『SS』ネクタイ:ハルヒver

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朝、目が覚めてから行う行為ってのは、まあ大体決まっちゃってるわけなのよ。
いくらあたしだって学生なんだから、その流れには逆らえる訳ではない。
たまには何かあったっていいのに。
そう思いながらあたしは顔を洗い、お化粧は好きじゃないけど最低限お肌のケアをしてから鏡で確認。
うーん、ちょっと疲れてるかなぁ……………まあいいわ、教室で寝とけばいいし!
どうせ学校に行ってもやることないもん、あのバカ教師の話より睡眠の方が重要よね。
あ、でも……………キョンには見られたくないかな、あいつ妙なとこで鋭いから。
よし! ちょっと早いけど学校行って寝よ! キョンはいつも遅刻ギリギリだから、その頃にはもう少しマシな顔だろうし。



ということで、あたしは教室で机に伏せてたんだけど……………
遅いわね、キョンの奴。ほんとに遅刻ギリギリでどうすんのよ?!
ちょっと、なんであたしがあいつの遅刻を心配してイライラしてんのよ?
あー、もう! とっとと来なさいよ、バカキョン!!
すると教室のドアが音を立てて開く。
「うぃーす…」
来たわね、まったく余計な心配させんじゃないわよ! なんて言えるはずもないから、あたしは机に伏せたまま。
そうしたら何か谷口のとこでキョン達が話してる、いいから早く来なさい!
なんだか笑ってたみたいだけど、キョンの奴なにかしでかしたのかしら?
うぅ、気になる……………絶対あのバカが声をかけてきたら思いっきり笑ってやるんだから!
ちょっとしてからキョンが自分の席に着く。さあ、どんな間抜け面してるか見てやるわよ!
「よう、おはようさん」
ここでわざと起きたふりして、
「んー? あ、おは…………!!!」
ちょ! ちょっと待って!! キョンが! あのキョンがネクタイしてる!! 
あ、いつもしてるんだけど。でもこんなにキッチリ締めてるのは初めて見たかもしんない……………多分初めて、だと思う。
でもね? 何なのよ、これ?!
ちょっと首元が絞まってるだけなのよ? シャツの襟の位置が違うだけじゃない!
なのに……………なのにぃ!!
なんであんた、そんなにカッコいいのよ?!
そりゃね? いつもと違うのは見れば分かるわ。でも、キッチリしまったシャツの襟から覗く首元とか!
少しだけ見える喉仏のラインに、あ、男の子なんだって思ったりとか!
何よりネクタイも形がキチンとプレーンノットに整ってるし! あんた、それだけできるなら何でいつもあのネクタイのノットは何なのよ?!
そうだ、キョンはキチンとしてればカッコいいんだ。今更ながら気付かされるなんて一生の不覚だわ………………
それにどうしてこんな日に限ってシャツまでシワ一つなくパリッとしてんの?! まさかネクタイがキチンとしてるからシャツまで緊張してんのかしら?
あぁ、まずい、まずいわ!! だってキッチリした首の上にはキョンの顔。
それもいつものボーッとした顔より数段締まって見えてきて。
うわ、あたし顔が熱い! なんで? なんでキョンがこんなにカッコいいの?!
ダメだ、まともに顔なんか見れないわ!! あたしは一瞬の内にここまで思考を巡らせると、
「お、おはよ……………」
またも机に伏せるしかなかったの。あぁもう! キョンのあの顔がしっかり脳裏に焼き付いちゃったじゃない!!
「何やってんだ、お前?」
うるさい! あんたが悪い! いつもの間抜けフェイスはどこいったのよ、もう!!
「な、なんでもないわよ! いいから前を向く!!」
つい怒鳴りつけちゃった。だってキョンの顔がまともに見れないんだもん、しょうがないじゃない?
「はあ、何なんだ………………」
そう言いながら前を向くキョン。何よ、あんたが朝っぱらからそんなだからなんだからね!!
って何考えてんだろ、あたし。大体キョンなんかがちょっとネクタイをビシッと締めてカッコいいくらいで。
あれ? でもキョンはカッコよくなくちゃダメなんだし、あれ? 
あーもう!! 何がなんだか分かんない!! とにかく! このあたしをここまで混乱させるなんて!
「なによ…………キョンのくせに、キョンのくせに……………」
なんであんたの事ばっか気にしちゃうのよ?!
机に伏せたまま、あたしはキョンのネクタイ姿を思い出してニヤつきそうな頬を必死になって押さえていた……………

授業中だってキョンの後ろ姿を見つめたまま。
ちょっと伸びた襟足がシャツを隠してる。これだってシャツが開いてたら見れない光景。
首元がすっきりしてるから、意外と首が太いんだなって分かる。肩も広いし。
結構体格いいのかな、心なしか背筋も伸びてるように見えるから。
男の子、なんだよね……………
そんな風にキョンを見つめてたら、なんとキョンがこっちを向いて視線が合っちゃった!
「!!!!!」
バ、バカバカバカバカ!! 急にこっち向くな!!
あたしはとっさに掴んだ消しゴムをキョンに投げつけるしか出来なかった。
怪訝そうな顔でまた前を向くキョン
うわ、その表情もなんか真面目そうでいいなぁ、っておかしいわよ、あたし!!
結局キョンの背中から一度も視線を外す事もないままにお昼休みになっちゃったの、ほんと何やってんだろ?

キョン!!」
お弁当を食べようと席を立ったキョンを呼び止める。
「なんだ?」
う、なんだって言われても。ただ単にあんたの顔が見たかったからなんて言えないし!
ジッとあいつの姿を目に焼き付ける。みるみる頬が赤くなるのが自分でも分かるわ。
それでも我慢して、あいつのネクタイ姿を頭ん中にも焼き付けて。
「フンッ!!」
そのまま走って教室を飛び出した。これ以上は無理! もう頭の中身はあいつで一杯で。
食堂には行ったんだけど、ほとんど喉に入らない始末。これもキョンが悪い!!
結局いつもの半分も食べてないまま、あたしの足は自然と屋上に向かっていた。
あそこなら今の時間帯は誰もいないはずだから。

ほとんど役に立ってない鍵を外して一人屋上に。
一応鍵もかけなおしておいてっと。
そしてあたしは転げまわりながら、
「あー!! もう! なんであんなにカッコいいのよ、キョンのくせにー!!」
などと叫んでいた。もし聞こえてたりしてたら、かなり異様な光景ね。
そして自分の携帯を取り出してメモリを見る。
フォルダの中はキョンで一杯なんだけど誰にも見せてないし。
それを見ながら頭の中に焼き付けたカッコいいキョンも何度も脳内再生したりして。
「もー! なんで携帯あるのに写真撮れないのよー!!」
だってファインダー越しでもキョンを見れないもん! カッコいいんだもん!!
カッコよかったな、ネクタイをビシッと締めて。
古泉くんなんかもハンサムだけど、いつもはダルそうなキョンがキチンとしてるだけでカッコよさが違うんだもん!
「キィー!! キョンのくせに、キョンのくせにー!!」
反則だわ! あんなキョン、あたし知らなかったもん!!
お昼休みの終了のチャイムが鳴り響くまで、あたしは一人屋上で身もだえしていたのだった。

危なかった、もう少しで人として何かを踏み外すとこだったわ……………
スカートや制服の襟元を直しながら、あたしは自分の理性が最後のラインで残っていた事に感謝したわよ。
さすがに学校の、しかも屋上ってのはないでしょ?

息も整わないままに教室に戻ったあたしに再び試練が訪れる。
その名もキョン、という名の試練が。
あたしは息も絶え絶え席に着いたんだけど、そんな時に限って、
「おい、大丈夫か? なんなら保健室でも行くか?」
なんて優しい言葉をかけてくるのがキョンなのよ。
嬉しい、嬉しいんだけど。
「うるさい! 早く前向いて! 早く!!」
これ以上あんたを正面から見てたら鼻血が出ちゃうかも。
「どうしたんだろうね、こいつは?」
そうよね、どうしたんだろ、あたし?
申し訳ないとも思うんだけど、でもちゃんと心配してくれるあいつの優しさにまたちょっと顔が赤くなる。
「…………やっぱり………………キョン…………」
優しいな、しかも今日なんかカッコいいし。
そのまんまキョンの背中を見続けて、今日の授業は終わったのだった。授業内容? 知らない!

そして放課後。今日は二人とも掃除当番じゃないから一緒に部室に行くんだけど。
「さあ! い、いくわよ?」
いつものクセでネクタイを掴もうとして、その位置がちょっとだけ高いことにハッとする。
「あ…………」
そうよね、いつもとは違うキョンなんだから。
「うん、行きましょ」
あたしもいつもと違って、キョンの制服の袖をソッと掴んでみた。
キョンはビックリしてたけど、これだってあんたがいつもと違うからなんだからね?
あたしはいつもよりはるかに弱く、でもしっかりとキョンの袖を引いてSOS団の活動に向かったのだった。
うーん、でもみくるちゃんや有希にこんなカッコいいキョンは見せたくないな。
だってあの二人だって今日のキョンがいつもよりカッコいいって分かるはずだもの。
少しだけ複雑な気持ちで部室に向かうあたしなのだった……………

ところが事態は思わぬ方向へ。
部室に赴いたあたしとキョンの前にはみくるちゃん。しかも制服のままで。
「どうしたの、みくるちゃん?」
あたしより先に来てメイド服に着替えてないなんて何かあったのかしら? あ、キョンの袖は掴んだままね。
「あ、涼宮さんたちを待ってたんです。それが長門さんが急用ができたらしくて、それにあたしも鶴屋さんがどうしてもって言うので買い物にお付き合いしないといけなくなっちゃって……」
そんなに済まない顔しなくていいわよ、鶴屋さんならしょうがないもん。
有希の用事ってのはちょっと気になるけど、今日は不問にしてもいいわ。
だってまだあたしはキョンの袖を掴んだままだし。
するとタイミングよくあたしの携帯が鳴り出した。着信を見ると古泉くん。どうしたのかしら?
「はいもしもし? 古泉くん? え? そっかバイトならしょうがないわ」
まるで電話の向こうでペコペコと頭を下げてるのが浮かんできそうな恐縮声の古泉くんと電話を終える。
我ながら器用なもんね、キョンの袖を掴んだまま片手で携帯をいじくるなんて。
「それじゃみくるちゃんも有希も用事があるのね?」
もう一度だけ確認してみる。みくるちゃんは済まなそうに、
「は、はい………」
と答える。え? これってあたし達以外は全員用があるってことよね?
…………………みんなには申し訳ないけど、ちょっとラッキー! かも。
「それならしょうがないわ。今日はこれで解散! みくるちゃん、鶴屋さん待たせてんでしょ?」
「え? は、はい! すみませんがこれで失礼しましゅ!!」
あたしの号令一喝、みくるちゃんは走っていってしまった。
うんうん、あんまりキョンの方を見てなかったみたいだし、貴重なのに。
そしてあたしとキョンの二人が残った。もちろん袖は掴んだままで。
「あたし達も帰りましょ!」
その言葉にキョンも頷いて。
まあ下駄箱まで袖を掴んだままであたし達は歩いたって事なのよ。

「で?」
下駄箱の前でキョンに聞かれる。
「で? ってなにが?」
「いや、お前が俺の袖を掴んで離さない件なんだが」
「い、いいじゃない、たまには」
だって何か手を離しづらくって……………
「熱でもあったのか?」
キョンが心配そうに手を伸ばしてくれたんだけど、
「な、な、なんでもないからっ! 大丈夫!!」
と言いながらつい手を避けてしまう。だけど袖から手は離せなくて。
「なんでもないじゃねえだろ、訳を話せ。出来ないならこの袖を振りほどいてでも一人で帰らせてもらうからな」
流石にキョンも怒っちゃうよね? 顔は赤い、袖は離さない、なのに避けられるなんて。
「ご、ゴメン……………」
あたしは素直に謝るしかなかった。キョンの優しさが嬉しいのに、どうしても恥ずかしくって。
だからボソボソとあたしは理由を言うしかなくって。
「だって…………ネクタイ………ビシッと締めてるキョンが…………何か別人っていうか、きっちりしてるあんたってカッコいいな…………って、あたし何言ってんの?」
なんてキョンの顔も見ずに呟いてたら、
「ちょっとは惚れ直したか?」
とか言われちゃって。
ついあたしも、
「うん…………」
って頷いちゃった。
「そうかそうか…………!!!」
「あ…………!!!」
しまった! キョンの誘導尋問に引っかかっちゃったじゃない!!
「い、今お前頷かなかったか?」
「あ、あんた何て言ったの?」
何を言ったのか分かってるんだけど……………うわ、気まずい。
違うわ、恥ずかしすぎる、これ。
ただ、キョンは黙ってあたしの手を袖から離し。
「なっ?」
黙ったままその手をしっかり握られてしまった。
「…………………」
あー、なんなのよ今日は? なんとなくキョンがいつもと違ってて、なんとなくキョンと手を繋いで帰る事になんて。
そんな帰り道、
「なあハルヒ?」
「…………なによ?」
「これからもこの方がいいか?」
「……………」
ちょっとだけあたしは考えたんだけど。
小さく、
「駄目」
と言っちゃった。
「何でだよ? お前がいいって言ってくれたんだぜ?」
そう言われるのも当然よね、でもね?
「だって…………」
そう言ってキョンの目を見たあたしは、きっといつも以上の笑顔。
「そんなカッコいいキョンを見ていいのは、あたしだけなんだからね!!!」
少しだけ力を込めて握られた手。
分かってくれたんだ、やっぱりキョンは優しいわ!!
あたしとキョンは、そのまま手を繋いで帰ったの。
そうね、次は二人だけの時。
その時はもーっとカッコいいキョンでいてくれないとダメ! なんだからね?