『SS』さよなら三角、またきた四角?

さて、現在の状況をまずは説明させていただこう。
大体、物語における導入部というものは、その物語全ての取り掛かりといえるものであり、その物語を左右すると言っても過言無いものである。
だがそこは超能力者、宇宙人、未来人のお墨付きをいただいた一般人の俺である。大した事など言える訳も無いことはご了承いただこう。
というわけで、舞台はお馴染みSOS団の部室、時刻は放課後、である。
ところが我がSOS団は何とも珍しい事に開店休業状態なのだ。そこ、別に俺とハルヒが喧嘩したとかじゃないぞ。
まずは昼休みあたりから何かウズウズしていたハルヒが放課後を告げる鐘が鳴ると同時に、
「みくるちゃんを捕まえるわ!!」
と言いながら俺のネクタイを掴んだまま猛ダッシュをかけたことが事の始まりである。
ちなみに俺がもう少し足が遅ければ、そのまま学校内で絞殺死体が一体出来ていたであろうことを考えれば、ハルヒの為にも殺人犯が出なかったことを俺に感謝するべきである。
しかしそんな殺人行為など何するものぞのハルヒは当然のようにノックもなしに部室のドアを蹴り開け、
「さあ! 衣装を買うわよ、みくるちゃん!!」
と言いながら、幸いにも着替える前であった朝比奈さんの腕を掴んで走り去っていった。その間、わずか数十秒もない出来事である。
首周りが開放され、ようやく新鮮な空気を吸えた俺には、
「なーんーでーすーかー?−!−」
ドップラー効果を残していった朝比奈さんを止めることも慰めることも出来なかったのは痛恨の極みである。
とにかくハルヒが朝比奈さんを連れて買い物に出たのは間違いないわけで、その結果がいかなるものになるかは明日以降となるのだろう。
まあ俺としては朝比奈さんの新たなる魅力を発見でき、眼福ものとなるのであろうからとやかく言うつもりはない。そこだけはハルヒには感謝である。
そして息を整えた俺に携帯のメロディーが。
見れば着信は古泉からである。嫌々ながら出てみれば、
「申し訳ありません、『機関』からの定期報告で僕も会議に出席せよとのお達しで。涼宮さんたちとの手前、めったにこのようなことはないのですが、さすがに欠席も出来ませんので涼宮さんに上手く報告していただけませんでしょうか?」
などと電話の向こうでペコペコと頭を下げていそうな弱り声である。
まあハルヒ達もちょうど出払ってるんだ、あいつらが帰ってきたらバイトで呼び出されたとでも言っておいてやるよ。
「恩に着ます。あ、すいません、長話も出来ませんのでこれで」
そう言って古泉との通話も終わった。これは貸しと言ってもいいんじゃねえか?
よし、今度の不思議探索の俺の奢り分を後で古泉に立て替えさせよう。
などと俺がよく考えれば奢り前提で考えていると、
「………………」
俺よりも先に来ていて一連の騒ぎも関係なしに本を読んでいた長門がいきなり立ち上がった。どうした?
「……………コンピ研」
そうか。ハルヒもいないし、いいんじゃないか?
「…………また、あとで」
そう言って長門はお隣さんへとお出かけされた。なんというか、趣味が増えたのはいいことだな。
何気にコンピ研にも馴染んでいるのかもしれない長門の成長に、雛鳥に餌を運び続けて巣立ちを迎えた親鳥の感慨を感じていて、ハタと気付く。
あ、俺一人だ。






まあすることもないから自分でお茶を淹れ、いやに薄い味に朝比奈さんの偉大さを再認識しながらも長門よろしく本を拡げて数秒で断念し、一人ゲームも虚しいからネットでもするかと思いながらも机に伏せて早くも夢うつつな俺の神経が急に目覚めさせられたのは、
「おーい! みっくるー!! いるかーい?!」
という明るい大声のせいである。
ハルヒによって多大なダメージを与えられ続けている部室のドアを、これまた勢い良く開け放ったのは、
「どうしたんですか、鶴屋さん?」
朝比奈さんの親友にしてSOS団名誉顧問であるところの、令嬢でありながら大人物でもあらせられる鶴屋さんである。
その鶴屋さんは周囲を見回し、
「おや? キョンくんお一人さんかいっ?」
ええまあ一人ですが、それはすぐに気付くのでは?
「なんだい、みくるやハルにゃんはお出かけなのかー」
ええ、長門も、ついでに古泉もなんですが。すいません、俺一人だけなもんで。あ、お茶飲みます?
「うーん、たまには男の子から給仕されるのもいいもんだねっ! お願いしちゃおうかなっ?」
あのー、ご期待に添えるようなもんじゃないですよ?
そう言いながらも俺は鶴屋さんの分のお茶を淹れる。まあさっきよりかは丁寧に。
鶴屋さんはそのお茶は一口飲むと(ハルヒのように一気飲みされなくて良かった)、
「うん、まあまあだね! 今度みくるから教えてもらってキョンくんがお茶酌みするのもいいんじゃないかなっ?」
あー、それはつまり俺のお茶はイマイチだったというのと同義語ではないでしょうか? それに俺は朝比奈さんの役割を譲ってもらおうなどとは思ってもいませんよ。
「あはははっ! まあキョンくんが淹れてくれたってだけであたしは嬉しいよ!」
そう言っていただけると光栄ですよ。それよりも今日は何の御用ですか?
「いやね? ちょろんとみくるの様子を見に来て、ついでにハルにゃんや有希っこ達でもからかおうと思っただけっさ」
そんな軽く人をからかいに来たと言われても。それでも何も悪意などないのが分かるのがこの方の凄いところだ。
俺の正面、ちょうど古泉がいつも座っている所で鶴屋さんはお茶を飲んでいる。
しかしいつもと違う光景は新鮮かつ意外なものである。
こうして近くで見れば、やはり鶴屋さんもかなりの美少女だ。流れる黒髪が綺麗で、SOS団の女性陣にも決して引けを取るものではない。
「んー? なにかな? あたしんことジッと見つめちゃって。おねーさん、照れちゃうにょろよ?」
え?! い、いえいえ! ただ珍しく二人なもんですから緊張しちゃいまして、はい。
その答え方がよほど面白かったのか、鶴屋さんはニコニコと笑いながら、
「そうだねえ、キョンくんと二人っきりなんてなかったもんね」
などと言いながら鶴屋さんは椅子をずらし、俺の隣に座る。な、なんですか?
「いやー、せっかくだからキョンくんとじっくりお話もいいもんだなって。迷惑かい?」
いえいえ、鶴屋さんと話すのに何が迷惑があるもんですか。
「そうかい? ならちょろっとおねーさんに付き合っておくれよっ!」
わかりました、俺なんかでよければ。
「うんうん、キョンくんは礼儀正しいね!」
はは、礼儀とは無縁そうなヤツもいますからね。
「ハルにゃんかい? あの子は場所や相手を選んじゃうんだよ」
はあ。まああいつもそれなりに礼儀作法くらいは知ってるでしょうけど。
「そんだけここやキョンくんの側が居心地がいいってことさね」
そんなもんですかね。
「そういうこと! あたしだってキョンくんの側はあったかくていいと思うな」
そ、そうですか? いかん、何か意識してしまいそうだ。そうだ、鶴屋さんの側の方こそ誰もが笑顔になれそうですけどね。
「おっ? キョンくんも言うねえ、あたし照れちゃう!」
そういう鶴屋さんはまったく照れた様子もなく満面の笑顔である。本当にこの人の側だと誰もが笑っていられそうだ。
そんな感じで楽しく鶴屋さんと話していたら、急に鶴屋さんが爆弾を落としてきたのだ。
それも特大のやつを。





「ねえねえキョンくん」
なんでしょう? 俺は鶴屋さんと自分のお茶のお替りを用意していた。
「もうハルにゃんに好きだって言ったかい?」
なあ?! 俺は思わずお湯を自分の手に直接被るとこだった。いきなり何を言い出すんですか?!
「え? それならみくるかい?」
そんな訳ないでしょう、朝比奈さんに告白なんて恐れ多くて出来る訳ないじゃないですか。
「そんじゃ有希っこかい? なかなかお目が高いねえ」
あのですね、長門にそんなこと言ってどうするんですか。大体なんでいきなり俺が告白しなきゃならないんですか?
「んー? 誰でもないのかー。キョンくんは好きな子とかいないのかい?」
いたとしたらこんなとこでぼんやり一人でいませんよ。俺はお茶を机に置きながら座りなおす。まったく、からかうネタがこっち方面にきたのか。
すると鶴屋さんはまたも大型爆弾を投下してみせたのだ。
「それなら、あたしじゃ駄目かな?」
はああ?! え、えーとですね? それは鶴屋さんと俺がですね?
「そう、お付き合いしないか、ってこと!」
あー、そのー、からかうなら他のネタでお願いしたいのですが。
「ううん、からかってないよ」
へ?
「なんだかあの子達がまだるっこしいからね。それならあたしがキョンくんをもらっちゃおうかなって」
そういう鶴屋さんの目が真剣さを帯びる。というか凄い迫力なんだよ、これが本気になった鶴屋さんなのか? 俺はともかく押されながらも何か言わなければマズイ気がした。
でもですね、俺なんかじゃ鶴屋さんに釣りあいませんよ。こう言っちゃなんですが、俺のどこがいいんですか。
「うーん、そうだねえ……………キョンくんはあたしをどう思う?」
はあ、よく分かりませんが鶴屋さん鶴屋さんではないですか?
「うん、それがキョンくんのいいところなのさっ! だからみんなキョンくんの側がいいんだよ!」
よく分からん。しかし鶴屋さんはそれで言いたい事は言ったのか、
「じゃあ返事を聞かせてもらおうかなっ?」
おまけに鶴屋さんはなんと俺の膝に座ってきたのだ! いや、あの、感触が! ズボン越しでも分かる太ももとかその上の部分の感触がぁ!!
鶴屋さんの腕が俺を抱え込むように肩に回される。おお、なんかいい匂いがする。それは鶴屋さんが香水でも使ってるのか鶴屋さんだからなのか、もう俺には分からない。
「ねえ、あたしのこと…………好き?」
そんなセリフを耳元で囁くように言わんでください!! いや、嬉しくないわけないだろ?!
なんと言っても鶴屋さんは美人である。しかもその感触から察するにスタイルとてハルヒや朝比奈さんにも勝るとも劣らない。
おまけに性格は明るく豪快にして細やかな気遣いと繊細さを忘れず、礼節も重んじているにも関わらず子供のような純真さや可愛さも兼ね備えている。
あれ? なにか完璧じゃないか、これ?
いかん、意識すればするほど鶴屋さんの事が気になってくる。目の前には柔らかそうな唇が半開きで俺の答えを待っている。チラリと見える八重歯が可愛すぎてたまらないって、まずいだろ俺!!
しかもほんのりと染まった桃色の頬に、期待を込めた潤んだ瞳。
正直たまりません。だが、いきなり好きかどうかと言われても…………
ほ、保留ということには、
「だーめ! 女の子が勇気振り絞ったんだから真剣に答えるのが男の子だよっ!」
そうですよね。なによりもあの鶴屋さんほどのお方が俺なんかに好きだと言ってくれているのに、答えないなんて男じゃない。
そう思ったら俺は自然と鶴屋さんを抱きしめるような形になっていた。




「俺も……………いや、俺なんかでいいんでしょうか?」
鶴屋さんは抱きしめられたまま、俺の頭を撫でるように、
キョンくんだからいいんだって。あたしも……………あたしなんかでいいのかい?」
いや、ここまでされて答えられない男なんていませんよ。
「アハッ! それなら頑張った甲斐もあったってもんだねっ!! よーし、それならおねーさんからのご褒美だ!!」
そう言うや、鶴屋さんの綺麗な顔が俺に近づきってまさか?!
まさかっ?! など思う間もなく、俺の唇は鶴屋さんの唇に塞がれていた。思わぬ展開にセオリーどおり目をつぶることすら忘れてしまっていた俺の目に、目を閉じた鶴屋さんの綺麗な顔が目の前にある。
ああ、まつげが長いな。それに整った鼻筋、その下のピンクの唇は俺と接している。
真っ赤に染まった鶴屋さんの頬が熱を感じさせ、俺の顔も合わせたように火照ってくるのが分かる。
しばらく、いや時間の感覚などとっくに無くしたのだがとにかく唇の甘さだけが脳を溶かしてゆくような時間が過ぎ、俺と鶴屋さんの唇が離れた時には正直腰が抜けそうになった。
「プハーッ!! ごちそうさまっ! どうだい? 正真正銘のあたしのファーストキスだよっ!」
え? あ、あの、ファーストキスって!
「やっぱ最初は好きな人としたかったからね、嫌だったにょろ?」
う、そんな困った目で見られたら…………そんな訳あるわけないじゃないですか!
「そっか! それなら嬉しいなっ!」
またギュッと抱き締められた。膨らみの感触がもう俺の精神をどこかに飛ばそうとしまくってやがる。
「ねえキョンくん?」
ふぁい、なんでしょう?
「どうせ誰も帰ってこないならデートしよっか?」
あー、いや、あの一応俺、留守番が、
「あたしがメモっとくからだいじょーぶ!! んじゃ行くにょろ!!」
と言う間もなく、鶴屋さんは俺の膝からピョンと降りるとサラサラっと走り書きをしてホワイトボードに貼り付けた。
「さ、行くよダーリン!」
だ、ダーリンって…………とにかくあの明るいテンションを見せ付けられたら最早何も言えなくなってしまうんだ。
俺は結局引きずられるように鶴屋さんに腕を組まれて部室を出た。
はあ、やれやれ。なんでこうなったのやら?
などと思うのは隣で満面の笑顔を見せている先輩を見ればどうでもよくなってくる。
とにかくこの愛らしい先輩の長い黒髪をどう言っててっぺんで纏める髪形にしていただくか、それだけを俺は考えることにしたのさ。





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時間は少々過ぎる。
「たっだいまー!! いやー、大収穫よ! みくるちゃんの萌えもいよいよ完成の域に近づいたわね!!」
「ふええ〜、す、涼宮さ〜ん、ほんとに、本当にあたし、それ着なきゃいけないんですかあ〜?」
「何言ってんの?! これでSOS団の萌え路線はもうバッチリ! 今度こそキョンにみくるちゃんの写真をホームページにアップさせるんだから!!」
「………………」
「あら有希、コンピ研にいたの? ならキョンと古泉くんだけかあ、どうせつまんない顔してゲームしてるだろうから、みくるちゃんの超絶衣装でも拝ませてやろうかしらね」
「あ、あれですかあ?」
しかし、そこには誰もいなかった。
「なんなの? トイレにでもいったのかしら? まったく、留守番一つ碌に出来ないなんて団員失格よね!」
「……………」
すると無口な少女はホワイトボードに目を向け、一枚のメモを見つけると即座に部室を飛び出した。
「ちょ、ちょっと有希?!」
その急な動きに残された二人がメモに目を通す。そこにはこう書かれていた。
『ごめーん、みんなが牽制しまくってるからキョンくんはあたしがもらっちゃう ね!
 取り返したかったら、あたしの家まで来たらいいよっ!!
 でもね? あたし、キョンくんのこと好きだから簡単には渡さないにょろよ?
                         んじゃ、まったねー!!

                              鶴にゃん 』
「なっ?!」
「つ、鶴屋さん?!」
驚く二人だったが、すぐに気を取り直し、というか鬼の形相で、
「有希を追うわよ!!」
「はいいっ!!」
風を巻くように二人の姿も部室から消えうせたのだった。



この後で一人の少年が四人の美少女に囲まれて、その顔が赤くなったり青くなったりするのはまた別のお話である。