『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 23

23−α

走行音も振動も感じない車内で、古泉(♀)と二人。傍から見れば美女と二人だ、谷口あたりが見れば血の涙を流しながら卒倒しかねんが、あいにくとこいつの正体を知っている俺にとっては鳥肌を立てながら冷や汗をかくシチュエーションに過ぎない。
やがて古泉(♀)が口を開く。
「申し訳ありません。先ほどは失礼しました」
構わない、とは言えそうも無いが、いちいち謝るくらいならやるなって話だ。俺は続きを促した。
「まあ急がないで下さい。そうですね、これは私だけではなく『機関』の総意だとお考え下さい」
『機関』だと?! もちろんこれは俺の知る『機関』とは別のものには違いない。だが、古泉が所属する超能力者の集団という意味では『機関』は『機関』だろう。
その総意ということは即ちあちらの世界の一つの勢力が俺個人に接触してきた、ということじゃないのか?
俺の知らなかったところで向こうの世界では何があったのか? さっきまでと違う緊張感が俺を包んでいく。
「我々『機関』としましては、涼宮ハルヒコと涼宮ハルヒ接触、及びその積極的交流を支援していくということになりました」
な、んだ、と?! どういうことだ? 意味がわからん、こいつら正気で言ってるのか?!
「はい。我々としましてはこの方法が一番良いと判断しました。つきましてはあなたにお願いがあるのです」
どういうことだ? お前ら分かってるのか、世界が終わっちまうかもしれないんだぞ?!
「その件についても我々には思案はあります。その為にあなたの協力が必要なのですから」
……………お前らの世界の長門もこのままじゃ世界は終わると言っていたんだぞ。
「TFEIの意見が全てとは限りませんよ? それにこれは長門さんにも了承は得ています」
そう言う古泉(♀)の目はすでに笑っていない。その唇は微笑みのままで。
なによりも『機関』が長門の親玉連中をも説得できたというのが既に異常事態なのだ。俺が知っている連中はお互いに牽制というか静観状態を保っていたからな、その均衡が崩れてきている。
「俺にどうしろと? あいにくとお前らの世界とこっちは違うんだ、なんでもハイそうですか、ってわけにはいかねえ」
俺としては最大限の恫喝を込めたつもりだ、こっちの世界に干渉するような事を簡単に認めるわけにはいかないんだ。
「いえ、大した事ではありません。ただあなたに涼宮ハルヒとの接触機会を減らして頂きたいだけです」
それこそ無茶な話じゃねえか、大体クラスも同じで席もすぐ後ろなのはハルヒが望んだ事だ。それに俺はSOS団の団員その一でもあるんだぞ!
「ですからいきなり転校しろ、などと言うつもりではありません。それは彼女を刺激しすぎるだけですからね。あなたには徐々に彼女との会話を減らすなどして彼女から興味を無くしていただきたいのです」
何を言ってやがるんだ、こいつ! そんな事出来る訳ねえだろ! 第一、俺がそんなことしてもハルヒがそれを許すはずはない。
「ですからこちらの涼宮さんがいるのです。あなたが『鍵』ならば、その役目を涼宮さんに渡して頂きたいのですよ」
馬鹿だ、こいつらは何か狂ってやがる。俺が『鍵』だとかは関係ねえ、ただお前らの思い通りになってたまるか!
「勘違いしないでください」
俺の憤りは古泉、いや『機関』か、その琴線に触れたようだ。スッと目を細めた古泉(♀)にはもう似非スマイルのかけらもない。元が良すぎるだけにそれは強烈なまでの迫力で俺に迫ってくる。
「我々はこれでも最大限の譲歩をしています。『機関』の上層部には涼宮ハルヒの除外、という選択肢もあることをあなたも知っておいてください」
な?! お前ら、それがどういうことだか分かってるのか!? 
「別にこの世界に異常が起こっても、こちらの涼宮さんがいる限り我々としては対策の取りようはあります。我々にとって、あくまで神は涼宮ハルヒコであり、決して涼宮ハルヒではないのですから」
てめえら……………それがそっちの『機関』の本音ってやつかよ!!
「そうです。それにこれはあなた方にとってもメリットが無い話ではないはずですが?」
何がだ? お前らが好き勝手やっておいてどこに俺達が得をするところがあるんだよ!
「これにより涼宮ハルヒ、及び涼宮ハルヒコの力はある一定ラインで安定します。要は精神的充足があれば閉鎖空間などは発生しません、ということですね」
それはお前らの都合だろうが!
「ではあなたはこのまま閉鎖空間がいきなり発生しかねない状況で良いと?」
そうじゃない、そこにハルヒハルヒコの意思が無い事が問題なんだ! そこが分からないほど腐ってんのか、お前らは?!
「我々としてもこのような事態は想定外でした」
俺だけが激昂し、古泉(♀)は笑みは無くなったが表情は冷静なままで、
「しかし事実として二つの世界は重なり合おうとしている。我々『機関』は涼宮ハルヒコの世界を守り、その力を一番安定させる最適の手段を選択しただけです」
ふざけるな! それはあくまでお前ら『機関』の書いたシナリオじゃねえか!! それが俺達の最適な手段なんて思ってたまるか!!
「…………これ以上平行線な話し合いを続けても仕方ありません、あなたには選択権はないのです。もう一度言いましょう、我々には涼宮ハルヒの削除という選択肢がある、ということを」
そんな事、こっちの『機関』も宇宙人も未来人も許すはずがない。それでもいいのか?
「そのような事になれば我々とそちらの勢力の全面戦争となりますよ? もちろん被害もただでは済まないでしょう。それは我々が同じ力を持っている事を双方が承知だからです。そのような場合、一番傷つくのは誰でしょうね?」
てめえ……………!!! そうだ、水面下で行われるであろう戦争の被害を何も知らないハルヒが知ってしまったら……………
「今度こそ間違いなく世界は終わります。そして涼宮ハルヒだけが何も知らずに傷つくのです。それをあなたは黙って見ていると?」
くそっ!! 何もかも承知の上での事か!!
「言ったはずです、あなたに協力してもらうと。そして選択権はあなたにはないのです」
違いすぎる、俺が知る古泉とは何もかも。それとも『機関』に属する古泉という人間の本質なのか?
何も言えず沈黙する俺を見る古泉一姫の目に笑いの成分はかけらも感じられなかった。これがお前の本当の姿なのかよ?!
「………………ふう、あなたもやはり強情なのですね。まるで彼女のように」
沈黙を破るようにそう言った古泉(♀)の顔に再び笑みが戻ってくる。なんだ?
「いえ、ところで話は変わるのですが、繋がっているともいえますけどね」
なんだ、こいつ? 今までの表情が嘘のように似非スマイルを蘇らせた古泉(♀)は、突然俺の度肝を抜くようなことを言い出したのである。
「あなたはキョン子さんの事をどう思っているのですか?」
はあ?
さっきまでの真剣さが嘘のように俺は間抜けな声を上げるしかなかったのだ。いきなり何を言い出したんだ、こいつは?







23−β

あたしは突然現れたハルヒコに怒りをぶつける。
「ちょっと! あんた、あたしの後付けてたの?! 最っ低!!!」
そのハルヒコは憮然としながらも、
「………………悪い、でもな? 俺はキョン子が心配だったから、」
あんたに心配されたくないわよ! そんな事よりあたしは今大事な話をしてんの! いいから出て行きなさい!!
「なっ?! お前、そんな言い方はないんじゃないか!?」
しまった、ハルヒコにこんな言い方しても逆効果にしかならないのに。あたしは頭に血が昇っていたんだろう、いつもなら上手くかわせるはずのハルヒコに怒鳴りつけるなんて。
ハルヒは俯いたままだし、こんなことに足を引っ張られたくないのに! そう思えば思うほどにハルヒコとの話が食い違っていく。
「だから女同士で話してるんだからさっさと出て行きなさい!」
「それならそうで何で話さなかったんだって聞いてんだ!!」
「別に一々断わらなきゃならないことなの?!」
「一々内緒にしなきゃならない事じゃねえだろ!!」
駄目だ、もう何を言ってもこいつには通じない。それが分かってるのに、あたしも文句が止まらない。
なんで? どうしてこんな事になってんの?
ただハルヒと話したかったのに。その想いを知りたかった、あたしの想いを伝えたかった、それだけなのに。
ハルヒコと喧嘩なんかしたくなかったのに。
どうして? ねえ、答えてよ……………ハルヒ……………
「おやおや、痴話喧嘩とはいただけませんね。出来れば公衆の面前というのはご遠慮して頂きたいのですが」
え? 
「ん? なんでお前がここにいるんだ?!」
にこやかに微笑みながら、古泉一樹ハルヒコの後ろに立っていたんだ。まるであたしを助けるように。
「いえ、先ほど偶然に涼宮くんをお見かけしたので。それでお一人で喫茶店に入られたものですから、良ければご相伴に預かろうかと思ったらキョン子さんをお見かけしたのですよ」
そんな偶然があるっていうの? という思いは頭を掠めたけど、それよりもこの場の雰囲気が収まったことの方が助かる。
「う、うーん……………でもキョン子の奴がなあ……………」
なんて言ってるけどすっかり毒気を抜かれたハルヒコも歯切れが悪い。
「おや、涼宮さんもいらっしゃったんですか?」
「古泉くん…………」
ハルヒがようやく顔を上げる。ただ、多少暗い影が見えたのはあたしの気のせいじゃないみたいで。
「ふむ、どうやら我々はお邪魔のようだったですね」
古泉くんは多少オーバーアクションで両肩をすくめると、
「どうです? 涼宮くんがよければ場所を変えて話でもしませんか? この間のお話は僕も興味深かったので」
そうハルヒコに問いかけた。本当にハルヒコが興味深い話をしたのかはさておき、
「うーん、そうだな……………なんか俺もカッとなったみたいだし、とりあえずキョン子の事は不問にするか! それよか古泉、あの話の続きなんだけどな?」
上手くハルヒコの気は惹けたみたいだ。さすがに超能力者は涼宮の名前の奴の扱い方が上手いわね。
キョン子さんも涼宮さんの事、よろしくお願いします。後は涼宮くんにも連絡して下さいね」
「そうだ、団長にはちゃんと連絡しろよ!」
何言ってんのよ、偉そうに。でも古泉くんの手前、
「わかったわよ、帰ったら電話すりゃいいんでしょ」
とだけ言っておいた。まったく、手間がかかるわね、こいつも。
「では僕らはこれで」
「……………悪かったな」
古泉くんに連れられるようにハルヒコが店を出る。なんとか嵐は収まったみたい。
そしてまたあたし達は二人に。
と思ったら古泉くんが戻ってきて、
「これは迷惑料ということで」
と、あたし達のテーブルの伝票を持っていってしまった。そんなのいいのに、と言おうとしたあたしに、
「お願いがあります。これ以上涼宮さんを刺激するのは今は遠慮して頂けませんか? それに、僕はあなたにも無理をして欲しくはありませんので」
そう小声で囁くと、古泉くんはハルヒにも分かるように伝票をヒラヒラとさせながらレジに向かった。
……………………やっぱり偶然じゃなかったんだ………………
多分こうしてハルヒはみんなに守られている。それをあの子は知らないままで。
あたしは席に戻り、
「出ましょうか?」
ハルヒに言った。
「え? でも……………」
「んー、ハルヒコの馬鹿のせいで変な空気になっちゃったからね。今回は勘弁してあげる」
あはは、なんかあたしまで偉そうだわ。ハルヒコの事、言えないな。
「ん………………」
それにそんな殊勝な顔してるあんたも見たくないわ、あたしはキョンがいつも見てる、明るいあんたと話したいの。
「リベンジするの? しないの?」
あたしはわざとそう言った。あたしにだってこの子の事を挑発するくらいはしてもいいよね?
やっぱりハルヒはそのセリフに反応する。
「リベンジですって? 冗談じゃないわ! あたしまだ何も言ってないもん!!」
そうね、あたしもまだ何も話せてない。だから、
「だから、今度はあたしから話すわ! あたしの、あたし自身の気持ちを!!」
そうこなくっちゃね、でも今日は古泉くんの顔を立ててあげよう。
「そうね、それでいいわ。それにしても、あいつが言ったとおりかも」
なによ?
「あたしとあんたが似てるってこと!」
う、なんか嫌かも。よりによってあたしとハルヒねえ………………
それを言った時のあいつの顔がなんとなく浮かんでしまい、あたしとハルヒは思わず笑ってしまった。






なんだってんだよ、俺はまだ振り回されるようだ。
なんなんだか、あたしが振り回してるのかもしれない。