに、
「んー? まだ内緒っ!」
と笑って誤魔化されてしまった。まあハルヒならとんでもない事しか考えてないだろうが、鶴屋さんに関してなら安心しておいてもいいだろう。
そう思いながらとりあえず一息つきたいもんだと思っていると、
「そんじゃそこの木の下んとこでも座ろっか」
鶴屋さんに言って頂けたのでありがたくお言葉に甘えるとする。よいしょ、と言ったら負けなんだろうなと我慢しながら結局座り込んだら大きなため息が出てしまうのだった。
「あっはっは! お疲れさんだったね! そんじゃちょろんと待っててくんないかなっ?」
下手をすると俺以上に動いていたはずの鶴屋さんはそう言うと風を巻くように走っていった。ハルヒといい鶴屋さんといい、どこから出てくるんだろうね、あのパワーは?
などと思いはするが一般人の俺などには理解不能だ、とりあえずは俺は座り込んだまま木の幹に背中を預けてゆっくり流れる雲をぼんやり見つめるくらいしか出来ないのである。
心地良い疲労感と流れる汗を乾かすような少し涼しげな秋の風に思わず俺の目蓋も地球の重力に敵わなくなりそうになった頃、
「ありゃりゃ、キョンくん? こんなとこでおねむはダメにょろよ?」
急に目前に現れた美人の顔に心臓が止まりかける事態に陥る訳だ。というか驚かせないでくださいよ、鶴屋さん
「あたしは何にもしてないよ?」
まあそうなんですが。とにかく美人が目の前にいたら驚くのだけは分かった、これが似非スマイルの超能力者だったら心臓が止まる前に手が出ていたことだろう。
「はい、タオル。後はあたしがやるからキョンくんはそこで休んでていいかんね!」
と言われてタオルを渡されたのだが、これで何もしないというのも気が引けるんだがなあ。とりあえずは汗を拭きながら、俺は鶴屋さんが枯葉に対して行っている作業を見ている。
しばし枯葉の山に向かってしゃがみ込んでいた鶴屋さんだが、
「ほい、後は待つだけだね」
そう言って立ち上がった時には俺の目にも何をやっていたのか分かるようになっていた。
枯葉からは濛々と煙が立ち昇っている、どう見ても焚き火だな。
「うん、雨も最近は無かったからよく燃えると思うよ」
そうですね、しかしわざわざ焚き火にしなくても良かったんじゃないですか?
ゆっくりと登っていく煙がまるで雲と溶け合っていくようだ、なんてな。
「ぬっふっふ、それはこの後のお楽しみってやつだよ!」
笑いながら鶴屋さんは、
「よっと!」
ピョンと跳ねるように俺の横に座り込んだ。そのまま俺と同じように大木に背を預ける。
「ほい、キョンくん」
多分火を点ける道具類と一緒に持ってきていたのだろう、鶴屋さんは魔法瓶と紙コップを取り出し、コップの方をを持たされる。
「こういう時は暖かいものの方がいいんだよ」
と言った魔法瓶の中身は湯気が上る緑茶だった。お礼を言いながら一口つけると、温かさと共に落ち着いてくる。俺なんかでも分かるほどに味も違うのだから余程いいお茶なんだろうな。
「ゴメンね、みくるほど上手くは淹れられないけど」
とんでもない、十分美味しいです。鶴屋さんもお疲れなのにここまでしてもらっていいのだろうか?
「いいっていいって! あたしも喉がカラカラだったかんね」
そう言って笑いながら自分の分のお茶を飲む鶴屋さんに感謝しか出来ないのが心苦しくすらなってくるな。
「……………いいお天気だねえ」
「そうですね…………」
爽やかな風に少しだけ流れる鶴屋さんの髪に見とれそうになりながら、俺たちは静かに燃える落ち葉の山を眺めていた…………






「もういいかな?」
ある程度燃えてしまった枯葉を長い棒でつつきながら鶴屋さんが呟いた。
そういえば火をつける前も何かしていたな、と思い出す。
「んーと、多分この辺なんだけど……………」
とまあよくは分からんが棒を突き刺していた鶴屋さんなのだが、
「おっ? あったみたい!」
嬉しそうに言いながら棒で枯葉をかき回す。あのー、あまりやるとまた掃除をし直さないとですね?
と思わず注意しそうになったのだが、
「ほいほいっと」
鶴屋さんが燃えた落ち葉からアルミホイルで包まれた塊を転がしたので何をしていたのか気付いてしまった。
というか最初に気付いてもおかしくなかったな、こりゃ。
銀色がくすんでいるアルミを鶴屋さんは軍手をして取り上げる。
キョンくんのはそこにあるからね」
言われて見れば確かに木の根元に軍手がある、何から何まで準備済みって訳か。言われたとおりに軍手をすると、
「はい! キョンくんの分だよっ!!」
ヒョイッと投げられた物体を慌ててキャッチする。っと、軍手しててもまだ熱いな。
「熱々の内に食べないと美味しくないよっ!」
そういう鶴屋さんはもうアルミを剥がし始めている。俺も同じように包んでいるアルミホイルを剥がした。
中から出てきたのはほっこりと湯気もあがるサツマイモだった。
要するに鶴屋さんは焚き火で焼き芋を焼いていたってことだ、もしかしたら最初からこっちが目的だったのかもな。
とにかく、
「ほんじゃまあ、お仕事お疲れ様ってことで!」
何故か乾杯するように芋同士をコツンと合わせてから俺たちは焼き芋を食ったんだよ。
「ふぉいひいね、ひょんふん」
そうですね、まあ口に入れて話さない方がいいと思いますけど。
たしかに芋はほのかに甘く、労働の後の小腹がすいた時には丁度いい量でもある。
ただまあなんだ? それ以上に俺がこの芋が旨いと思ったのは、
「うーん、働いた後に焚き火で焼き芋っ! これって最高だねっ!!」
そう言って天上の美食を味わうかのように満面の笑顔で焼き芋を頬張る隣のお方があまりにも可愛らしかったからだとは言えないか?
まあ天気もいいし、空はいつしか雲一つない青空だし。
少しだけ吹いてる風も肌を優しく撫でていくようだし。
手に持った芋の温かさにホッとするし。
その芋はまた旨いし。
隣の女性も嬉しそうだし。
その顔を見て俺も何故だか微笑んでしまってるし。
「楽しかったねえ、キョンくん?」
「ええ、そうですね」
そういうことだったんだよ、きっとな。





そして焚き火の片付けも済ませ(流石にこれは俺一人でやらせてもらった、火の始末もあるから鶴屋さんにさせるわけにはいかないだろ?)すっかり日の暮れるのも早くなってもう夕暮れが迫りそうになって来た頃。
「はい、今日のお給料!」
と言われて鶴屋さんに渡された封筒の中身を見て俺は仰天した。
「ちょっと待ってください、これはちょっと多すぎますよ!」
はっきり言おう、諭吉は存在しちゃいかんと思う。どんな重労働しても高校生には稼げそうもないぞ。
「まあまあ、あたしも楽しかったからサービス料込みってことだよ」
それを言うなら焼き芋までご馳走になってるんですから……………
「これでしばらくはハルにゃんたち相手でも困んないっしょ?」
はあ、まあそうですが……………それでもどうにもこういうのも困るもんだ。
「ま、あたしからもキョンくんがいつも頑張ってるからご褒美だと思ってよ! 当然返すってのは無しだかんね?」
う、釘まで刺されたか。そこまで言われると返すのも出来ないじゃないか? 仕方なく俺は封筒をズボンのポケットに入れるしかなかった。
「そんじゃまた学校でね!」
結局門を出て大きく手を振られて見送られた訳なのだが、どうしても納得できない俺はおかしいのかもしれない。
とにかく分相応ってのがあるんだ、俺は携帯で時間を確認するとここまで押していた自転車に跨った……………





翌日は普通に登校出来た。心配していた筋肉痛も無かったのが一安心だ。
それどころか帰宅して飯食って風呂に入れば疲れもどっと出てきたのか、ほとんど何も考える間もなくベッドに倒れこんで寝てしまったのだ。
おかげで珍しいといっていいくらいに快適に目覚めた俺は、妹が部屋に入ってくる前にすでに制服に着替えていた為に、
「すごーい! でもつまんない…………」
などと言われながら存分に朝食を味わったのだった。
ということで、
「……………晴天の霹靂ってやつね」
まあ珍しいかもしれんがそこまで言われたくないぞ、という団長の声を半分無視しながら午前の授業を過ごした俺は、昼休み開始のチャイムと共に飛び出したハルヒを見送ると国木田たちに詫びを入れて教室を後にしたのだった。
もちろん学食に行くわけでもなく、俺の足は三年生のクラスがある校舎へ。
昼休みなので多少ざわついている中を目当てのクラスまで行くと、下級生が来るのも珍しいせいか好奇の視線が少々痛い。
その中で、
「あ、キョンくん? どうしたんですか?」
と心優しい先輩に迎えられる。もちろんこの人のお顔を見に来たというのも理由としては十分なのだが、今回は残念ながら違う。
「すいません朝比奈さん、あのですね、」
「おっとキョンくんじゃないかっ? どうしたんだい?」
すると朝比奈さんの後ろから肩越しに顔を覗かせたもう一人の先輩。ちょうどよかった、というかどちらにしろ呼んでもらうつもりだったしな。
「ああ鶴屋さん、ちょっといいですか?」
「ん? あたしにょろ?」
「はあ、まあ鶴屋さんにお話がありまして」
「ふーん…………」
そう言うと鶴屋さんは朝比奈さんの方をちょっとだけ見やる。朝比奈さんは事情を知らないからキョトンとしているだけだが。
「まあいっか! んじゃみくる、ちょっと席を外すね! すぐ帰るからお弁当は先に食べてていいかんね!」
朝比奈さんにそう伝えると、
「それじゃ行こっか!!」
と言って俺を先導するように歩き出してしまった。俺も朝比奈さんに軽く頭を下げて後を追う。
「……………そんで話ってのはなんだい?」
こはちょうど中庭の外れにあたるのだが、上手く死角になるのか誰もいない。多分もう少ししたら昼食が終わった生徒たちが来るのだろう。
とりあえず人目が無いのが幸いだ、話を早く終わらせよう。
そう思った俺は制服のポケットに忍ばせておいた包みを取り出し、
「すいません、これ昨日のお礼です」
そのまま鶴屋さんに差し出した。
「へ? お礼って…………」
「やっぱり昨日の給料は俺には多すぎます、だけどそのまま返したら鶴屋さんも気が悪いだろうと思いまして」
だからあの後何か無いかと近所の雑貨屋まで自転車を走らせたのだ。小さい店は閉まるのも早いが、ギリギリだけど間に合ったしな。
「そういうことなんで受け取ってもらえませんか?」
すると鶴屋さんはそんな俺を見てクスクスと笑い出し、
「アッハッハッハ!! やっぱキョンくんはいいなあ! うん、せっかくだから貰っちゃうよ!!」
何が面白いのか分からないが、とにかく素直に受け取ってもらえたんだから良しとしよう。
「そんじゃ早速開けちゃっていいかなっ?」
ああどうぞ。スパッと包みを開けた鶴屋さんは中身を見て目を見張る。
キョンくん、これって?」
どうも俺にはそういうセンスがないもんで、大した物は買えませんでしたけど。
鶴屋さんが手にしているのはシンプルな髪留めだ。あの長い髪なら使い道があるだろうと思ったんだが、こんな安物よりももっと高級品が山のようにあるだろうな。
だけど何となく分かっていた、鶴屋さんはきっと金銭など問題はないってことも。
その俺の予感は当たっていた。
鶴屋さんは太陽のように輝く笑顔で、
「ありがとキョンくんっ!! うん! 大事にするからねっ!!」
そう言って俺なんかが恐縮するぐらいに頭を深々と下げてくれたのだから。
「へへへー、ではつけてみよっかな!」
鶴屋さんはそのまま後ろ髪をまとめると俺の贈った髪留めで留める。そのままクルッと一回転すると、
「どうだい? 似合ってるかなっ?」
と聞かれたので俺は正直に、
「はい、よく似合ってますよ」
と答えたのだった。
「うん! またアルバイトも頼んじゃおっかな? 今度も一緒にね!」
ええ、もちろん喜んで。
秋空は昨日と同じくらいに晴れやかで雲一つ無く。
輝く笑顔は昨日よりも明るく見えた。
そんな鶴屋さんが見られただけでも頑張った甲斐もあったってもんだな。
どこまでも抜けるような晴天の下、俺と鶴屋さんは笑いあっていたのだった……………





正直言っていいか? 髪留め一つじゃお礼としては少なすぎたぜ。
なんといってもあの髪留めを使った鶴屋さんのポニーテールはそれはそれは言葉に出来ないほど綺麗なもんだったからな。
そしてポニーテールの鶴屋さんは見とれちまうほど可愛かったってことも言うまでもないだろう?




ちっちゃくあとがき

秋をテーマにしたSSはなんとかもうちょっと書きたいですね。
改めて三単元くんおめでとう!!