『SS』ながとゆき。さんさい。 そのご

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連休三日目。
昨日の疲れもあったせいか熟睡状態だった俺なのだが、どうやら胸元に微かな重みを感じて目を覚ます事となった。
どうやら余程よく眠れたとみえ、近年まれに見るほどの目覚めの良さである。心配していた筋肉痛も感じずに済んだのはまだまだ俺も若者である証拠かもしれないな。
さて、俺を目覚めさせた重みの正体なのだが、
「おいおい、何でこうなってんだよ?」
俺の胸の上には小さな女の子がすうすうと規則正しく寝息を立てていた訳で。
どんな寝相をすればこうなるんだ、長門? というかよく寝返りを打たなかったな、俺。
と、流石に長門でもここまで寝相が悪いはずもなければ俺がまさか抱き上げたとも考えにくくはある。
何かあったのだろうかと長門を起こさないように注意しながら視線を動かしてみれば、
「………………なるほどな」
ほんの少し顔を傾ければすぐ見える位置には椅子が置かれているのが分かった。
推測、というほどのもんでもない、恐らく長門の仕業だろう。
長門は昨日と同じように椅子から飛び込んだに違いない。昨日と違いがあったとすれば、長門が予想以上に軽かった為に俺が気付かなかった事くらいか。いや、熟睡しきってたから気付かなかったのかもな。
とにかく俺は長門のダイブでは目覚めなかったのは確かであり、それを不満に思った長門は俺の胸の上に居座った訳だろう。
そしてそのまま寝ちまったってとこかな? 大体自分だってあれだけ遊んだんだ、まだ寝ててもいいくらいさ。
「やれやれ、そんな事しなくたっていいんだぞ?」
俺は胸の上に乗ったまま、寝息を立てる小さな頭にそっと手をやる。
柔らかな髪の感触が心地良い。そのまま黙って長門の頭を静かに撫でていた。
思えばこいつの寝顔なんて見るのは初めてかもしれないな、いつも長門は俺たちの事を見守り続けてくれていた。
そんな長門が子供になって安らかな顔をして寝てくれている。
少しだけ上った口元。
お前もこういった顔で眠れるんだよな。
俺で良ければいつだってこうしてやるさ、それがせめてもの俺の感謝の証かもしれない。
「………………ん…………」
長門の髪の柔らかさを感じながら、いつしか俺もまた目を閉じていた……………



「コラー! 起きろキョンくーん!!」
っと何だ?! 耳元での大声に俺の意識は一気に覚醒へと持っていかれる。
慌てて飛び起きそうになったのだが、しまった! 上に長門が寝てたんだった!!
長門、大丈夫か?! 思わず跳ねてしまったせいで長門が転がって頭を打ったとか冗談じゃないぞ!
などと慌てふためく俺に含み笑いの妹が、
「有希ちゃんならもうとっくに起きてるよーだ!」
それだけ言って部屋を飛び出して行ってしまった。あ! お前分かっててやりやがったな!
「こら待て!」
俺も急いでベッドから降りると階下のリビングへ。
そこには、
「へへへ〜、なかなか起きないキョンくんが悪いんだもんね!」
と笑う妹と、
「おはようございます!」
そう言って頭を下げてくれる長門がいた訳で。
「おう、おはよう長門
長門の挨拶があまりにも良かったのでつい俺もそう言ってあいつの頭に手をやるしかなかったのさ。
「んで? 今日はどうするってんだ?」
俺は既に冷え切ったトーストを牛乳で流し込むようにしながら妹に尋ねる。
昨日の流れだ、こいつはもっと長門と遊びたいに違いないと踏んで先回りしてみたんだが、
「う〜んとね〜……………有希ちゃんのお土産を買いにいかないとダメだと思うんだー」
土産? 何言ってんだ、長門はここにいるから土産なんか……………
ん? どうした長門? 妹からは見えない位置で小さく首を振る長門に、
気付いてしまった。
そうか、この三日間だけは俺の従兄弟で一人旅なんだったな。
だからこそ妹は自分の家に帰る長門に土産を持たせたいんだ、普通に帰る小さな従兄弟に思い出と共に。
………………そうか、お前はもう帰っちまうんだな。
実際の長門本人は実験とやらが終わるだけでいつもの長門に戻るだけなのだが、その間の記憶は無くなると言う。
それって何か寂しくないか? お前があれだけ笑って、楽しんだ思い出が無くなってもいいのかよ?!
いかん、やはり間違っているような気がしてくる。長門が持つ思い出は長門が持っていていいはずなんだ。
その事を長門の親玉は分かっていない、恐らく長門自身さえも。
俺がそれに気付いたところでどれほどの事が出来るものか、そんな事も知った事ではない。
ただ、今の長門の思い出がきっとこれからの長門にも役立つ時がくるはずだ。
その手助けを俺は今やっているんだ、そう自分に言い聞かせる。
つい考え込んでしまう俺の顔は余程しかめていたのか、俺の頭の上に小さな手が置かれていた。
小さな長門がソファーの肘置きの上に乗り、精一杯背伸びをして俺の頭を撫でようとしている。
「……………だいじょうぶ……………?」
ああ、すまん長門。俺はそんなに怖い顔をしていたか?
キョンくん疲れてるの?」
妹も心配そうに俺の顔を覗き込もうとしている。
いかんな、子供に心配かけちまうようじゃ年上として失格だぜ。
俺は努めて笑い、
「なーに、ちょっとまだ眠いだけだ。それより長門、ソファーの上に乗っちゃいけません。落っこちたらどうすんだよ?」
そう言って長門の体を持ち上げた。急に宙に浮いた長門は目をパチクリしている。
「そーら、たかいたかーい」
その体勢で一回大きく長門を高く持ち上げてから一気に降ろしてやった。
「……………!!」
急な動きに驚く長門の頭を撫でてやり、
「よし、それじゃあ長門が帰ってみんなが驚く土産でも買ってやるか。とはいえ大したもんがあるかは分からんがな」
まあ観光地でもないんだから当たり前だが長門が喜んでくれるようなものが見つかればいい。
「あー! あたしが最初に言ったのにー! キョンくん、ずるーい!!」
分かったって、お前も行くんだろ?
「うん! 有希ちゃんと一緒にお出かけだよー」
長門の手を取って嬉しそうにはしゃぐ妹を見て苦笑いするしかない俺だった、さて着替えるとしますかね。



「おっでかけおっでかけ有希ちゃんと〜」
それは雨が降ってきそうだから止めなさい。妙なところでセンスあるな、お前。
とにかくハイテンションな妹は長門と手を繋いだまま替え歌を熱唱できるほどに元気である。
「……………〜と〜」
その妹に手を握られたまま振り回されている長門も楽しそうであるのだから何も俺が言う事などないのだ。
二人の少し後ろを歩く俺から見てもまるでこの二人が本当の姉妹のように見えてくるんだから不思議なもんだね。
今日の長門の髪型も妹特製の二つ結びであるし、ご丁寧に髪飾りもお揃いであったりするしな。
ただし小学校高学年と三歳児というほど年が離れて見えないのは長門が大人しいからなのか妹が幼すぎるのか検討の余地はありそうだが。
キョンくんおそーい」
「おそーい」
あのなあ、そんなに離れてないだろ? 長門もそういうとこは真似しなくていいんだからな?
「て」
はいはい。
「おくれてはいけないからてを」
分かったってば。俺が長門の手を握ると、
「あー、あたしもー」
お前は長門の反対の手を握ってるだろうが。
「じゃあこうすればいいよね?」
………………こうして右手に妹、左手に長門の手を握って歩く事になってしまってるのだが、これは俺が転ぶとまずくないか?
「では行こー!」
「いこー!」
って心配した側からいきなり二人同時に引っ張るな! 本当に転ぶって!!
やれやれだ、まるで小さな台風が二つあるみたいなもんだぜ。
俺は顔は苦笑、足は引っ張られてもつれ気味な形で元気な二人のお子様についていくのだった。


で、長門の肝心の土産なのだが流石に近所のスーパーという訳にもいかず、電車に乗って比較的大きな、というかまあ繁華街のデパートくんだりまで繰り出して来てみた。
「わー、何にする有希ちゃん?」
「…………まよう」
こらこら、手を離して走り出そうとするな。本当の意味で迷うだろうが。
というのも最初に訪れたのは所謂デパ地下といわれるゾーンだからである。
これはまあ土産物の定番といえばお菓子や食べ物であろうという俺のイメージからだ。それに食い物なら元に戻った長門も満足だろうしな。
兎にも角にもまずはお菓子とかなんだろうな、予算の範囲からしても。
というかこの土産代は俺の財布から出ることが確定になっているという事への苦情はどこに持っていけばいいんだ?
だが財布の中身を吸い取る小悪魔たちは瞳を輝かせながらウィンドウに貼り付きそうな勢いでケーキを凝視していたりする。
おい、土産なんだから日持ちしないケーキとかはあまりお奨めしないぞ。
「へいき。すぐたべる」
「食べたーい!」
そりゃ今のお前らの気持ちじゃねえか?! ここには土産を見に来たんであってだな…………
「えー?」
「だめ?」
くそう、二人がかりは汚ねえだろ。しかし我がまま子悪魔がここでグズり出せば俺なんぞに止める力はないわけで。
「分かった、お土産買ったら食いに行こうな」
「やったー!!
「たー!」
……………なんだかSOS団でやってる事と変わらなくなってきたような。
結局休日には俺の財布の中身が軽くなるというのは最早宿命なのかと重い気分で長門の家族土産、というか長門向け土産なのか、に予算ギリギリの煎餅など買っている俺なのだった。
驚くかどうかは分からなくなったがまあ定番は押さえたからよしとするか?
まあまだ何か見つかるかもしれないし、長門がそれを見つけるかもしれないな。



ということで長門と妹の手を引いて、もう少し俺たちの土産探しは続くのであった。