『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 16

16−α

部室に着くとまずはノックする。俺は掃除当番だったから一番遅いはずだが、万が一朝比奈さんも遅れていて着替えていたらいかんからな。
「は、はーい! キョンくん、ですよね?」
どうしたというのだ、朝比奈さんの対応がおかしい。嫌な予感がしながらも、俺はドアを開けた。
するとそこには朝比奈さんと長門、古泉がいる。長門はいつもどおりの読書だが、古泉は微かに眉を顰め、朝比奈さんは誰が見てもわかるくらいに困った顔をしている。
なによりも、俺よりも先に出たはずのハルヒの姿が見えない。あいつが寄り道などするはずもないし、嫌な予感はどんどんと俺の中で膨らんでいく。
自分で自分の眉間に力が入るのが分かりながらも俺は朝比奈さんに聞いてみる。
「どうしたんですか朝比奈さん? ハルヒのやつは何処です?」
朝比奈さんは麗しい眉を顰めながらも、
「あのー、す、涼宮さんなんですけど、えーと、今日はもう帰っちゃいました…………」
なんだって?! ありえない、何か急用でも出来たというのか?
「それが…………あたしの後に涼宮さんは来たんですけど、その時は少し機嫌が悪そうだったけど普通に席に座ってたんです」
まあ機嫌が悪かったというのは俺にも原因の一端はあるかもしれんが、それはまあいい。それよりもそのくらいでハルヒが団活を休んだりするものか?
「いえ、その後少しして涼宮さんの携帯が鳴ったんです。それでメールだったみたいなんですけど、それを見た涼宮さんが急に用事が出来たから帰るって………」
メール? あいつがそこまで惹きつけられる内容だと? 
俺の疑念がどす黒い色で頭を覆いつくそうとしてやがる、どうなってんだ俺は?
すると古泉も、
「僕が来た時には既に涼宮さんは帰宅されていました。もう少し注意するべきでした、申し訳ありません」
いや、お前に頭を下げられても仕方がない。
「朝比奈さん、そのメールについてハルヒは何か言ってましたか?」
俺はとりあえず朝比奈さんに何か分からないか聞いてはみたが、
「すいません、涼宮さんは何も……………メールだったから内容を見たわけでもないですし……………」
ああ、あなたまでそんな辛そうな顔をしないで下さい。何も言わないハルヒが悪いんです。
「でも、涼宮さん楽しそうでしたから、ついあたしも聞きそびれちゃって」
楽しそう? あいつ機嫌悪いんじゃなかったんですか?!
「ええ、だけどメールを見たら急に明るくなったのでいい事があったのかなあって」
そうか、メールを見て明るく、か。どす黒い感情が沸き起こってくるのが止められない。
「メールの発信源は古泉一姫。内容は涼宮ハルヒとの接触
長門の言葉に疑念が膨張する。長門、そこにあいつはいるのか?!
「わからない。ただし……………」
なんだ? 
「可能性は高い」




ガッシャーン!!!



長門が言うと同時に俺は近くにあったパイプ椅子を力任せに蹴り上げていた。
「ヒッ!」
朝比奈さんが泣きそうな顔になり、
「落ち着いてください!!」
古泉が俺の肩を抑える。蹴り上げた脛の痛みすら現実感を持たせてくれない中で、
「……………」
無言のまま俺は長門を睨みつけていた。どうして止めなかった?!
「わたしには彼女を留まらせる理由を見つけられなかった。彼女の意思は既に出かけていた」
そうだろう、ハルヒならメールを見た瞬間に動いていたはずだ。それでもだ、
「あなたなら止められていた?」
………………分からん。分かるわけがない。俺は何故これだけ怒っているのかすら分かってないんだからな。
「………………そう」
重苦しい沈黙が部室内に漂い、俺は大きく息をつくと自分で蹴飛ばしたパイプ椅子を拾ってそれに座った。
「はあー……………」
誰にでもない、自分への嫌悪感で押しつぶされそうだ。
「きょ、キョンくん……………」
すいません朝比奈さん、もう大丈夫ですから。
「そうですか…………………………お茶、淹れますね?」
そう言ってコンロに向かう朝比奈さん。気を使わせているのが分かってしまうのが辛い。
誰も話さない中で、朝比奈さんがお茶を淹れる音だけがいやに響いた。
「どうぞ、まだ熱いですから気をつけてくださいね」
朝比奈さんが湯飲みを俺の前に置いた時に。



俺の携帯が鳴りだした。ハルヒか?!
急いで取り出した俺の目に飛び込んだメールの着信名は、俺からすれば意外なものだった。なんでお前が?
「すいません、俺もこれで帰ります。お茶、飲めなかったけどありがとうございました」
とにかく急がねばならない。俺はカバンを手に、朝比奈さんに頭を下げた。
「えっ? あの、キョンくん?!」
すいません、帰ったら話します。朝比奈さんには申し訳ないが俺の心が焦っている。
古泉が何か話そうとするのを目で制する。お前にも後で事情は話す。
最後に長門とアイコンタクトして俺は部室を飛び出した。朝比奈さんには長門がなんとかしてくれるだろう。
急がなくてはならない。あいつが待っている。



俺はキョン子が呼び出した駅前まで自転車を飛ばしていた。







16−β

あたしが部室の前に着いた時から奇妙な感覚があった。なんだろう、静かすぎる。
今の状況なら何が起こってもおかしくはない、それが分かるからつい慎重な面持ちでドアノブに手をかける。掃除当番だったから、あたしがきっと最後のはず。それなら長門がいるはずなんだ、大丈夫だと思いたい。
「あ、キョン子ちゃん………………」
そこに居たのは朝比奈さんと長門の二人だけだった。二人? おかしい、古泉のスケジュールまでは知らないけどハルヒコがここに来てないわけがないのに。
「あのー、涼宮くんは古泉さんと帰っちゃいました……………」
おずおずと朝比奈さんが説明してくれる。そういえば朝比奈さんはいつもの執事服ではなく、制服のままだった。
「どうしたんです、ハルヒコのやつ? 古泉が何か言ったんですか?」
「えーと、僕がここに来た時にはまだ涼宮くんは来てなかったんです。それで着替えようかな、と思ってたら古泉さんが今日はいいですって」
古泉が? あいつは最初からハルヒコを連れ出す気だったってことなのかしら?
「それで古泉さんは携帯をいじってて、涼宮くんが来たらもう入り口で話をしててそのまま行っちゃったんです」
それでハルヒコはなんて言ってたんですか? 何であのハルヒコがいくら古泉が口が上手いとはいえ、こうまで言いなりなのか分からない。
「涼宮くんはなにも。古泉さんが今日は帰るからってだけで、僕らもどうしたらいいのか……………とにかくキョン子ちゃんが来たら話さなきゃと思って待ってたんです」
それで朝比奈さんは着替えもせずにここにいた訳ね。あたしは戸惑い気味の朝比奈さんから窓際の長門へ視線を送った。
「古泉一姫の連絡相手は涼宮ハルヒ
「え? それってあの土曜日に会った?」
朝比奈さんには事情を説明していないから、何で古泉がハルヒと連絡しているのか分かっていないようだ。長門は朝比奈さんの問いには小さく頷いただけで、
「彼女は涼宮ハルヒに駅前に来るように連絡した。涼宮ハルヒコの同席を示唆している内容に涼宮ハルヒが承諾する確率は高い、というよりも確信を持って彼女は行動した」
そこまで分かっててなんで止めなかったの?! ハルヒコもホイホイ付いてくんじゃないわよ! あまりにも単純に思えるハルヒコの行動にだんだんと腹が立ってくる。
しかし長門は声の調子も変えることなく、それどころかとんでもない事を言ってくれた。
「古泉一姫の行動は涼宮ハルヒコの状態操作の為に必要と情報統合思念体も判断した。私には止める術はない」
あんた、ちょっと冷静すぎない? あたしは長門を睨みつけたはずなのに、長門の表情は何も変わる事はなかった。
「あ、あのー、なんなんですか? 涼宮くんがその涼宮さんと会うって……………」
駄目だ、朝比奈さんは本当に何も知らないみたいだ。どうしよう? 朝比奈さんにも事情を話すべきなの?
すると長門が席を立った。そのままあたしの前に、なに?
「私は『私には』止める術はない、と言った」
なに言ってんの、長門? 私には………………………?


!!!!!


そうか! 長門は上からの指示には逆らえない。でも、あたしならどうだ?!
あたしは急いで駆け出そうとした。
「え、え? キョン子ちゃん?」
ごめんなさい朝比奈さん、事情は長門からでも聞いてください!
あたしは部室を飛び出した。


そしてあたしは…………………そう、何故そうしたのか自分でも分からない。
でもその時にはあたしは必要だと思った。いや、思いたかったのかもしれない。
携帯を取り出し、走りながらメールを送る。
誰かに助けて欲しかったのかもしれないし、ただ会いたかった理由にしてたのかもしれない。



あたしは駅前でハルヒコ達を見張りながらキョンが来るのを待っていた。






とにかく俺はハルヒと話をしなければならなかった。それが自分勝手というものだとしても。
とにかくあたしはキョンに会いたかっただけなのかもしれない。それは自分勝手というものだった。