『SS』たとえば彼女が………(10万ヒット記念SS)

季節は移ろい易いとは言うものの、ついこの間は長雨で肌寒いと文句を言っていた黄色いカチューシャが望んだとしては極端じゃないかと思うほどの熱気に包まれている季節は夏。
俺は夏と冬なら間違いなく夏を愛する心強き人のはずなのであるのだが、それでも強き心が時よ戻れ、と言いたいばかりに、
「暑…………………………」
大絶賛、熱射病への階段を昇る俺はまだシンデレラなのである。ああ、幸せのかけらはきっとこの坂を下る途中にあるに違いない。
というまるで既に熱射病患者のうわ言のようなモノローグも呟きたくもなるほどに俺は落ち込んだ精神とそれに拍車をかける肉体の酷使に耐えてきたのである。
あー、なんで俺だけ夏休みに呼び出され補習を受けねばならんのだ…………………
まあ自業自得と言われて反論できるほど大した脳みそはしておらん。
それどころか急降下を描く成績のカーブは補習が一日で終わる事すら奇跡だと言わざるを得ないのだ。
そんな期末テストがギリギリだった俺が補講が一日で済んでいるのは、とにもかくにも強引なまでに押しかけたハルヒ超先生のスパルタ授業の賜物であり、これを機に真面目に勉学に励もうとすれば、
「あんた明日以降はスケジュールびっしりなんだからね?! まったく、補習なんかで貴重な一日を無駄にするなんてSOS団団員として恥を知りなさい!!」
と、それを妨害するのもハルヒ超先生なのである。どうすればお前みたいに寝てるだけで成績が良くなるのか聞きたいんだが、墓穴は掘らない主義なので口は閉じておく。
こうして俺は何とかノルマを達成し、十分陽が昇ってアスファルトを焼き付けている中を目眩がしそうになりながら帰宅している次第だ。帰ればエアコンと冷たい飲み物が俺を待っている、その前に倒れさえしなければ。
しかし、そんな俺をいきなり心胆寒からしめないという状況が何故かこういう時にもやってきたりするのである。




……………………なんでここにいやがるんだ?




陽光に照らされ、反射するかのごとく白い肌。
その白い顔に黒々と落とされた墨のように黒く大きな瞳。
そこまであれば太陽熱を吸収しきって燃えちまうんじゃないかと思うほどの量の黒髪に包まれて。
おまけにこっちが汗をかきそうな黒い長袖の学校指定の制服ときたもんだ。お前に季節は関係ないのか?
そうだ、周防九曜はいつも俺の度肝を抜くように現れやがるんだ。
「………………………」
「―――――――――」
あのさあ、暑いから早めに切り出していい?
「で、何しに来た?」
「――――――連れて―――――来た―――――?」
なにをだ。というか疑問系はやめなさい。
「あのさあ、あんたらいつもこんな会話なわけ?」
残念ながらそうだ。ところで、なんでいるんだ?
「付いて――――――来た?」
お前まで言うな。
陽光に映えるように跳ねるポニーテール。
眠たげに見える目に余裕がありそうな笑み。というか皮肉か?
ピンクのキャミソールにブルーのミニスカートで黄色のカーディガンは日焼け対策か?
そうさ、キョン子はいつも突然俺の目の前に……………って!!
なんでお前がここにいる?!
「おー、見事なノリツッコミ」
「――――――――オモロー―――――――」
お前らなあ………………
そう、目の前のポニーテールの女は確か俺の時空異相体とか言う要は別世界の俺、といった奴だったはずだ。
それが何故ここに? それにあの世界とここはもう閉じて繋がらないはずだ、あの喜緑さんがそんなミスをしようとは思えん。
「――――――――天蓋――――――なめんな―――――――」
えー? まさかそれだけのために?
「――――私は――――――やるかやらないかで言えば―――――やる?」
やるな。
「ということでいきなり連れてこられたんだ」
お前も抵抗してくれよ。
「どうやったら宇宙人に勝てるのか、ご教授願いたいものなんだけど?」
うん、それ無理。とあえて宇宙人風に返してみる。
「向こうの世界の私を介して―――――――意識体を運んで―――――みたの―――――」
へー、すごいねー。でも、しないで欲しいなー、俺は。
ん? 意識体? ということは目の前のキョン子は幽霊みたいなもんなのか?
それにしてはえらくはっきり見える幽霊であるが、まあ天蓋なめんなってことだろう。
ということで、なんとなく手を出したら透けるんじゃないかと思ってキョン子に手を伸ばす。



ぽよんっ♪



ぽよん?
「キ、」
キ?
「キャアアアアア―――――ッッ!!!!」



バチ――――――ンッ!!!



「――――――実体化も―――――万全――――――」
そうだな、完璧だ。ただそれは俺の左頬が赤くなる前に言って欲しかったセリフだぜ。
真っ赤になって胸元を押さえているキョン子を見ると何故俺はあんなことをしてしまったのかと不思議なくらいだ。不思議に慣れすぎた弊害だな、うん。
それにしても女の子の身体というものは、ああも柔らかいものなのか。キョン子なんて見た目は出るとこ出てなくてもああなのだから、朝比奈さんなどは



バヨーン!!



とかに違いない。というか確かめる術がないのが忸怩たるものがあるほどに確かめたいものなのだ。
すると九曜が黙って俺の手を取った。そしてそのまま自分の胸元へ。



ペタペタ。



えーと、何をなさってるんですか九曜さん?
「―――――どう?」
どう? と言われても………………………ねえ?
「ちなみにこの表現は――――――私個体のものでは――――――ない」
と言われた瞬間に脳裏にショートカットの少女が分厚いハードカバーの本から急に鋭い視線を俺に向ける画像が浮かんだのだが、その視線を受けてしまえば俺の生命に関わる事態になりそうなので急いで視線は逸らせておいた。
と、逸らした視線の先には真っ赤な顔したポニーテールが。
「な、」
な?
「何してんだ、お前は―――――――っ!!!」



バチコ――――――ンッッ!!!



まあこうして俺は両方の頬を程よく真っ赤にしながら、その原因のポニーテールの少女と元凶の黒い無表情な少女と共に(あいつらにとっての)異世界を案内することとなったのだ。
嗚呼、何ゆえに俺は苦しい思いで補習を乗り越えたのに平手打ちを両頬に食らった挙句、この熱射病予備軍作成の為のような日中にウロウロと歩かねばならんのだ? さよならクーラー。
「と言う事でどこか涼しいところに連れてってくれないかな?」
さすが別世界の俺だ、的確に俺の思いと一致する。
「それじゃいつもの喫茶店にでも」
だが断わる。
「―――――――どう――――――して?」
あのなあ、いい加減俺だって学習するぞ? ここで制服姿の俺がお前らを引き連れたりなんかしてみろ、間違いなくハルヒ長門の耳に入ったあげくに俺が酷い目にあうんだからな。
「なんでその、こっちの場合はハルヒか? そのハルヒに酷い目に遭わされるのよ?」
知らん、それがわかりゃ苦労はしてない。
「――――あなた達は――――とても―――――そっくりね――――」
そりゃそうだろ、伊達に俺じゃないはずだ。
「それじゃどこに行くのよ?」
こういう時はまずここから離れるに限る。そうだ、まずは逃げるんだ。
「完全にヘタレね」
そのセリフはこっちのハルヒを知れば二度と言えなくなるぞ。





ということで、俺たちはわざわざ電車に乗り少々離れた繁華街を目指している。
その間の主な出来事は…………これだ、1・2・3!


「えーと、なんで普通に全員分の切符を買おうとしてるの?」
あ、つい。なんというかクセだ、クセ。
「ふーん、奢るのがクセなんて変わってるわねえ」
いや、奢りたくて奢ってるんじゃないんだけど。
「あたしはいいわ。人に奢られるの好きじゃないし、佐々木達との行動も基本的にワリカンだし」
な・ん・だ・と・?!
そ、それは例えば到着順なんか関係ないのか?
「当たり前じゃない。たしかにあたしが最後なことは多いけど、佐々木も橘も藤原さんだって文句は言うけど奢りとかあるわけないじゃない」
おい橘、出てくるなら今だ。今なら俺はハルヒの能力を佐々木に移す事に賛成するかもしれないぞ?
まあ能力が移ったところでハルヒが俺に奢らせるのを止めるとも思えないんだが。
そんな訳でなんと俺は一人分の切符を買うだけの負担で済んでしまったのだ。まあ、こいつらがいなければ切符など買う必要がないのはこの際目をつぶっておく。
ちなみに九曜は切符すら買う事もなくスムーズに改札を越えてしまった。おい、さすがにキセルはいかんだろ。
「―――――体内にICOCAを内臓―――――キャッシュチャージもバッチリ―――――」
そうか。




そして俺たちは何をする訳でもなくフラフラと涼しさを求めて大手百貨店内をさまよっている。
というか、クーラーが効いている所から出たくないのが本音だ。だからこそ駅構内から繋がっているところに来たのだから。
しかし北校の夏服の俺に光陽園の冬服の九曜、一人だけ私服のキョン子という取り合わせは傍から見ればどう映ってるのかね?
「そうね、親子連れ?」
一番遠いとこから言うな。
「――――パパ―――?」
やめて、まだ結婚とか出来ないから。というか何普通に娘になってんだ、お前は。
「じゃあありきたりなデートね」
それもどうかと。それなら二人じゃないとおかしくないか?
「―――私なら――――気にしない―――で?」
普通に気にするわ。それより俺をからかって楽しいのか、お前ら?
「まあ滅多にないことだし」
あってたまるか。そんなことより俺が女になるとこんなキャラなのかと少々不安にすらなってくる。
「あたしだって羽を伸ばしたい時があるのよ」
それなら俺にだってそんな機会があってもいいじゃないか?
「――――――行って――――みる?」
うーん、魅力的な提案のような気もするがなあ…………
「あ、あたしパス。案内するのが面倒だもん」
さすが俺だ、ちょっと泣いていいだろうか? あれだ、女性だけが優遇されることに格差社会の現実を突きつけられたようだ。
「あなたは―――――恵まれてるわ―――――」
「ああ、そうかも」
どこがだ。ここまで冷遇されておきながらか? まったく、俺には特殊能力なんか何もないのに不幸体質だけはしっかり有りやがる。
「なるほど、こういうのは本人だけは気付かないのよね」
「―――――お約束」
なんか物凄く馬鹿にされてるような。本当に男だからって泣かないと思うなよ?
「まあまあ、せっかく来たんだからせいぜい楽しまないと損よ? ほら、ワリカンでいいから」
そうか、ワリカンか。いいよね、ワリカン。いい言葉だ、ワリカン。素晴らしいね、ワリカンって。
「…………ねえ九曜? あたしって男になったらああなっちゃうの?」
「彼は―――――可哀想――――脳が――――」
あ、なんか目の前がぼやけてきたよ………………俺…………汗が目から止まらないよ……………




なんだかんだと俺達はデパート内のゲーセンで遊び倒したり(ワリカン最高!)デパ地下で試食し倒したり(九曜が何度店員の前を通ってもスルーされて本気で落ち込んでいた)ついでにカラオケに行ったりした。
まあ俺の歌はさておき、キョン子はとても俺とは思えないほど歌が上手く、性別以外にも反転してる部分が多いのではないかと疑ってみたりもした。
九曜、それは歌を歌うためにの道具だ。
マイクを不思議そうに見る九曜にキョン子と二人で使い方を教えたりもしたんだぜ。
「ありがとう―――――パパ――――ママ―――――」
「「誰がだ!!」」
さすがに二人がかりでツッコんだ。



「あー、遊んだ遊んだ」
そうだろうな、もう陽も暮れかけているもんな。目の前のキョン子は電車から降りてこの駅前に戻った途端に大きく背伸びをする。どれだけ胸を張ってもそれ以上にはならんぞ。
「うるさい! 背伸びしただけでそんなこと言われたくないわ!」
まあ冗談だ。
「わかってるわよ」
そうか、通じるならそれでいい。この手の冗談がまったく通じない奴もいるからな。
だからそのまま本を読んでくれていて構わないんだぞ、と俺は脳内の無口な少女に話しかけた。まだ命は惜しいからな。
「さて、あたしはそろそろ帰るわね」
ああ、そうしてくれ。できれば今度は何か一言あってくれると助かるぞ。
「今度? 今度があってもいいんだ?」
む、そう言われれば言い返しにくいが、どうせ九曜のことだからな。
「フフッ、あたしもそう思うわ」
そう笑うキョン子は本当に楽しそうだ、まったく人事だと思いやがって。
「じゃあお前は楽しくなかったの?」
それは聞くな。楽しくなかったという嘘は付けなさそうなんでな。
「そう、それなら何よりね」
ポニーテールを揺らし、満面の笑みを浮かべながらキョン子が俺に近づいてくる。そして目の前にキョン子の顔が、




チュッ!



な?! なにか頬に柔らかい感触があったぞ!! というかきょん子にキスされた!
「これは今日のお礼ね。ありがと!」
いや、今キスした相手はもう一人の俺であってつまりこれは誤解というか、え? 自己愛? ナルシストなのか俺は?!
「なに言ってんだか、たかがホッペにチュウくらいで」
いやいやいやいや! 驚く俺を尻目に、キョン子は至って冷静なのが腑に落ちないくらいだろ!
「まああたしだって誰にでもするってわけじゃないからね! たまたまあたしも機嫌が良かっただけだから! それじゃ、またね!!」
それだけ言ってキョン子のやつは忽然と消えてしまったのだ。おい! 最後まで説明してくれ!!
「私も――――――――――」
あ、ああ、そのなんだ? キョン子にはくれぐれも自分を大事にしてくれと伝えてくれないか?
1ミリ程度頷いた九曜は、
「―――――こっちへ―――――」
と俺を手招きした。いやもう十分だから。だがそんな俺の意思など何するものぞ、九曜の手招きは止まらない。
「はあ、何なんだよ………」
渋々九曜に近づくと、
「――――しゃがんで―――」
はいはい。俺がしゃがむと目線が九曜と同じくらいの位置に。
「では――――――」



チュッ!



な?! なんだ、また今度は反対の頬にまで柔らかい感触が!! というか九曜、お前までか?!
「―――――――お礼――――――よ?」
いや疑問形はいいから。というか、いらん知識を身につけないでくれ。
「また――――今度―――――」
九曜はフワフワと俺に背中を向けると、まさにスウッと掻き消えるように見えなくなってしまった。まるでお前が幽霊だな。
残されたのは俺だけ。
ここから出発する時は叩かれて真っ赤だった俺の両頬は、今は違った意味で赤くなってるな、こりゃ。
「やれやれ、まったく何なんだよ」
俺は大きくため息をついた。くそ、あいつら最後まで俺をからかって行きやがって。
ただしそれで俺が腹を立ててるかといえば、どうもそうはならないようで、
「……………またね、か」
まったく、今度はもう少し落ち着いて話でもさせてくれないかね? それとも俺がいきなりあっちに行けばいいのか?
なんにしろ、後はあの奇妙な宇宙人次第ってとこだが。
俺は肩をすくめる。これはこれで面白かったなんて柄にもなく思いながら。
さて、後は帰るだけだ、これでようやくのんびりとクーラーの効いた部屋で冷えたコーラなど……………




「おやおや、君が九曜さんとそこまで親密に関係を築けていたとは晴天の霹靂といえばいいのかな?」
…………何を言ってるんだ、お前の友人は俺の友人でもあるんだぜ? なあ親友よ。
「ふーん、それであのあんたが性的な興奮を覚えそうな髪型の子は一体どのようなご関係なのかしら?」
何だそれは、大いに誤解をしてるぞ。何処からどう見ても俺たちは親戚同士にしか見えないだろ? いかにもダルそうな雰囲気なんかそっくりじゃないか、団長さん?
「その親戚さんはキス魔だと認識していいのかしら?」
そんな馬鹿な、あれはほら、そうだよ、あいつは帰国子女なんだよ。ほら親愛の表現ってやつでね、ははは。
「では九曜さんとも親愛があるんだね、キョン?」
あれだよ、あいつ変なもんに興味を持つ年頃なんだよ、うん。ほら何でも真似したい時期ってあるじゃないか?
それよりも俺が気になって仕方ない事があるんだが聞いてもらえないかな?
「なにかしら色情狂」
「どうしたんだい、ペド」
……………何故お前らが?
「ああ、僕が塾の帰りにね」
「偶然あたしが出かけてたら会ったからちょっとお茶してたの」
最悪だ、最悪の組み合わせだ!!
「色々君の現状を聞かせてもらって彼女には大いに感謝しているよ。その罪状は筆舌に尽くしがたいものがあるんだけどね」
「あたしもあんたの昔話が聞けて興味深かったわ。そのやり取りに釈然としなかったのは同意見だったけど」
どこに行ったんだ、俺のプライベート!! なによりお前ら俺をそこまで犯罪者扱いって…………
「あらあら? あんたが犯罪者じゃなかったら何と言えばいいのかしら?」
「そうだね、ドンファンを気取るというより天然でそうなんだから君は生まれついての犯罪者なのかもしれないね」
そんな理屈が………………………
通ってしまうんだ、これが。なんと言っても神と呼ばれる女性が二人がかりなのだから。


そして俺は二人の女神に両腕をガッチリと掴まれたまま、何処とも知らぬ場所へと連行されたのであるが、あいにくとここからの記憶がサッパリ無いのである。
まあ少しでもこの間の事を思い出そうとすれば、目から大量の汗が流れ出して止まらないところからそのへんは察していただきたい。
………………………………………………誰か助けて……………………