『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 13

13−α

ハルヒのため息などという史上最悪なBGMを背に、俺は普段以上の地獄の授業を殆んど頭に入れることなく聞き流していた。
そんな時間も一段落な昼休みを告げるチャイムがなっても、ハルヒは教室を飛び出る素振りすら見せない。
後ろ髪を惹かれないと言えば嘘にはなるが、かと言って今のあいつに話をしようとも思わない。どうせ誰かさんのことでも考えてるんだろ、それだけで俺がどれだけいらん心労をしなきゃならないのかと理不尽な怒りに駆られてくる。
そういうわけで俺はハルヒを省みることもなく、国木田たちに断わりも入れず部室へと足を運んだ。決してあんなハルヒをこれ以上見たくない、という事ではないはずだ。
何か八つ当たり気味に早足で部室についた上、朝比奈さんが居ないのも分かっているのでまさしくハルヒのような乱暴さでドアを開ける。こいつの寿命はここ一年で確実に縮まってるな。
しかしそんな俺も、
「……………」
無言の中の微かな非難を浴びれば黙り込むしかないんだよ。すまん、お前だけは先にいるはずなのにな。
長門は何も言わずに俺から本へと視線を向けた。気まずいが俺もいつもの席へ座り、弁当を取り出す。
「なあ長門、お前飯は、」
「もう食べてる」
そ、そうなのか? というかあの短い時間のどこで、というのはこいつには野暮ってもんなんだろうな。仕方なく一人で弁当を食うことにする。
古泉の奴は多分学食だからしばらくかかるだろうし、もしかしたらハルヒの様子でも聞けるかもしれんな。
などと思いながらも箸を進めてはいるのだが。
「……………」
いや、長門は俺の方を見ているわけではない。視線は本を一点に見つめている。だがなんなんだ、このプレッシャーは? 他人が何もしていない中での食事がここまで苦痛とは思わなかったぜ。
「あー、長門?」
「なに」
ん? 長門にしては珍しくすぐに本から目をあげたな。
「いや、さっき驚かせて悪かったしな。飯食ったあとだし、いらないかもしれないがお詫びにどうだ?」
そう言って俺は出汁巻き卵を一切れ掴んで長門に差し出した。
「………………ありがとう」
いや、そう素直に礼を言われるとこっちが照れる。というかそれはなんの真似だ? 何故お前はそんなに大きく口を開けて何かを待っているかのように目を閉じたりしてるんだ?!
罠だ、これはきっと何かの罠に違いない。ハルヒか? そこのロッカーに何か仕込んでるのか?!
「誰も居ない」
そうですか、それならせめて目を開けて口を閉じてください。何故一言言って同じ体勢に戻っちゃうんだよ、長門さん?!
「……………早く、きて」
それ使い方違うだろ! 分かっててやってるだろ、お前!! と、とにかく玉子焼きを長門の口に放り込めばいいんだ、それだけなんだ!!
俺は自分の意思などに関わらず勝手に震える手を無理やり押さえつけながら長門の口へ玉子焼きをってなにやってんだ俺は?
その小さく愛らしい唇に俺が先ほどまで咥えていた箸が触れそうに……………
「おや、お邪魔でしたか?」
あー、いやなんというかありがとう。さっきまでの俺はなにかおかしい空間にいっていただけのようだからな。だからあっさりと長門の口に玉子焼きを放り込み、
「美味いか?」
などと聞けるんだな。小さく頷く長門を見ると朝比奈さんとは違った意味で癒されるよ、うん。
「そうですか、わざわざ急いでかけそばをかき込んだ甲斐もあるものです」
なんか侘しいな、それ。という風に毒気を抜かれきった状態で話が出来るんだから俺達も仲が良くなったもんだ。
「では本題に入りましょうか」
古泉が座ることで緊張感が戻ってくるのを肌で感じながら、俺達は今後の対策を練り始めた。







13−β

後ろからは不機嫌極まりない舌打ちが何回も聞こえてくるし、最悪な気分でもちろん授業なんか頭に入る訳がない。いつも入ってるかといえばそうでもないけど。
そんな時間も一段落な昼休みを告げるチャイムを聞いても、ハルヒコは動く気配もない。
気にならないと言えばウソになるけど、あたしにはやることがあるから知らないわよ。あんなハルヒコ見たくもないしね。
そんなわけであたしはハルヒコを省みる事なく、国木田たちにも悪いんだけど黙って部室へと足を運んだ。少々焦り気味に早足で部室に着くと、
長門、居る?」
どうせあたしより先にいるだろう長門に声をかける。すると、
「………………」
窓際の席で文庫本から目を離し、あたしに小さく首肯する眼鏡くんがいるわけよ。
話の前にお弁当を食べようと、いつもの席に座ったあたしは机にお弁当を拡げる。すると、
「…………待ってて」
フワッと立ち上がった長門がいつから沸かしてたのか知らないけど、ヤカンをコンロから下ろしてお茶を淹れてくれた。
「飲んで」
あ、ああ、ありがと。意外だ、長門はこんな気遣いできる奴だったんだなあ。その時、頭の中で小柄な女の子が黙って湯飲みを差し出した姿を思い出した。もしかしたら真似したかったのかな?
とにかくあたしは長門の淹れてくれたお茶を飲みながらお昼ご飯を食べる。
「ねえ、長門はもうご飯食べたの?」
「食事なら終わっている」
ふーん、いつの間に食べたのか聞くのは野暮ってもんでしょうね。とにかくご飯、ご飯っと!
多分古泉は学食だろうから、もしハルヒコを見かけたら様子だけでも聞いてみようと思いながら綺麗にお弁当を片付けたんだけど、
「おい、長門!」
「なに?」
本を読んでた長門が返事をした口に玉子焼きを押し込んでやった。
「お茶のお礼よ」
「………………」
こんなことされても無表情な宇宙人さんは黙って口をモゴモゴ動かした。
「おやおや、仲がよろしいようで」
ん? あれが最後の一切れだからあんたの分はないわよ?
「それは次回に取っておきましょう。コーヒーでも飲んできたほうがよろしかったですか?」
長門が淹れてくれたお茶があるわよ。
「それはまた、至れり尽くせりですね。羨ましいかぎりです」
そう言いながら自分の湯飲みにお茶を注いだ古泉はいつもの席に座ると、
「では本題に入りましょうか」
緊張感が戻ってくる微笑みで話を切り出したのだった。




俺はまだ余裕があった。間違いに気付くまでは。
あたしは余裕だった。それがいけなかったんだ。