『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 24

24−α

「実は私の個人的な意見としても今回の件に賛成したのは、キョン子さんとあなたの存在があったからです」
先ほどまでの迫力が嘘のようだ。それどころか嬉しそうにキョン子の事を話す古泉(♀)はまるで別人そのものだった。
それどころか、自慢の親友でも紹介するようなその口調は俺達の側の古泉よりも輝いた笑顔である。これは女だからとかで贔屓目で見ているわけではない、はずだ。
「どうでしょう? キョン子さんは同姓の私から見ても大変魅力的だと思いますが?」
いや、そんな話か? なによりあいつは違う世界の俺だし。
「いえ、私達は似ていながら違う人間なのはあなたが一番ご存知のはずです。だからこそあなたにキョン子さんをお任せしたいのですから」
どういう事だか理解が出来ない。こいつはさっきまで俺にハルヒに近づくな、と言いながら今度はキョン子の話を嬉々としている。
「私はですね、キョン子さんが好きなんですよ」
へ? いきなり何を言い出したんだ? まったく展開についていけない俺など関係なしで古泉(♀)は話を続ける。
「ですから私は彼女の幸福も考えた結果として今回の計画に参加しているのです」
その前にお前のカミングアウトの説明が欲しいんだが。
ああ、多分親友ってヤツなんだろうけど。こっちの古泉も似たような事言ってたし。だよな?
それにだなあ、俺とハルヒが距離を取るという件とキョン子の幸せと何か関係があるのか?
「………………そうですね、あなたはそういう人でした」
重ね重ね失礼な奴だ。それについて俺が抗議の声を上げようとした時に、今まで動いていたのか分からないほど静かだった車内が軽く揺れた。
「どうやら着いたようですね」
古泉(♀)の声で俺はこの車が自分の家の前に止まった事を知る。おい、俺は駅前に戻らなきゃならないんだ。
「それは出来ません。まだキョン子さんは涼宮ハルヒと一緒ですからね、そこにあなたに居て欲しくはありませんので」
それはそっちの都合だろうが、俺には俺の理由がある。
「ああ、待ち合わせの件なら大丈夫です。『機関』の方で把握していますのから」
どういう、
「あなたに選択権は無い、と言ったはずですが?」
くっ! 仕方が無い、ここは一旦引くしかないだろう。家に入るのを確認すれば少なくとも車はいなくなるはずだ、後は古泉か長門に連絡を取るしかない。
わざわざご丁寧にも古泉(♀)まで車を降りて俺の家の玄関先までやって来た。
「それではまた機会を持ちたいものです」
よく言うぜ、こっちは断わりたいんだが、
「もうお分かりでしょう。あなたには、」
選択の余地はないんだろ? ちっ、今に見てろよ。
「では、これで」
スッと古泉(♀)の手が差し出される。
余程払いのけてやろうかとも思ったが、運転席からの目線を正面から感じ、渋々ながらもその手を取った。


カサッ


ん? なんだ? 握られた手に妙な感触がある。古泉(♀)の顔を見れば笑顔のままなのだが。
優雅、といえる動きで車に乗り込んだ古泉(♀)が後部座席の窓を開け、軽く手を振ったまま車が発車するのを俺は黙って見送るしかなかった。
あっという間に車は見えなくなり、俺は古泉(♀)が握った手を見る。そこには小さく折りたたまれた紙片があった。いつの間に取り出したんだ?
だが、『機関』の連中にも見られたくないからこその手段だったのは分かる、俺は急いでメモを広げた。そこには、
『夜9時に公園にて朝比奈みつるが待っています』
と意外に雑な字で走り書きがされていた。
どういうことだ? 何故朝比奈さんが? 
しかしこれが罠だという意識は俺にはなかった。古泉はあくまで古泉である、ということを信じるしかない。
あいつが、古泉一姫がもしもキョン子とあの約束をしていたら。
ただ一度だけ『機関』の意向に背いてでもSOS団の為に動くという、あの約束を。
それが今なのか?!
そして俺はその古泉との盟約に賭けてみるしかないのだ。違う世界の古泉だとしても、だ。
ハルヒキョン子に連絡しないとな。
俺は家に入る。
どうやらここはしっかりと準備しておく必要がありそうだ。
妹が走ってくる足音が聞こえてくる玄関で、俺は気持ちを引き締めるように大きく息を吸い込んだ。








24−β

あたしとハルヒは駅前に戻ってくる。すると、
「なんでキョンの奴は居ないのよ!!」
騒ぎ出したハルヒに、
「多分古泉くんが連絡したんでしょ」
気軽に答えるあたし。まあたしかにキョンが居ないのは気にはなるんだけど。
でもさあ、
「あんた今、あいつに会いたい?」
「う…………」
ねえ? そういう意味では居なくて幸いだわ。だって顔見たらあたしだって何話していいのか分かんなくなっちゃいそうだもん。
というか顔、見れないかも。だって恥ずかしくない? あいつの事で喧嘩寸前だったなんてさ。
だから、
「まあいいわ。それじゃ、キョン子! 今度会うときは覚悟してなさいよ?!」
と言うハルヒと、
「そっちこそ! あたしだって負けないんだから!」
て言っちゃうあたしはハイタッチを交わしそうな勢いでお互いに帰ったのだった。
帰り道でキョンに会えるかなって思ったのに、『分岐点』まで姿を見ることは無かったのが少し気になったけど。
それどころではない事態があたしの側にも起こったんだ。
それは『分岐点』も越え、あたしが家の玄関のドアを開けようとした時だった。


〜♪


あたしの携帯がいきなり鳴り出す。なに?
着信名は………………長門(♂)?!
「夜7時に私のマンションに」
珍しいというより初めてかもしれない長門(♂)からの電話は、その短い一言で切られてしまった。
えーと、あたしの返事は聞かないわけ? などということも言えなかったんだけど。
通話(と言ってもいいのか分かんないんだけど)が終わってふと、これは結構な異常事態なんじゃないかと思い至る。
ていうか異常事態じゃないの!!
あまりにもハルヒとの対決に集中してて、あたしの回転はかなり鈍っていたようだ。慌てて長門に電話をかけ直そうとしたら、何故か通話が出来なくなっている。
仕方が無い、時間通りに長門のマンションに行くしかなさそうだ。
あ、そうだ。一応ハルヒコと古泉くんに連絡しとかなきゃ。古泉くんにはお礼も言っておこう。
あたしは家に入る。
何だかまた厄介事に巻き込まれちゃうんだろうな。
弟が走ってくる音が聞こえる玄関で、あたしは気持ちを落ち着かせるように小さくため息をついたのだった。







やれやれ、どうやら俺の今日はまだ終わらないようだ。
やれやれ、どうやらあたしの今日はまだ終わりそうもない。