『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 17


17−α

駅前までの道のりが嫌になるほど長く感じながらも俺は自転車を飛ばしてきた。汗が襟首を貼り付けるのが気色悪い。駐輪場に着くや、俺はネクタイを外した。
ポケットにネクタイを突っ込みながら駅前の広場へと急ぐ。すると見覚えあるポニーテールが何故か木の陰に隠れるようにしゃがんでいる。なにやってんだ、あいつ?
思わず声をかけようとした俺に気付いたキョン子は手振りで俺にまでしゃがむように指示してきた。なんだかよく分からないままに俺もしゃがまされ、そのままキョン子に近づく。
「なんだよ、これ?」
状況がそうさせるのか、ついつい小声でキョン子に話しかけると、あいつまで小声で、
「あっちにハルヒコ達がいるの」
と言ったので、思わずそちらを向いたそこには。
ハルヒが居た。満面の笑顔で。
一瞬の内に頭が真っ白になるのが分かる。おいハルヒ、なにやってんだお前は?!
ハルヒに対して文句の一つや二つじゃ済まされないレベルで駆け寄ろうとする俺の手がキョン子に引かれる。なにすんだよ、キョン子
「待って! 今行ってもハルヒは怒るだけだって!」
なにが怒るだ、俺の方がよっぽど腹が立っている。あの惚けた顔に俺が今までしてきた苦労をぶつけたくらい構わねえだろうが!?
「そんなことしてどうなるのよ?! 閉鎖空間が出来たら困るのはあんたじゃない!」
知るか、もうあんなとこに行く気なんぞないぞ! 古泉は苦労するかもしれんが俺が我慢しなきゃならん理由になるか!!
「やめて、お願いだから………………」
制服の袖を掴んでいたはずのキョン子の手は、いつの間にか俺の手そのものを掴み、それが震えていることに俺が気付いた時には遅かった。
瞳に涙を溜めたポニーテールの少女。
……………俺は何をやってるんだ?!
今までの怒りが何処かへ行ったように、俺は再びしゃがみ込んでしまった。
「すまん」
それだけしか言えなかった。キョン子はそんな俺に、
「ううん、ごめん。あたしだけだと何も出来なくて、それでハルヒと話をさせなくちゃとか思ってたんだけど、でもあんなに怒ってるあんた見てたら呼んだのは間違いだったって」
まだ少し震える声で言ってくれる。こいつは俺の事を考えてくれたのに俺は何も考えてなかった。
どうにかなってるのは俺の方かもしれない。
少なくとも女の子を泣かせていいもんじゃないはずなのにだ。俺は制服のポケットを慌てて探してみたが、ここでハンカチなどという洒落たものが出てこないところがまた情けない。
結局どこでもらったのか覚えていないポケットティッシュキョン子に差し出しながら、
「すまん、こんなもんしかなかった」
と頭を下げるしかなかった。あいつが涙目のまま微笑み、
「まあキョンなんだからしょうがないわよ」
と自分のハンカチを出した時には正直救われた気分だったよ。おかげで気分も落ち着いてきた、ハルヒ達はまだ何か話している。
「もう少し様子をみるか」
キョン子は涙を拭いてから頷いた。






17−β

何やってんだろう、あたし。駅前でハルヒコ達はハルヒと合流し、なにやら楽しげに話している。それを物陰に隠れてみているあたし。周囲の視線がちょっと怖いわ。
しかしあの鋭いハルヒコが気付かないなんてね。古泉はもしかしたら気付いているかもしれないけど。
とにかくキョンが来てくれるまでは動かないでよ、と願いながらも木陰で待ち続ける。
すると、ネクタイを外しながらあいつがやってきた。よほど急いできたのか、汗が浮いているのがここからでも分かる。
それでもあたしの為に来たんじゃ無いんだ。
それが分かるのが嫌になる。けれど、あたしはまずキョンにしゃがむように手で指示をした。ハルヒコや古泉に見つかれば何を言われるかわかりゃしない。
不審な顔をしたキョンだったけど、素直にあたしに従ってくれた。そのままあたしの方へ。
「なんだよ、これ?」
状況がそうさせるんだろうけど、つい小声で話しかけられる。その距離が近いことにあたしの心臓が跳ね上がりそうなのは気付かれてないだろうけど。
「あっちにハルヒコ達がいるの」
それを言うと同時にあいつが目線を向け、その顔色が一瞬で変わった時に。
あたしは自分の言った事を後悔した。そんな顔のキョンを見たかったわけじゃなかったから。
怒ってる、誰に? 分かってる、ハルヒに。
そうだ、キョンハルヒに怒ってるんだ。あいつの知らないハルヒに怒ってるんだ。
例えばあたしだったら? あたしが同じ様な状況でもあなたはそこまで怒ってくれるんだろうか?
飛び出そうとするキョンの袖を掴む。行かないで!!
「待って! 今行ってもハルヒは怒るだけだって!」
そう、きっとハルヒは怒るだろう。怒っているキョンには火に油なだけだと分かってるはずなのに。
お互いに判ってるはずなのに。
どうしてそれが分からないんだろう? どうしてあたしには分かっちゃうんだろう………
「あの惚けた顔に俺が今までしてきた苦労をぶつけたくらい構わねえだろうが!?」
嘘。あんたはハルヒの為ならどんな苦労もするくせに。
「そんなことしてどうなるのよ?! 閉鎖空間が出来たら困るのはあんたじゃない!」
袖じゃなく手を引いた。汗が滲んでいる。あいつの怒りが熱として伝わる。
悔しい。あたしじゃない人の為にそこまでなっていることに。
「知るか、もうあんなとこに行く気なんぞないぞ! 古泉は苦労するかもしれんが俺が我慢しなきゃならん理由になるか!!」
嘘つき。あんたは結局行くくせに。あたしは……………あたしは今間違いなく涼宮ハルヒに嫉妬している。
涙が溢れてきた。あたしを見てくれない。あの子ばかり見るあいつ。
もうやめて! そんなあんたを見るのも、こんな想いをするあたしにも!
「やめて、お願いだから………………」
あたしはキョンの手を握ってそう呟くしかなかった…………
「すまん」
謝るのはあたしの方だ。あたしの我がままな心があいつを傷つけるんだ。
「ううん、ごめん。あたしだけだと何も出来なくて、それでハルヒと話をさせなくちゃとか思ってたんだけど、でもあんなに怒ってるあんた見てたら呼んだのは間違いだったって」
そんなことはない、あたしはただ会いたかっただけなのに。こうなってもおかしくないのは分かってたはずなのに。
キョンは慌てふためいて制服を探り、
「すまん、こんなもんしかなかった」
くしゃくしゃになってるポケットティッシュを出してきた。その顔が本当に済まなさそうで。
ほんとあんたは優しすぎるんだから。
あたしは自分のハンカチを取り出しながら笑うしかなかった。
「まあキョンなんだからしょうがないわよ」
そう、あんたがあんたなんだからしょうがない。あたしはそんなキョンが……………
どうなんだろう、自分の気持ちに素直になってもいいんだろうか? あたしにもまだ分からない。ハルヒコ達はまだ何か話している。
「もう少し様子をみるか」
キョンの言葉には素直に頷けるのに。





俺はどうしたいのか? ハルヒと話がしたいだけのはずなのに。
あたしはどうしたいんだろう? ただ、キョンと話したい。