『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 21

21−α

特筆すべき事だと言わざるを得ない。それは奇跡というより異常なのだろうから。
その晩、俺は閉鎖空間に行かなかった。
もしかしたら古泉は出動していたのかもしれないが、俺としては例の出来事のような事が起こるのではないかと懸念していたからだ。
いや、むしろ期待していたのかもしれない。ハルヒが俺を呼んでくれることを。
しかし何もないままに夜は明け、覚悟を決めていた俺はほとんど寝る事もないままに朝を迎えた。
どうしたことだろう、俺は肉体的な疲労よりもあいつが俺を呼ばなかった事への失望感すら抱きつつ、重くなった足を引きずるように登校しなくてはならなくなったのだった。
そして教室に着いた俺が見たものは。
携帯電話の画面を見てニヤついている涼宮ハルヒという最悪の光景だった。
それを見た俺は先ほどまでの自分が馬鹿に思えたんだ、何故こいつにここまでヤキモキさせられねばならないのか、と。
なんというか、俺の中で何か緊張の糸が切れたようだった。
ため息をつくでもなく自分の席に着き、俺は机に伏せた。疲れた、何も考えたくない。
「おはよう、なによ? 朝っぱらから景気悪い顔しちゃって」
誰のせいだと思ってやがる、と言うのもかったるい。
「あんまり寝れなかっただけだ」
「ふーん、あんた授業中寝るのもいいけど、ほどほどにしないとまずいわよ」
知るか、ほっとけ。普段どおりに話しかけてくるこいつにここまでイライラしたことはない。
「それで昨日のことなんだけど、」
ああ、そういやキョン子がお前と話がしたいとさ。それでお前を探してたんだ、それがどうかしたか?
半分は嘘だが俺は苛立ちを込めてそう言った。
「あの子が? 何の話かしら?」
そこまで俺は知らん。だが話があるらしいぞ。
「そう…………」
伝える事は伝えたからな。俺は言外にそういう意味を込めると、後は黙り込んだ。
「あ…………」
ハルヒはまだ何か言いたそうだったが、俺は聞く耳を持てなかった。とにかく俺は何も考えたくないんだ。
「…………………」
同じ様に黙ったハルヒの顔を何故あの時見てやれなかったのか。
それを俺は後悔するのに。






21−β

特筆してもいいんだろう。奇跡というより異常事態なのかもしれない。
その夜、あたしは閉鎖空間に行かずに済んだ。
多分古泉は出動かもしれないけど、でも自業自得でしょ。それにもしハルヒコの閉鎖空間に引っ張られても、あたしには何も出来ない。
むしろ今なら拒否することしか出来ない。そんな自分が分かってしまう。
それがどういうことなのか、今のあたしは分かってるから。
だから覚悟していた夜が明けた時にホッとしてしまったのはしょうがないんじゃないかしら。
それでも大して眠れなかったあたしは、重くなる瞼を叱咤激励しながらも何とか登校した。
そしてあたしが教室で見たものは。
机に両足を乗っけた不機嫌な涼宮ハルヒコだった。どこの不良だ、お前は。
自分でも不思議なほどにその様子を見ても心が騒がない。以前なら間違いなくため息とともにハルヒコの機嫌が気になってたはずなのに。
正直に言ってしまおう、あたしは放課後に涼宮ハルヒと対決することしか頭になかったからだ。
その為にもまずは寝不足の解消からね。あたしは自分の席に着いたとたんに机に伏せた。
「おい、キョン子
なによ、あたし眠いんだけど。
「なんだ? 寝不足かよ」
誰のせいだと思ってんのよ。まったく、今はあんたに構ってる余裕ないっていうのに。
「お前、そんなに寝てて大丈夫かよ」
ほっといて。そりゃあんたみたいに寝てても成績が下がらない頭はしてないけどさ。
「それよか昨日のアレは何なんだよ?!」
ん? ああ、あたしがキョンハルヒに会いたいって言ったのよ。そんだけ。
まあ半分以上は嘘だけど。でも最終的にはハルヒと話したいってことになったからいいの。
「あいつに何か用でもあるのか? それなら俺が、」
やめて。あんたがハルヒと話すとあいつが嫌な顔するから。そこは言えないけど、それにこれは女同士の話だし。
「ふーん…………」
もういいでしょ、あたしは体力回復に努めるんだ。と言う事でおやすみ。
「む…………」
ハルヒコがまだ何か言いたそうだったけど、あたしには聞く耳など無かった。とにかく全ては放課後だったから。
「………………………」
沈黙するハルヒコに、あたしは何か言葉をかけるべきだったのだろうか?
全ては後の祭りだったとしても。






21−α2

結局、昼休みまで俺はハルヒと会話をすることもなく、幸いにも授業中に当てられることも無しで十分な睡眠を取れた。
はずなのだが、まったくと言えるほどに頭の中がはっきりとしなかった。チャイムにすら気付かなかったんだから余程だとは思う。
ハルヒは恐らく食堂だろう。何も声をかけられなかったのが心に引っかかり、俺は自己嫌悪に陥る。
情けないことに食欲も湧かないのだが、先に食ってる国木田達に一応声をかけた。
「別にいいけど、どうしたんだよ今日のキョンはいつもより疲れてるけど」
「それよかお前、涼宮となにかあったのか? なんかお通夜みてえだぜ、お前らの席」
あー、すまんが俺とハルヒに何かあったとかじゃないぞ。ただ俺だって虫の居所が悪い時だってあるさ。
「お前がそうだと涼宮の機嫌が悪いんだよ、教室全体がギスギスするから何とかしやがれ」
うるせえ、俺はあいつの保護者でも何でもないんだぞ。
「まあまあ、谷口もキョン達が気になってるんだよ。それに僕だってキョン達が喧嘩してるのは見てていいものじゃないしね」
だから違うって言ってんだろ。そう言いながら俺は教室を出た。
食欲もないのが幸いだろう、俺は携帯を取り出した。
二回もコールが鳴らないうちに相手が出る。
『もしもし? どうしたの?』
なんだ、えらく明るいな。いや、お前がハルヒと話したがってるって伝えといてやったからな。
『そうなの? ごめん、迷惑かけちゃったかな………』
ああ、気にすんな。それで放課後にいつものとこでいいのか?
『うん。ありがと。それで…………』
分かってる、適当に席は外すさ。
『ごめんね』
なに、こっちは藁にもすがりたいんだ、これで何か変化があればいいんだがな。
『………………きっと変わるよ』
そう願うね。俺は通話を切る。
なんだかんだ言いながら、俺はあいつの声を聞いて少しは安心したのかもしれない。
それが油断だった。俺はもう少し場所を考えるべきだったのだ。
俺が電話しているところをハルヒに見られていたなんて気付かなかったのだから。
その時の俺がどんな顔をしていたのかは分からない。
そしてハルヒがどんな顔で見ていたのかも……………






21−β2

結局ハルヒコとの会話もないままに、午前中の授業は終わった。あたしは幸いにも一度も当てられる事も無く、ぐっすり寝てしまっていた。
チャイムの音にも気付かなかったんだから、余程のもんよね。おかげで少しは気分もいい。後はなるようになれ、なのよ。
ハルヒコは……………食堂か、声をかけなかったのが珍しいわね。
寝起きで食欲も湧かないし、トイレにでも行こうかと国木田達に声をかけて教室を出たところで、あたしの携帯が鳴り出した。
こんな時間に誰だろう? と着信名を見て即座に電話を取る。まさかキョンがあたしの携帯にかけてくれるなんて!!
「もしもし? どうしたの?」
駄目だ、声が弾んでくるのが抑えられない。でも学校にいる時に電話なんて…………………それでも声が聞けることが嬉しいあたしはどうにかしてるんだろう。
『あー、いや、お前がハルヒと話したがってるって伝えといてやったからな』
そうなんだ、キョンはちゃんと言ってくれたんだ。嫌々だったのかもしれないけど、それでも約束を守ってくれる。
嬉しいな、あたしのために。
ごめんね、あたしのために。
「そうなの? ごめん、迷惑かけちゃったかな………」
あの時のあたしは何か舞い上がってたから。それでもキョンは、
『ああ、気にすんな。それで放課後にいつものとこでいいのか?』
と言ってくれる。自分が辛かったりしても、こっちのことしか考えないんだよ? それが分かんなくても出来るキョン
だからあの子が惹かれる。
だからあたしが惹かれる。
自然に「いつものとこ」なんて言ってるけど、あの喫茶店でいいのかな? まあそこしかないんだろうけど。
「うん。ありがと。それで…………」
あたしが言おうとした事が分かるんだろう、
『分かってる、適当に席は外すさ。』
先に言われてしまった。ほんと、こんなとこだけは良く気が利くんだから。
「ごめんね」
でも、ありがとう。本当に思う、言葉に想いが乗せられたらいいのに。
『なに、こっちは藁にもすがりたいんだ、これで何か変化があればいいんだがな』
少しは気が晴れたのかな? ようやくあいつらしい軽口を聞いた気がする。
あたしとの会話がそうさせたのなら嬉しい。
そう思って笑顔で通話を終えたあたしはやはり浮かれていたんだろう。
その会話を見ていた人物がいたことを気付かなかったのだから。
そいつは静かに言った。
「……………鍵は虚ろう…………我々に残された時間はない」
その言葉があたしの耳に届く事はなかった…………






21−α3

何も起こらないまま、いや、ハルヒと何も話せないままに放課後が来てしまった。
「どうする? 他の連中には一言言っておいた方がよくないか?」
授業中も結局窓の外を見ていただけだったハルヒに俺のほうから声をかける。キョン子との会話で少しは俺も余裕が出てきたのかもしれない。
「へっ?! あ、ああ、そうね…………有希がいるだろうから一言言っておくわ」
どうやら本気でぼんやりしていたようだ、ハルヒは俺の声に過剰とも言える反応をしたが、どうやら部室に寄ってからこちらの用件には付き合ってくれるらしい。
俺としては何も手が無いから、あとはキョン子次第だ。それでどうにかなるなら何でもするさ。
こうしてSOS団の部室に向かった俺達なのだが。
「あら? 珍しいわね、有希がいないなんて」
そうだ、そこに居るべきはずのこの部屋の主の姿がどこにも無かった。
「まあいいわ、張り紙だけしておくから古泉くんやみくるちゃんも分かるでしょ」
そう言うとハルヒはいつか見たことのあるような
『SOS団、本日休業中!!』
と書いた紙をドアに貼り付け、
「さあ行きましょ。待たせたら悪いからね」
と俺を置いていきそうな勢いで歩き出した。何かいつものハルヒのようで安心しちまう俺も随分と毒されたもんだ。
ただ、この時もう少し考えれば分かったはずなんだ。
何故長門がいなかったのかを。
何故ハルヒが俺の手を引かなかったのかを。






21−β3

ハルヒコとまったく口を聞かないままに放課後を迎える。逆にここまで静かだと不気味よね。
「ねえ、あたしこの後用事あるから、今日の団活パスさせて欲しいんだけど」
それでも一応声はかける。何も言わないと後が大変なんだよね、そこまで気を使うあたしもどうかと思うけど。
「………………」
おーい、聞いてる?
「…………どうしてもか?」
はい?
「どうしても外せない用かって聞いてんだ!」
なによ、なんであんたにそこまで、とは思ったけど、これから会う相手はこいつと同じようなもんなんだよね。
「ごめん、どうしても外せない用件なの! 埋め合わせならするから! お願い!!」
両手を合わせて頭を下げる。なんだかなあ、これじゃまるであたしが凄く立場弱いみたいじゃない!
「…………………部室には顔出せよ、朝比奈さんとか心配するからな」
それだけ言うとハルヒコはまた外を眺める。あんたはどうすんのよ?
「後から行くって言っとけ」
なんであたしが、と言いたいのをグッとこらえて、
「わかった。それじゃまた明日ね」
と返して、あたしは教室を飛び出した。早く部室に行かないと!!
急ぎすぎたあたしが勢いよくドアを開けると、
「…………………」
なんだ、長門だけ? 少しだけ首を曲げた首肯。
「そう、あたし今日は用事があるから朝比奈さんと古泉にそう言っといて!!」
「わかった」
あたしは長門の頷きを見ることも無く部室を飛び出る。あいつに会いに、ハルヒと話すために。
「………………古泉一姫はここには来ない。恐らくは涼宮ハルヒコも」
長門の呟きを聞いておけばよかったのに、あたしはそんな事を微塵も感じなかったのだ。
なにも周りが見えなくなるほど、あたしの心は逸っていたんだ……………






歯車はきしみながら動き、それを俺は気付けなかった。
ずれた歯車は歪みながら回る。あたしが気付かないままで。