『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 22

22−α

俺の前をなにも言わず肩で風を切るように歩くハルヒ。その姿はいつも見慣れたあのハルヒだ。
おい、そんなに急いでるがお前、どこに行くのか分かってるのか?
「駅前でしょ? あんた達もいつも行くとこなんて決まってんでしょうし」
そうか、分かってるならいいんだが。何故か足を速めるハルヒに取り残されないように俺も駆け足に近いスピードで歩く。
その間、一度も俺を振り返ることもなく、もちろん会話などないままに俺達は駅前にたどり着いたのだった。
キョン子は……………………まだのようだな。
俺とハルヒは何をするでもなく、その場に立っている。そういえば俺が最後じゃないなんて珍しいというか、あいつもある意味俺だからやっぱり最後は俺、ということになるのだろうか?
ようやくそんな事など考える事が出来る様になった俺なのだが、
「ねえ、あの子ってさ、誰かに似てない?」
というハルヒの声で思考は中断された。なによりもこいつからまともに話しかけられるのがえらく久しぶりに感じる。
「誰か、と言われてもなあ…………」
あえて言うなら俺だろう。というか俺以外の誰でもない。はずなのだが、ふいに俺は目の前のやつを見て、
「お前じゃないか?」
と言ってしまった。良く考えればおかしな話なのだが、ここ二〜三日のキョン子を見るとなんとなくハルヒと一緒だったような感じもしてきたからな。
「………………そうかしら?」
しまった! 人と同じというのを殊更嫌うハルヒにこれは禁止ワードだったかもしれん。ところが、目くじらを立てて怒鳴られるかと思いきや、
「ふーん…………そんなもんかしらね…………」
などと考え出したのだから逆にタチが悪い。おいおい、お前がそんなこと考えるなんて天変地異の前触れか? 
まあすでに手遅れな感も否めないが、それでもハルヒとこうして話が出来ることがここまで俺を安心させてくれるとは。
「うん、それならあの子と話してみるわ!! キョン、あんたね、」
わーっとる、適当に時間は潰すさ。
「あら、珍しく殊勝な心がけね。まあ伝票は置いておくから安心しなさい!」
なっ?! なんで俺がお前らの話で金を出さなきゃならんのだ!
「なによ、わざわざあの子に来てもらっておいてお金を出させるなんてSOS団の恥だわ! それにあんたがセッティングしたんだから最後まで責任持ちなさいよね!」
なんちゅう屁理屈だ、だがハルヒらしいな。
それにもしここで反論して、ハルヒがへそを曲げて帰ると言い出されては敵わんからな。
「やれやれ、あんまり頼まないでくれよ」
せいぜいそう言うしかなかったのだ、俺としては精一杯の抵抗だと思ってくれ。
「それは話の内容しだいね、あんた本当に何も聞いてないの?」
ああ、さっぱりだ。ただ相手は普通の人間なんだからあまりいじめるなよ?
「なによ、あの子にはいい顔見せたいわけ?」
そういう事じゃないだろ、俺は心配してるだけだ。
「誰を?」
ん?
「あたし? それともあの子?」
どっちもだ、頼むから喧嘩腰にはならないでくれよ。
「わかってるわよ」
そういうハルヒアヒル口を、俺は久しぶりに見たような気がして思わずにやけてしまった。
「……………なに笑ってんのよ?」
いや、なんでもない。せいぜいお手柔らかに頼む。あれでも従兄弟だからな。
「そういうことになってたわね。そこんとこもじっくり話してもらうわ」
多少墓穴を掘ってしまったかもしれんが、まあハルヒが笑ってるからここからの事はキョン子に任せるさ。
久々にハルヒと話せた気がする。
これなら上手く事件も終わらせるように出来るかもしれんな。
呑気な事に俺はこの時そんなことを考えてしまっていた。






22−β

結構急いだつもりだったけど、そこはあたしも女の子だ。男のキョンや多分ハルヒならあたしよりも先に駅前には着いているだろう。
そう思って駅前に着いたあたしの目に飛び込んだのは、分かっていたけど衝撃の光景だった。
キョンハルヒと話してる。
なにかつっかかるハルヒに苦笑するキョン
「やれやれ」
と言う声が聞こえてきそうに肩をすくめる姿がとても自然で。
そんな柔らかい笑顔が出来たんだ。あたしは見たことがない笑顔。
あたしもキョンと話してたときにあんな顔して欲しい。それは贅沢なのだろうか?
足を止めてそんな二人を見つめてしまうあたしがそこにいた。
アヒル口キョンに拗ねたりするハルヒは女のあたしから見ても可愛い。
宥めるキョンの顔も笑ってる、優しげに。
それはあの二人だから?
傍目から見ても二人の仲のよさがすごく分かった気がして、あたしが何か惨めに思えてきて。
このまま回れ右で帰ろうかと思った。
もちろん出来はしない。全部承知であたしはここに来たのだから。
世界はあなた中心に回ってても。
あいつの気持ちがあんたに向いてたとしても。
あたしにだって譲れないものがあるんだって言わないと気が済まない。
両手を握って力を込めて。
あたしは二人が待つところへと駆けていったのだった。






22−α2

「ごめん、待った?」
急いだのだろう、少し息を切らせてキョン子が走ってくる。そんなに急がなくてもいいぞ、どうせ金は俺が払う事が決まったんだから。
「何のこと?」
いや、妄言だった。忘れてくれ。
「それであんた、わざわざあたしに話ってなんなの?」
とまあいきなり本題から入るハルヒに、
「そうね、まあここじゃなんだから」
といつもの喫茶店へ。結局こうなるんだな、というかキョン子の動じなさもなかなかのものだ。
で、
「それじゃ後で伝票は取りに来なさいよ!」
「ごめん、後でね」
あ、お前ら支払いについてはスルーかよ? などと言うことも出来ずにいそいそと俺は店を後にするのであった。
さて、後はどうなるかはハルヒのみぞ知る、ってやつなのかね。
と俺が一人ごちた時に、
「ではその間は私にお付き合いいただけますか?」
はあ、もう少し俺にも精神の安らぐ時が欲しいものなのだが。
俺の目の前に立つ古泉(♀)はそんなことまったく気にならないような笑顔で俺を見ていたのである。
そのまま胸が当たりそうな位置まで俺に近づき、
「申し訳ありませんが、世界はあなた達にお任せできませんので」
と、黒光りする固い鉄……………………拳銃を見えないように押し付けながら。
冷や汗が背筋を伝わる。おいおい、冗談でもタチが悪いぞ?
「いえ、あいにくと本気なんです。まだこれを使える訳ではありませんが、お話は聞いていただかないと」
まったく崩れることのない笑顔が一度腹に凶器を刺された事のある俺にはトラウマと共に蘇る。
俺は笑ってる奴には凶器を突きつけられる運命なのか?
「ということで少々お付き合いください。大丈夫、お二人の話が終わるまでには解放しますので」
どうせ俺には選択権はない。なによりもここまでするお前の真意も聞きたいしな、分かった、それは下ろしてくれ。
「さすがですね、あなたはそう言うとは思いましたが。ご無礼をお許しください」
わかったから、とっとと話を言え。青くなっているだろう顔色には自分で無視をし、まだ震えている膝を無理やり動かしながら俺は古泉(♀)を促した。
「かしこまりました。では、こちらに」
見覚えのある黒い車が俺の目の前に止まり、後部のドアが開く。
覚悟を決めたわけじゃない、後ろに古泉(♀)がいる限り俺はどうしようもない。
俺と古泉が車に乗り込むと同時に、車は静かに発進した。
運転手が新川さんじゃないのが、俺の知る『機関』の車じゃないことを証明してみせていた。
「では、我々の意見を聞いていただきましょう」
先ほど俺を脅迫したとは思えない笑顔で古泉は話し始めたのだった……………







22−β2

「……………」
「……………」
茶店に入り、いつもの席に。でも今日は二人だけ。
その二人、あたしとハルヒはさっきからずっと黙っていた。
もちろんあたしから誘ったんだから、向こうは待っているだけかもしれない。それなのにあたしは何故だか話し出せないでいた。
どうして? それはあたしが引け目を感じているからかもしれない。
あの仲良く話していた二人を見たから。そこにあたしの入り込む余地がないように思ったから。
分かってる、それでもあたしは決めたはずなのに。
だから迷っている暇は無い。あたしは思い切って口を開く。
「あの、」
「あのさあ、」
同時に話してしまった。凄く気まずい。
「あー、いいわよ。お先にどうぞ」
と言われてもどう話すか決めてなかったし。つい口よどむあたしに、
「いいわ、あたしから話す」
はっきりした口調でハルヒが切り出した。
「ねえキョン子、あんたってさあ………………キョンのこと………………どう思ってるの?」
!!!
まさかハルヒからそう言われると思わなかった。一瞬、息を飲み、あたしは、
「あたしは………………」
そうだ、あたしはキョンが好きなんだ。
「あたしはキョンが好き、だと思う」
なんでだろう、こんな言い方しか出来ないなんて。もっとはっきり言えるのに、言わなきゃいけないのに。
なのに口から出た言葉は、
「あんたは? あんたこそキョンの事、どう思ってるのよ?」
というものだった。それを確かめなければ、あたしはここにいる意味がないかのように。
それを聞いた涼宮ハルヒは考え込むように黙り込み、
「えー? うーん……………」
本当に頭を抱えて唸りだしてしまった。あのー、なんなの、その反応?
「んー……………ん? うん!」
なにかしばらく悩み続けたハルヒがいきなり顔を上げた。なんなのよ、もう!
「ねえキョン子?」
なによ。
「あんたとあたしってさあ、こうして二人で話すのって初めてよね?」
そういえばそうね、何か色々ありすぎたりハルヒコの言動と重なったりでそんな気がしなかったけど。
「なのに何でだろう、何だかあんたと初めて会った気がしないの」
それはあたしもそう思う。キョンとあたしが同じ立場だとか言うのではなくて、あたしとハルヒが同じ感覚があるような。
それを繋ぐのはきっとあいつの存在なんだけど。
「だから、あんたにだけ言うわ」
そう言うとハルヒは頼んでいたミルクティーを一気に飲み干した。一息つくと、ぽつぽつと話し出す。
「あたしね、恋愛って精神病の一種だと思ってる。大体、愛だとか恋なんて見えないし誰かが勝手に定義を決めたりしてるもんじゃない? それにあたしが当てはまらなくたって構わないと思ってたし」
そういえば似たような事をハルヒコも言っていた。その時は顔がいいくせに何言ってんのかしら、と思ったりしたわ。
でも気付く。ハルヒは今、『思ってた』と言った。過去形で話をした。
そのハルヒは自分でも言葉が出てこないのか、
「んー、でもね………………」
頭をかきながら少しあたしから視線を外す。
「あたし…………キョンといるのが楽しいんだ。そりゃあいつはいつもボーっとしてるし、皮肉ばっか言ってるし、あたしの言う事にもいつも反対ばっかしてるけど」
言いながら顔が赤くなってる。初めてだろうな、こんな風にキョンのこと話すの。
「あたしには説教くさいくせに自分は有希やみくるちゃんとは楽しそうに話なんかしちゃってさ」
それはあの二人が未来人や宇宙人だからね、でもそれがムッとするのはあたしも同じかも。
「でもね? それでもあたしはキョンと一緒に居る時が一番楽しいんだ。あたしが、ううん、みんながキョンと居る時が一番自分でいられる気がするの」
かもしれない。あたしだってキョンと一緒の時が一番落ち着いたりしてる。
そしてハルヒは、逸らしていた目をあたしに向けてはっきり言った。
「だからあたし、キョンがいなくなるのは嫌! あたしは、あたしだってキョンが必要なの! だから……………」
また俯くハルヒ。どう言っていいのか分からないのかもしれないし、その言葉を出すのが怖いのかもしれない。
でもね? でもそれってずるいじゃない?
あんたは自分のやりたいようにやってて、それでキョンも渡さないってそんなのずるいわよ!
「あたし、キョンが好き。だから、だから答えて! あんたは、涼宮ハルヒキョンのことをどう思ってるのよ?!」
あたしは声を上げてハルヒに詰め寄った。
「あたしは……………あたしだってキョンのことが……………」
ハルヒがその一言を言おうとした時だった。
「おい! なにやってんだキョン子!!」
その場の空気を一変させるような声。なんで? なんであんたがここに来るのよ?
図らずも涼宮ハルヒコは涼宮ハルヒに肝心な言葉を言わせなかったんだ。
もしも。
もしもそれすらもハルヒの望みなら。
あたしはハルヒを許さない。
乱入したハルヒコを睨みつけながら、あたしの目の端には俯いたハルヒの姿を捉えていた…………




何かが間違ってるのに俺には何も出来ないのだろうか?
何かが間違ってるのがあたしには我慢できない。

全てが間違いながら動こうとしている。