『SS』「あつい」と言ったら負け:リベンジ!!

キョン、これ美味しいわよ?」
「いや、食欲なんぞない。というか湯気が上ってるようなもんを近づけるな」
「なによ、団長手ずからヒラ団員に食べさせてあげようって言ってんだから素直になりなさい!」
「その前に何故おでんを食わねばならんのか教えやがれ!」
「……………美味しい」
 ここはあたし率いるSOS団の神聖なる団室。あたしはこのあ……いや、夏の日にわざわざ買ってきたおでんを食べさせようとしている。
何でかって? それはね…………リベンジよ!!!
「それにしても有希はあ………、大丈夫なの?」
 危ない、もう少しで禁止ワードを言うとこだったわ。
そうよ、こんな馬鹿馬鹿しいことしなきゃならなくなったのも全部キョンのせいなんだから!!




それは数日前の話よ。あたしはこの暑い日々にかなりうんざりしてたのに、キョンの奴が事もあろうにこのあたしに向かって我慢が出来ない女なんて言うもんだから。
ついあたしも売り言葉に買い言葉で『暑い』って言ったら負けっていうゲームをやることになったの。
そこまではいいわ、だってあたしが勝つに決まってたもん。
ところが、よ! よりにもよってこのあたしが! 弘法も筆を誤ったりするし河童だって河を流れちゃうかもしれないけど、このあたしまで!!
姑息なキョンの誘導尋問によって敗北の屈辱を味わうなんて…………
おまけにその、あのね? あたしが受けた罰ゲームのあの悔しさ!! ううん、そりゃ別にキョンとキスするのが嫌なんじゃないけど………………ってちがーう!!
何にしろ、あたしが負けた。その事実が嫌なのよ!!
こんな気持ちで夏休みを迎えるなんて団長の沽券に関わるわ! だからこそ今の内にリベンジしなくちゃ! なんだから!!
ということで、あたしは第二回あついと言ったら負け大会を開くことにしたの。キョンは何か言いたそうだったけど、そんなもん却下に決まってるわ。
古泉くんもみくるちゃんも有希もあたしを支持してくれて多数決の論理でもあんたの意見は通らないの、あたしはみんなの意見を尊重する団長なんだから。
「お前らなあ…………」
 キョンのため息と共にゲームはスタートしたっていうこと!!




「ねえ有希ってさあ、いつも本を読んでるじゃない?」
 あたしはキョンに話しかける。もちろん誘いなんだけど。
「ああ、そうだな」
 渋々とキョンも答えざるを得ない訳よ。ふふん、見てなさい?
「あの姿を見て、あんたどう思う?」
「どうって、いつもあんなぶ、」
 キタ!!
「…………凄いボリュームの本をよく読めるなとは思うぞ?」
 チッ! 引っかからなかったわね。いつものあいつなら簡単に言いそうだったのに。
それなら作戦第二段ね! みくるちゃん、お茶!!
「は、はーい」
みくるちゃんがお盆に乗せてるのは、あの時のような熱々のお茶よ。もちろんキョンだけね。
『おい、それは反則だろうが』
と言いたそうなキョンの視線を軽くかわす。ふん、団長は絶対なんだから!!
「あー、ありがとうございます、朝比奈さん………」
 それでもみくるちゃんに一応お礼を言いながら、キョンは見るからに熱そうな湯のみを抱えてフーフーと息を吹きかけている。
ふふっ、なんか可愛い。ってダメダメ!! あの馬鹿をギャフンと言わせなきゃならないんだから!!
そう思いながらあたしは自分のお茶を一気に飲み干した。当然これは冷たい麦茶ね。



チビチビとながら、どうにか自分のお茶を飲み終えそうなキョン。全身、すごい汗。
なんか…………かわいそうかも。
いやいや、ダメよ! これはあたしの、そう復讐なんだから!! 心を鬼にしてみくるちゃんに目で合図を送る。
『ほ、ほんとにやるんですかぁ〜』
『当然よ! いいからやりなさい!!』
『ふわぁ〜い………』
 まあみくるちゃんはあたしに逆らえないからね、それにこれはキョンに罰を与える為にしょうがないことなのよ、うん。
「キョ、キョンくん? お、おかわりなんかいかがですか?」
 あーもう、そんなに恐る恐る聞かなくていいわよみくるちゃん! それを聞いたキョンがあたしに視線をぶつける。
『おい! お前、これはあんまりじゃねえか?!』
 その目がそう語ってる。けど、それもこれもあんたが一言言えば済む話なのよ? ふふん、と鼻で笑ってやったわよ。
…………ちょっと意地悪だったかな?
それもこれもあんたが負けを認めないからなんだからね!!
しかし意地になったのかカッコつけたいだけなのか、キョンは、
「それじゃ、いただきます」
 なんて言っちゃってさ。フンだ、みくるちゃん相手だとデレデレしちゃって!!
いそいそと用意をするみくるちゃんにまで何故かムッとしながら、あたしはキョンが根負けするのを今か今かと待ちかねていた。



まあ結末はあっさりしたものだったんだけど。
みくるちゃんがお茶のおかわりを持ってキョンの側へ。そこで、
「きゃあああああああ?!」
……………さすがだわ、みくるちゃん。まさかこんなところで天然ドジっ娘属性を発揮するなんて。
何も無いところで転んだみくるちゃんの持っていたお盆は宙高く舞い。
そのお盆に乗せられていた熱々のお茶は湯のみごと綺麗な弧を描いて。
「アッチィーーーッッ!!!」
 見事なまでにキョンの頭の上にヒットしたのだった。やった! 間違いなく言ったわ、あいつ!!
「ってそれどころじゃないわ!! ちょっと! 大丈夫、キョン?!」
「ふえぇぇ〜、す、すいましぇ〜ん」
長門さん! タオルです! 早く!!」
「了解」
 頭を押さえてのた打ち回るキョンを前に、あたしたちも大騒ぎするしかなかったんだから。
それでもあたしの勝ちは勝ち!! なんだからね?!



さて、氷で頭を冷やしているキョンの前で仁王立ちするあたし。ふふふ、どんな罰ゲームをさせようかしら?
頭を冷やしながらも覚悟はしたのかキョンも何も言わないしね。
「もう何言っても無駄だろうが」
 わかってるじゃない。あたしはキッチリ前回の復讐を遂げるのよ!
「いやいや、彼も流石に気の毒ではありませんか? 今回は不慮の事故でしたし」
 あら、古泉くんはキョンの肩を持つの?
「そうではありませんが、彼の罰も少しは軽くして差し上げるのも団長としての懐の深さかと」
 うーん、そう言われちゃうと弱いなあ。そうね、みくるちゃんが原因でもあるし、ここは少しは度量ある団長もアピールしときますか!
……………氷を当ててるキョンが可哀想な訳じゃないからね?!
「それなら古泉くん、なにかいいアイデアがあるのかしら?」
 そこまで言うんだから何か考えはあるんだろうけど。
と、これが何か見たことあるような流れだと思った時は遅かったのよ。


「それでは団長の頬に接吻するということでいかがでしょうか?」


な?! なんてこと言うのよ古泉くんは!! 
「それってあたしに対しての罰じゃないの?」
「ちょっと待て! 俺は断固断わるぞ!!」
 あたしとキョンが同時に抗議の声を上げると、何故か有希が、
「ではわたしに」
 なんて言うもんだから思わず有希の方を見ちゃったじゃない!
「………ジョーク」
 ああ、そう。でももう少し表情を変えた方がいいわよ、なんというか笑えないわ。キョンもため息ついてるし。
キョンはまだウジウジと何か言いたそうなんだけど、そんなにあたしにその、キ、キスするのが嫌なの?!
あー、なんか頭きた!!
「いいじゃない! あたしが許すわよ! ドーンと来なさい!!」
 あれ? なんかあたしがまるでキスして欲しいみたいじゃない、これ?
それでキョンも覚悟を決めたのか、
「わかったよ。それでも結構恥ずかしいんだぞ、ハルヒ、すまんが目をつぶってもらえんか?」
 あたしだって恥ずかしいに決まってるじゃない、当然目をつぶったわ。

…………………………まだ?
何してんのよ、あの馬鹿! 待ってるのだって恥ずかしいんだからね!
「ちょっとキョン! まだな……!!!」
「うわっ! いきな………!!!」
 そうね、いきなり顔を向けたあたしが悪かったのよね。でもね?
それでもあいつの唇があたしの唇に綺麗に合っちゃうなんて…………!!!
「な、な、な、なにやってんのよ! このエロキョン!!!!」
「お、お前、急にこっち向くな!!」
 なに顔を真っ赤にさせてうろたえてんのよ! あ、あたしもきっと真っ赤な顔なんだろうけど。
なによ、まるっきり前と同じじゃない。あたしはもう恥ずかしくて下を向くしかなくて。
「…………悪い」
 謝るな、バカ。
「あーもう!! 今日は解散!! 結局暑くなっちゃったじゃない!!」
 みんなに顔を見られたくないから鞄を持って部室を飛び出すしかなかった。
そうしたらやっぱり後ろにはあいつの気配。
「………なんでついて来るわけ?」
「んー、なんとなく、だな」
「ついて来るな! バカキョン!!」
「一緒に帰ったらダメか?」
 うー、ダメって言えない自分が馬鹿みたい。だってキョンと二人で帰れるのが嬉しいから、なんて何言ってんのあたしは?!
「しょ、しょうがないわね、どうしてもって言うなら考えてあげなくもないわよ!」
 あいつの方なんて見れないから、真正面を向いてあたしは言った。ちょっとだけ早足になりながら。
「へいへい、どうしてもお願いしますよ、団長さん」
 そう言ってるキョンの声が少し嬉しそうに聞こえたのはあたしの気のせいかな? 少しだけ早まる後ろの足音。
なんだろう、すっごく気分がいい。
夏の午後、まだ陽は高くて。あたしやキョンの顔が赤くなるくらい暑いのも当たり前なのよ、きっとね。





それにしても、嬉しいんだけどちょっと悔しい。
だって試合に勝って勝負に負けたみたいじゃない?
だからね?
夏休みの間に絶対にあたしが納得する勝ち方をするんだ!!
覚悟しときなさいよ? キョン!!