『SS』ながとゆき。さんさい。 そのに

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普通に、と言って差し支えはないほどにごく普通に長門のマンションから帰った俺は風呂に入り、上ってからテレビを見てから寝る。
それはまあ学生というか俺たちの年代の若者としてはごく当たり前の流れだったと思う。宿題、というかハルヒのノートを一顧だにする事もなかったのもお約束というものだろう。
兎にも角にも明日からはのんびりとさせてもらおう、俺は昼までは寝ていられるという妙な喜びに浸りながら眠りについたのであった。

ところが、である。俺の甘い幻想が音を立てて崩れていったのは余りにも早すぎるのではないだろうか?


それは連休初日の早朝と言ってもいい時間だった。
キョンくーん! 起きてー!!」
の声と共に横向きで寝ていた俺のわき腹に妹のダイビングヘッドの痛みが襲い掛かってきた時からこのアホのような出来事は始まる。
「ぐぶぉあっ!!」
折れる! 今度は折れる!! 肋骨の何番目かが!!
思わずのた打ち回る俺を尻目に妹は、
「ほらー、もうすぐお客さん来るってお母さん言ってたよー!」
ちょっと待て、まだ呼吸が整わない……………客?
おかしい、今日ウチに客が来るなんて言ってたか?
「連休中に遊びに来るって言ってたよ、キョンくんも楽しみにしてたよ」
俺が?! そんな話、まったくした記憶がない…………
ああ、なにか嫌な予感がする。虫に知らされるまでもなくそれはわかる。
今度はどうなっちまったんだよ、世界……………………
愕然となる俺。
しかも、まだ目覚めきれない脳細胞をフル動員して状況を確認せねばと思う間もなく、我が家の玄関のチャイムがなってしまったのである。
「あっ! 来たみたい!」
何ぃ?! えらく早くないか、というか本当に誰が来たんだよ?
と、時計を見てみればまだ八時じゃねえか。こんな朝から来る客も、それを迎える我が家も何考えてんだ?
こっちはまだ頭もハッキリしてなければ、肋骨も痛いというのに。
「ほら早くお迎えに行こう!」
それでも妹が俺の手を引っ張るので、仕方なく俺も階下へと赴く。
といっても階段を降りればすぐに玄関が見えるわけで、覗いてみたその先には。
「なにいぃっ?!!」
小柄な、じゃねえや幼い少女がそこに立っていた。
自分の身の丈よりも大きなボストンバックを抱えるように持って、ただ一人で。
それもそれでアレなのだが、まあ措いておいてもいいだろう。
だがその少女が俺の知り合いに極似していたとしたらどうだ?
見覚えがあるアッシュグレーのショートヘア。
黒く大きな瞳は…………何だろう、輝きに満ちているようにも見えるのだが。
いつもの無表情もどこか無理を感じるように見えるのも多分気のせいじゃないんだろうな。
そうだ、そこに立っていたのは間違いなく俺も知った顔。
長門……………か?」
ここは俺んちだよな? んでなんで長門が、しかも小さく、じゃないや幼くなって立ってるんだ?
しかし長門は階段の上にいる俺に気付いた様子も無くぼんやりと立っている。
「あー、有希ちゃーん!! 久しぶりー! よく来れたねっ!」
そう言いながら妹は玄関で立っている長門の元へ。ドカドカといううるさい音にようやく長門がこっちを見た。
「……………おはよーございます!」
はぁ? え、はい、おはよう。
なんだこりゃ? あの長門が、いや長門だと思うんだが、が深々と俺に頭を下げている。
しかも変にハキハキした声で。あー、声で分かったんだがやっぱこいつ長門のようだ。
で、妹のこの態度は何なんだ? 確かに長門と会うのは久々かもしれんが、それはあの高校生の長門のはずであって妹がいくら何でも目の前の小さな、いや幼い少女を長門と断言するにはいささか情報不足というものではないだろうか?
「ほらキョンくん、有希ちゃんの荷物持ってあげないとダメだよー」
あ、ああすまん。というかだな? あまりに当たり前のように言ってるところ悪いが、お兄ちゃんはまったく事情が分かってないんだけど。
というのも押し付けられたボストンバッグに遮られてしまったのだが。
「あら、有希ちゃんもう来たの? 早かったわね」
ってお袋まで?! いそいそと台所から出てきた母親のスムーズな言い回しに、違和感があるのは自分だけなのだと再認識させられる。
「おはよーございます!」
また長門も当たり前のように返事するんだよ、おかしくないか? おかしいのは俺の方なのか?
だが長門は妹と母親に連れられて、そのまま居間へと向かっていってしまった。
…………荷物はどうすんだ? 俺はバッグを手に呆然とするしかないのだが。
「…………おねーちゃんが」
ヒョコッと戻ってきた長門が急に言い出した。おねーちゃん?
「おねーちゃんがバッグのポケットにおてがみはいってるっていってた」
手紙? 見れば確かにバッグのサイドポケットに封筒らしきものが見える。誰宛ってこともないのだろう、この手紙を読むのは俺しかないだろうな。
「分かった、ありがとな」
つい長門の頭に手をやった。ポンポンと優しく叩いてやる、って俺は長門に何やってんだ?!
「あっとすまん! つい妹みたいに…………」
慌てて手を引いたのだが、長門は気にしてないのか、
「いい。わたし、えらい?」
むしろ喜んでるな、こんなに得意気な長門の顔を見たのは初めてかもしれん。
「ああ、よくやった長門
結局頭を撫でてやる俺もどうなんだろうね。
「有希ちゃーん、まだー?」
ほら、妹も呼んでるぞ。俺は長門を居間の方に促すと、長門もおとなしく従った。まったく普通のお子様にしか見えん。
「さて、どうするか…………」
とりあえず荷物を置くしかないんだけどな。俺は階段を昇り、自分の部屋に戻った。
そのままバッグを置いて手紙を取り出す。
「おねーちゃんねぇ…………」
この場合は俺の知る長門の事なんだろうが、これはどういう事なのか説明してくれるんだろうな?
真っ白な封筒を開け、便箋を取り出すとそこには印刷されたような明朝体でキッチリとした文章が踊っていた。間違いなく長門だな。
『これをあなたが読んでいる時点で実験は開始されている予定。』
そうか、これがお前のいうところの実験なのか。
『そこに向かった個体はわたしの有機生命体をベースに作られ、わたしの基本人格データを移行したもの。つまりはわたし。』
まあそんな気もしていた。というか長門にしか見えなかったからな。
情報統合思念体はかねてより涼宮ハルヒの能力の発現はその人格形成におけるプロセスの過程において原因があったのではないかと推測していた。』
……………よく分からん。
『つまり子供の頃からの成長段階の中で原因があったのではないかと考えた。』
なるほど、手紙なのにナイスフォローだ長門
『そこで情報統合思念体はインターフェースの情報を人間における幼児期に設定、その中で得られた情報を涼宮ハルヒの成長データと比較することにより推測の確定を判断するべきだと考えた。』
……………なんだそれ?
『簡単に言えば誰かを子供にして様子を見てみようということ。』
分かりやすい説明ありがとう。でもこんな書き方する必要あるのか?
『そこで実験体としてわたしが選ばれ、有機生命体の情報を書き換えた上で実験を開始する。』
あ、現在進行なんだな、ここ。結局昨日の時点で事後承諾だったのは間違いなかったのかよ。
『わたしは現在最低限の生命維持活動と社会生活の為の情報のみとなっている。身体能力もそれに伴い減少、わたしの現在の能力は』
能力は?
『地球上に存在する人類、特に日本人におけるところの三歳児の女性体に相当する。』
やっぱりかよ! どうみてもそのくらいにしか見えなかったもんな、ということは……………
『ほぼ実年齢』
まあそうだろうが、それ言ってもいいのか?
『その為に実生活での一人での生活はほぼ不可能。よって有識者の保護を必要とする必要に迫られる事となった。』
なるほど。で、その有識者ってのが、
『あなた』
ですよねー。まるで会話だな、この手紙。どういう反応するのか見破られすぎてないか、俺?
『わたしはこの三日間、あなたの家に遊びに来た従兄弟という設定。初めての一人旅。』
それであの家族の反応か、それなら俺も同じようにしといて欲しかったぜ。
というか家族に情報操作したのか、お前は?!
『……………ごめんなさい。』
くそう、何か涙目で俯く顔が明確に浮かんできちまったじゃねえか、これも情報操作か?
と、とにかくだなあ、まずは俺は何すりゃいいんだ?
『わたしの保護及び観察。大丈夫、あなたに危害は加わらない。』
またそのフレーズか。大体子供になったからってハルヒと同じようにはいかんぞ、それならハルヒのとこに行きなさい。
涼宮ハルヒよりもあなたの方が子供の扱いに長けている。他のSOS団メンバーと比較してもそう。よってあなたしかいない。』
そりゃ妹もいれば田舎で従兄弟連中の相手はしてるから他の奴に比べたらマシなほうだろうが、
『……………ダメ?』
あぁくそっ! そんなに首を傾げるな脳内映像!! 分かったよ、長門から頼まれるなんて滅多にないからな。
『期間は三日間。その間のわたしの記憶データは戻った際には消去される。あなただけ情報操作されなかったのはその為。』
……………それもそれで残念な話というか、それでいいのか?
『あくまでも実験。本来の役割とは関係ない。』
そういうもんか? なにか引っかかるんだが……………
などと俺が人間ってもんはそんなに簡単なものじゃないことを手紙に向かって説明してしまいそうになっていると、
キョンくーん、有希ちゃんが遊ぼうってー!!」
いきなりドアが開けられたので慌てて手紙を隠す。だからノックをしろって言ってるだろうが。
しかしその兄の願いもどこ吹く風、妹は後ろに隠れるように立っている長門の方を向いていた。
やれやれだ、もう少し人の話を聞きなさい。
そこに立っている妹より小柄なインターフェースさんも、だぞ?
妹に手を引かれた幼い少女に俺は笑いかけるしかなかった。
まったく、とんだ連休になりそうだぜ……………