『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 26

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26−α

朝比奈さんが朝比奈さんに連絡を取るという文字にすると不思議な感じの状態から、今俺たちはその俺たち側の朝比奈さんを呼んだのであるが。
「すいません、僕の力が足りないばかりに……………」
先ほどから恐縮しきりの朝比奈さん(♂)なのだが、俺などから見れば十二分なほどに頑張ってらっしゃるとは思う。
「いえ、結局こちらの朝比奈さんにまで迷惑をかけてしまって。もっと早くに気付くべきだったんです」
内心は忸怩たるものがあるのだろう、唇を固く噛み締める。男とはいえ朝比奈さんのこんな姿を見たくはないもんだ。
そんな朝比奈さんに声もかけられず、俺は俺たちの朝比奈さんが来るのを待つしかなかった。





26−β

「……………ん………?」
気が付いた時には、あたしは長門の部屋にはいなかった。
だが、ここは見覚えがありすぎるほどの光景。
「学校…………か?」
しかもSOS団の団室だわ、なんでこんなとこに?
まだハッキリしない頭を軽く振りながら、あたしはノロノロと起き上がる。
信じられなかった、あの長門があんなことするなんて。
しかも、
「嘘でしょ……………………?!」
起きた時にすぐ気付いた、周囲の景色がおかしいことに。窓際に張り付いたあたしが見たものは、見たことがあり、見たくもないものだった。
空一面を覆い隠す灰色。
誰もいない校庭。
そこは、
「閉鎖空間……………なの?!」
そう、あたしはあの涼宮ハルヒコが作り出す別世界に飛ばされてしまっていた……………





26−α2

パタパタという足音が聞こえそうな、それでもいつもよりは幾分か早足気味に我らが朝比奈みくる先輩は俺と朝比奈みつるさんが待つ公園へとやって来た。


バタン!!


「ひゃうん!!」
いや、そこで転ばないでください。なんと言いますか、和んでしまいます。
「だ、大丈夫ですか?」
「ふぇ、す、すいません…………」
転んでしまった朝比奈さん(♀)を抱え起こす朝比奈さん(♂)の姿。何故だろう、そこはかとではない不安を覚えてしまうのは。
兎にも角にも、我らが天使は俺たちを救う為にご光臨なされたのである。
大丈夫……………………だよな?

「え、えーと、朝比奈………みつるさんに言われたのであたしも未来と連絡を取ったんです。確かに時空障壁の存在を確認しました、ただ原因までは…………」
朝比奈さん(♀)はとても済まなさそうにそう切り出した。
大体予想が付いてたとはいえ、本人から聞けばやはりここに来てもまだ秘密主義な未来にも腹が立ってくるもんだ。
「わかっています、僕もここまで何も知らされていなかったんですから。ですが、事態は急を要します」
朝比奈さん(♂)は朝比奈さん(♀)の手を取った。
「…………これが向こうの座標軸になります」
「…………はい、分かりました」
どうやらあれで打ち合わせられたようだ。そういえば長門とも同じ様な事をしてたな。
「でもあたしのTPDDでも、涼宮さんの時空障壁を越えられるとは思えないんですけど…………?」
不安そうな朝比奈さん(♀)そんな、ここまできたら頼りはあなただけなんですよ?!
「それも理解できます。だけどもう手段が無いんです!」
朝比奈さん(♂)が叱咤するようにそう言った。
「で、ですけど………」
「大丈夫です! ここは僕に任せて!」
躊躇する朝比奈さん(♀)とそれを励ます朝比奈さん(♂)、そこはやはり男性の朝比奈さんの方が頼もしくみえる。
「お願いします、俺も何も出来ないかもしれないけどハルヒに、その時間にいるハルヒに会わなきゃいけないんです!!」
悔しいが俺には朝比奈さん(♀)に頭を下げることしか出来ない。それでも俺は頭を下げるしかないのだ。
キョンくん…………」
「僕たちとみくるさんの時間軸が崩壊する前に僕たちが出来る事はあるんです!」
俺たちの懸命な説得は確かに朝比奈さん(♀)に届いた。
「……………わかりました、あたしに出来るかどうかは分かりませんけど」
そう言った朝比奈さん(♀)の顔も真剣そのものだった。すいません、朝比奈さん。
「ううん、これはあたしの所属する未来の為にも必要な事なんですから。ただあたしが弱気なばっかりで…………ごめんなさい、キョンくん」
そんなことありません、俺が同じ立場なら躊躇しない訳はないでしょうし。
朝比奈さん(♀)の決意を見た朝比奈さん(♂)が俺たちを促した。
「では、これから涼宮さんの時空障壁を越えるための方法を説明します」
と言うと朝比奈さん(♂)が俺と朝比奈さん(♀)の手を取った。何をする気だ?
「みくるさん」
「はい」
朝比奈さん(♀)が残った方の俺の手を取る。ちょうど三人で輪になったような形だ。
「このまま、まずは僕のTPDDで時空障壁まで跳躍します。そして衝突の瞬間にみくるさんのTPDDで再度時間を越えてもらうんです」
なるほど、二段階でロケットのように飛ぶってことか。それで上手くいくのか?
「涼宮さんの障壁は理論上では4年前のものと比べ、遥かに薄いはずなんです。だから二人分のTPDDの出力なら障壁を越える事は可能なはずです」
そうなのか? ハルヒが作った壁の厚さまで俺には分かりはしないが、これだけ朝比奈さん(♂)が自信を持って言うのだから勝算がある、ということなのだろう。
「?! で、でもそれって…………」
「大丈夫です!! 僕を信じてください!!」
なにか言おうとした朝比奈さん(♀)を朝比奈さん(♂)が制する。その顔は当に男らしいと言ってもいい。
人見知りで優しげな朝比奈さん(♂)だったからこそ、俺はその顔を信じたくなった。ここまできたらそれしかない。
「わ、わかりました! ではタイミングをお任せします、キョンくん…………」
分かってます、俺は強く目をつぶった。
「行きます!!!」
再び俺を強烈な、ミキサーに入れられたような揺れと天地の感覚がなくなる浮遊感が襲う。
いや、さっきより酷い! まるで脳みそを引き出されてシェイクされてるみたいだ!!
「今です!!」
キョンくん!!!」
手足の感覚が無くなりかけていた俺の右手が強く引かれ。
一気に高空から叩き落されるような落下する感じに、俺の意識ごと持って行かれそうになりながら。
「大丈夫です、目を開けてください」
その声で俺は地面に立っている事に気付いたのだった。ここは……………?
「はい、あたしたちから見れば先週の金曜日になります」
朝比奈さんの声で目を開けた俺の目に飛び込んだのは、間違いなく北校の校舎だった。どうやら坂道を下った所らしい。空を見れば、ちょうど夕闇が迫りつつある。
「なんでここに?」
俺の呟きに、
「ここで涼宮さんと過去のあたし達を待ちます」
そう朝比奈さんが答えた。なるほど、それでここということか。
と、よく見れば朝比奈さんの顔色も青くなっている。自分の物と違うタイムマシーンを使ったから酔うこともあるんだろうか?
「……………実は、あの方法を使う為にはTPDDで時空障壁に激突しなければいけません」
それは向こうの朝比奈さんも言っていた。
「つまり朝比奈くん、みつるくんはTPDDの全エネルギーを時空障壁一点に向けていたんです」
肩が小さく震えている。何でだ、何故朝比奈さんがここまで…………
「ですから、衝突時にみつるくんは時間軸を調節なんか出来ないんです!」
なっ?! と、ということは……………?!
「はい、みつるくんがどの時間軸に飛ばされたのかはあたしにも…………」
そんな、それじゃ朝比奈さん!!
「駄目です! もうあたし一人の力じゃ障壁を越える事は出来ません!!」
そうだ、つまり俺たちはハルヒから今回の件の原因を見つけ出し、尚且つ解決しなければならなくなっているのだ。
「朝比奈さん、まさか分かって………」
「……………はい………」
俯く朝比奈さんに俺は何も言えなかった。言えるわけがない、もし分かっていたら俺はこんな事を承知するはずはない。
それが分かっていたから二人の朝比奈さんは何も言わなかったのだから。
「……………………………待ちましょう」
それだけ言うと俺は物陰に隠れ、しゃがみ込んだ。
くそっ、朝比奈さん(♂)の事が気になって仕方が無い。
だが、隣で俯いたまま同じ様に座り込んでいる人は俺よりも傷ついたはずなんだ。それを思えば、これ以上何か俺に言える事はない。
なあハルヒ、お前は何を見て、何を思っちまったんだ?
焦燥感に包まれながら、それでも俺は朝比奈さんとハルヒが来るのを待つしかなかった……………






26−β2

何がどうなってるのか分からないけど、とりあえずあたしは部室を出る。
校舎のドアには鍵が掛かってたけど、内側からだから簡単に開けられた。そのまま靴も履き替えず校庭に出る。
ちょうど校門のところで何か柔らかい壁に、まあ予想どおりにぶつかった。
一応学校を一周してみたけど、どこも同じようなもんだったわ。あたしは何も得るものがないまま、すごすごと部室に戻るしかなかった。
「はあ…………………なんでなの、長門……………?」
あたしは自分の椅子に座り、ため息をつくしかなかったの。そのまま手で顔を覆う。
信じてたのに。あたしは長門を。
「どう………して……………」
涙が頬を伝うのが分かる。あたし……………裏切られたの…………?
『我々は情報統合思念体の意思に基づき行動するしかない』
長門の言葉が胸に突き刺さって、痛い。それでもあんたは、長門有希はあたし達の、SOS団の仲間だと思ってたのに。
『すまない』
そう言った時、あんたはどんな顔してたの?
「うっ…………うぅ……………長門ぉ…………」
止まらない涙を止めようとも思わず、ただあたしは泣くしかなかった…………



…………どのくらい泣いてたのか、あたしにはもう分からない。
でも、もう十分に泣いたんだろう。
あたしはいつの間にか寝ていたようだ、気付けば涙も乾いていた。
「…………顔、洗わなくちゃ………」
何か自分でも足元が定まらないままにトイレの方へ。
きちんと水が出たことも不思議に思わず、あたしはただ無心に顔を洗った。
鏡を見れば、腫れぼったい目をした女の子がいる。あはは、我ながら間抜けだわ。
そのまま無意識に髪をほどいて結び直した。
少し強めに髪を引いたおかげか、ほんのちょっとだけ気持ちが締まった気がする。
泣き疲れたせいなのか、逆に頭が働いてきたような。
いや、少し冷静になれたのかも。
あたしは部室に戻り考えてみる。ここは本当に閉鎖空間なの?
何故かって? これだけの時間(寝てた時間も含め)ここにいるのに、今だ神人が出てこないからだ。
そう思えば長門は何か別の目的でここへあたしを連れてきたんじゃないか?
そうよ、何でこんな事に気付かなかったんだろう!
あたしは部室の本棚の本を片っ端から拡げ始めた。
長門なら、あたしの知る長門なら何かを残しているはず!!



しかしあたしはその作業を途中で止めざるを得なくなる。
それは、部屋の外で変化が起こったから。
一瞬窓の外が光ったのを見たあたしが、神人か?! と窓辺に近づいた時に。
キョン子…………さん?!」
窓をすり抜けてきた赤い光。まさか?!
あたしの目の前に現れた赤い光は徐々に人の形となり、
「嘘……………なんで?!」
それはつい先程見たはずのハンサムへと変わったから。
なんでここに古泉くんがいるのよ?!




もう後戻りは出来ない、ここからが勝負なんだ。
どういうことか分からない、これからどうなるんだろう。