『SS』夏の終わりに


 真夏の太陽はまだ勢いを衰えませんが、それでも沈みかけた陽はこの部屋にいる私達の影を長く延ばしてゆきます。
夏休みの生徒会室にいるのは私、喜緑江美里と生徒会長の二人だけ。生徒会の役割とは夏休みとは関係のないものでして。
 それどころか来るべき二学期以降の準備を済ませておかなければならないのですから、私と会長はほぼ無休状態で学校に登校していた次第です。
まったく、本来の監視対象は長門さんと共に優雅な休みを満喫しているというのに何をやってるんでしょうか?
 でもこの時間そのものについては私には不満が無いのですから不思議なものですね、それどころかこの人と二人でいられる時間を貴重なものだとすら思えるのですから。
まあこの人がどう思ってるのか分かりませんが。私に目を向ける訳でもなく、黙々と書類を読む真面目な人を演じている方にはですね。
「ふむ、もうこんな時間か。すまなかったね、喜緑くん」
 会長はそう言うと、先ほどまで目を通していた書類から顔を上げました。
 その表情には多少の疲労が感知できます。まったく、この人も自分に素直ではありませんね。それも会長らしいと言えますが。
そんなことでは今後にも支障があるのですよ? 仕方がないので少しはこの人にも開放感というものを与えてあげましょうか。
「会長、現在半径五メートル以内に人間の気配はありません。いつも通りで構いませんよ」
 私の言葉の意味が分かったのでしょう、彼は似合いの伊達眼鏡を外しネクタイを緩めると、
「なんだ、俺たちの方が余程働いてるってことか? まったく、先公ってな気楽な商売なもんだぜ」
 苦々しくそう言いながらポケットからタバコを取り出しました。
 はい、そこまでです。私はタバコを取り上げます。
「なにすんだ、江美理!」
 流石にタバコまでは許してあげません。あまり私に後処理の手間をかけさせないで下さい。
「チッ! 固い事言うなよな……」
 誰も居ないことをいいことに、机に無造作に足を乗せる会長。まったく、知らない人が見たら何と言うことやら。
「元々がこうなんだから仕方ないだろ。それよりも、お前ももう少し楽にしろよ」
 と言われても、これが普段の私ですから。
「ふん、宇宙人も面倒な事だな」
 『機関』の役者に言われたくはないですけどね。
「まったくだ。お互い舞台役者としてどのくらいのレベルなのかは分からんがな」
 少なくとも貴方と会話している私は役者としては大根、と呼ばれるレベルかもしれません。そうでなければ人間である貴方にここまで話をしているはずはありませんから。
「ふん、そういうのが人間臭いっていうのさ。だからお前はそれでいいんだろうよ」
 会長は面白くなさそうに言うと、ポケットからタバコ以外の物を取り出しました。これは、チケット?
「室内プールのな。この夏は生徒会の仕事ばかりでつまらなかったから息抜きだ」
 それはそれは。では何故二枚もあるのでしょう?
「息抜きってのは当然お前もやらなきゃならんからだよ。宇宙人もガス抜きというのはいるんじゃねえか?」
 そう言ってニヤリと笑う会長。悪い事をするときに目を輝かせるのは有機生命体の特徴なんですか?
 はあ、私にそのようなものがいるとは思えませんが、長門さんの例もありますしね。
「決まりだ、せいぜい俺の目を楽しませてくれ」
 そう言う会長を見てしまったら私が自分にかかるエラーに逆らえないじゃないですか。
 私は有機生命体の女性が身に着ける水着で一番私の外見に相応しいものを、慌てて情報統合思念体に検索をかけてしまったんです。
 本当に会長には困ってしまいますね。
 それでも笑っている私にも困りものなのですが。
「さて、明日の為にも早く帰るか。行くぞ、絵美里」
 はいはい、どこへでもお供いたします。
明日という時間概念に囚われてしまう自分を好ましく思いながら、私は会長の後を追うように部屋を後にしたのでした………………