『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 28

前回はこちら

28−α

坂を下りてくるのは、朝比奈さんを引きずるように歩いてくるSOS団の団長様だ。隣にいる朝比奈さんも泣きそうだが、向こうの朝比奈さんも別に意味で泣きそうだな。
ズンズンと当に風を切るという表現が似合う勢いでこちらに向かい歩いてくる。
おい、こいつのどこに今回みたいな馬鹿騒ぎを起こすような節があるってんだ?
輝くような笑顔に迷いや憂いなどまったく感じさせやしない。俺たちが、SOS団が知りすぎるほど知っている涼宮ハルヒそのものじゃねえか。
まだ声が届いてるわけでもないが、多分あいつは朝比奈さんを困らせながらも楽しく話しているはずだ。
その後ろにはSOS団の誇る万能選手、長門有希が続く。
おい長門、もしかしてお前は俺たちがここにいることも気付いてるんじゃねえか?
と心の中で長門に問いかけたくもなる俺が長門の後ろに見たものは。
おいおいお前、普段からそんなに腑抜けた面してんのかよ。
まだ何も知らない、キョン子に会う前の俺が古泉の顔を鬱陶しそうに払いながら歩いていたんだよ。
なんか腹立つな、俺の顔って。
そう思っていると、俺の服の袖を朝比奈さんが引いた。どうしたのかと思えば、
「ここだとまだ皆がいますから、先回りしましょう」
とのこと。なら何故ここに来たんですか?
「確認です。この時点ではあたしも涼宮さんの変化に気付いていませんし」
なるほど、少なくとも俺たちがいた時にはハルヒの精神状態は安定していたっていうことか。
「ですから解散するところで待ちましょう」
解散したっていうと…………長門のマンションの近くか。
「早く、気付かれちゃいます!」
そう言いながら朝比奈さんはもう歩き出そうとしている。普段の朝比奈さんからは考えられないほどの積極性だが、これも責任を感じているからなのかもしれない。
それにこれ以上近づけば(長門はすでに気付いているかもしれんが)ハルヒや古泉なら気取られるかもしれない。
そう考えれば確かにここにこれ以上いる必要はない。
俺は朝比奈さんと長門のマンション前まで急ぐ事にした。多少の回り道だが、それでも先回りは出来るはずだ。
朝比奈さんを追う前に俺は振り返る……………もう一度だけハルヒの姿を確認して。








28−β

「なるほど、そちらの長門さんが…………」
要約しながらも結構長い話になったあたしの話を黙って聞いていてくれた古泉くんは、それだけ言って何か考えているようだった。
しばらく沈黙した後、古泉くんはおもむろに話を切り出した。
「それならば納得できます、つまりはここは涼宮さんの閉鎖空間でもない、と言う事なのですね」
え? それって? 頭の中にクエスチョンマークが浮かぶあたしに、古泉くんは説明してくれたのだが、
「恐らく長門さん、いやそちらの長門さんが作り出した擬似閉鎖空間ではないのかというのが僕の推論です」
いかにも確信めいた古泉くんの言葉にあたしは混乱する一方なんだけど。えーと、でもウチの長門ハルヒの閉鎖空間? そんな器用なこと出来るの?
「そちらの長門さんだけなら不可能でしょう。ですが涼宮さんの閉鎖空間についてならば、こちらの長門さんから情報を得る事は可能です」
なるほど。いつの間にそんな情報交換をしたのかは分かんないけど、長門同士なら可能な気もするわね。
でも、それなら余計に気になる。何で長門はそんなことをしたの? ってことが。
あたしの疑問に古泉くんは笑顔で答える。ほんと、超能力者は説明ってのが好きなのかしらね。
「多分長門さんはあなたを守りたかったのですよ、情報統合思念体の意思から。ですが、彼にはそれに逆らえるだけの力はありません。そこで思念体の手の届かない場所、そうです、涼宮さんの閉鎖空間を利用しようと考えたのではないでしょうか?」
古泉くんの言っている事も分からなくはない。だけど何でハルヒの閉鎖空間なの? 閉鎖空間ならハルヒコだって発生させるわ。
「…………それは涼宮さんと涼宮くんの優位性における問題だと思います。その上で涼宮さんの情報を故意に上部へ伝達していなかったのではないかと」
そうか、ハルヒの力の方がハルヒコより強いんだっけ。だからこそ長門の親玉はハルヒコとハルヒをくっつけたいんだった。
ん? ふいに気付いたことがある。長門が自分の親玉にハルヒの、というかあっちの長門からの情報を伝えていなかったってことは、
「…………………気付いてしまいましたか。そうです、これは長門さんにとってはかなり危険な賭けだったと思います。TFEIが上位体である情報統合思念体に情報を報告しないなど、本来ならば在り得ない話なのですから」
そう言った古泉くんの顔からも笑顔が消えている。多分あたしの顔色は真っ青なんだろう、あいつが、長門がそこまで考えていたなんて!
あたしは思い出す、あの時の長門の顔を。
無表情の中に浮かんだ哀しそうな瞳の色を。
『すまない』
そう言った長門の声を。
あたしは無意識に立ち上がる。長門は? 長門は大丈夫なの?!
「待ってください!」
部室の外へと飛び出しそうになったあたしの腕を古泉くんが強く掴んだ。
離して! 長門を! あたしは長門を助けにいかなくちゃ!!
「落ち着いて下さいっ!!!」
静かだった部屋に響く怒声。古泉くんが初めて上げた大きな声。
「あ……………」
ショックのあまりか、あたしは椅子に座り込むしかなかった。
何か体中から力が抜けていく気がする。
あたしは…………何もできないの……………?
「すいません…………」
さっきまでの迫力が嘘のように俯いて謝る古泉くん。ううん、あたしが悪いのに。
気付けば沈黙だけが二人を包んでいた。
あたしが、あたしにもう少しだけ何か出来る力があれば。無力感に押しつぶされそうになっていく。
「あたし……………どうしたらいいんだろう……………」
答えられるはずのない問いが自然と口をついてくる。
誰かに助けてもらいたい、その時あたしはそう思っていただけなのかもしれない。
そしてそれに答えたのは。
「もう少し…………そう、もう少しだけ僕と話をしてくれませんか?」
静かな、本当に囁くような古泉くんの声だった。
「ここにいればキョン子さんの安全は保障されます。それにきっと我々の側の長門さんも気付くに違いありません」
ハッと気付く。そうか、きっと長門も。
「ええ、僕の方が先に気付いたのは経験からくる偶然に過ぎないのでしょう。ですから、あなたはそんなに自分を責めないでください。そして……………」
古泉くんがあたしの目を見据えている。真剣に。
「僕も、いえ、僕がきっとあなたを救います」
それは多分、今まで誰も見たことがなかった顔。
ああ、こんな顔するんだ。
何故かそう思った。
「だから、長門さんが気付くまででも構わない、僕に、僕に時間をもらえないでしょうか?」
古泉くんの言葉に、あたしはただ素直に頷いた…………



見えない何かに向かい、俺はもがき続ける。それだけしか出来ないのだから。
見えない何かがあたしを動かしている。それだけしか出来ないのだから。