『SS』ちいさながと 

『看病』


季節の変わり目とは寒暖の差も激しく、体調管理にも十分な注意が必要である。
毎日外出後のうがい、手洗いも欠かさずに。もちろん布団や寝巻きももうそろそろ夏物はお終いだ。
しかしここまで気をつけておきながらも病魔とは隙間を縫うように襲い掛かるものであり、ここまで説明させてもらったらお気づきだと思うが、
「……………抜かったぜ…………」
ベッドの上で横たわる俺は手に持った体温計の数字を見てまた熱が上った気がした。
「…………………」
ああ気にすんな、気分の問題だ。同じように体温計を覗き込む小さな頭に俺は声をかける。
「37.6度」
うむ、数字を言われると弱ってくるなあ。しかしいくら季節の変わり目とは言え、まさか俺まで風邪をひくとは思わなかった。
すると小さな恋人兼同居人である長門有希はまるで判決を告げる裁判官のような目つきで寝転がっている俺を見下ろしているのだ。
「どうした有希?」
「あなたが感冒性ウィルスに感染した理由は自業自得」
なんだって?! 自慢にもならんが俺だって最低限予防には気をつけている。妹の習慣に合わせているだけだが。うがいと手洗いを忘れない、いい子なんだぜ。
「それではない」
じゃあなんだよ?
「あなたが昨晩わたしと入浴中に湯船に浸かっていた時間は10分ジャスト」
そんなもんだったか? もっと入っていたような感じだが。
「ちなみに風呂場にいた時間は約1時間」
何やってたんだ、俺は。
「体を洗っていた」
そんなに長くは……………
「わたしの」
あー、思い出した、もう言わなくていいぞ。
「わたしの意識が飛んだので時間も約という曖昧な表現となった」
言わなくていいって。
しかしそれとてこんなに急に風邪をひくとは思えない、思いたくない。
「入浴後にも問題がある」
そんな馬鹿な、ちゃんと体は拭いたし髪も乾かしたぞ。
「この部屋での行為」
えーと、
「あなたは下着姿のままベッドに倒れこんだ」
それは風呂上りだからしょうがないとこだろ。あまりやるべきことじゃないのは分かってるんだけどな。
「そのままわたしに、」
そこまでにしてくれ。思い出したら熱が上がる事だけは間違いない。
「最終的にあなたはそのまま就寝した」
あー、そうなのか? そういえばその辺りの記憶は定かではないような。
「激しかったから」
うん、封印しておく。それより俺は起きたときには服を着ていたが?
「わたしが着せた」
さすが有希だ、能力が落ちているとはいえ頼りになるな。
「下着も」
それは言わなくていい。とりあえずは、
「自業自得」
な事だけはよく分かったから。どうやら昨夜の俺はどこかネジでも外れてたのだろう。
「毎晩の事。昨夜こそ偶然ウィルスに感染した」
だから言っちゃダメだって。俺たちは清く正しい交際中だろ?
「一般男子高校生としては当然と言えるレベルに比べれば過分な程正常な性欲だと思う」
それだと俺は変態じゃねえか、WAWAWAじゃないんだから。
「わたしは満足している」
ありがとうございます、次回も頑張ります。
ということで俺の不注意で風邪をひいてしまった事だけは確定した訳だ。
えー、俺と有希は恋人同士としてはごく普通な交際しかしてませんからね? って誰に言ってんだ、俺?





なんとも話がずれてしまったが未だに俺はベッドの上に布団に包まって横たわったままであり、有希は枕元で俺の顔色を窺っている。
あのー、そんなにジッと見つめられると何か別の意味で顔に熱がたまりそうなのだけど。
「あなたの看病をしたい」
非常にありがたい申し出だ。きっと有希ならばこのサイズであっても十二分な看護をしてくれるに違いない。
だが見つめられっぱなしはちと恥ずかしい。
「……………待ってて」
そう言うと有希は俺の視界から姿を消した。なんだ? まさか何か訳の分からないナノマシンだのが俺に注入されるというオチなのだろうか?
「……………お待たせ」
心配は無用だった。どこまで有希の能力があるのかは知らないが、どうやら噛まれるという選択肢はないようだ。
ホッと一息つく間もなく、待ってないぞと声をかけようとした俺が見たものは…………
「………………何やってんだ、有希?」
「看護用」
まあ、そうだけどさ。えー、事態が上手く理解出来ないんですが。
そうだな、目の前にいた有希はまるでここがSOS団の部室のような錯覚に陥る格好をしていたとしか言いようがない。
膝上数センチ(有希サイズとして)のタイトなスカートの白い看護服を着ていて、頭には最近は見かけることも少なくなっているというナースキャップをしていると言えばもうお分かりだろう。
朝比奈さんのナース服は何度かお目にかかった事はあったがまさか自分の部屋で有希のコスプレ姿が見られるとは思わなかったぜ。
「…………朝比奈みくるの衣装はピンク。これは白衣、こちらの方がより看護士としてのイメージに近いと判断した」
判断基準が分からん。
あとストッキングじゃなくて生足なのも。
「あなたの趣向を考慮した」
いや、どこからそういう趣向になるんだ?
「本棚の二段目の大判地図帳のケースの中」
なっ?! 何故それを………………お袋にすら一度もばれたことがないのに!!
「清純派?」
言いながら首を傾げるな、全部お見通しなんだろうが。
あー、何か気を失いそうになる……………
だが俺の専任看護士は、
「わたしに任せて」
と例え十二分の一になろうと変わらない力強さでおっしゃられたのであった。もう好きにしてくれ………………





そして有希はまさに八面六臂の活躍を見せることとなる。
「待ってて」
それだけ言って部屋を出て行った有希は、
「お待たせ」
それだけ言ってなんと洗面器を頭上に持ち上げたまま部屋へと戻ってきたのである。
洗面器にはたっぷりと水が湛えられ、タオルもふちにかけてある。
流石だ、宇宙人のパワーというのはサイズが小さくなってもこの程度なら出来るんだな。
「ってお前、誰かに見られたらどうすんだよ?!」
「大丈夫、わたしは現在ステルスモード中」
そうか、衣装を替えたところでそこには抜かりなしってとこか。
……………………待てよ? 有希はステルスだから見えないとして、その洗面器はどうなってるんだ?
「あ………………」
あ、ってお前なぁ…………これが小さくなってる弊害なのかね?
俺はふわふわと空中を浮いている洗面器を想像して頭痛がしてきたような気がしたのだった。
しかし有希が、
「大丈夫」
と一言言えば恐らく大丈夫なのであり、妹がお化けが出たなどと騒ぐ事も無い様なので信じるほかは無い、取りあえずの所は。
俺の心配などどこ吹く風、こういう時はマイペースそのものな有希はベッドの下でどうやらタオルを濡らしたようなのだが、どうやって絞ったのか生憎顔を上げた時には見逃してしまった。
だがすでに絞られたタオルは俺の額の上に乗っており、こちらとしては感謝の言葉を述べるに留まるしかないのだ。
甲斐甲斐しく動く看護婦(やはりこちらの方が違和感がないな、特に有希に関しては)は続けて俺のスウェットをめくり上げたって何をするんだよ?!
「汗を拭く」
そうですか。それならタオルを乗せる前にやるべきだったと思うんだが。
「大丈夫、少々の事では落ちることはない」
そうか。
ということでせっせとタオルで俺の胸板を拭く小さな看護婦姿にどこか心温まるものを覚えつつ、ふと、
「なあ、これで背中拭くときはどうすんだ?」
「横を向いてくれればいい」
タオルは…………
「大丈夫、落ちない」
なんでだよ?
「わたしに任せて」
どうにも有希の能力に偏りがある気がしてるんだが。それとも十二分の一ってこんなもんなのか?
まあ実際に横を向いて背中を拭いて貰った時には落ちなかったよ、タオル。どういう仕組みなのかは理解不能だったが。
「続けて下半身の清浄に」
それは自分でやるからいいぞ、というかやめてくれ。
「遠慮はいらない」
普通するんだよ、日本人は恥の概念を持つ人種なんだ。
「見慣れてるから平気」
そういう問題じゃ……………という間もなく有希の体はタオルを持ったまま布団の中に潜り込み。
なんの抵抗も出来ないままに羞恥心とそれに反する興奮に包まれた、とだけ言っておこう。
だがまったく動かない体に有希の能力の偏りを改めて感じたのだが。





「では最後の作業に入る」
よく分からんが何を持って最後になるんだ?
「注射を打って静養すれば回復する」
……………その前に食事とか、
「大丈夫、これで回復後には食欲も回復する」
それなら最初からそうすれば良かったような。
「わたしがやりたかった」
はあ。ということは俺で遊んでたってことか?
「あなたを看病するという行為であなたへの感謝を表わしたかった。駄目?」
ああもう、そう言う言われ方すると何も言えないじゃないか。
「ありがとな、有希」
そう言って動くようになった手で小さな有希の頭を撫でてやるしかなかった俺だった。
「では準備に入る」
おう、やってくれ。といってもスウェットの左袖を捲り上げるだけだし。
するとどこから取り出したのかゴムチューブを取り出した有希がそれを俺の上腕部に巻く。
なんかえらく本格的だな、と腕をペチペチと叩いて血管を浮かび上がらせている有希を見ながらそう思っていると、
「消毒」
と言って腕に舌を這わせた時点で違うだろ、と考え直すに至った。まあ有希の舌がアルコール消毒よりも効果的なことは確証済みである。
ただ小さな看護婦さんが小さな舌で俺の腕を舐めているというこの図を目に入れてしまった為にどこか違う汗が浮いてきそうになったきたのはしょうがないだろう。
「準備完了」
うむ、俺のとある部分が準備完了しそうなのはどうすればいい?
「では」
無視されました。そして有希は注射器を取り出したのだが。
「どこにあったそんなもん」
「原寸サイズ」
ああそうなのかってお前が持ってるから十分でかく見えるんだよ! とにかく自分の身長より巨大な注射器を持つ有希の姿はまるでフィギュアである。そういや某アニメのフィギュアシリーズにこんなのあったな。
「お注射しちゃうぞ」
もう少し笑ってくれると嬉しいかなあ、次回からの課題だな。
「そう」
無表情(に見えるだけなんだが)な看護婦さんはいともあっさりと巨大な注射器を持ち上げると狙い済ましたかのように俺の静脈にその太い針を刺す。
チクッとした感触はあったが痛くはない、素晴らしい腕前だと賞賛するべきだろう。
「注入」
まるで自動小銃を腰だめに持って打っているようなもんだなあ、パッと見は。もしくはパイルバンカーか。
巨大注射器から薬剤がどんどんと俺の中に入ってくる。のだがこれは本当に大丈夫なのだろうか? 今更だが。
「大丈夫、わたしが精製した」
えー、それが不安と言ったらまずいだろうなあ。とにかくクスリは打たれたのだ、後は回復するだけなのだろう。
「即効性がある」
ふーん、この妙に熱い感じがそうなのか?
「そう、発汗作用が効用中」
なるほど。ではこのままゆっくりしていればいいと言う事でいいんだな?
「適度な運動で発汗させた方がより効果的」
そうなのか? とはいえ、今の状態で運動と言われてもなあ。
「適度でいい」
そうなのか、ところで有希?
「なに?」
何故布団に潜り込もうとする?
「運動の為」
何の運動なのかは聞いた方がいいのだろうか。とりあえず、
「それなら布団は邪魔だと思うんだが」
「わかった」
あっさりと布団は宙を舞い、俺の足元に畳まれて置かれた。
「では」
お願いします。
その後、俺の部屋から太い注射が何やらとか聞こえたとか聞こえなかったとか。










翌日、俺が全快して無事登校出来たことは言うまでもない。