『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 12

12−α

曜日が変わり月曜。俺は一昨日の疲れが残る体を素麺のような細く脆い気力の糸で引っ張り上げながら北校へと続く坂道を登る。
移動距離こそ短かったものの精神的な疲労感は通常の倍以上に感じられた不思議すぎる探索を終えた俺の日曜日は睡眠と睡眠と睡眠によって無意味に消費されていった。妹の攻撃に使われたシャミセンバリアには今度高級缶詰でも提供しておかないといかんな。
しかもそれだけ寝つくした俺の身体には今だに疲労感が残り続けているのだからタチが悪い。間違っても寝すぎじゃないよな?
などと自分の肉体年齢に真剣な不安を抱きそうになりながらも学校へ。この上まだ俺を苛めるのかと言いたくもなる階段を昇り我がクラスへと赴けば、
「……………」
何故だかは知らんが憂鬱そうな後ろの席のオーラに晒されるはめに陥るという理屈になるのだ、ああ何故に来るのだ月曜日よ。
どっこいせ、と言ったら負けだろうから心の中だけで呟きながら自分の席に着く。
「はあ…………」
おい、人が席に着いて第一声がそれか? さすがにこっちも気分が悪くなる。
「ん? ああ、キョンいたの?」
しかも気付いてなかったときたか、そんなに呆けるお前を見れるとは思わなかったぜ。
「どうした? えらく疲れてるようだが」
それでも例の件もある。出来る限り紳士的に接している俺の精神力には敬意すら払ってもらいたいんもんだね。
しかし目の前の奴は敬意どころか、
「なんでもない、あんたには関係ないことよ」
それだけ言うと窓を見つめ、
「ふう………」
と今日二度目のため息など付きやがったのだ。なんだその態度は?! その上何か憂いを帯びた顔で窓なんぞ見てやがる。
俺の心にささくれが出来るのが判るな、イライラしてくる。誰だ、お前にそんな顔をさせる奴は!?
これ以上こんな奴の傍になんぞ居たくも無いが、ホームルームを告げる鐘が無常にも鳴り響き、これ以上無いほど不愉快な一時間目を迎えるはめになったのだ。それでなくとも付いて行くのが精一杯なのに、頭にまったく入らなくさせてくれるため息のせいでな。







12−β

月曜日になってもあたしの身体から変な疲労感は取れないまま、あたしは嫌々ながらも北校へ続く長い坂道を不屈の闘志もくじけそうな思い出で登る。
途中で寝てたのにも関わらず精神的な疲労感一杯の不思議すぎた探索が終わった後の日曜日は、睡眠と睡眠と、それに買い物で終わった。自分で服を選ぶなんて久々だったな、ついでに弟にも家族サービスできたことだし。
その分疲労は取れなかったけど、これはしょうがないよね?
買い物でストレス解消なんてどこのOLよ、なんて自嘲しながら学校へ。今度着ていったら、あいつなんて言うかな? なんて考えながら我がクラスね。すると、
「……………」
何でだか知らないけど不機嫌オーラ全開の後ろの席なわけなのよね、なんなのよ一体?
よっこいしょって言ったら絶対終わりだわ、と心で呟きながら自分の席へ。
「ふーん…………」
なによ、人が席に着くなりいきなり。つい不審気な目つきにもなるわ。
「お前さあ……………んー、なんでもねえや」
で、なによその奥歯に物の挟まった言い方は? いつものあんたらしくもない。
「どうかした? あたしの顔になにか付いてんの?」
それでも例の件もある。出来る限り親切そうに聞いてあげるあたしのこの優しさは褒められてしかるべきね。
「いや、お前さ、なんか髪型とか変えてないか?」
はあ? どこに目が付いてんの、あんたは? あたしはどこからどう見てもいつもどおりのポニーテールじゃない。
「いや、そうなんだけど、そのーなんだ? 雰囲気が違わないか?」
何言ってんだろう、この目の前の馬鹿は。そりゃ今日だっていつもどおり…………じゃないか、あいつに会った後からあたしはポニーテールを作る時間が段々長くなっていってる。楽どころか、遅刻の原因になりそうだわ。
それでも好きそうだからね、ポニーテール。なんて事思い出してたらつい笑いそうになる。
「チッ!!」
だからなんなのよ?! こっちまでイラッとくるような舌打ちをしたハルヒコはそのまま窓の方を向いてしまった。
あたしとしてはこいつに一昨日の事などを問いただしたいが、こうなってしまったハルヒコに下手な言葉をかけても無駄だ。
焦る訳じゃないけど何かイライラするあたしの耳にホームルームを告げる鐘が聞こえてきて、不快な一時間目を仕方なしに迎える事になってしまった。まったく、それでなくても頭に入ってきてくれない授業をこれ以上遮ってくれてどうすんのよ?







12−α2

一時間目が終わってもハルヒの様子は変わらない。どころか机にうつ伏せて動かなくなってしまった。ため息が聞こえるから寝てはないんだろうが、聞こえてくるだけに腹が立つ。
なので終了のチャイムが鳴ると同時に俺は教室を飛び出した。国木田と谷口がそんな俺を訝しげに見ていたが、今回のところは無視だ。
そのまま俺は九組へ。すると分かっていたのか、
「ああ、ちょうどそちらへ向かおうかと」
タイミング良く古泉が出てきてくれた。時間がない、手短に話すぞ。
「とはいえここでは人目が多すぎますね」
という事で俺達は階段下へ。人通りは少ないが何でこんなとこに男二人でいなきゃならないんだか。
「涼宮さんの件ですね? 結論から言えば閉鎖空間は発生していません」
なんだと? あれだけ憂鬱というかため息だらけで閉鎖空間が出ないなんてことがあるのか?
「確かに今まででは前例がありません。『機関』としても対処方法が無いので多少の混乱がありますが、一応警戒態勢を解かないようにはしてますね」
相変わらず笑顔のままでさりげなく危険なこと言いやがる。
「そうですね、僕が分かる範囲での彼女の気持ちとしては戸惑っている、という表現がもっとも相応しいのではないかと」
戸惑う? あいつが? あいつは涼宮ハルヒだぞ?!
「あなたが涼宮さんをどう思ってるか分かりませんが、少なくとも彼女だって戸惑うこともありますよ」
そりゃそうだが、ハルヒの奴が何かに戸惑うなんてなあ。
「あなたも言いますね。しかしそれは涼宮さん本人が一番理解しているのかもしれません」
どういうことだ? ニヤケ面のままの古泉は、
「彼女自身が自分の今の感情を理解しきれていないのではないかというのが僕の考えです。だから閉鎖空間を発生するまでいかないのでは、と」
つまり悩んでるかどうか自分でも分からんから閉鎖空間を出す間が無いってことか?
「恐らくは。ただし悩んでいる訳ではなく、あくまでも戸惑い、ですよ」
すまんが違いなんかあるのか? 俺には悩んでるとしか取れなかったんだが。
「分かりやすく言えば、涼宮さんにはなんらかの感情が芽生えていたとしましょう。それが自分で今まで知らなかった感情であり、それに対応出来ないという事も考えられます」
何らかの感情? その古泉の言葉に何故か黄色いヘアバンドが脳裏に浮かび、俺の頭に血が上ってくるのが分かる。くそっ! 何で俺が腹を立てるんだ?!
「落ち着いてください、あくまで仮説の話ですから。そこまでは僕には分かりえない部分なんですよ」
何がだ、俺は十二分に落ち着いているさ。だから話を続けろ、いいから続けてくれ。
「ふう、あなたも頑固ですからね。ですから涼宮さんは正に心ここにあらず、といった感じなのです。もしもそんな自分に立腹してしまえば閉鎖空間は免れないでしょうが、今のところはその様子もないようなので」
そうか、お前らは閉鎖空間さえ出なけりゃいいもんな。しかし俺は何にこんなに苛立っているんだ?
しかし古泉はそれ以上話を続けるようではなかった。腕時計を確認すると、
「もう時間がありません。この続きはまた次にでも」
そうだな、お前昼休みが空いてるなら部室まで来てくれ。後で長門にも話しておく。
「了解しました。そんなことよりですね?」
なんだ? お前、ハルヒの事がそんなことってと言おうとしたら、さっきまでの余裕はどこへ行ってしまったのか、古泉から作り笑いが消え、
「例の件はどうなったのでしょうか?」
例の件? はて、こいつとなにか約束でもしてしまったのだろうか? そんな事すっかり忘れてるぞ、と、
キョン子さんの件です、彼女に何と?」
ああ、そのことか。別にあいつは気にしてなかったぞ、逆にすまなかったとさ。後半は俺の脚色だったのだが、それを聞いた古泉が、
「そうですか。それはよかった」
などと露骨なくらいに肩を下ろして安堵の息なんかつくものだから、変な気分だった。お前の百面相なんぞ見たくない、というかこんなに表情を変えるお前が見れるとも思わなかったが。
「それを聞きにあなたのところへ行くつもりだったものですから。これで安心しました、では昼休みにでも」
言いたいだけ言うと古泉はとっとと自分のクラスへ戻ってしまった。
まだ聞きたい事はあったんだが、やはりチャイムに阻まれる。仕方ない、昼にでも詳しく聞きだすか。
次の時間にでも長門に話さないとと思いながら教室に戻るとハルヒは変わらず机に伏せていて、それを見てまた気分が悪くなりながら俺は二時間目の授業を上の空で聞いていた………







12−β2

一時間目が終了してもハルヒコの様子が変わらない。それどころか机に伏せてこっちを見ようともしない。寝てはいないんだろうけど、不機嫌なのは変わらないようだわ。
だから終業のチャイムとほぼ同時にあたしはクラスを飛び出した。谷口と国木田が訝しげにこっちを見てたけど今回は無視。
あたしはその足で九組へ。するとタイミングよく、
「あら、どうされた、というわけではありませんね」
古泉はあたしを見つけると声をかけてきた。時間がないから手短に話すわよ。
「とはいえここでは少々人目が気になりますね」
ということであたし達は階段下へ。たしかに人通りは少ないけど女同士でこんなとこ居てもねえ。
「涼宮さんの件ですか? 結論から言えばまだ閉鎖空間は発生していません」
まだっていうことは、
「時間の問題かもしれませんが、まあ大丈夫でしょう」
いつもと同じようにどこまで本気か分からない微笑みで古泉は断言した。どういうこと?
「ああ、ちょっとした切り札を用意してますので。大丈夫です、あなたには何も影響はありませんよ」
そう言う古泉は確かに余裕を漂わせている。というか、こいつはいつもこうなんだけど。
「それよりもあなたも罪な人ですね」
はあ? なによいきなり。
「涼宮さんは気付いたんですよ、あなたの変化に」
どういう意味よ? あたしは何も変わってないじゃない、たった二、三日で人間変われたら苦労しないわ。
「そうですか? 私でも分かりますよ、あなたが綺麗になっていることに。それに気付かない涼宮さんではありません」
何を言ってるんだ、こいつは。どこから見ればあたしが綺麗だとか、
「もう一人のあなたもそう思うかもしれませんね」
……………な、何をいきなり言い出すんだ?! 心臓が口から飛び出たら責任取ってもらうからね!!
でも、あいつなら分かんないかもしれない。あたしがポニーテールに気を使ってしまってるなんて。
ちょっとしたことなのにあいつのことなんか考えてしまうあたしに似非笑顔の美女が、
「おやおや、どうやら彼は相当に鈍感なのでしょうね。あなたと同じなら、ですが」
などとのたまう。どういう意味かしら、それ? あたしまで馬鹿にしてるし。
「申し訳ありません。ですからこそ切り札も生きるのですが」
余程の自信があるらしい、いつもよりも腹黒さが増したような古泉の笑顔に何か不快感すら感じてきた。
「まあいいわ、それより昼休み時間ある? 長門も後で呼ぶけど話があるの」
「構いませんよ、ではまた」
それだけ言うと古泉はクラスに戻ってしまった。切り札がどうとか言ってたので聞き出したかったのに。
これなら男の古泉の方がマシね、と自然な笑顔のハンサムが頭に浮かぶ。ってうわッ!! なに、あたし? こんなに気の多い奴だったのかしら。
ふう、後で古泉にはきつく言っとかないとね。そう思っていたらチャイムが鳴り出したので、あたしは慌てて教室に駆け込んだ。
相変わらず人の後ろで不機嫌オーラを振りまきながら机に伏せるハルヒコを見て、やれやれと肩をすくめる。
まったく、こいつは何を考えているのやら。あたしはため息とともに二時間目の授業を聞くことになったのだ……………




しかしまだまだ俺を混乱させる事態は幕を開けたばかりだったのだ。
でもまだまだあたしは混乱させられてしまうのだった。