『SS』ながとゆき。さんさい。そのいち

世間一般で学生の休日が土日となって幾久しい。その上最近は国民の休日が月曜日に繰り越されることとなり、所謂三連休の恩恵に与れる事も多くなったものである。
だが、しかしにて一般的学生の模範例たるはずの俺が何故か高校生活においてこの三連休の恩恵を与った例というものはほぼ無いと断言してよいものであり、その原因は言わずと知れたあの学校非公認団体の名を欲しいままにするSOS団とその団長閣下のしわざであるというのも最早説明の必要があるのであろうかというものだ。
ところが運命の女神、この場合は目の前の黄色いカチューシャなのだが、は急に俺に微笑みかけたりするもので、
「………………と、言うわけで残念ながらあたしは家族サービスという名の奉仕活動に従事しなくちゃならなくなったので、この連休はSOS団の活動は休止となります!!」
バンバンとホワイトボードを叩きながら力説するハルヒに、古泉は微笑、朝比奈さんは苦笑、長門は無言で答えたのであった。
まあ奉仕活動と言いながら笑顔のハルヒを見れば誰でも『あー、こいつ楽しみにしてんだなー』と思うぞ、普通。
あいつの家庭事情など知るよしもないが、まあ家族が仲が良いことはいいことだ、とまるで人生を達観したみたいだな、俺。
「でもいくらあたしがいないからって、ただボンヤリ過ごすなんてSOS団の名前にかけて許されざる行為だわ! 特にキョン!!」
そんな名前にかけてるのはお前だけだ、それに何で俺だけ名指しなんだよ。
「どうせアンタの事だから連休もダラダラ寝てるだけなんでしょ?」
当たり前だ、休日とは正しく休む為のものであって俺は全力をもってそれに当たる所存だ。
「フン! そんな事だろうと思ってちゃんと用意してきたから、ありがたくうけとりなさい! あ、みんなの分もあるからね」
そう言いながらハルヒが鞄から取り出したのは五冊のノートである。
「これに三日間の不思議探索をレポートすること! もちろんあたしもやるから!」
いや、お前がレポートを書くなり何なりするのは一向に構わんのだが、そこに俺たちまで巻き込むんじゃない。
だがその意見を出すのはここに於いては俺一人だけなのもこれまた定番なのだったりもするんだよな。
「わかりました、ご期待に添えるよう努力します」
「ふぁ、ふぁい………あの〜、お買い物の感想とかでもいいんでしょうか?」
「…………………」
結局銘々にノートを受け取らざるを得ない訳だ、仕方なく俺も青い表紙のノートを手にした。
「それじゃ、今日は早いけど解散ね! あ、ノートは無理に全部埋めなくていいけど半分は書きなさいよね、キョン!!」
そこでも名指しかよ。まあどうにかなるだろ、もしもの時には谷口のナンパ失敗談でも書いておこう。三日もあればネタには困らないはずだ。
という事で、俺の三連休は久々の平穏と共に過ぎ行くはずであった。

そう、そうなるはずだったんだよ………………

その日の夜のことになる。いつもより早めの帰宅に喜んだ妹が必要以上に絡んできた為に予想以上のダメージを負った俺はベッドに倒れこんでいた。
とはいえ後はもうダラダラとしながら眠くなったら寝るだけだ、そんな気軽な俺の安息は携帯の呼び出し音で脆くも崩れ去っていったのだった。
「なんだ? こんな時間に……………」
と時計を見ると実際はそんなに遅くはなかった。やはり団活が早く終わったからかもな。
まあこの時間ならハルヒだろう、どうせ明日ちゃんとやれだとかに決まってる。
だから俺は着信も見ずに気楽に電話を取った。
「もしもし?」
『…………………』
ん? おかしいな、ハルヒだったらまず第一声は『遅い!!』のはずだ。では誰かと画面を見れば、『着信:長門有希』とあるではないか!
長門だと?! まさかあいつから電話がかかってくるとは思わなかったぞ、それであの沈黙か!
「おいどうした長門! 何かあったのか?!」
大体長門からの連絡なんてもんは緊急かつ危急のものだ、それに巻き込まれるのが分かっていても俺に出来る事は長門から話を聞くことしかない。
『………………今すぐ来て欲しい』
どこに? とは言わなくていいだろう、俺は分かったとだけ言って電話を切った。
やれやれ、本当に俺が心から休める時はいつ来るんだろうね。
そう思いながらも自転車のペダルを漕ぐスピードは落ちることのない俺だった…………

そんなこんなで長門のマンションである。どうせなら学校からの帰り道で用件なら伝えてほしかったもんだぜ。
まあハルヒのいた手前、そういうわけにもいかんだろうが。などと思いながらも長門の部屋のチャイムを鳴らす。
『………………』
「あー、俺だ長門
まあ俺じゃなければ立派な居留守だな、これじゃ。だがここにいるのは俺なので、
『入って』
とまあ部屋に入れるわけなんだよ。そこ、羨ましいとか言うなよ。
こっちはこの後の展開を考えたら頭痛しかしてこないんだからな。

で、室内に入る。なんとなく既視感を覚えるのは気のせいだと思いたい。
するとそこには何とかかんとかの何とかかんとかな長門有希が座っていた。まあ宇宙人がいる、ということなんだ、面倒くさい事は省略に限る。
安心したことに別に小さくもなってなければ、瞳にハイライトがなくなっている訳でもないのでまず普通の長門なんだろう。
「どうしたんだ長門? ハルヒになにかあったのか?」
まずはそこからだろう、あいつが何か旅行とかで興奮して変な世界や生き物を作ったっておかしくはないだろうし。
だが長門は俺以外に分かるとは思えない動きで首を振り、
「違う。これは涼宮ハルヒには直接関係はない」
そうなのか? だが直接ってのが引っかかるんだが。
「観測対象の一時的離脱により空白期間が生まれた」
つまりハルヒの家族サービスだっけ? その間お前にはやることがないってことか?
「そう」
頷いちゃったぞ、こいつ。別にハルヒが遠出した時の方が観測とやらの対象としては面白いんじゃないのか?
「鍵のない扉に変化は起こらない」
なんだそりゃ?
「よって情報統合思念体はかねてより計画していた実験に着手することを決定した」
いや、さっきの説明をだな…………って実験だと?!
嫌な響きだ、どうにも碌な事が起こらない気がしてならん。しかしそんな俺の心配をよそに、
「心配ない、あなたに危害が加わることはない」
そうか、だが何故だか俺には虫が知らせまくる予感しか浮かばないのだが…………
だが長門がそういうのだから俺は信用するしかないんだよな?
「それじゃあ俺がここに呼ばれた訳は何だ? お前の親玉とやらが実験したいなら好きにすればいいだろ」
まったく、長門の実験と俺との関連性がさっぱり分からん。
すると長門は、
「今回の実験にはあなたの協力が必要。あなたに危害はない、安心して」
うん、それ今さっき聞いたぞ。そう何度も言われると逆に不安にしかならないからな?
というか、さっきから協力前提で話してないか、お前?
「気のせい。まずはあなたの許可が必要、その為に来てもらった。あなたに危害は加えない、安心していい」
ん? なにかニュアンスが変わったような……………
「実行予定は明日。今からわたしはその準備段階に入る、その前に許可を」
待て。お前、今確かに準備段階に入る、って言っただろ! 許可も何もあったもんじゃねえだろ?!
「事後承諾にならないようにあなたを呼んだ。あなたに危害はないはず、心配いらない」
どんどん心配になっていくだけです、本当に。
「とりあえず許可を」
うわ、適当すぎる。というかここで許可しなかったらどうなるんだ?
「あなたに危害が加わらない?」
どうみても脅迫です。そうか、情報なんたらは朝倉みたいなヤツの集まりか?
つまりは俺に選択権は始めから無いわけで。
「……………やってくれ…………」
まるでロスタイム残り20秒でゴールを決められたゴールキーパーのようにうなだれて、俺はそう言うしかなかったのである……………
「そう」
恐るべき脅迫者はその黒瞳の輝きを揺らす事もなく無表情に頷き、
「では実験を開始する。明日の午前八時を以って行動を開始」
その言葉と共に長門の体が一瞬光ったかと思えばすぐに消えてしまった。なんだ?!
「実験準備は完了」
あれで終わりか、えらくあっさりしたもんだな。
涼宮ハルヒの旅行計画を察知した時点から準備は行っていた。今のは最終確認」
そうか、流石は長門だ、準備万端だったんだな。
「………………つまりは事後承諾じゃねえか!!」
俺の叫びに目の前の小柄な宇宙人は、
「…………………?」
小さく首を傾げたのだった……………………はあ、やれやれだ………………

「用件は終わった。伝達事項に偽りはない」
どこからが用件だったのかが分からんがな。
俺は長門と共に自転車を押しながら自分の家へと帰る途中である。
見送りはいらないと言ったのだが、長門に押し切られるように結局途中まで送られることとなったのは俺が女性に対してその意見をよく聞いてあげるジェントルマンであるからであり、決してSOS団内における女性上位を証明している訳ではないことだけは言っておこう。
「この辺りでいいぞ」
というか、これじゃ俺の家まで付いてきそうな勢いだ。
「……………そう」
少しだけ。そうだな、俺だけしか分からないだろうが長門は名残惜しそうにそう言うと、後は振り返る事もなく元来た道を歩いていく。
その背中に、
「それじゃ、また部活でな!」
それだけ言って俺も自転車に跨った。
何が何やら分からなかったが、まあ長門の事だ。上手い事実験とやらも終わり、多分ノートもびっしり埋まる事だろうさ。
「とりあえず帰ったら風呂にでも入るか」
とりあえず許可もしたから俺の出番もないだろう、この時の俺は呑気なもんだったよ。


だから全然気付かなかったんだ。長門が帰る直前に、
「また、明日……………」
と呟いたなんてな。
そして俺は予想した連休とはまったく違う体験をするはめになってしまうのであった…………