『SS』ひ・み・つ・のでえと

空は快晴にしてなおも青く、太陽の照りつきに夏の終わりも感じてきた、とある休日のことです。
僕、古泉一樹は常ならばSOS団のメンバーが集まる駅前の広場に一人立っていました。
今日の目的にあわせ、動きやすい服装に一応秋物のジャケットを羽織って。
ですが今日は涼宮さんのお供でも、彼を騒動に巻き込むわけでもありませんよ?
………………ある意味それらよりも難解かつ苦手なミッションなのですが。
なんといっても彼女は鍵にとっての鍵ともいえる存在であり、我々『機関』としても最重要人物の一人に上げられます。
それにしても僕しか彼女と直接の面識はないとはいえ、少々以上の重荷なのですが。
などと僕が彼が常日頃から味わっているであろう感覚に共感を覚えつつあると、
「あー、古泉くん早いねー」
さて、本日の主役のご登場のようです。
「いえいえ、僕も先程着いたばかりですよ」
彼…………キョンくんの妹さんは天真爛漫という言葉がそのまま形になったかのような笑顔で僕の元に駆けてくるのでした。





目的地までは電車での移動になりますので、その車内で僕は妹さんに再確認しておきます。
「それでお家の方々は大丈夫でしたか?」
「うん! おかあさんも古泉くんなら安心だって。キョンくんには…………」
「内緒、ですよ?」
「わかってる、でも何も言わなくてもキョンくん出かけちゃったんだよー!」
妹さんはお兄さんが何も言わずに外出したことにご不満のようでしたが、まあそういうタイミングだからこその決行なのですけど。
彼が今日、涼宮さんたち(ここで長門さんと朝比奈さんがいるのは多少僕としては心配なのですが)に呼ばれて出かける事はリサーチ済みですし、後は閉鎖空間が出ないことを祈るばかりです。
さすがに今日は神人を相手には出来ませんので。それだけの事なのです、今回は。
「ではその分もこちらも楽しみましょう」
出来る限り最大限の笑顔で僕がそう言うと、
「うん! えへへ〜、デートだね!」
これも最大限の笑顔で返してくれたのはいいのですが。
なっ? え、えーと……………そう、ですか?
いや、確かに男女が二人きりで出かけるのですからデートなのかもしれませんが、その年齢差というか、最近の女の子はこれほど積極的なのでしょうか?
ええ、彼に言わせれば僕はモテるキャラクターなのでしょう。実際にそういうキャラクター設定で僕、という人格は形成されている事は否定しません。
ですが! あえて、ですがと言わせてもらいたいんです!
僕はですね? 中学生の頃から閉鎖空間で神人相手に戦ってきたんですよ?
それはそれで充実した中学生ライフだと今なら言えますが、その反面として普通の中学生らしい日常が送れなかったという事実は残るわけでして。
つまりは、僕にそのような特定の女性とお付き合いするような状況は生まれなかった訳で、『機関』の女性陣も確かに魅力的な方々ばかりなのですが、やはり同士としての意識が強すぎると言いますか。
はあ、要は慣れてないんですね、こういうの。
SOS団では僕もキャラクターを貫けるように訓練もしていますし、何よりも彼がいる、という事実があるのである意味安心しているんですよ。
ですがねぇ…………流石は彼の妹さんです、どうも僕が作る仮面はこの人達には通じにくいようでして。
頑張れ、古泉一樹! ここは年上のお兄さんとしての貫禄ある大人の笑みで、
「そうですね、彼の分も楽しんでしまいましょう」
と言ったつもりだったんですが。
「古泉くん、顔真っ赤だよ?」
………………無理でした。
何なんでしょう、彼の一族には人の裏を見透かす能力でもあるんでしょうか?
『機関』もTFEIにも未来人にも分からない能力があるのではないかと疑いたくもなるような中で、電車は僕らを乗せて進むのでした。
先が思いやられるなあ……………………




「わー!! すっごーい!!」
どうやら喜んでいただけているようです、ホッと胸を撫で下ろしたくもなりますよ。
ここは僕らの住む町から少し離れた都会に出来た大型商業施設、詳しく言えばその中にあるインドアタイプの遊園地みたいなものですか。
所謂アミューズメント施設との違いは、身体を動かすタイプの遊具が多いということですね。
発案者のアイデアが良く出ていると思います、あの人はスポーツなどがお好きなようですので。
まあ公園などの遊び場も少なくなっている昨今、このような天候に関わらず運動して遊べる施設が子供向けに増えるのは喜ばしい事なのではないでしょうか。
と我ながら年寄りめいた事を思いながらも、
「それじゃあねえ、今度はこっち!!」
はいはい、小さなお姫様に手を引かれている有様なのですが。
なるほど、保護者の方も一緒に遊べるという訳ですか。気の配り方も流石ですが、
「ねえねえ、アレもう一回やっていい?」
これはなかなかな重労働なのではないでしょうか? きっと彼ならもうダウンしていそうなものですよ。
しかし妹さんは笑顔のまま、
「んーと……………あとはー………」
まだまだ終わる気もないようで。
まるで誰かのようだ、と自分らしくない苦笑を浮かべてしまいますね。ならば僕の今の立場は彼、という事ですか。
面白い、彼はきっと彼女のような女性を惹きつけてしまうのかもしれませんね。
「やれやれ」
だから彼のように呟きながら肩をすくめてみました。そう、彼女には見えないようにね。





「あー、楽しかったぁ!!」
それはなによりです。遊園地とは別のフードフロアでクリームソーダを飲みながら、少し浮いた汗も気にせず笑っている妹さんを見ていると僕もつい笑顔になってしまいますね。
ただ『機関』で鍛えたはずの肉体が悲鳴を上げそうなのを除けば。これを毎日付き合いながら涼宮さんたちとも飄々と付き合える彼は、やはり異能者じゃないかと思ってしまいますよ。
ホットは少々辛いので(僕も汗をかいてますし)頼んだアイスコーヒーを飲みながら、ふと思いました。
この二人って、周囲からどう見られてるんでしょうか?
遊技施設のおかげか、周りは親子連れの方々が多いようですし。
兄妹、ならばいいんですよ、まあ似てませんが。光栄な話です、兄として十分な彼を見ている者としては。
僕も兄弟というものに憧れはありますからね、これは恐らくですが涼宮さんもそうなのではないかと思います。
ですから似てない兄妹ならいいんですが。
だけど………………まさかとは思うけど……………確かに分別臭いですよ? どちらかと言えばこの年代にしては落ち着いてるとは思いますよ?
でも…………ここまでヤンパパはいないですから!! 僕まだ結婚できる年齢じゃないですから!!
いや、何か周囲の目線にそういうものを感じてしまったんです。気のせいだと思いたい。
などと自分のキャラ設定に無言の抗議を繰り返す僕を楽しそうに見ていた妹さんなのですが。
ところが我らがお姫様はまさかと思う程に僕の予想の斜め上をいかれたのです。
そういうのは僕らは神さまだけで十二分なのですけど!!
「ねーえ? 次はどこ行くの一樹くん?」
なあっ? か、一樹くんですかぁ?!
え、えーとですね? 何故僕の呼び方が変わったんですか? 
そもそも僕と貴女は下の名前で呼び合えるような、いや小学生相手に何言ってんだ、僕?
あれ? 何か周囲の空気も変わってきましたよ?
あのですね、そこのお父さん? そんな犯罪者を見るような目線は止めてください!
というか、奥さん! 電話! 電話取り出さないで!!!
「と、とりあえず出ましょうか………………」
「うんっ!!」
なんですか、この針のムシロな視線は? そそくさと店を出ようとする僕はレジの人の視線にも耐えながら会計を済ませます。
「はいっ!!」
はい? 差し出されたのは妹さんの手。え? これってまさか!!
「それじゃデートの続きしよー!!」
と言いながらしっかりと僕の手は握られていた訳でして。
ははは……………………もう電話だけは勘弁してください……………
僕は結局、彼女に引っ張られるように店を後にしたのでした。
もうあの店にはいけないなあ、などとどうでもいい事しか考えられなかったのは間違いなく彼の影響なのだと思いたい。





そこからはこの巨大な施設の中でウィンドウショッピングなどをしていたのですが、この辺りは何歳でも女の人というものは変わらないものなのですね。
不思議探索の時の涼宮さんや朝比奈さんなどとまったく変わらない輝いた瞳でお店の間を通り抜けていく妹さん。
ただ、僕の手はがっちり握られたまんまなんですけどね。
しかも事ある毎に、
「ねー、一樹くん! これどうかな?」
と大声で言われたり、
「一樹くん、キョンくんにおみやげ…………は内緒だったんだっけ? てへっ!」
と可愛く舌を出されたりされるとですね?
ええ、痛かったですよ、視線。完全にデートです、ただ見た目にはかなり危ない感じの。
ああ、僕ってこんなだったっけ………………
完全にアイデンティティゲシュタルト崩壊寸前なのですが。
と言ってる言葉の意味もよく分からなくなってますけど。
それでもですね?
何故だかは僕には分からないのですが、妹さんがとても楽しそうなので。
「まあいいか…………」
と呟いて彼女に引かれるままに手を繋いでいた僕だったりもするんですよ。
いやはや、本当に彼は凄いんですね。
それだけは強く思いましたけど。





そして電車でいつもの駅前に戻ってきた頃には、あれだけ長かった夏の陽からは少し早くなってきた夕日が僕らを迎えてくれたんです。
「うーん、楽しかったー!!」
電車の中では少々眠気も襲ってきたのか、うつらうつらと僕の腕に(どうやら肩は高かったようで)もたれていた妹さんもお目覚めのようで、今は大きく背伸びをしている。
まったく、こういうところもそっくりだ。
すると彼女も神となる素質でもあるのだろうか? などと馬鹿な思考に僕が入りかけたときに、
「ねえ、一樹くんは楽しかった?」
振り返ってそう聞く彼女があまりにも可愛らしかったものだから。
「当然ですね」
としか答えられない僕がいた訳なのです、これも僕がそういう事に慣れていないからですかね?
「じゃあ、また誘ってくれる?」
もちろんですよ。これは僕の本音だろう、今回のような企画などではない形で。
「わーい! 楽しみにしてるからね?」
ええ、ご期待に添えるかどうかは分かりませんが。
まさかこのセリフをこんなところで言うとは、少しだけおかしいですね。
そんな僕に、
「それじゃあ、あたし帰るね!」
送って差し上げられなくて申し訳ありません。頭を下げる僕に、
「だってキョンくんには内緒、だもんねー」
はい、内緒、なんです。そして二人で笑い合う。
「えへへ〜、二人だけのひ・み・つ・だね!」
っと、その言い方はちょっと…………
僕が最後まで言い切らないうちに彼女はもう走り出していた。あれだけ騒いでたのに、まだまだ元気なんですね。
そして最後に彼女は立ち止まり、振り返って大きく手を振りながら妹さんは僕にこう言いました。
「それじゃーまたね! いっちゃん!!」
い、いっちゃんですか?! 僕があっけに取られているうちに、彼女の姿は小さくなっていったのです。
いっちゃん、ねえ? 苦笑しながら、僕はこういうのもいいんじゃないか? などと思ったんですから、SOS団団員としての僕も板についてきたと言ったところでしょうか。
夕日の眩しさに目を細めながら僕は、
「やれやれ、なんと報告しましょうかね?」
と一人ごちながらも浮き立つ気持ちが抑えられなかった事だけは確かなのですから。





さて、その後なのですが。
「おい、古泉。お前、妹に何かしたのか?」
はい、やはり彼にはばれてしまうんです。まああの妹さんが内緒と言って黙っているような人ではない事は予想済みでしたしね。
「実はですね、今回の件は『機関』というよりも、そのスポンサー筋のお話という訳でして」
簡単に言えば鶴屋家が経営している施設でのサンプル調査のようなものですね。
「そこで年齢的にちょうどいいあなたの妹さんに白羽の矢が立った、という事なんです」
「それなら俺に直接話せばいいことだろう、わざわざお前がしゃしゃり出る事態かよ?」
憮然とされるのも当然ですね、最初は僕も意味が分かりませんでしたから。
「ですが今回の施設はこの後SOS団で行く、という予定も考慮しておりましてですね?」
だからこそ関係者には出来る限り知られない方向で、という話でしたので。
「ふん、色々仕込みも大変なこったな」
ええ、ですがやはりあなたには話しておくべきでしたね。
「まったくだ、あの日は何故か俺は不思議探索じゃないのにも関わらず財布が軽くなったりして大変だったんだぞ。まあハルヒは機嫌良さそうだったがな」
そこについては感謝します、こちらもおかげで計画に集中できましたので。
「何かお礼でもいたしましょうか?」
「やめとくよ、『機関』に借りは作りたくないからな」
借りというなら数え切れない程我々は助けられているんですがね。それなのに自分がしている事を当然のように、
「それよりそんな施設があるなら早めに行こうぜ、またハルヒが何か言い出す前にな」
そうですね、では次回にでも。
「おう、それとな」
なんでしょう?
「妹が世話になった、礼だけは言っとく」
おやおや、逆にお礼を言われるとはね。本当に、
「あなたには敵いませんね」
「言っとけ」
そして僕らはまたいつもの日常に戻るのです。ささやかな神の退屈しのぎを考えながら。





さて、今日は彼に携帯を見られずに済みましたが勘のいい彼のことです、きっと近いうちにばれてしまうのでしょうがね。
どういう言い訳を用意しておきましょうか、それも考えるとつい笑いたくなってしまいます。
今、僕の携帯に下がっている妹さんとお揃いのストラップについての、ですね?