『SS』anniversary


「ふう、またはずれかよ…………」
重い足どりで店を出る。まったく、なんで俺がここまでやらなきゃなんないんだ?
とは言え空振りだったのは確かなのだから次の店を探すしかない事だけは明白なのであったりする。
「やれやれ…………」
いつもの口癖を呟きながら、店先に止めておいた自転車の鍵を外してペダルに足をかける。
この後何件回る事やら、というか先々週あたりからで何件目なんだよ?
などと己の無駄とも言える努力を慰めても仕方が無い。
俺はペダルに力を込め、愛車を走らせ始めたのだった………………



いくらも走らせないうちに駅前までたどり着くと、見覚えのある顔が木陰で休んでいるように立っている。
「なにやってんだ、国木田?」
国木田はどうやら単語帳を片手に勉強中のようでもあるのだが、わざわざ駅前でやるようなもんでもないだろ。
「ああキョン、ちょっとね」
そう言って視線だけ動かしたので先を見れば、
「ぐはあっ!!」
見事に妙齢の女性からアッパーカットを食らってる馬鹿がいるわけで。
「なにしたんだ、あの馬鹿」
「いつものことだよ、最近はあれ目当てでギャラリーも来るくらいだからね」
どれほどの事を女性に言ってるのだ、谷口は。
「さあ? とにかく毎回ついて来てくれって言うから付き合ってるんだけど」
その割には華麗にスルーだな、お前も。
キョンの方こそどうしたんだい? 今日は涼宮さん達は一緒じゃないんだね」
それなら昨日の時点で十分つき合わされてきたさ、おかげで空いてるのがいつも日曜しかないんだからな。
「ふーん、結構大変なんだねキョンも」
そういう事だ、自由とはなかなか勝ち取るのも苦労するのさ。
「で、どこかへ出かけようって事かい?」
「ああ、ちょっと買い物にな」
そうとしか言い様が無い。実際目当てのものを探しに行くだけだしな。
「自転車で? ちょっときつくない?」
「とは言え電車代も惜しいんでな、まあ運動代わりに隣町くらいまで出るだけだ」
正直翌日は疲労困憊なものだから、結局ハルヒのお目玉を食らうんだがな。
「まあ無理しないように頑張ってね」
「分かってる、それよりお前こそそろそろあいつとの友達付き合いを考えた方がいいんじゃないか?」
国木田は少し苦笑いしながらも、
「でも見てて飽きないからね」
とだけ言った。面倒見いいな、お前。
「…………ところで国木田?」
「なんだい?」
「あの女の子はレスラーか何かか?」
「さあ? どうやら谷口には女の子の格闘能力を引き出す力でもあるんじゃないかな?」
そう言う俺たちの目前では片膝をついた谷口が女の子にシャイニングウィザードを綺麗にヒットされていた。
「それじゃ、僕は谷口を拾ってくるよ」
「おう、ご苦労さん」
国木田と別れ、俺はまた愛車を漕ぎ出す。よく考えてみればあれだけのダメージを受けたにも関わらず翌日には無傷で登校してくるんだから谷口は長門以上の回復能力を持っているかもしれんな。



それからしばらく快調に愛車を飛ばしていれば、これまた見慣れた黒塗りの車が俺のほぼ真横につけてきた。
まあこれだけ真横でスピードも落とされりゃ嫌でも気付くがな。
「…………なんの用だ?」
すると後部の窓が静かに下がり、
「いえ、あなたをお見かけしたのでつい声をかけたくなってしまって」
と爽やかにいうのはSOS団副団長である。
「用がないなら行くぞ、俺は忙しいんだ」
「ああ、お待ち下さい。一体どうしたんですか、このような所で?」
「お前には関係ない。そっちこそどうした?」
「僕は『機関』でのミーティングです」
はあ、休日返上でご苦労なこった。まあ何を話したのか知りたくもないが。
「主に涼宮さんへの次の企画なのですが」
無茶だけはするな、登場人物をこれ以上増やすな、俺を巻き込むな。
「オール却下の方向で」
もう行くわ、聞かなかったことにしてやる。
「お送りしましょうか?」
いらん、まだ目的地もはっきり決めてないんだ。それに自転車だぞ、こっちは。
「一台くらいなら載せられますが?」
だから今から出かけるんだって。
「そうですか、残念です。ではまた明日お会いしましょう」
そう言ってウィンドウが閉まると、車はスピードを上げていってしまったのだった。
「何なんだ、まったく…………」
とにかく俺には探し物があるんだ、車を追うように少しだけ自転車のスピードを上げてみた………



走らせ続けること幾分か。意外と遠いな、電車だと数分な気がしたもんなんだが。
などと愚痴るわけにはいかないのだ、何と言っても削れそうな部分は交通費くらいしかないんだからな。
ということでペダルの漕ぐ足も休めることもなく俺は自転車を走らせるのであった。
と、前方にまたもや見覚えがあるって一体どこまで来てるんだ、お前ら?
「おい、長門?」
両手に重そうな紙袋をぶら下げて歩いているのはSOS団の誇る元文芸部員である。
「なに?」
無表情に答える長門。いや、俺が聞いてるんだが。
「なんでこんなとこ歩いてるんだ?」
長門のマンションからでも結構な距離だ、自転車に乗っている俺は兎も角、長門が来る範囲としては予想外である。
しかし重量感たっぷりの紙袋を汗一つかいてないままに軽く持ち上げた長門は、
「買い物」
そうか。チラッと見えた中身が何語か分からない文字で書かれた分厚い本であったのもまあ分かったから。
しかし重くはないのかね? とは今更もう聞く必要はないだろ、長門だし。それよりも、
「それ破れないのか?」
どう考えても重量オーバーにしか見えないんだよな、その紙袋。まず持ち手の紐が切れないのが不思議だ。
「……………」
そう言われた長門は両手に持った紙袋を交互に眺めると、
「既にコーティング済み」
そうなのか。本の為に能力を無駄遣いしてるような気分なのは気のせいだろう。
「あなたはどこへ?」
ん? ああ、ちょっと買い物にな。
「ここから付近の大型量販店まではあなたの脚力で12分20秒かかる」
それは休み無しの場合だろ? そこまで急ぐつもりはないんだ、ぼちぼち行くさ。
「そう」
すまんな、なんなら荷物でも持とうか?
「別にいい、あなたはあなたの目的を果たすべき」
そう言うと長門は何事もなかったかのように歩き出す。
「帰るのか?」
俺の問いには、
「……………この後図書館へ」
まだ借りるのか。やれやれ、程ほどにしといてくれよ?
俺は長門と別れ、再び自転車を走らせたのである。



「………………10分か」
肩で息をしながら携帯の画面を見てみる。別に長門の言葉に反発したって訳でもないんだが、ついつい休まずに飛ばしたのはどういうことだろうね?
「まだ…………若いな…………俺も……………」
そりゃ高校生だもんな、などと言ってみても虚しいもんだ。筋肉痛にならないことだけは信じておこう。
兎に角ここからは繁華街だ、自転車をとりあえず駐輪場に止めて歩くしかないわけで。
「ふう…………」
とりあえず歩いてたら息も整ってくるだろう、まずは店探しからだもんな。
ブラブラと歩いていると、前方から大きな声が。
「おーい! そこを歩くはキョンくんじゃないかい?!」
っと、あまりその間抜けなあだ名を口外して欲しくはないんだが。
とは言え、その大声の持ち主に言えるはずもないんだがな。
「どうしたんですか、鶴屋さん?」
「それはこっちのセリフだよ、随分と遠くまで来てるねえ」
まあ自転車を使ってくるには結構な距離でした、少しだけ後悔してますよ。
「え? 自転車で来たのかい? それはまたご苦労様っ!」
鶴屋さんこそ何してるんですか?」
「あたしも買い物さ! えーと、」
すると、
「つ、鶴屋さーん………歩くの早すぎますよぅ〜」
と、またもや顔見知りが出てこられるんだよ。やはりご一緒だったんですね。
俺の前に現れた天使はSOS団の専属メイドさんであらせられる。
「ということだねっ!」
「なるほど、朝比奈さんもご一緒だったんですね」
「あっ?! キョンくん? こ、こんにちわ…」
どうも、と深々と頭を下げる先輩にこちらも頭を下げたところで、
「それでどうしたんですか、キョンくん?」
あ、やはり同じ事を聞かれるんですね。というかそんなに俺は出かけないイメージありますか?
「い、いえ、そんなことはないですよ?」
「まあキョンくんがこんなとこまで出かけてるってのは珍しい気もすっけどね!」
はあ、まあ自分でも珍しいとは思いますが。ただ目当ての物がないからしょうがないってのもありまして。
「おや、探し物かい?」
「何を探してるんですかぁ?」
あー、出来れば内緒にしたいというか……………いや待てよ? この二人ならあるいは……………
「えーとですね? すいませんが小物というかそういうのを取り扱ってる店とか知りませんか?」
俺の質問に、
「小物ですか? どういうのがいいんだろ?」
小首を傾げる朝比奈さんに、
「あ、出来れば髪飾りとかなんですが」
と言うと、
「おっ? キョンくんもやるねえ、誰かにプレゼントかい?」
う、それを聞かれたくなかったんだが。さすがに鶴屋さんは見逃さないな。
「え、ええまあ………」
曖昧に言葉を濁そうとする俺。これ以上に追求されるとめんどくさいことになっちまいそうなんでな。
そこに、
「妹さんにですか? いいなあお兄さんが優しいと」
ナイスです、朝比奈さん! そこに素直に乗るとしよう。
「ええ、妹にたまにはと思いまして、はい」
「そうですか、それなら……………」
何件か近くの店の場所を聞く。うむ、聞くだけでも男一人で入るには敷居が高そうだ。
「それならあたし達が一緒に行きましょうか?」
あ、ありがたい申し出なのですが…………
「みくるっ、あたし達はこっから移動だよ?」
「え? でも…………」
「いいからいいから! キョンくんもゴメンね?」
いえ、場所を聞けただけでありがたかったです。それより正直助かりました、とは言わないでおく。
「それじゃあキョンくん、また明日」
「まったねー!!」
元気に歩く鶴屋さんと何度も頭を下げる朝比奈さんを見送りながら、とりあえず店の場所を頭の中でおさらいしておく。
すると鶴屋さんが朝比奈さんに何か言っている、何だ?
そのまま鶴屋さんは俺の目の前まで走って戻ってきた。どうしたんですか?
キョンくん、耳貸して」
はあ、訳が分からないままに少しかがむと鶴屋さんは耳元で、
「あのね? 例のヤツだったらこの先の4件目のとこのお店だったら同じのがあったよ」
なあっ?! な、なんでそれ…………驚愕する俺をよそに、
「んじゃまたね! 上手くやるにょろよ?」
鶴屋さんはあっという間もなく朝比奈さんのところに戻っていた。そのまま姿が見えなくなるまで見送ったのだが、
「やれやれ、鶴屋さん……………」
あの人はどこまで分かってるんだか。というか隠し事なんか出来そうもないな。
「さて、それじゃ行くとするか」
せっかく教えてもらったんだ、ありがたく参考にさせていただこう。
俺はとりあえず鶴屋さんに教えてもらった店まで向かう事にした……………



「……………ほら、ハルヒ
翌日の朝、教室に少し早めに入った俺はそれでも俺よりも早く登校しているSOS団団長に小さな紙袋を渡す。
「なにこれ? あんたらしくない包装ね」
悪かったな、それは全部店の人にやってもらったんだからしょうがねえだろ。
確かに男が持つには可愛らしすぎるラッピングなんだが。
まあ俺がずっと持つものでもないから構わないのさ、プレゼントなんだから。
「プ、プレゼントォッ?!」
当たり前じゃないか、他に何になるんだ?
「そ、それはそうなんだけど…………」
とにかく渡したからな。
「ちょ、ちょっと待って! なんでいきなり…………」
そんなに慌てる事か? お前、貰えるもんは何でも貰うタイプだろ?
「あんた人の事を何だと思ってるわけ?」
まあいいだろ、せっかく買ってきたんだ。
「う…………」
結局おとなしく受け取った団長さんだったんだが、
「ねえ、開けていい?」
その前に礼が欲しかったとこだが、まあいいだろ。
もっと乱暴に開けるかと思いきや、意外に丁寧な手つきで袋を開けたハルヒは、
「…………これって?」
その手に持っていたのはカチューシャだった。黄色い色でリボンがついている。
「結構ないもんだな、同じデザインってのは」
「え? わざわざ探したの?」
まあお前と言えばそのカチューシャだろうからな。
「………なんで?」
何がだ?
「なんでいきなりこんなのくれるのかって聞いてるの!」
…………気付いてないのか?
「だから何が?!」
やれやれ、団長さんが忘れてどうすんだよ。
「お前がSOS団なんぞ作っちまってもう1年ってことだよ」
それを聞いたハルヒの顔をみんなにも見せてやりたかったね、まああれが鳩が豆鉄砲を食らった顔って言うのさ。
「あ、あ、あー!!!!」
「なんだ、忘れてたのか?」
「そ、そんなわけないじゃない! あれよ、1周年記念大パーティーの企画をずっと練ってたんだから!!」
えらく赤い顔で力説しなくてもいいぞ、今回は俺が勝手にやってたんだから。
「うー、キョンのくせに…………」
それよりもハルヒ
「なによぅ?」
俺はまだ肝心の言葉を聞いてないんだが。
「は?」
お礼はないのかっていうことなんだが?
「あ、ありがと……………」
おう、そう言ってもらえると探した甲斐もあったってもんさ。
「………つけてみていい?」
当たり前だろ。ハルヒは今までつけていたカチューシャを外し、新しいものをつけてみた。
「どう?」
「うむ、正直変わらん」
「あのねえ…………」
「まあ怒るな、つまりはお前はそれが一番似合ってるってことさ」
「うッ! あ、あんたねえ…………」
真っ赤な顔をしたハルヒを見たらこの間からの苦労も吹き飛ぶものだね。
しかしハルヒはそれだけでは終わらなかったんだよ。
「そうよ! 我がSOS団も創立1周年なんだから大々的にお祝いしないといけないわ!!」
しまった、余計なとこに火を点けちまったかな?
さっきまで赤面してたハルヒは今や満面の笑顔で瞳を輝かせてしまっている。
「そうと決まればみんなにも知らせなきゃ!! キョン、あんた買出しよろしくね!」
おい、まだ今から授業だぞ?
「こういうのは早く決めた方がいいのよ! それじゃ行って来る!!」
と言うが早いか、ハルヒは教室を飛び出して行ってしまった。
やれやれ、放課後は苦労しそうな予感しかないな。
俺は苦笑しながらハルヒが置いていったカチューシャを眺めていた………



さてSOS団も1周年なんだが、あいつは気付いているのかね?
あのプレゼントの本当の意味ってやつを。
「もう1年なんだぜ?」
あいつと俺が出会ってからも、な?