『SS』Lucky☆Star

「綺麗よねー」
そうだな。
「知ってる? 新暦での七夕って天の川が見れないことも多いのよ。でも今年はバッチリなの! しかもいい天気!! そりゃ天体観測しなくて何やるってのよ!!」
そうかい、ところで今日が何曜日か知ってるか?
「当たり前じゃない、月曜日じゃなければ部室に笹は飾れなかったでしょ?」
それが分かってるなら何よりだ。
「何よ? あんたこれだけの星空を見てなにも感じないの? 結局今年もつまんない短冊吊るしちゃうし、ほんと夢が無いわねえ」
ほっとけ、俺はいつになるか分からんような曖昧な願い事よりも今一瞬の現実を大切にする男なんだよ。リアリズム溢れる現代社会の申し子と呼んで欲しいね。
「ばっかみたい、あんたのはリアリティじゃなくって事なかれ主義って言うの!」
事なかれでいいじゃねえか、平穏無事が何よりだ。平凡バンザイ、中流主義よ永遠なれ、だ。
という事でな、ハルヒ
「何かな? キョンくーん?」
やめろ、それ。それより俺を帰らせてくれないか?
なあ、どう思う? 平日の学校の屋上にいきなり呼び出されて天体観測をしなきゃならない高校生なんてな?






それは放課後の団活をいつもの数割り増しで大騒ぎした後、あの笹を今年もまた俺が片付けるのかと多少気が重くなりながらも、まあ鶴屋さんにお任せしてしまうのだからなどと自分を慰めながら帰宅したところから始まる。
今年も笹は鶴屋家提供の非常に立派なものを古泉と二人掛りで部室に運び込み、思い思いに短冊を吊るした訳なのである。
ただし今年は特別に鶴屋さんと、国木田、谷口、阪中、何故かコンピ研の連中まで短冊を書かされたのであるが、これもこの一年でのSOS団の活動の成果だと思えばいいのだろうか。
おかげで笹飾り(皆で作った、というより長門が妙にはまってしまい、数百メートル単位で輪っかを作ろうとしたのを俺が慌てて止めた)に加えて結構な数の短冊が揃い、なかなか壮観なものとなったものだ。
ちなみに全員の願い事はこうだ。
谷口は「彼女ができるように」あのなあ、縁結びを神頼みするよりチャックをどうにかしたほうがいいと思うぞ。阪中の冷ややかな目線にも気付かないぐらいだから、どうにもならんとは思うが。
国木田は「身長が伸びればいいと思う」気にしてたのか、と見てしまった事に後ろめたさを覚えた。ただし筆跡から察するに、ウケ狙いを感じなくもない。ハルヒも何か言いたそうだったけど、どうにも笑いには持っていき辛いぞ?
阪中は「ルソーが長生きしますように」実に阪中らしい。これが届くのはハルヒによれば26年後らしいのでルソー氏にはそこまでご健在であっていただきたいものである。
コンピ研からは代表して部長氏のやつを。「目指せ! 研究会脱出! 部への昇格!!」どうにもスケールとして小さいなあ。しかしあんた、今年で卒業なのにこんな願い事でいいのかよ?
鶴屋さんは誰の目にも分かる達筆で「みんな仲良く」、「みくるとずっと友達でいられるように」と二枚書かれた。朝比奈さんがそれを見てちょっとだけ泣きそうな顔をしたのは、未来へ戻る自分を想像してしまったのだろうか。鶴屋さんは楽しそうにしていたが、もしかしたら全て分かってるのかもしれない。
古泉は今年も相変わらず乱暴な筆遣いで「家内安全」、「世界平和」と書いていた。もはやネタをいじくる気もないらしい。というよりもこいつは何を願いたいのやら。
朝比奈さんも鶴屋さんに負けない綺麗な筆で「ずっとみんなで仲良くいられますように」、「中国茶の淹れ方が上手くなりますように」と書かれていた。一つ目は分かるのだが、朝比奈さんはいつの間に新たなるジャンルのお茶淹れを開拓していたのだろう? 次回にでも出てくるかもしれない事を期待しよう。
長門はも変わらず印刷されたような明朝体で「友愛」、「自立」と書いた。なんとなく長門が目指しているものが分かったような気がして微笑んだ俺に、
「なに有希に色目使ってんのよ、エロキョン!」
と頭を叩かれたのは納得いかんが。
そのハルヒはやはり綺麗な字(こういうとこだけは認めざるを得ない)で、「世界の七不思議の八つ目と九つ目を発見するわよ!」と黒々と書いていた。それ願い事じゃなくて決意表明みたいじゃねえか?
「いいのよ! これを見た織姫が意気に感じてなにか出してくるかもしれないじゃない?」
どんな男気溢れる織姫だ、それは。なにより何故織姫にそんな力があるんだよ?
「あーもう! 夢ってもんが分かってないわね!」
そう言うが、そんな夢語られる方の身にもなってもらいたいもんだね。
それでハルヒも二枚書いたのだが、
「ちょっと内緒」
と言って俺に笹をわざわざ動かさせた挙句、飾ると誰にも見えない一番上に吊るしてしまった。どうにか覗けないかとも思ったが、無理をしてハルヒの怒りを買うのもつまらんので止めておいた。まあ片付けの時にでも、
「あたしが短冊取ってから片付けさせるからね!」
と先に釘を刺された。よほどの願い事なんだろう、だが古泉は、
「まあ予想はつきますが」
などとあっさり言いやがった。見れば朝比奈さんも長門も承知したといった顔をしている。どうやら本当に分からないのは俺だけのようだ。
「ほんとにわかんないんですかぁ?」
「まああなたらしいですが」
「…………………それでいい」
なんだよ、お前ら? なんか馬鹿にされたみたいだ。だがこれ以上の追求は俺が何か自爆しそうな予感がしたのでやめよう。
ついでに俺が書いた短冊だが、「宝くじのせめて三等が当たっていてくれ」と書いてハルヒに可哀想な目で見られた。なんだよ、26年後だった金は必要なはずだぞ? 俺だってその頃には家庭だって築いているはずなんだからな。
「な、な? か、家庭ならあんたが自分で支えなさい!! そんな甲斐性もなけりゃお嫁さんが大変じゃない!!」
そりゃそうだが、お前が真っ赤な顔して力説せねばならんのだ? そして周囲の連中の温か過ぎる(一部だけ冷気を感じたが)目線はなんなんだよ?
そんな訳で朝比奈さんが全員分のお茶を出したが谷口だけは飲む前にハルヒのせいで湯飲みをひっくり返されたり、コンピ研が長門を勧誘にようとしてハルヒに殴られて鶴屋さんが爆笑したり、阪中と国木田が犬談義に華を咲かせたりしている中を、長門はまだ飾りを作ろうとしていたので俺が止めたりして賑やかな七夕は過ぎていったのだった。
そうだ、それで今日のイベントは終わりのはずだったのだが。
それぞれが帰宅して俺も家へと戻り、妹が前日から一生懸命こしらえていた笹飾りを見ながら飯でも食うかと玄関のドアをくぐったら。
俺の携帯がけたたましく鳴りだしたのである。
着信名を見てため息をつき、すぐに出ないと後が怖いので嫌々ながら出てみれば、
「遅い!」
などとついさっきまで聞いていた大声に怒鳴られなければならないわけだ。何故だ?
「なんの用、」
「いますぐ学校に集合! あ、制服は着替えないこと!! 3分で来なさい!!」
どう考えても無理だろ、それ。しかもまたあの坂を登れというのか、お前は?
「嫌だ、断わる」
「あと2分45秒よ」
カウントしてんのかよ?! それで慌てて飛び出る俺も俺なのだが。
結局、自転車を飛ばして駐輪場に置けば、あとは坂を走るしかないのであって、息を切らして死に掛けていれば、
「遅すぎる! 死刑ものね!!」
と本当に死の宣告をされてしまわねばならないのだった。何故だ?





それにしても死刑はいいが他の連中はどうした? 最下位でもないのに死ぬ理由はないだろが。
「だって呼んだのあんただけだもん。だから自動的に最下位はあんた!」
そんな理不尽な?! しかも俺だけだと?
「うん、みんな今日は騒ぎすぎて疲れてるでしょ? 明日学校なんだから休養は必要なのよ」
それに俺が入っていない理由をはっきり言いやがれ、このやろう。
「だってあんた雑用じゃない。団長が今から活動しようとしてんだから手伝うのは義務よ!」
無茶苦茶だ! 理由ですらねえ! そんな話に誰がのるか!
「ではここに居るのは誰?」
ああ、条件反射の恐ろしさよ。
「はい、これ持って」
なにかでかい荷物を持たされて、いつの間にやら校内を見回りの教師に見つからないように歩いているんだから誰か助けてくれないか?
しかも目的地は屋上ときた。これで荷物の中身も予想は出来たが、お前あの短い時間で全部用意したのかよ?
「あー、それ天文部からちょっと借りただけだから。内緒なんだから落としたりしちゃ駄目だからね?!」
それは借りたのではなく盗んだというんだ。まあ同じ校内だから無断で借りて無断で返せばいい、ということにしておこう。
キョンも分かってきたじゃない」
こんなの分かりたくないって。だがもうやっちまったもんは仕方ない、これもハルヒの悪影響だな。
屋上の鍵は何故かハルヒが開けた時にかかっていたことはない。もしこれもハルヒの仕業なら無駄遣いしてるとしか言い様がないな。
とにかく屋上に着いた俺達は、早速ハルヒが俺に持たせた荷物を解く。中身は俺の予想通りだった、しかしウチの学校にこれだけ立派な天体望遠鏡を持ってる天文部があるとはな。
「去年色んな部活回った時に目を付けてたのよ。これはあたしに使われたがってるって」
お前なあ、部活じゃなくて備品で判断してやるなよ。それにこれは天文部が使ってナンボだっつうの。
「今あたしが使ってるじゃない」
そういう問題か? などと言いながらも手馴れた様子で望遠鏡を組み立てたハルヒは、
「これで後は陽が落ちるのを待つだけね」
っておい! ここで夜まで待つのかよ?! 
「どうせすぐよ、ギリギリまでSOS団で遊んでたんだから」
まあ確かに長くなってきたとはいえ、陽はもう暮れかけている。そこまで計算してたなら凄いもんだ、しかもやりかねんから恐ろしい。
「だから、はい、これ!」
ハルヒが差し出したのはおにぎりの包みだった。どうしたんだ、これ?
「調理室でちょっとね」
また無断借用かよ。証拠だけは隠滅しとけよ。
「言われるまでもないわ。それより腹ごしらえよ!」
へいへい。しかし俺も慣れたもんだね。
ついでに言えばハルヒの握った握り飯ってのがただの米のはずに妙に美味かったことだけは不思議でならない。こいつは米の味まで変えることができるのだろうか?
「あんたの分まで用意してあるこのあたしの準備のよさに大いに感謝しなさいよ!」
はいはい。飯抜きなら何と言ってやろうかと思ってたんだが、ここまでやられたら何も言えんわな。
こうして俺達は握り飯を食いながら、これはSOS団部室から持ってきていたお茶を飲みながら星が出るのを待っていた。





「ねえねえ、火星には氷があったんだって! それなら火星人の一人や二人、ひょっこり出てきたっていいと思わない?」
どこを見とるんだ、お前は? 大体、今日の目的は火星人捜索じゃないだろうが。
「わかってるわよ! でも興味あるじゃない?」
それはまた別の機会にでもやってくれ。長門にでも聞いたら答えてくれるかもしれんが、あいにく蛇が出てくるのが分かってる藪をつつく趣味はないんでな。
「もう、キョンは分かってないわねえ………………」
分かってないのはどっちだ、俺をこき使っておいて。
「ったく……………………わあ、キョン! 見て!」
ブツブツ言いながらも望遠鏡を覗いていたハルヒが俺を呼ぶ。どうした?
「いいから、ほら! これ見て!!」
ネクタイを引っ張るな! わかったから! 俺はハルヒに言われるままに望遠鏡を覗く。
「………………なるほど、こりゃすごいな」
そこに見えたのは確かに川という表現が相応しい銀河の流れといえるものだった。生憎と詩的表現など碌に知らない俺なんぞにはこの程度でしか表せんがな。
「でしょ?! それで、」
ハルヒが少し望遠鏡を動かし、
「これがベガ。天の川を挟んであんま目立たないのがアルタイルね」
目立たないは余計だ。そりゃベガは1等星だから光ってはいるが、アルタイルだってそこまでじゃないだろ。
「でもねえ、ほら、織姫と彦星だって織姫メインじゃない?」
そうだな、七夕は機織や手芸の向上を願う祭りでもあるらしいし。
「それなら織姫ももうちょっと根性出せば良かったのよ! 大体好きな人と1年に1回、それも雨の日はNGなんてとんでもない話じゃない?!」
いや、お前の話の飛び方がとんでもないだろ、という俺の思いは当然のように届くこともなく、
「あたしなら絶対に抵抗するわ! もしそれが駄目なら泳いでだって会いにいくわよ!!」
お前ならやりかねんな。俺は苦笑しながらハルヒの握りこぶしを見ていた。
「やれやれ、それなら牽牛だって泳ぐにきまってるだろ」
「は? なんでよ?」
「それだけ織姫に想われてて何もしないような奴に織姫は惚れると思うか?」
「う……………」
そうだろう? 俺なら対岸でそれだけ騒がれたら泳いででも会いにいくさ。
「え?」
ん? 何か俺は変なことを言ってないか?
しかしどうやら天体ショーに心奪われたようで、俺はつい口を滑らせたらしい。
「それなら俺はまだマシだな。会いたい奴に会いたい時に会えるんだから」
「そ、そ、そ、そうね!! あたしも! あたしも会いたい人に会いたい時に会えるわ!!」
あれ? 俺達は何を言ってるんだ? 会いたい人………………
「………………」
「………………」
何で黙ってるんだ俺達は。しかもハルヒの奴はこの暗い中でも分かるほど真っ赤だぞ。
「………………あんただって顔が真っ赤よ」
そうだろうな、それは暑いからだ。そういうことにしとけ、そうしよう。
「星、綺麗ね……………」
「ああ……………」
これなら二人も会えることだろう、そう思っていたら何故か俺の手はハルヒの手を包んでいた。
「ねえ?」
なんだ?
「会いたい人にいつでも会えるのよね?」
ああそうさ。
「それって、凄いことなのかしらね?」
そうかもしれんな。



少なくとも俺は今会いたい奴と会っている。それだけは間違いないんだからな。
「そうね、あたしもそう思うわ」
それから俺達は、ただ星空を眺めていた。
まあ繋いだ手の温もりが心地良かったことだけは確かだ。













ちなみにその後、不法侵入した男女のカップルが屋上で抱き合って寝ていたという噂を耳に挟んだのだが、多分俺の預かり知らぬ話だと思いたい。