『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 25

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25−α

さすがに男の俺とはいえ、一人で勝手に家を出るには色々言い訳を重ねなければならなかった時間なのだが。
そこは上手く誤魔化しきれた(妹を離すのに手間取ったが)俺はほぼ定刻どおりに川沿いの公園に着いていた。
とは言え、ハルヒにばれないように電話するのは難儀だったのだが、何故かあいつの追及もそこまで厳しくなく、おまけにキョン子には連絡が付かなかった。
キョン子が気にならないと言えば嘘になるのだが、これはこっちの用件を済ませてから連絡しなおすしかないだろう。
とにかく俺は古泉(♀)の残したメッセージを信じてみるしかなかったのだから。
さて、公園と言われてここしか思い浮かばなかったのだが、はたしてそれが正解なのか、
キョン君、ですね?」
正解だったようだ。未来人にとってこの公園は余程重要なスポットらしい。そして古泉(♀)はやはり俺達の知る古泉と同じなのだと思うしかなかった。
物陰から現れたのはキョン子たちの世界の未来人、朝比奈みつるさんだった。しかし、どの世界においても朝比奈さんは朝比奈さんなのだと思わされるものだ。小柄な朝比奈さんが近づいてきても男だとは思いにくい。
「よかった、古泉さんも信じてもらえたみたいで」
まあ正直、罠かどうか半々な気持ちでしたが。それでも、朝比奈さんの名前を出されては行かないわけにはいかんでしょう。
「ありがとうございます。僕も古泉さんに頼んだ時には心配だったんですけど」
そこだ、何故あちらの朝比奈さんはわざわざ古泉を介して俺に連絡をとったんだ?
「それが規定事項だからです。多分、キョン君と古泉さんとの信頼関係を試す為の」
俺と古泉(♀)のか、確かにあいつとの信頼関係など最悪としか言えるものじゃなかったからな。だが、俺は古泉である、という一点に賭けた。
「僕もそれを信じるしかありませんでした。少なくとも僕も古泉さんも、ただ組織の一員としてここにいるわけではない、いえ、なくなったんですから」
ということは、
「はい、僕は今回の事態を理解しています。とは言っても古泉さんに話してもらったから気付いた、と言った方が正解なんですけど」
朝比奈さんはそう言って苦笑いする。その顔はまるでいたずらが見つかった子供のようで、こちらがすまなくなってきちまうな。
「僕たちの…………そうですね、正確に言えば僕が所属する未来の存在はかなり曖昧になってきています」
とんでもない事をさらっと言った朝比奈さんはそれでも、
「おそらく近いうちにそちらの朝比奈みくるさんも気付くことになるとは思いますが、それは僕の世界が彼女の世界に比べて崩壊するスピードが速いからです」
崩壊のスピード? それは、
「はい、涼宮ハルヒコくんの意識の問題です。それは涼宮ハルヒさんの問題でもあります」
ハルヒの? そうだ、この世界とそっちの世界は何故繋がったんだ?! そこが分からないままに話だけが進んでいる。
キョン君とキョン子ちゃんが初めて会ったのはいつですか?」
先週の……………土曜日になるんじゃないですか?
「それならその前に涼宮さん、ハルヒさんですね、その人が何か僕らの世界を呼び寄せるきっかけがあったはずなんです」
となると金曜日? わからん、少なくとも団活まではいつものハルヒだったし、それ以降ともなれば俺には分からないことだ。
「ですから僕と一緒に行きましょう」
そう言って朝比奈さんは右手を差し出した。その意味が分からないというには俺も色々知りすぎている。
どうやら酔い止めまで飲んでくるんだったな。
男同士で手を繋ぐのには抵抗もあるのだが、相手が朝比奈さんなのだからかそんなに嫌でもないもんだ。
そうでも思わなければやってられない状況で、俺は朝比奈さんの手を持った。
「では、いきます!!」
俺は目を閉じた。
途端に前後と天地が逆さまになったような感覚が俺を襲う。やはり慣れないもんだ、盛大に吐き気を催した俺が朝比奈さんに助けを求めようとした時だった。
「そんなっ?!」


バンッ!!


衝撃と共に俺は何かにぶつかった。なんだ?!
そのまま強烈に地面に叩きつけられる。
「ぐあぅっ!!」
全身を痛みが走ったが、さすがにとでも言えばいいのか、俺も何度かこんな場面に遭遇している。
無意識に受身でもとったのか、すぐに起き上がれた。それより朝比奈さんは無事か?!
「う……うぅ…………」
見ると傍らに朝比奈さんが倒れている。俺は慌てて朝比奈さんに駆け寄った。
「す、すいません………もう………大丈夫ですから………………」
やはり女性の朝比奈さんよりは丈夫なんだろう、朝比奈さんは俺が起こす前に自力で立ち上がった。
が、やはりペタンと座り込む。そりゃ腰も抜けるだろう。結局俺が引き起こした。
「申し訳ありません…………」
いいんですよ、このくらい。それで俺達はどうなったんですか?
「ここはさっきまで僕らがいた時間から移動していません」
それはどういうことなんですか?!
「つまり僕らは時間跳躍に失敗したんです」
なっ?! ど、どういうことですか、まさかタイムマシーンの故障とか、
「いいえ! TPDDには異常はありません! これは…………考えられませんが時空障壁が存在するとしか思えません」
えーと、それはあのハルヒが作ったやつと同じ様なものですか?
「そうです、僕らが4年前に行けないのと同じ様な状態になっていると思ってもらって間違いはありません」
そこまでするかよ、どんだけの秘密がそこにあるってんだ?
「…………僕一人ではどうにもなりません」
俺が驚いている間、朝比奈さんはずっと空に向けて耳をすませていたのだが、その行為を止めると静かにそう言った。
「元々涼宮くんの時間軸とは違う時空を移動しようとしてたんですから。それでも同じような技術形態だから問題はなかったはずなんです。それが時空障壁まで………」
どうやら予測以上にこれは大問題らしい。朝比奈さんはそこまで言うと黙り込んでしまっている。
もちろん俺に何か言えるはずもなく、互いに沈黙するしかなかった。
やがて朝比奈さんが口を開く。
「しかたありません、最後の手段を使います」
真剣な顔の朝比奈さんは、
「この時空障壁は涼宮くんの作り出したものではありません、それは先ほど衝突したデータで証明できました」
涼宮くん? つまりハルヒコの仕業じゃないってことは、
「間違いなくこれは涼宮さんの力です」
ハルヒか。あいつ、なにを隠したがってんだ?
「ですから涼宮さんの次元の専門家にお願いするしかありません」
え? それってつまり……………
「はい、朝比奈みくるさんにここに来て貰います」

ザワッ!

風が一陣通り抜けていった…………






25−β

7時とは言え、夜に女の子一人が出歩くのはなかなか大変だ。弟や両親の追及をどうにかかわしたあたしは、それでも時間に遅れることなく長門のマンションまでたどり着いていた。
まあ出る前にハルヒコと古泉くんには連絡取れたし。
ハルヒコには、
『今度から何かある時は事前に報告しろよな!』
と理不尽に怒鳴られ、古泉くんに、
『いえいえ、あなたや涼宮さんのお邪魔でなければよかったんですが』
と逆に恐縮されてしまって困ったりはしたんだけど。
とりあえずマンションの前まで来たあたしは、もはやお馴染みとなったインターフォンの番号を押す。
『……………』
そしてお馴染みの沈黙なわけね。あのさあ、それあたしじゃなかったら完全に居留守よ?
「あー、長門? あたしだけど」
『入って』
静かに自動ドアが開く。あたしも何も疑わずに入った。疑う? その時のあたしにはそんな考えはなかったもの、だって長門だし。
エレベーターで7階まで行くと、部屋の前に長身の影が。あれ? 長門が部屋の前にいるなんて。
「待っていた」
そんな心配されるほどの事かしら? といったあたしを無視するようにさっさと長門は部屋の中に入ってしまった。ならなんで外で待ってたのよ?
「お邪魔しまーす」
と部屋に入れば相も変わらずの殺風景な景色があたしの前に。もし女の長門の部屋もこうなら、あたしが何か一言言ってあげよう。きっとキョンなんかじゃ何も言わないだろうし。
その殺風景な部屋の中央には、これもシンプルなテーブルが一つ。
「座って」
はいはい、わかりましたよ。あたしはテーブルの側に腰を下ろす。せめてお客さんなんだから座布団くらいあってもいいんじゃない?
「これを」
そう思ったら座布団を持ってきてくれた。一応そういうのもあるのね。あたしはありがたく座布団を敷いて座りなおす。
「待ってて」
それだけ言うと長門は台所へ。しばらくしてから急須と湯飲みを持ってきた。
「飲んで」
はあ。あたしと長門は黙ってお茶を飲む。しばしの沈黙。
あーもう! その沈黙に耐えられなかったのはやっぱりあたしの方だった。
「で? なんの用なの長門?」
まさかお茶をご馳走になりに来たってわけじゃないでしょうが。
「おかわりは?」
結構よ! ほんと、宇宙人は直接的に話が出来ないのかしら?
「………………」
それでも表情を変えない長門は、自分の湯飲みのお茶をを一気に飲み干した。
「あなたに話がある」
ようやく口を開く長門。もしかしたらこいつなりに何か覚悟が必要だったのかもしれない。
「あなたは、この世界をどう思っているか?」
と、えらく抽象的な質問ね。どうもこうもないわ、異常事態だってことはあたしにだって分かる。
「それならば、あなたはこの世界を終わらせたい?」
それは…………いつものあたしなら即座にイエスと言えただろう。でも、今のあたしにはそうさせないものがある。
やれやれと呟きながら、それでも優しく笑うあいつの顔が浮かんでくるから。
情報統合思念体は、」
長門はあたしの答えを待たずに話し出した。
「今回の一件が涼宮ハルヒコの自己進化のプロセスに重大な影響を与えると考えている」
そういえば前にもそんなことを言っていたような。その時は古泉の言い方に腹が立ってたから気付かなかったけど。
「我々は情報統合思念体の意思に基づき行動するしかない」
長門が立ち上がった。そしてあたしに近づいてくる。なに?
「鍵は…………遷ろう」
あたしの真横に長門が立っている。長身の男性に見下ろされるとまるで圧迫されているようだ。
「あなたは、鍵『だった』。だが鍵は移ろうとしている」
どういうこと? ねえ長門?! 急いで立ち上がろうとしたが、身体がまるで押さえつけられたように動かない!
そんな! まさか長門が?!
無表情のインターフェースが右手をあたしに向けて伸ばした。
情報統合思念体涼宮ハルヒを新たなる鍵とすることを推進する。その為に鍵は二人はいらないと判断」
長門! ちょっと待って! あたしは…………
「すまない」
長門の手が一瞬光ったように見えて。

あたしの意識はそこで途絶えた。

「気付いてくれ…………」
長門が最後にそう言った気がしたのに。





核心は俺の目の前にあり、それは俺に何をさせようとしているのか。
核心はあたしの前にあったはずなのに、何故こうなってしまったんだろう。