『SS』ながとゆき。さんさい。 そのよん

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連休二日目の朝は快適に、とは程遠い所から始まった。
というのも俺の朝は激痛と共に訪れるからなのであって、その原因は言わずと知れたマイシスターなのだ。
手段はなにか見てないので分からんが恐らくダイビングボディプレスなのだろう、椅子があったし。
とにかく、
「ぐふぉあぁっ!!」
胃の中の何かが喉元まで込み上げそうな感じで目覚めなくてはいけない俺の立場をもっと考慮していただきたい。
あのなあ、お前ももう小学校高学年だぞ? いい加減見た目に変化がないとはいえ俺の体にかかる負担というものを分かってくれないか?
などとはこの時点で言えるわけがない。何よりも呼吸を整える方が先決なんだ。
「それじゃあ有希ちゃんゴー!!」
なにいっ?! 見れば小さい長門が椅子の上に立っている。
というかバンザイしてるよ、まるで高飛び込みの選手だぜって、まさか?!
「とう」
飛んだー?! そして綺麗な軌道を描きながらその体は仰向けになった俺の腹の上に!!
「なんのっ!!」
しかしそこは妹よりも小さな長門だ、俺は傷む腹もなんのその、長門を見事に空中でキャッチして立ち上がると、
「ほーら、まいったかー」
長門を捕まえたままグルグル回る。どうだ、お兄ちゃんは強いんだぜ!
足をブラブラとさせながら回されている長門だがどういう気分だ?
「………………」
悲鳴くらいは欲しいとこだがまあ瞳の輝きと上っている唇の端に免じて許してやろう。
「よっと!」
そのまま優しくベッドに放り投げる。ポフッといった感じで長門の小さな体がベッドのクッションに包まれた。
「あー!! いいなあ、あたしもー!!」
お前までやってられるか、大体朝一で運動させるんじゃない。
だからそんなにウズウズした様子で手を差し伸べるんじゃない、長門
非常に分かりやすく『もっと』って目で訴えかけるな。
「やれやれ…………」
何で朝からこんなことしてんだか。
結局妹を二回、長門は五回ほど振り回してはベッドに放り投げ、いい加減俺の三半規管に異常が発生しそうになりそうになった時に玄関のチャイムが鳴った。
またか? というかこんなに来客が多い家だったか、ウチは?
フラフラする頭を落ち着かせようとベッドに座り込んだ俺に、
「……………だいじょうぶ?」
長門に頭を撫でられてしまった。大丈夫だ、お兄ちゃんは結構こういうのに慣れてるんだぞ?
朝っぱらからというのが勘弁なんだが。
「もうおひる」
そうなのか? 時計を見れば確かに昼は近い、どうやら妹も少しは気を使ってくれたのだろうか。
でもこの起こし方はどうだろうなあ…………?
その妹は兄の疲れ果てた姿を省みる事もなく既に玄関に行っている。
「いってきまーす!!」
どうやら妹のお迎えだったようだ、俺が長門を連れて階段を降りたときにはとっくに靴を履き替えた妹が立っていた。
「おう、気をつけてな」
一応兄として最低限このくらいの事は言うのだ。長門も俺の後ろに隠れるようにしながらも妹に手を振っている。
「有希ちゃん、帰ってからまた遊ぼうね!」
そう言って手を振りながら妹は出かけていった。玄関を開けたときに妹とは不釣合いなくらい背の高い女性に頭を下げられたのだが、どうやらミヨキチのようだ。
別にウチに入って挨拶してもよかっただろうが妹がせかしたのかもな。
さて、うるさいのもいなくなったからこれでやっとゆっくりできそうな……………
「………………」
あー、そうだな、うん。
「よし、俺たちもお散歩にでも行くか」
分かってるよ、だからそんな目をしないでくれ。
「わかった」
やっぱりお出かけしたかったか、長門
「はやく」
うん、でもお兄ちゃんはまずお着替えしたいな。
こうして俺は長門を連れて散歩に出ることにしたのである。


とは言えどうしたもんだろうね? 流石に二日続けて図書館っていうのはいつもの長門ならともかく今の長門にはなんとなくよろしくない気がするんだ。
せっかくの子供長門なんだ、もっと子供らしいことで楽しんでもらいたい。
といってもこの時間から遊園地などは遅すぎるだろうし、なにより遠出する気にもなれない。
仕方ない、ここはある程度妥協してもらおう。
などと大人の都合丸出しで公園へとやってきた俺たちであるが、それでも子供には未知の領域だったとみえ、
「………………!!」
うむ、目の色の輝きが違う。いつもは読書というインドアな長門が自然と触れ合える事に喜びを見出してもらえるなら幸いだ。
テクテクという足音さえ聞こえそうな勢いで歩く長門を少し早足で追う俺。そんなにはしゃぐと転ぶぞ。
まあ長門が転ぶなど天地がひっくり返ってもありえなそうだが。

ベチャ!

って転んだ?! ここまで能力とやらが抑えられてるとは意外だった………………じゃない!
「おい、大丈夫か長門?!」
慌てて駆け寄り抱き起こしてやる。すると長門はいつもの無表情で、
「へいき」
と言ってはいるものの。
「あーあ、もう涙目でそんなこと言うな。我慢しなくていいんだぞ?」
幸い怪我はしてないようだ、芝生のおかげかもな。
「へいき。いたくない」
はいはい、よく我慢できました。これ以上意地を張らせてもしょうがないので俺は長門の頭を撫でてやりながら抱きかかえてやった。
「………………がまんしてない。へいき」
分かったよ、俺は見てないからしばらくこうしてろ。
「……………ぐすっ…………」
まあ子供はすぐ意地を張るからな。抱っこしてる間、長門が涙を見せていたかは俺の位置からは見えなかったのさ。
しばらく長門を抱っこしながら、たまの緑に囲まれる景色もいいもんだと一人ごちていると、
「もうへいき。わたしもあるく」
との声。どうした? もう泣き止んだか?
「別に構わんぞ、お前一人抱えているくらい平気なんだぜ?」
妹などあれだけ大きくなってもまだおんぶなど要求するのだ、俺もそこそこ体力はある気がしてくるもんだ。
「だいじょうぶ、わたしもあるきたい」
そうか、その様子ならもう大丈夫そうだな。俺は長門を降ろしてやる。
「…………………て」
て?
「またころぶといけない。てを」
そういうことか、でももう少し子供っぽく言ってくれてもいいんだぞ?
そんなとこだけ長門なんだな、と苦笑しながら長門の小さな手を握ってやる。
しっかりと握り返される力にこいつが宇宙人だのどうでもよくなってくるな。
こうして俺たちは手を繋いで公園散策の続きを行う事となったんだ。


すると長門の視線が何かを捕らえて離さない。
どうも歩く速度も落ち気味だ、何がお前を惹きつけて止まないのかね?
と俺も視線を向けてみれば、ははぁなるほどと頷かざるを得ない訳で。
それは大きな池だった。正確に言えば池に浮かんでいるボートだな。
「乗りたいのか、長門?」
「きょうみがある」
そういう時は素直に乗りたいって言えばいいんだぞ?
「のりたい」
はい、よく言えました。
なんと言ってもハルヒがいないおかげで奢り分がないんだ、このくらいならお安いもんさ。
俺たちはボート乗り場へ向かう。
そこには先程見かけたボート以外にも種類があったりしたのだが。
「………………」
そうか、子供としては心引かれるものがあるよなあ。
「あっちにするか?」
「いいの?」
少々値は張るがまあ許せる範囲だしな。
「……………あっちがいい」
それならそうしようか。
こうして俺たちは池へと漕ぎ出した。うむ、この年でスワンボートはなかなか恥ずかしい。
しかも結構力がいるんだよ、足で漕ぐのも。
「…………とどかない」
それは仕方ないだろ。
ということで俺は全力を持って、
「あっち」
「むこう」
「もっとはやく」
という長門の命令のままにスワンボートを漕ぎ続けたのである………………………筋肉痛の不安がないとは言えないな。


「ふう、どうだった長門?」
ボートから降りても長門さんは元気にチョコチョコと歩き回り、手を繋いだままの俺もそれにお供したのだが。
うーむ、正直しんどい。子供相手というのは本当にパワーがいるもんだ。
だが大人として疲れを見せるわけにもいかないところが辛いもんだな。
しかしその疲れすら、
「たのしかった。わたしはまんぞく」
長門に言われれば吹き飛ぶ気がするから不思議なもんだね。
その上で、
「…………………」
そうだな、お前も一生懸命遊んだもんな。だから、
「ほら、無理すんなよ」
そう言って背負った長門から小さく寝息が聞こえてきて俺も満足なのさ。
昨日の図書館でさえお疲れだったんだ、今日は思いっきり遊んでくれたからな。
背中の温かな重みに幸福感さえ覚えながら、俺は夕焼けの帰り道を家へと急いだのだった。

その日の夜は長門には悪いが寝ぼけまなこのまま妹と風呂に入ってもらい、そのまま二人で寝てしまった。
いや、部屋を別にしようとかよりも俺自身がヘトヘトだったのさ。
とにかく妹も乱入しなかったようで、俺と長門はそのまま何も考えずに寝ちまってたってことなんだよ。

連休も明日で終わりなんだな、と少しだけ頭をよぎったそれから目を逸らすように…………